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【マンガ版連載中】異世界は猫と共に ~システムエンジニアは失われた古代の魔法理論を解析し、魔法具界に革命を起こす 【書籍4巻&コミック1巻 2025年9月同時発売!】  作者: ぱげ
第16章:イサム・マツモト男爵

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●第266話●進水式

「出口側、最終確認大丈夫かーっ!?」

「問題ありやせん!!」

「きっちり確認しとけよっ? 一発勝負だからな、壊れましたじゃ話にならねぇ!」

 オーギュスト・シャルトリューズ侯爵邸で、この世界(エーテルシア)初の対バンライブが行われてからおよそ二週間、造船所にジルデッリの大声が響き渡っていた。


「よっしゃ、てめぇら出口開け!」

「了解しやした! 出口開きます!!」

 ジルデッリの指示を受けて、造船所の端にある大きな跳ね上げ式の扉がギギギと音を立てて開いていく。

 真夏の日差しが徐々に差し込み明るくなっていく所内に、風と共に一段と強い潮の香りが入り込んできた。


「おおー! いよいよだなぁ」

「ここから滑らせていくんですね」

「おうよ! 大型の船が一番壊れるのは、この瞬間だからな。楽しみでもあるが一番怖ぇ時でもある」

 目を輝かせる勇とアンネマリーの横で、ジルデッリが腕組みしながら言う。


 ジルデッリらが作ってくれた外洋船に魔道船とするための手を入れて二週間ちょっと。

 シャルルドールで予定していた作業をすべて終えて、いよいよこれから進水式が行われようとしていた。

 領主としてずっと領地を空けたままにするわけにいかない勇は、対バンを終えた翌日に一度領地に戻り、今朝また戻ってきたばかりだ。


 改修工事自体は、エト、ヴィレムの研究所員をリーダーとして、マツモト領の職人、ジルデッリ配下の職人らの手によって完了していたので、午前中いっぱいをかけて勇が最終点検を行い今に至っている。


「まさかこんな大きな船を持つことになるとはなぁ……」

 間もなく進水を迎えようとする目の前の深い青色をした船を見上げた勇が、あらためて感慨深げに呟く。


 その見た目から“アズール・リンクス”、通称“瑠璃猫(るりねこ)”と名付けられた船は、その見た目の色を筆頭に、二週間前から変貌を遂げていた。


 もっとも分かりやすい変化は、やはりまずその色だろう。

 試作艇にも使った、防水性の高い青色の魔物素材が全体に塗られているのだが、勇好みの深い色になるよう染料が混ぜられている。

 貴族家当主の船という事で、性能面と見た目の両立を図った形だ。


 続いて目を引くのは、船尾下方に取り付けられたウォータージェット推進を可能にする二門の魔法具か。

 これまでの試作艇の物より大きくなり出力も上がっているのだが、それでもこれは敢えてデチューンしたダミーだ。


 随分と丸くなったオーギュスト・シャルトリューズ侯爵ではあるが、まだまだ油断はできないため、性能の根幹に関わるいくつかの部分はオミットしている。


 オミットしていると言えば、推進装置の船内側に設けられた操作エリアも、自領に帰還後は換装予定だ。

 現状は艦橋から伝声管を通じて届けられる指示に従って、推進装置のすぐ近くで直接操作をすることで出力や方向を変えて操船する仕様となっているが、もっと便利な操船方法に変更予定である。


 また、試作艇では船尾にしか搭載していなかった推進器を、小型ながら船体前方の左右にも搭載した。

 地球の大型船にも搭載されるサイドスラスターと呼ばれるもので、船を真横に動かすなどのトリッキーな操船が楽に行えるようになる。


 甲板の両舷には落ちないように柵が備え付けられているが、その何箇所かに穴を開けて砲門のようにし、やや大きめの射槍砲が設置された。

 言わずもがな魔物が出た時に戦うための武器である。


 侯爵の船には(いしゆみ)のようなものが取り付けられていたが、火薬が無い為、この世界(エーテルシア)の遠距離戦闘は弓と魔法がメインとなる。

 しかしながら、そもそも自由の効かない海上では極力戦闘を避けるのがセオリーで、シャルトリューズ家が使っている航路も魔物の少ない海域を長い年月をかけて見極めたものらしい。


 続いて内装だが、こちらは後からでも工作できるため、ほとんど手つかずと言っていい。

 唯一目立っているのが、織姫を筆頭としたにゃんずのためのキャットウォークだ。


 随分と水に慣れた織姫だが、やはり外洋に出ると甲板に出ることはほとんどなくなる。

 天候が悪い時も甲板には出られないので、運動不足を解消するために取り付けたのだ。


 勇の研究所にもエト謹製の立派なキャットウォークが作られているが、この船の物も彼の手による逸品である。

 何なら制作に一番時間をかけていたくらいで、ジルデッリが呆れていたそうだ。


 そしてもう一つジルデッリを呆れさせたのが、もはやお馴染みとなった入浴設備である。

 クラウフェルト家やマツモト家に風呂やシャワーがもたらされてはや一年以上。

 両家の者にとって長時間の航海が予想される船上で風呂に入れない事など、最早考えられない事なのだ。


 流石に大浴場とまではいかなかったが、男女別の浴室とシャワールームが作られた。

 魔法具によって真水が容易に賄えるからこそだが、本来高価な水の魔法具や魔石を惜しみなく風呂の為に使っているのを見て、ジルデッリは呆れかえっていたらしい。



「お~~し、そいじゃあお祈りが終わったらいくぞ! 司教さんよ、祈りの方は頼んだぜ!」

 勇が思いを巡らせながら造船所の上部に設えられた貴賓席へと戻って来たところで、再びジルデッリから指示が飛ぶ。


「ほっほ、お任せ下され。シャルトリューズ閣下、始めさせていただいてよろしいでしょうか?」

「ああ、よろしく」

 ジルデッリの声掛けに、貴賓席にいた司教――ベネディクトが主催者であるオーギュストに確認をとる。


「「「「「おお~~~っ!!!」」」」」

 オーギュストが頷いたのを見たベネディクトが、造船所の外へ飛び出すように設けられた祭壇のような場所へ歩いていくと、眼下に集まっていた領民たちから歓声が上がった。


 この世界(エーテルシア)でも大型船の進水式は、領地を挙げての一大イベントだ。

 見世物としても派手だし、自家の力を見せるのにもうってつけなので、領主が主催者として開催し、領民がこぞって詰めかけるお祭り騒ぎとなる。


 ベネディクトが祭壇に祀られている女神――海と挑戦を司るとされる女神アムピュリエの像に跪こうとしたところへ、小さな金色の塊が駆け寄っていった。


「にゃにゃっふ」

「おや? オリヒメ様も一緒に祈りを捧げて下さるのですか!?」

 ベネディクトの元へと駆け寄った織姫は、そのままぴょんと彼の頭へと飛び乗った。


「おおっ! オリヒメ様だ!」

「きゃーっ! オリヒメ様っ、なんて愛らしいのっ!!」

 それを見た領民から、更なる歓声が上がる。


「それではこれより、海の女神アムピュリエ様への祈りを捧げ奉ります」

 歓声が収まったのを見計らい、ベネディクトが手にした儀仗杖を掲げながら宣言をすると、会場は一気に水を打ったような静寂に包まれた。


「慈悲深くも厳しき大海の女神よ、新たなる舟にそのお導きを。未知へ踏み出す彼等に勇気を、帰る彼等には安らぎをお与えいただきたく、神の信徒ベネディクトの名においてお願い申し上げ奉る」

「なおぉぉ~~~ん」

 滔々と紡がれるベネディクトの祈りの寿ぎが静寂な会場に満ち、それに被せるような織姫の長鳴きが響いた。

 貴賓席の面々も、集まった観衆も、それに合わせて目を瞑って祈りを捧げる。


 すると、祀ってあるアムピュリエの神像がほのかに光を放った。

 それを見たベネディクトが、両手を掲げて宣言する。

「今ここに、祈りは捧げられました! イサム・マツモトならびにアズール・リンクス号の船旅に幸多からんことを!」


「「「「「うぉぉぉーーーっ!!」」」」」

 ベネディクトの宣言に、再び会場に歓声が戻って来る。


「ふぅ、無事に祈りは捧げられたみたいだね」

「そうですね。よかったです」

 無事に祈りがささげられ、人並みに安堵する勇とアンネマリー。


「また女神様が出てくるかと思ったけど、すんなり終わって良かったよ……」

「オリヒメちゃんがいるところでお祈りすると、女神様のご神託がある事が多いですからね……」

 しかし苦笑する二人の心配事のベクトルは、普通の人のそれとは随分と違うものだった。


「それでは進水とまいりましょう。ジルデッリ殿、お願いいたします」

「おうよ! っしゃお前たち、気合い入れていくぞ! 持ち場につけっ!!」

「「「「「おうっ!!」」」」」

 ベネディクトがバトンを渡すとジルデッリは船大工達に気合を入れ、船大工達がそれぞれの持ち場へと散っていく。


 瑠璃猫号は緩やかな傾斜のついた地面に太い丸太を何本も敷き詰めた上に乗せられ、船首を坂の下に向けた状態で製造され、今もそのままだ。

 丸太は支柱や楔によって動かないように固定されている。

 その丸太や船底には油脂が塗られているが、そこにさらに追加の油脂が塗られていく。


「一班準備終わりやした!」

「二班も準備完了です!」

「三班も大丈夫です!」

「四班もいけます!」

「五班、問題ありやせん!」

「六班準備万端でさぁ!」

 五分ほどすると、各所から準備完了の声が上がってきた。


「よし、そいじゃあいっちょ進水といくか! 三班と四班、楔を外せ!!」

「「おうっ!!」」

 ジルデッリの指示に、船尾側両舷にいた船大工達が、楔と支柱を外していく。

 ギシッ、と丸太が鳴るがまだ動き出してはいない。


「おーーし、一班、二班続け!」

「「おおっ!!」」

 続けて船首側の楔と支柱が外される。


 ミシ、ミシミシミシッ、とさらに丸太が音を上げ微かに船が動いたように見えた。


「仕上げだ! 五班、引けっ!!」

「おうっ!!」

 坂の下の方に控えていた一際体格の良い集団が声を上げ、船体にかけられたロープをグイッと引く。


 ギ、ギギ、ギギギギッ


 最初の動きは数センチ。それが数十センチになりやがて一メートルほどになっていく。船体がゆっくりと坂を下り始めた。

 真剣な表情でそれを見守るジルデッリ。


 ゴゴゴゴゴ…………!


 丸太の音が少々高くなり、船体の下る速度がにわかに速くなったと思った瞬間、ジルデッリから鋭い声が飛ぶ。

「よし、五班も離れろっ!!」

 その声にロープを引いていた男たちが左右へと散っていった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!


 徐々に速度を速めながら、光の指す方へと下っていく瑠璃猫号。目指す先には陽の光を受けてユラユラきらめく海面が見えた。

 そして……。


 ドッパーーーーンッ!!!!


 ついに船首から瑠璃猫号が海へと滑り落ちた。

 派手に水をかき分けて港内をゆっくりと進んでいく。

 その波が、小さな津波のように造船所の一階に打ち寄せてきた。


「「「「「うおおおぉぉぉ~~~っっ!!!!」」」」」

 造船所から飛び出してそのまま無事海面に浮かんだ船を見て、今日もっとも大きな歓声があがる。


「おしっ、六班仕事だぜ! 舵は一時の方向、メイン推力二点だ!」

「「舵一時、ヨシッ!」」

「「メイン推力二点、ヨシッ!」」

 港内へ進んだ瑠璃猫号の船上からは、レベッキオやマツモト家の兵士らの声が聞こえてくる。

 六班として船に乗り込んでいたクルーたちだ。


 伝声管から聞こえてきたレベッキオの指示を受けて、船尾に二つあるウォータージェットそれぞれを操作する兵士が、角度や出力を調整する。

 軽く右に方向転換しながら微速で進んでいく。


「舵戻せっ! メイン推力一点。左サイド推力二点!!」

「「舵戻し、ヨシッ!」」

「「メイン推力一点、ヨシッ!」」

「左サイド推力二点、ヨシッ!」

 次の指示でサイドスラスターが稼働を始めると、船はゆっくり右側へスライドするように動き始めた。

 向かう先には長い桟橋が船に並行するように伸びていた。


「メイン推力ゼロ、左サイド推力ゼロ、右サイド推力一点、二秒でゼロ!」

「「メイン推力ゼロ、ヨシッ!」」

「左サイド推力ゼロ、ヨシッ!」

「右サイド推力一点、ヨシッ! ……推力ゼロ、ヨシッ!」

 その後の微妙な操船で桟橋へと幅寄せした瑠璃猫号は、桟橋から一メートル程距離を空けたところで停船した。


「よーっし、錨降ろせっ!」

「錨、ヨシッ!」

 すかさず錨が降ろされ、係留用のロープが船上から投げ込まれると、桟橋側の作業員が係留を始める。


「ふぅ、無事に進水できたようだね」

 固唾を飲んで一部始終を見守っていた勇が、大きく息を吐き出した。

 ジルデッリも言っていたように、進水時が船にとっては一番危険なのだ。


「さて姫、俺たちも船に乗ろうか――、ってあれ? 姫?」

 ベネディクトと共に祈りを捧げた後勇の所に戻ってきた織姫だったが、少し目を離した隙にまたいなくなっていた。


「にゃ~~お~~」

 そんな織姫の甘えたような声が、船の先の方から聞こえてきた。

「あ、イサムさん、あんなところにオリヒメちゃんが!」

 声の先を探していたアンネマリーが船首の方を指差す。


 勇が言われた方に目をやると、織姫を抱いたアムピュリエの船首像の上に、ちょこんと座った織姫がいた。

 そちらへと向かいながら声をかける勇。

「いつの間にあんな所まで……。おーい、姫。そんなところに乗って大丈夫な――」


『やれやれ、ようやっとここまで来おったの、一番若き神よ。我は待ちくたびれたぞよ』

「の、って、えええっ!?」

 すると、聞き覚えはないが聞いた事があるような綺麗な女性の声が頭の中に響き、思わず声を上げる。


「うにゃ~~ん」

『ほっほ、そう言うでないわ。我とて何のきっかけも無しに出てくることは出来ぬよってな』

 その声の主と、呑気に会話を楽しむように鳴くオリヒメ。

 会場にいた人々は、極一部を除いて突然の出来事に完全にフリーズしている。


 その極一部であるマツモト家の主だった面々は「またか」と言う表情で苦笑し、また別の極一部である司教様は、歓喜の雄たけびを上げていた。

「おおおっ!!! こっ、これはまさかアムピュリエ様のお声!? 素晴らしいっ! 何と素晴らしいっ!!」


「……これはどういう事なのか、説明はしてくれるのかね?」

 流石は大貴族家の当主。早々にフリーズから立ち直ったオーギュストが、勇に尋ねる。


「あはは、やっぱり閣下にも聞こえましたか? まぁどうしてなのかは我々も存じ上げないのですが、おそらくそうだと言う事象のご説明だけなら可能です」

 その問いに頭を掻くしかない勇。

 勇達としても毎回「どうしてこうなった」状態なので、おそらく女神様が織姫を気に入って声を掛けてくれることがある、としか説明のしようがなかった。


 こうしてシャルルドールの街にも伝説を残しつつ、マツモト家の外洋探査魔道船“アズール・リンクス号”がついに竣工したのだった。



「やれやれ、君の友人はとんでもない男だね、パルファン」

「はっ……。いや、元から普通ではないと思っていましたがまさかこれ程とは……」

 進水式を終えた翌日。

 マツモト領へ向けて出港準備をする勇達を見送った後、オーギュスト邸へ呼ばれたパルファンが小さくかぶりを振る。


 シャルルドールにおける勇達に関する情報収集の結果を、関係者が集まってすり合わせをしているところだ。


「ジルデッリはどう思う?」

「惜しげもなくとんでもねぇ技術を晒していきやしたが、あれで全部ってこたぁねぇでしょうね」

 慣れない敬語で話すジルデッリ。


「まぁそうだろうね。むしろ、あの程度は晒して問題無いと考えているという事なんだろうね」

「あれで、ですかい……」

「ああ。マツモト男爵は善人ではあるが、決して馬鹿ではないからね。公開しても良いものと駄目なものは冷静に見極めているよ」

 オーギュストはそう言うと、深くソファへともたれかかった。


「女神様まで味方につけているんだ、アレと事を構えるのは無謀だね。幸い最初に会った時の件は、あえて不問にしてくれている。いやはや船を作っていたことがまさかこんな役に立つとは、ご先祖様には感謝しないといけないね」

 楽しそうにくつくつと笑いながら目を細めるオーギュスト。

「このまま“良い友達”でいるのが、我々にとって最も良いだろう。パルファンは引き続き個人的な繋がりを。私もバンド活動のおかげで、家族ぐるみで誼を結べそうだ。この関係を末永く保ちたいものだね」


「派閥の皆様にはいかがいたしましょうか?」

 家令のラウルが尋ねる。

「仲良くするかしないかは任せるが、敵対するなら派閥から外す」

「……かしこまりました」


「さてさて、あの船でどこへ行こうと言うのか。何とも楽しみだね」

 そう呟いたオーギュストの目線の先には、水平線の向こうに今まさに消えようとしている瑠璃猫号の姿があった。


週1~2話更新予定。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読んでます! あるあるで、テレビの面白映像てま進水式で、ワインをぶつけて割るシーンで割れないとかたまに映像に残ってるよね(笑) 後は、笑っては駄目だけどオチのついた映像もあるあるだよね…
進水式にはもちろん、軍艦行進曲のメロディと共にくす玉を割ると軍神の使いが飛び出す(←鳩です)のですね
対ショック対閃光防御 とか バリヤーに勝てるのはバリヤーだけだ! とか期待
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