●第246話●初めての大評定
王妃との面会翌日は、商会の関係者らを訪問したり訪問されたりしているうちにあっという間に過ぎ、年を越して元旦を迎えていた。
午後からは、王国最大のお祭りである巡年祭もいよいよ始まる。
そんな日の朝、クラウフェルト家のタウンハウスには、複数の魔動車が集っていた。
「久しいの、イサムよ」
「ご無沙汰していますエレオノーラさん。プラッツォでは大活躍だったようですね」
傭兵伯爵として名高いエレオノーラ・エリクセン伯爵と勇が言葉を交わす。
エレオノーラは、先のプラッツォにおける動乱の後半、最前線にその身を置き八面六臂の活躍を見せていた。
前線へ向かう直前に会ったのを最後に顔を合わせていなかった事もあり、自然と会話はその時の事になる。
「かっかっか、アレは久々に暴れられて楽しかったの。また出てこんかの」
「勘弁してくださいよ、大将……。魔法巨人の集団に突っ込むのは金輪際御免ですわ」
快活に笑いながら物騒な事を口走るエレオノーラに、隣にいた護衛のガスコインが渋面する。
傭兵騎士団長である彼もまた、エレオノーラと共に最前線で戦った一人だ。
しかも当主の護衛を兼ねているので、常に激戦区へと突っ込んでいく当主について散々な目にあっていたことは想像に難くない。
「お疲れ様でした、ガスコインさん……」
「にゃぁふぅ~」
そんなガスコインに同情の言葉をかける勇と、ポスポスとその肩を叩く織姫。
「まったく、大人しくしてもらいたいもんだぜ」
一人と一匹の励ましに、ガスコインは大きくため息をついた。
「ところでお二人とも、魔動スクーターでお城へ向かうんですか?」
一通り言葉を交わした勇が、エリクセン家の魔動車が無い事に気が付く。
「おう。大将含めてウチの連中には、こっちの方が評判が良いもんでな」
ガスコインによると、馬ほどの自由度は無いにせよ小回りが利き、常に周りを視認できる魔動スクーターのほうが、傭兵たちには評判が良いらしい。
王都へと向かう車列も、スクーターの数がかなり多く、魔動車はどちらかというと荷物を運ぶのに使っているそうだ。
もっともガスコイン自体は、乗り物酔いが酷いためスクーターに乗っているのだが……。
「この寒いのによくやるのぅ、おぬしらは……」
「かっかっか、ルビンダのじい様よ、老け込むのは早くないかの?」
「ルビンダさん、ご無沙汰しています」
エレオノーラらとの会話に入って来たのは、ルビンダ・バルシャム辺境伯だ。
彼もまた先の動乱では、南ルートからプラッツォに入って最前線で戦っていた。
エレオノーラと同じく現場大好き人間ではあるが、外気をもろに受けるスクーターよりも温かい魔動車の方が良いようだ。
「久しぶりじゃの、イサム。このコタツ付きの魔動車は実に良いなぁ。毎年大評定の移動はしんどかったんじゃが、それが嘘のようじゃ」
「あはは、お役に立てているなら幸いです」
大評定は冬の寒い時期に行われるため、簡易な暖房が付いた魔動車での移動は、馬車と比べてかなり楽になるだろう。
ましてや悪魔の魔道具ことコタツまで導入されているのならばさもありなんだ。
その後も、お隣にタウンハウスを構えるイノチェンティ辺境伯や、一緒に王都入りしたザバダック辺境伯、ビッセリンク伯爵らとも言葉を交わす。
規模や家格から言えば、イノチェンティ家やビッセリンク家のタウンハウスに集まるのが自然だろう。
が今回は、新たに上級貴族となるクラウフェルト家と叙爵されるマツモト家との結びつきを分かりやすくアピールするため、あえてクラウフェルト家へと集合していた。
そんな思惑と共に集まった一行は、多数の魔動車と魔動スクーターを連ねて、大評定の会場となる王城へと向かっていった。
◇
「はっはっは、どうだ、可愛いだろう?」
「まあぁおぅ」
初めての大評定に緊張して臨んでいた勇は、目の前の状況に混乱していた。
国王の頭の上に、猫がいるのだ。
いや、より正確には、王国の貴族家当主が居並ぶ大評定の会場に、茶トラの猫を頭に乗せた国王が入ってきたのだ。
それも満面の笑みを湛えて……。
そしてその国王の第一声が、先の台詞である。
初めて大評定に参加しているので、どんな雰囲気の場なのかは知り得ぬ勇ではあるが、猫を頭に乗せて良い場では無い事くらいは分かるつもりだ。
いや、あまりの自然さに一瞬それが許される場なのか? とも考えた。
しかし居並ぶ貴族の呆気にとられた顔や、国王と一緒に入ってきた宰相のザイドの何とも言えない引きつった表情を見るに、勇の常識は肯定された。
「……陛下、ネコが愛らしいのは分かりますが、議場に連れて来られるのはいかがなものかと」
誰か突っ込めよ、という貴族家当主らによる無言のプレッシャー合戦が繰り広げられる中口火を切ったのは、サミュエル・フェルカー侯爵だった。
この時ばかりは、敵対派閥のものさえ皆「よく言った!」という表情である。
「固いことを言うな、サミュエル。それよりこの“ジークベルト”がネコだとよく分かったな。……いや、そうか。貴様はしばらくイサム――マツモト新男爵と行動を共にしていたな」
サミュエルの言葉を受け流しながら、ジークベルトを膝の上に降ろしながら国王ネルリッヒが思案顔になる。
昨年の巡年祭における勇の婚約発表や、今尚人気の紙芝居などで織姫の知名度は随分と上がっているものの、それが猫という生き物であると言うことは、まだそこまで知られていない。
居並ぶ当主たちでさえ、正しく理解しているものは半数程度だろう。
勇達が、茶トラ柄のジークベルトを選んだのも、“織姫と色が似ていること”が理由の一つになっている。
「陛下、確かそちらのネコは、クラウフェルト家より陛下に贈られたものであるとか?」
正しく理解している者の筆頭格であるオーギュスト・シャルトリューズ侯爵が、ネルリッヒに質問を投げかける。
親王派閥の重鎮だけに、つい一昨日の出来事であってもきちんと耳に入っているようだ。
(クラウフェルト家が?)
(またか?)
(先日魔法巨人も寄贈していなかったか?)
多くの貴族が少しざわついているのを見るに、詳しい事情までは知らないものが大多数のようだ。
「ああ。ジークはセルファース、いやより正確に言うならイサムから贈られたものだな。ただし、ワシにでは無く妻に対してだがな」
「……なるほど、そうでございましたか」
国王からの返答に頷くオーギュストだったが、続けて放たれた言葉にその表情を一瞬険しくさせた。
「いたく妻が気に入っておってな。孫たちも丁度手を離れた頃だが、また可愛い孫を養子にもらったようだ、と溺愛しておるわ。イサムよ、感謝するぞ」
「こ、こちらこそ、ジークベルトを可愛がっていただきありがとうございます! 王妃様に可愛がられて、彼も幸せでしょう」
急に話を振られた勇が、末席から慌てて礼を口にする。
国王の口から出た言葉に、場内も再びざわついた。
(そうか、今の事を言うためにわざわざジークを連れて来たのか……。いくらなんでも可愛いだけで連れてこないよなぁ)
礼を言いつつそんな事を内心で呟く。
王妃の話とは言え、養子のようだとの言葉が国王の口から出た意味は大きい。
新興貴族と甘く見て何かしら事を起こせば、それは王の縁者と知って手を出した、と言われかねないのだ。
実際は縁組でも何でもないのだが、親密な事には違いは無く、当面の抑止力としては十分だろう。
「お~~、よしよし。ほれ、オーギュスト。貴様も触ってみろ。特別に触らせてやるぞ?」
「……光栄でございます」
しかし色々と考える勇の前で、少々嫌そうな顔をしているオーギュストに、ジークベルトをぐいぐいと近付ける国王。
(……ホントに可愛かっただけ、じゃないよな?)
嫌そうな顔をしながらも大人しくしているジークベルトに同情しながら、勇は苦笑した。
そんな国王の戦略(?)の甲斐あってか、大きな議題であったクラウフェルト家の昇爵や勇の叙爵、先の戦乱に関する褒賞や罰については、恙無く午前中の内に満場一致で承認がされた。
これをもって正式に、勇はマツモト男爵家の初代当主となった。
御前試合の前に行われる今年の婚約発表と合わせて、国民の前で大々的に発表されるが、そちらはオマケのようなものだ。
午後からは、例年通り昨年の総括と今年の方針についての報告が行われた。
ズンの動乱とそれに呼応した一部貴族の行った行為の影響で、色々な部分に混乱が生じていたが、現時点ではほぼ落ち着いてきている。
そのため今年は、領地替えなどはあるものの中央も地方も順調に運営がされるだろう、というのが大方の見立てだった。
むしろクラウフェルト家、マツモト家が主導して導入された、魔法巨人の書記を使った通信事業により、王国の発展が一段加速するだろうという意見もあったほどだ。
大きな混乱なく進められた評定において少々驚かされたのが、サミュエルの宣言に端を発した各派閥の方針表明だった。
この国の派閥は、日本の政党のように明示されているものでは無いし、どの派閥に属しているか宣言する必要もない。
影響力は大きいのだが非公式な集まりなので、こうした公の場で派閥として発言をするのは異例だろう。
「私は今をもって、カレンベルク卿ら志を共にする者と行動を共にすることを表明する」
サミュエルの宣言の最初はそんな言葉だった。
これは、旧ヤーデルード公爵家を中心とした派閥からの脱退及び、新派閥立上げの宣言でもある。
「先の動乱により、国内貴族の勢力図は大きく変わった。陛下の差配と優秀な後進の台頭により、幸いにして国力は損なわれなかったが、一歩間違えば大変な事になっていたのもまた事実」
居並ぶ諸侯らを見渡しながらサミュエルの宣言は続く。
「よって今後我々は、他国はもとより、王家及び貴族家、そして派閥の監視と調整のみに特化して行動することを宣言したい」
そう言って言葉を締めた。
内容自体は、これまでフェルカー家がやって来たことではあるが、それを表向きに公言したのは大きい。
派閥の利を追求せず王国の為にその力を使うという宣言でもあるので、どの派閥に与するものも表立っての反論は出来ないだろう。
一方フェルカー家とカレンベルク家が抜けた反王派は、かなり弱体化したとはいえまだ多くの貴族家が所属している。
しかし実際に王家を裏切った家が出てしまったので、貴族による領地の自治とその権利保障のために動き、ひいてはそれが健全な国家運営に繋がると言う、これまでよりトーンダウンした表明にとどまった。
これまでそれに対抗してきた親王家派は、反王派の弱体を喜ぶも新たに出来た勇らの派閥の力が強いことを懸念する事を表明した。
ただし、今の所それが王家に仇をなしてはおらず、なんならその力を増すことに繋がっているため、敵対する事は無いと明言。
今後も変わらず王家の後ろ盾として働くことを方針とするそうだ。
そして最後に勇達だが……。
「我々は、ひとえに王国の発展と平和を目指す事に尽力するつもりです。その為であれば、派閥など関係無く協力を約束しましょう」
と、晴れて伯爵となったセルファースが宣言し、辺境伯らもこれに頷く。
「わっちのとこの傭兵も同じよな」
「私のところの魔道具も同じですね」
傭兵騎士という独自戦力を持つエレオノーラもこれに賛同、続けて勇も言葉を口にした。
「分かった。色々な考えはあるが、いずれも国を思っての事であることを確認した。今後も国の為に存分な働きを期待する」
「「「「「はっ!」」」」」
各派閥の宣言をじっと聴いていた国王が最後にそう締めくくり、勇の初めての大評定は幕を閉じた。
こうして、王国に新たな政略地図が描かれ始める。
それが波乱を呼ぶのか発展に繋がるのかは誰にも分からないが、長い王国の歴史の中でも大きな転換期になるであろうことを、誰もが感じているのだった。
週1~2話更新予定予定。
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