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【マンガ版連載中】異世界は猫と共に ~システムエンジニアは失われた古代の魔法理論を解析し、魔法具界に革命を起こす 【書籍4巻&コミック1巻 2025年9月同時発売!】  作者: ぱげ
第16章:イサム・マツモト男爵

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●第261話●田を植うる 人にまじりし 毛玉かな

 すっきりと晴れ渡った青空を映したこの棚田は、勇の領地が決まってすぐに候補地を探し、開墾したものだ。

 昨年試しに作付け・試食した、例の女神ディアレシスとメーアトル祝福米の評判が非常に良かったため、マツモト領の特産品とすべく早期から計画を進めていたのである。


「今年は三種類の方法を試すんでしたっけ?」

 しばし目を細めて眩しそうに棚田を見ていたアンネマリーが、勇に問いかける。

「うん。直接女神様が祝福してくれた種籾は全く問題無いのは分かってるから、今回はその子供籾? とでも言うのかな。第二世代がどの程度育つのか確認したいんだ」

「……あの種籾には驚かされましたね」

「あははー、あれは本当にびっくりしたよね……」

 勇からの答えに当時を思い出して苦笑するアンネマリー。勇も答えながら同じく苦笑する。


 昨年の七の月。田植えをするには遅すぎる時期に、祝福を受けた種籾――桜米(さくらまい)と命名――を試しに撒いてみたところ、なんと翌日には十五センチほどにまで育っていたのだ。

 その日以降は通常の成長ペースに戻ったのだが、一気に遅れをショートカットするような育ち方に、皆度肝を抜かれた。


 今年も、少量の種籾は既に両女神の祝福を受けている。

 新たに建てられた教会に女神たちも嬉しそうだったし、再びの祝福にベネディクトとミミリアは涙を流して喜んでいた。

 その種籾からは、おそらくとても美味しい米が豊作になる事は間違いないだろう。


 問題は、昨年収穫した種籾がどうなるかだ。

 直接の祝福は影響が大きすぎるため、自己消費する分に限定されている。

 名産として作っていく分については、その子孫の種籾から作っていく必要があるのだ。


 元々がとんでもない種籾だったし、女神様も普通のオリザよりは丈夫で美味しいと言っていたので、ポテンシャルが高いのは間違いないはずだが、実際に育ててみないと具体的なところは分からない。

 そこで今回は、田んぼを分けて三種類の方法を試して比較してみることにした。


 一つ目は昨年と同様、祝福された種籾の直播だ。

 田植えをせず直接種籾を蒔く直播は、普通は労力とトレードオフで収穫の安定性が低くなる。普通は――。

 しかし女神の祝福の力はとんでもなく、昨年は見事に育ってくれた。


 なので今年も、祝福された種籾は直播で育てる事にしたのだ。

 なお、元気に育っただけでなく収量も品種改良された現代の稲より三割ほど多いことは、勇の知らない事実である。


 二つ目と三つ目は、どちらも昨年収穫した二代目桜米の種籾を使ったパターンだ。

 違いは、直播するか田植えをするかである。


 直接祝福を受けた種籾より色々な面でグレードダウンする事は既定路線なので、直播してその差を見極めるのと、ひと手間かけてその差がどれくらい縮まるかを図るためだ。

 そのため、四の月上旬から小さな温室で苗を育てていた。


 ちなみにこのガラス張りの温室だが、ヴェガロアの教会の片隅に作られている。

 新しい教会を建てている時に、神様へ供えるための種を育てる聖地として作れないかとベネディクトにお願いして作ってもらったものだ。


 この世界(エーテルシア)で最もガラス作りに精通しているのは、ステンドグラス作りに心血を注いでいる教会だ。

 それに目を付けた勇がベネディクトと結託し、女神をダシに使って作ってもらったのである。

 現役の神様である織姫も「にゃっふ」と言っていたので、バチが当たるようなことは無いだろう。


 直播するものは既に先日撒き終えており、小さな若芽が水面から元気に顔を覗かせている。

 今日は、最後に残った田植えをする日だった。



「リディル! そっちはしっかり持ってるか!?」

「もちろんです! いつでもいけますよ~」

 田んぼを挟んで両側の畦道に立つフェリクスとリディルが、声をかけあっている。

 その手にはピンと張られた細いロープが握られており、田んぼを横断していた。


「じゃあ水面まで下ろしてください!」

「「はっ!」」

 ふくらはぎまで水に浸かってそれを見ていた勇が指示を出すと、両サイドの二人が腰を下ろしてロープを水面付近へ垂らしていく。

 よく見ると、ロープには等間隔で小さな印がつけてあるようだ。


「オッケーです! で、皆さんはこうやって印の付けてある辺りに苗を植えて下さい」

「「「「「はいっ!」」」」」

 勇は、左手に持った束から苗を一本取り出し、右手で印のすぐ手前へグイっと植え付ける。

 真剣な表情でそれを見ていた騎士や農家の面々も、勇に倣って苗を植えていく。


「フェリクス! 移動してください!」

「はっ!」

 皆が植え終わったのを確認した勇がフェリクスに声を掛けると、半歩程移動してからまたロープを水面付近まで垂らす。

 そして田んぼの中の者たちが苗を植える。

 それを田んぼの端にくるまで繰り返していった。


 等間隔で稲を植える“正条植え”。それの初歩的なやり方だ。

 明治時代に導入されたこの植え方は、稲に万遍なく陽が当たり風通しも良くなるため、収量を二~三割増やした画期的な方法だ。


 これも某アイドルが村を作る番組で何度もやっていたので、せっかくだからと勇が今回導入していた。

 木で出来た道具を使うなど色々な方法があるが、棚田は形もサイズもバラバラなので、手間がかからず調整がしやすい原始的な方法をとっている。


 またしても領主自らが農作業、しかも泥水にどっぷりつかってそれをやっていることに領民たちは驚いていたが、田植えのやり方は勇しか知らないので致し方無い。


「これは……、腰にきますね」

 作付け予定の半分ほどを過ぎた辺りで、勇の隣で田植えを手伝っていたアンネマリーが呟く。

「あはは、こればかりは仕方がないよね。前にいた世界では、自動で植える機械――魔法具もあったけど、さすがに作り方は分からないしねぇ」

 そう言いながら、勇も腰に手をやりグイっと反るようにして身体を伸ばした。


 ドボン!!

「ぎゃーーっ! こけたっす! 濡れたっす!! 起き上がれないっすーーっ!!!」

 別の区画では、同じく腰を伸ばそうとしたティラミスが足をとられ、盛大にひっくり返ってジタバタともがいていた。

「うはははっ! 何やってんのよティラミス!! あんた、何気にどんくさいとこあるよねぇ、あははは」

 それを見たマルセラが腹を抱えて大笑いしている。


「むーー、そんなに笑うとはひどいっす! むーーー、えいっ! これでも喰らうっす!!」

「ひーお腹いた、ってうわっ! ちょっとあんた何してんのよっ! やめな、わぶっ!?」

 ドボン!

 笑うマルセラに両手で泥を投げつけるティラミス。それを躱そうとしたマルセラが、バランスを崩して尻餅をついた。

 

「うひひ、見たかっす!!」

「やったわねぇ!! ……『水球(ウォーターボール)!』」


 ドパンッ!!


「うぎゃーーっ! 魔法を使ったっす!! 信じられないっす!!!」

 キレたマルセラが投げつけた水球(ウォーターボール)がティラミスの目の前で弾け、激しい泥飛沫が襲い掛かる。


「こらーーーっっっ!!! お前らは何やってんだっっ!!!」

 その様子を見ていたフェリクスから怒声が飛んだ。


「……あれは放っておいて大丈夫なのでしょうか?」

「はっはっは、いいんじゃない? フェリクスが指導してくれるだろうし。楽しそうで何よりだよ」

 大人の泥遊びを見てアンネマリーが眉間に皺を寄せるが、勇は気にする事は無いと笑顔だ。


 その後も猫たちの乱入騒ぎなどのイベントもありつつ作業は続き、一日かけての田植え作業は終わりを迎えた。


 今回作った棚田は、合計でおおよそ三反ほど。

 三割は祝福を受けた種籾を直播し、同じく三割に昨年収穫した二代目を直播、残りに田植えをした形だ。


 日本の一般的な水稲米だと、一反で大体六百キログラム程の白米が収穫できるといわれている。

 三反なので、期待値は二トン弱と言ったところだ。

 まだまだ商品として売り出すには心許ない量だが、この辺り一帯はまだまだ開墾の余地がある。


 今後の本格的な水田拡大に思いを馳せつつ、皆で豊作を祈って棚田を後にした。



 田植えから二週間ほどたったある日の夜。

 随分としっかりしてきた若稲がそよそよと揺れる棚田に、小さな影が忍び寄りつつあった。


 それは、棚田に近くの川から水を引くために作られた水路を泳いでやってきているようだ。影は一つではなく、全部で十程といったところか。

 ほとんど音もさせずにすいすいと泳いできたそれらは、網が張られた棚田手前の分岐地点で土手へと上がってきた。


 月明かりに照らされた表皮は硬そうな甲羅に覆われている。

 特に目を引くのは、鮮やかな赤い色と長く伸びた髭、そして何といってもその大きな二つのハサミだろう。


 全長一メートルほどのその姿は巨大なザリガニ――日本人が見たら百人中百人がそう答えるだろう。


 陸地に上がっても普通に動けるあたりは地球のザリガニと似ているが、その動きは地球のそれより速い。

 また、地球のザリガニが後ろ向きに進む方が速いのに対して、巨大ザリガニたちは普通に泳ぐのも得意なようだ。


 そんな巨大ザリガニは、一匹また一匹と土手を乗り越え、ボチャンボチャンと次々と棚田へと入っていく。

 そして、その巨大なハサミでザクザクと若稲を刈り取ると、器用に口へと運んで食べ始めた。


 マッドクレイフィッシュ。通常は湖などに生息する雑食性の生物だ。

 獰猛で、人が近づくとその大きなハサミで襲い掛かって来る事もあるが、驚いたことに魔物ではない。


 雑食ではあるのだが好物は水棲の植物で、特に柔らかい水草類は大好物だ。

 弱い魔物相手であれば戦うことも出来るため、個体数自体はそこそこ多い。


 しかし水は井戸から汲むか魔法具を使い、水生の作物を育てる事も無いこの世界(エーテルシア)では、人の住むエリアには水草が生えるような環境は少ない。

 そのため、街に暮らす人にとってはあまり見かけることはない生き物だろう。


 今回はその優れた嗅覚で、たまたまここにその大好物がある事に気付き、水路を伝ってやってきたのである。


 あっという間に一株を食べ終え二株めに手を出した時、また別の影が棚田の脇に現れた。

 大きさはマッドクレイフィッシュの半分程か。

 最初に現れた影に続いて、それよりやや小ぶりな影が三つ、少し遅れて到着する。


「にゃふっ!」

 そう小さく鳴いた最初に現れた影は、躊躇せずマッドクレイフィッシュに突っ込んでいく。

 何かが突っ込んでくることに気付いたマッドクレイフィッシュは、食べるのを止めて苛立たしげにそのハサミを振りかざした。


 キンッ

 ポチャン


 金属音のような音が微かに響いた後、何かが水に落ちる音が続く。


「ギ、ギギ……」

 右のハサミを根元から切り落とされたマッドクレイフィッシュが、石をこすり合わせたような声を出す。

 怒っているのか、残った左のハサミをさらに激しく振り回して、畦道に降りた影の主へと突っ込んでいった。


「んにゃ」

 雲に隠れていた月に照らされた影の主――織姫が、気の抜けた鳴き声と共に突っ込んでくるマッドクレイフィッシュに猫パンチを見舞う。

 一瞬その前足が光を放ったような気がした。


 キキンッ

 バシャリ

 再びの金属音と水音。

 クレイフィッシュは左のハサミと首筋を斬られ、泡を吹いて動かなくなった。


「にゃっふ!!」

「みゃー」

「みゅみゅっ」

「ニャン」

 それを確認した織姫がひと鳴きすると、残りの影たち――ドレクスラーの愛猫クーパー、ティラミスの愛猫キキ、マルセラの愛猫ジャックたちが、一斉に飛び掛かっていく。


 キン、キキキン


 縦横無尽に飛び回る猫たち。

 さすがに織姫のように一撃でハサミを斬り落とすような真似は出来ないが、危なげなくマッドクレイフィッシュたちにダメージを与えていく。


 五分後。静かになった棚田で動いているのは、四匹の猫たちだけになっていた。

 倒したマッドクレイフィッシュをぺしぺしと弾いて棚田の隅に集めると、織姫を残して猫たちは街へと戻っていく。

 それを見届けた織姫は、近くにあるメルビナの村へ向かって駆け出した。



「んにゃ」

「おお、オリヒメ先生では無いですか! こんな夜更けに如何されましたか?」

 メルビナへと着いた織姫は、入り口で夜警の任務にあたっていた兵士に声を掛けるように一鳴きする。


 対応したのは、元々前領主であるセードルフ家に仕えていたベテラン兵士のメルキドだ。

 織姫は騎士や兵士の訓練にちょくちょく顔を出すし、近隣の森などで魔物を狩ったりしているので、彼に限らず兵士らとはすっかり顔馴染みで、先生呼びも定着している。


「んにゃにゃ」

 織姫は破顔するメルキドの脛をちょいちょいと叩くと、くるりと踵を返して今やって来た道へと引き返す。

 数歩歩くと振り返って、再び「んにゃっ」と小さく鳴いた。


「……ついてこい、と仰られるのですね? おい! ちょっと出てくるから見張りを頼む!!」

「はい? 出る? こんな夜中にですか??」

「ああ。オリヒメ先生がついてこいと仰られるのでな!」

「え? 先生がいらっしゃってるんですか!?」

「マジか! ここに来られるのは珍しいな!!」


 門の脇にある詰所にメルキドが声をかけると、同じ夜勤のシフトに入って仮眠をとっていた二人の若手兵士が慌てて飛び出してくる。


「まったく……。そう言うわけだから、戻るまで頼んだぞ」

「はーーい」

「先生! 帰りも寄って下さいね!!」

 そわそわしている自分の事を棚に上げたメルキドは、小さくため息をつきながら織姫の後を追った。


「ここは……。先日マツモト様が整備されていた“たんぼ”ですか。こんな所に何が――」

「にゃっふ」

「なっ!? マッドクレイフィッシュ!? 先生、離れてくださいっ!! って死んでるのか?」

 織姫に棚田へと案内されたメルキドが、その脇に積み上がっているマッドクレイフィッシュを見て驚きの声を上げる。


「硬い甲羅がこんな綺麗に切断されてる……。こちらは先生が倒されたんですね?」

「にゃう」

 亡骸を検分し、その切り口を見たメルキドが感嘆の声を漏らした。


「んにゃにゃん」

 織姫は切断されたハサミの一つを咥えて引きずって来てメルキドの目の前に置くと、彼を見上げる。


「……これらを持って帰れ、という事ですか?」

「にゃん!」

 しばし考えたメルキドが問いかけると、満足そうに織姫が頷いた。


 その後、詰所に戻って荷車を駆り出し、若手兵士の手も借りてマッドクレイフィッシュを村へと持ち帰る。

 それはすぐ村長へと伝えられ、翌朝には勇の元へと知らされるのだった。

週1~2話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
門番の名前がメルキド  なんやらクエストしちゃいそう
嫌な害獣……害虫?が来たものだ 棚田とはいえ、三反相当で、3:3:4なら「それぞれ一反分ずつ」のような表現の方がわかりやすいのでは?
上流部の森林はキチンと保護しろよ~ 腐葉土の栄養が水に溶けて川に流れ込む事によって 連作障害がほぼ起こらん液肥になっとるからな~
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