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【マンガ版連載中】異世界は猫と共に ~システムエンジニアは失われた古代の魔法理論を解析し、魔法具界に革命を起こす 【書籍4巻&コミック1巻 2025年9月同時発売!】  作者: ぱげ
第16章:イサム・マツモト男爵

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●第267話●琥珀色の夢

「む、イサム様の言っとった通り、うっすら色が付いてきとるな……」

「ええ。こっちは小さめのに入れたので、色付きが早いんだと思います」

 ヴェガロアの街から少し北上した森の中にある大きな小屋の前で、この世界(エーテルシア)では珍しいガラスの小さな器に入った液体を陽光に透かしながら、勇とドワーフと思しき男が凝視する。

 ショットグラスのような小さな器を一緒に覗き込んでいるので、完全に二人の頬がくっついてしまっていた。


「……ぷっ」

「にゃぁふぅ」

 その様子を脇から見ていたアンネマリーが我慢出来ずに吹き出し、織姫が呆れたように欠伸をする。


「香りはどうだ?」

「ん~~~……、うん。詰める前とは全然違ってきてますね。スパイシーな感じと、甘い感じが微かに出てきてます」

「ほほぅ。どれどれ……。なるほど、これは今まで嗅いだことない香りだわい」

 勇から手渡された器に鼻を近づけたドワーフが、満足そうに眼を細めた。


「どうだガロッボ。良い火酒になりそうなのか?」

「そうだな……。これまでにない香りだから正直想像はつかんが、儂の勘が美味い火酒になると言っとるの」

 アンネマリーと一緒に様子を眺めていたドワーフの鍛冶職人ザリッドの問いに、ガロッボと呼ばれた男――勇と真剣に液体の検分をしていたドワーフが腕を組みながら答える。


「そうか。美味くなりそうなら一安心じゃな。しかしイサム様がまさか火酒の作り方を知っとったはのぅ……」

 ザリッドが、ガロッボの答えに満足そうに頷いた後、勇にチラリと目をやる。

「あはは、たまたまですね。それに、多分作り方は完全に一緒じゃないと思いますよ」

 勇が頭を掻きながら答えた。


「そうだのぅ。ドワーフの火酒作りの方法は秘中の秘で儂も知らんが、違う気はするな。イサム様のやり方なら、もっと量が出回っても良いはずだわい」

「そうなんですよ。酒好きのドワーフがもっと沢山作れるのに作らないってあり得ないと思うんですよね」

「ガッハッハ、違いないわい」

 勇の答えにガロッボが豪快に笑った。


 彼は酒造りを生業にしているドワーフの職人だ。

 ヴェガロアに名前が変わる前のセードラーデの街時代から、主にエール作りをしてきている。そんな彼でも、製造方法は分からないと言う。


 火酒――それはドワーフのみが製造出来ると言われている、高アルコール度のお酒の総称だ。

 市場に出回る量が極端に少なく、上位貴族であっても気軽に手に入れることはできない幻の酒である。

 勇は以前にズヴァール・ザバダック辺境伯が所有していたもののご相伴に預かったことがあったが、その味はテキーラの親戚であるメスカルに近かった。

 そしてそれは、熱による蒸留で作られていないのでは? と考えていた。


 ズヴァールに飲ませてもらったそれは、アルコール度はおそらく四十度程度ありそうだったが、蒸留酒特有のクリアさがなく色もやや濁っていた。

 熱による蒸留はアルコールと香気だけを熱で蒸発させて集めるのだが、この時蒸発する成分は、アルコール含めてほぼ無色なのだ。

 また、酒好きのドワーフが高アルコール度の酒を前にして長期間待つなどと言う事は考えづらいので、おそらく熟成もされていない。

 それらを総合して、熱による蒸留酒では無いとの結論に至ったのだ。


 そこに目を付けて、マツモト領の今後の主力商品としての開発に乗り出したのが“ウィスキー”だった。

 ドワーフ秘伝の酒ともろにバッティングすると、さすがに種族間の対立にまで発展しかねないが、別の物ならいけると考えたのである。

 また、ザリッドやガロッボの話では、アルコール度の高い酒が手に入りやすくなるのであれば、歓迎こそされど批判されることは絶対無いとお墨付きをもらったため、開発に踏み切ったのだった。


 もっとも、地球では二番目に好きなお酒がウィスキーだった勇は、売れない場合でも自己消費用に作る腹積もりではあったのだが……。

 (ちなみに一番は“一杯目のビール”である)


 そんなこんなで初夏からウィスキーの試作に取り掛かっており、本日は樽詰めして一か月後の熟成チェックを行っていたのである。



 仕込みを始めたのは六の月の末だった。

 この地方では、六月の頭に収穫した大麦を月末から順次エールに加工していくのが一般的だ。

 収穫後すぐに使わないのは、一定期間休ませないと芽が出ず、麦芽に出来ないためらしい。


 ビールやウィスキーの原料となる麦芽は、その名の通り芽を出した麦の事だ。

 発芽させると酵素が生まれ、その酵素がでんぷんを糖に変えてくれる。この糖がアルコールを作るのに必須なのだ。


 ただし芽が育ちすぎてもダメなので、発芽して三~五日ほど経ったら低温乾燥させて、発芽を止める。

 この時一気に温度をあげすぎると麦芽が駄目になってしまうので注意が必要だ。


 そうして出来上がった麦芽を荒く砕き、風呂よりは熱く熱湯よりは温いお湯にしばらく浸けておく。

 すると酵素とでんぷんが反応して糖が出来ていく。


「おお、甘い匂いがしてきましたね!」

「うむ。どれどれ……うん、ちゃんと甘くなっとるな。そろそろええじゃろ」

 浸けてあるものをペロリと舐めてガロッボが頷く。糖化の進み具合は匂いと味で判断するらしい。

 こうして出来上がった液体は殻などを取り除くためゆっくりと濾過され、その後軽く煮沸される。


「エールを作る時はここで苦丸華(にがまるばな)やらを入れて香りを付けるんだが、今回はいらんのだったな?」

「はい。香りは後から付ける感じなので」

 大鍋をかき混ぜながらのガロッボの問いかけに、勇が答える。

 苦丸華とはおそらくホップの事だろう。この世界(エーテルシア)のエールもホップや香草類で香り付けがされている。


「よし、こんなもんだの。後はコイツを冷やしてから五日も待てばエールの出来上がりじゃが……。本当にそれをその変な釜で沸かすのか??」

 ガロッボが煮沸を終えた液体を桶に移しながら、疑わしい目つきで勇とその後ろにあるオレンジ色に輝く大きなタンクのような物体を見やる。


「ええ。言ってしまえばウィスキーは香り付けをしていないエールを蒸留したものなので」

 このまま飲んだ方がいいんじゃないか、と言外に言っているガロッボに苦笑しながら勇が答える。

 勇の言う通り、ビールとモルトウィスキーの蒸留前までの材料や工程は、ほとんど同じと言って良い。


「まぁそこまで言うならいいがの……」

 後ろ髪を引かれるドワーフの職人を宥めること五日。

 発酵が進んだ液体――(もろみ)を、オレンジ色のタンクへと入れていく。


「こんなもんで本当に美味い酒が出来るのか??」

「黙ってみておれ。ちゃんと実験はしておると言っとるじゃろうが」

 その様子を見守りつつが不安を口にするガロッボを、タンクを作ったザリッドが諌める。


 オレンジ色の金属で作られたタンクは、彼とエト、そして勇が作ったポットスチルと呼ばれる蒸留装置だ。

 ヒョウタンともタジン鍋とも国民的RPGのスライムともつかない独特の形をした大きい方のタンクから管が伸びている。

 伸びている管はすぐに折れ曲がり、隣にある円柱状の小さい方のタンクに繋がっていた。


 全体が銅で出来ており、まだ真新しいそれはオレンジ色に輝いてる。

 更によく見ると、大きなタンクの底面の乗っている台座や、折れ曲がった管の一部を覆っているパーツには魔法陣が描かれていた。


 勇が地球にいた頃に見学した、山梨県にあるウィスキーの蒸留所にあった実物と解説を基に試作した、科学と魔法のハイブリッド魔法具である。


「さて、じゃあ蒸留といきますか」

「分かった」

 醪を入れ終えたところで魔法陣を起動させる。


 底面台座に描かれているのは、加熱用の熱の付与(エンチャント・ヒート)の魔法陣だ。

 地球のポットスチルと同様、大きなタンクに入っている醪を加熱して、アルコールと香気成分を蒸発させるためである。

 水より低い温度でアルコールは蒸発するので、沸騰しないように温度調整されていた。


 しばらくすると蒸発が始まったのか、微かに甘い匂いが蒸留施設内に漂い始める。

 程なくして、小さなタンクに繋がっている管の先からポタリポタリと透明な液体が流れ始めた。


 管を覆うように取り付けられているのは、冷蔵箱を応用した冷却装置だ。

 ここで冷やされたアルコールと香気成分が、再び液体に戻り流れ出てきたのである。


「お、出てきましたね。どれどれ……」

 勇が、出てきた液体を指に取り香りを確かめる。

 明らかにエールより強いアルコール臭が、有機溶剤のような独特の香りに混ざって感じられる。


「うん、まだ薄いですがちゃんと蒸留できてますね」

 小さく頷きながら勇が言う。

「ほほぅ」

「どれどれ」

 それをみたドワーフ二人が、指に取った液体を舐めようとする。


「あっ! 駄目ですっ!!」

「むおっ!?」

「む!?」

 思わず叫んで止めた勇の声に驚く二人。


「ちょっと身体に良くない成分が含まれているので、この段階では舐めない方がいいんですよ。最初に言っておくべきでしたね、すみません」

 驚く二人に勇が説明する。

「なんじゃそう言う事か」

「そんなもん作って大丈夫なのか?」

 勇の説明に納得しつつも疑問が残る二人。


「ええ。これをもう一度蒸溜するんですが、その時に取り除くので大丈夫です」

「そうか」

「なら大丈夫か」

 再度の説明で、ようやくホッとした表情を浮かべた。


 勇が舐めるのを止めたのは、醸造酒に元々微量に含まれているメタノールなどの有毒成分が、蒸留によって濃縮されるためだ。

 少々飲んだ所で大きな影響が出るような濃度ではないが、身体に良いものでは無い。


 蒸留の序盤に出てくる事がほとんどなので、二度目の蒸留では最初の数パーセントは廃棄するのが通例だ。

 ただし強めの香気成分もこのタイミングで出てくるので、カットしすぎると個性が無くなるためバランスが難しい。

 このあたりは、回数をこなしてあたりを付けていくしかないだろう。


 ちなみにポットの本体を銅で作っているのも、香りを良くするためだと見学時に教えてもらった。

 蒸気に含まれる硫化物を、銅が吸着してくれるのだとか。

 ただ、元々は銅でタンクを作るのが一番楽でコストパフォーマンスに優れていたからで、香りが良くなると分かったのは後からだと言うのだから面白い。


 そんな事を話しながら二度目の蒸留も行われ、熟成前の原液――いわゆるニューポットが出来上がった。


「うん、これくらいアルコール度があれば充分だな」

 今度こそ試飲した勇が頷くと、ドワーフ二人もそれに倣って試飲する。


「しっかりアルコールが強くなっとるの」

「うむ。独特の香りが強いが、これはこれでいけるんじゃないか?」

「あはは。この後樽に入れて置いておくので、飲んだら駄目ですよ? むしろそっちが本番ですから」

 いかにもドワーフらしい答えに苦笑した勇が釘を刺す。


 ニューポットの状態でも飲めなくはないが、かなり荒くお酒と言うよりアルコールを飲んでいるような感覚だ。

 ここから樽に入れて熟成させることで、角が取れると共に独特の風味が生まれるのである。


「言われた通りに内側を焼いたが、ホントに大丈夫なのか?」

 熟成用の樽を持って来たガロッボが、内側を覗き込んでから勇を見上げる。

 この世界(エーテルシア)でも樽は酒の貯蔵に広く使われているが、焼いたりせずそのまま使うのが普通だ。


「はい。こうやって焦がすことで独特の香りと色が生まれるんですよ」

 対してウィスキーを熟成させる樽は、全面を焼くか一部を焼くかの違いはあれど、ほぼ百パーセント内側を焼いている。


 炭によるフィルター効果で嫌な香りを吸収したり、逆に甘みや香りを付与したり。

 熟成が早まる効果もあるのだとか。

 そんな事を聞いていたので、内側を焼くことにしたのだ。


 材料の木の種類だけでなく、焼き加減でも味や香りが変わるので、このあたりの試行錯誤も今後の楽しみの一つだろう。


 こうしてテスト用の三十リットル程度の樽一つと、百リットルほどの小型の樽三つにニューポットを詰め終わったのは、シャルトリューズ領へ向かう数日前の事だった。



「どれ、次は味だの……」

 そろそろ飲みたい衝動を抑えきれなくなったガロッボが、グラスに入った液体を一気にあおる。

「むぉ!? なんじゃこれは! とんでもなく美味いぞ!!」

 そして目を見開いて絶叫した。


「アルコール度は高いが、とんでもなく洗練されとる。それでいてほのかに香るこの複雑な香り……。樽に詰めとくとこんな味が変わるもんなのか!」

 飲み干したグラスを凝視したまま、そんな事をブツブツと呟く。

「なんじゃ、そんなに美味いのか? 儂にも飲ませるんじゃ。……ぬぉ!? コイツはすげぇ!!」

 ガロッボの様子を見て我慢できなくなったザリッドも一気にあおり、そして同じく絶叫した。


「あはは? お二人ともお気に召したようですね。よかったです。どれどれ、私も味見を……」

 その様子を見て嬉しそうに表情を崩した勇が、今度は試飲してみる。


「ん~~~、なるほどなぁ。ここまで若いのは初めて飲んだけど、ウィスキーっぽい何か、って感じだなぁ」

 舌の上で転がすように味わってから感想を口にする。

「フルーティさはあるけど、まだナッツっぽい感じとかバニラっぽい感じとかはほとんど無いな。木! って感じが強めだけど、熟成が進むとこれが変化するのかなぁ……?」

 喉を通った後に残った香りを吟味しながら軽く首を捻る。


「なんだ、こんな美味いのに不満そうだの?」

「十分これで美味いじゃろ?」

 ともすれば不満げにも見える勇の表情を訝しがるドワーフコンビ。


「ニューポットの状態と比べたら良くなりましたけど、まだまだこんなもんじゃないですよ、ウィスキーは」

 チッチッチ、と指を振りながら勇が言う。

「ぬぅ、結局いつになったら飲めるんじゃ?」

「そうだの。分からず待つのはの……」

 歯噛みしながら熟成期間を尋ねるドワーフ二人。


「樽が小さいと、多少荒いけど熟成は早いと言うので、半年くらいである程度雰囲気は掴めるかと。大きい方のは最低二年ってところじゃないですかね?」

 しばし思案した勇が答える。

 

「なぬぅぅっ!?」

「早くて半年じゃと!?」

 想像以上に長いその期間に絶叫する髭男子二人。


「あはは、まぁそう言うもんですよ。楽しみは気長に待ちましょう」

「いやじゃーー!」

「そんなに待てるかーー!!」


 楽しそうな勇の笑い声と、酒好き二人の絶叫が、夏の森の中に響き渡っていった。



 コンコンコン


「イサム様、レベッキオ様がお見えになっております」

 勇が執務室で事務仕事をしていると、家令のノイマンから来客を告げられた。


「お、そろそろ来る頃合だと思ってたんだよね。こちらに通してくれるかい?」

「かしこまりました」

 勇の返答に軽く返答をしてノイマンが退室する。

 程なくしてレベッキオがやってきた。


「マツモト様! ついに瑠璃猫号が完成したぜ!!」


 レベッキオがもたらしたのは、待望の外洋探査船アズール・リンクス、通称“瑠璃猫”号の完成を告げる一報であった。


すみません、本話は少々趣味に走りましたw


でもウィスキーの蒸留所は、二十歳以上の方には是非一度行ってみることをオススメします!

お酒好きの方はもちろん、そうでは無い方にもあの非日常的な空間は楽しんでもらえると思います。


大人の社会見学には最適ですよ!



週1~2話更新予定予定。

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週2~3話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
>趣味に走りました これはこれは……作者様は普段から、サマゴンを作っていますね(確信 とりあえず、ワインや焼酎も失敗作は甘味料になると操典にはあります(どぶろくの失敗作は酸っぱめのカルピスに似てる…
ウィスキーの名前は「響き」?は流石に使えないから…w 「轟き」とか?w それだと優雅さとか上品さがないか…
有毒なのはメタノール、飲めるのはエタノールですね。
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