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【マンガ版連載中】異世界は猫と共に ~システムエンジニアは失われた古代の魔法理論を解析し、魔法具界に革命を起こす 【書籍4巻&コミック1巻 2025年9月同時発売!】  作者: ぱげ
第15章:貴族への階段

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●第243話●大評定に向けて集まる人たち

 年の瀬が迫る十二の月の二十五日の午前。クラウフェンダムにあるクラウフェルト家の前庭は、活気にあふれていた。

「荷物の積み込み急げよー」

「替えの魔石と車輪チェックを怠るな!」

「こらっ、ティラミス! お前は乗るなとあれ程言ったのになにやってんだっ!!」

「うわっ、見つかったっす!!」


 年始に行われる大評定と御前試合に出発するための最終準備が行われているのだ。

 白い息を吐き出しながら指示を出す大きな声に交じって、約一名隊長のディルークに怒られている者もいたが、概ね順調に準備は進んでいる。


「ふむ。ここまで魔動車が並んでいると壮観だな」

「そうやなぁ。一年前からは想像も出来んわ」

 その様子を見ながら、年嵩の男性二人がしみじみと言葉を交わす。

 クラウフェルト家の寄親であるビッセリンク伯爵家の当主、マレイン・ビッセリンクと、ザバダック辺境伯家の当主ズヴァール・ザバダックだ。


「馬車より速い上に快適だってんだから、イサム、いやマツモト男爵様様だな」

「ちょっとダフィドさん、やめてくださいよ」

 同じくその様子を眺めていた、近々クラウフェルト家の寄子となるヤンセン子爵家当主、ダフィドヤンセンがからかい半分に勇に拝むようなしぐさを見せた。


 勇達の立ち上げた派閥のうち、王都から見て北東の方角に領地を持つ四家にマツモト家を加えた五家の車列が勢ぞろいしているその様は、まるで道の駅の駐車場のようだ。

 先のズンとの戦争をきっかけに、派閥内各領における魔動車のセミ・ノックダウン生産が促進された事で、クラウフェルト家以外も魔動車による移動が出来るようになっていた。

 今回は、魔動車だけでも三十台以上、魔動スクーターを加えると五十台近い魔道具による大集団となっていた。


 そんな中ズヴァールは一台の魔動車の前に立つと、誇らしげな表情で集まっていた領主たちに話しかけた。

「ふっふっふ、ところでどうやこの外装は。スノーワイバーンの鱗を使っとる。イサムのが黒やから、儂のは違う色にしてみたんや」

 自慢げに語るズヴァールが撫でているのは、自身が乗るザバダック家領主専用車両だ。

 

 その外装色は水色掛かった白銀で、勇の黒猫(シュヴァルツ・カッツ)とは一線を画す見た目になっていた。

 本人の弁が正しければ、凶暴なスノーワイバーンの鱗を貼っているらしい。

 以前に、同じスノーワイバーンの角を使ったとんでもない麻雀牌を作ってきた事があったので、おそらく真実だろう。


「これはまた……。凄いですね」

 それを見た勇が感嘆の声を上げる。

 シルバーの外装色の自動車は見慣れたものだが、独特の光沢と文字通り鱗状になった質感は、それとは全く別物だった。


「ふふ、そうやろ? コイツは見た目だけでなく機能面も優れとるぞ」

 勇の驚く表情を見たズヴァールが、上機嫌で説明を続けてくれる。

 スノーワイバーンは通常のワイバーンよりも強力な魔物で、その鱗は美しいだけでなく強固だ。

 そして、魔法に対する耐性もある程度あるらしい。


 それを外装に贅沢に使う事で、見た目の煌びやかさと性能を両立しているのだと、ズヴァールの鼻息は荒い。

 防御用の魔法陣が描かれた外装の上に貼り付けているので、そちらの効果がどうなっているかまでは分からないのだが、素材のポテンシャルが高いので大した問題では無いのだろう。


「ねぇアンネ、あれもやっぱりお高いの?」

 以前持って来たスノーワイバーンの角で作られた麻雀牌が百万ルイン――日本円換算で一億円と言っていたのを踏まえて、勇が小声でアンネマリーに尋ねる。

「そうですね。角よりも一匹から取れる数が多いので単価は下がりますが、今回は大量に使っていますから……。数百万はすると思います」

 同じく小声で答えるアンネの言葉に、勇がヒュッと息を飲む。


(いつも気さくに話してくれるから麻痺してたけど、そのへんは流石に上位貴族だなぁ……)

 と遠い目で勇がそんな事を考えていると、黙ってズヴァールの話を聞いていたマレインが口を開いた。


「ふむ、これは確かに素晴らしいですなぁ。ただ、些か派手――成金趣味では無いですかな?」

「なんやと?」

 その言葉を耳にしたズヴァールの表情が瞬時に険しくなる。


(ちょ、ちょっとマレインさん! なに喧嘩売ってるんですか!?)

 一瞬で周囲の温度が下がったかのような緊張感に、勇が心の中で叫ぶ。


「なるほどスノーワイバーンの鱗は確かに実に美しい。しかし、森や平原を走るには些か目立ちすぎるのでは? それと……」

「それと?」

「ただ貼り付けるだけというのは、少々面白みに欠けるのでは?」

「ほぅ。そこまで言うのであれば、さぞや面白い魔動車をお持ちのようやな、マレイン卿は……?」

 スッと目を細めるズヴァール。


「フフ、まぁ大したことはありませんが……。クラース、私の魔動車を」

「かしこまりました」

 そんな圧を全く気にすることなく、執事長に指示を出すマレイン。

 織姫に会うため昨日クラウフェンダムに来て一泊していたマレインの魔動車は、昨日のうちに整備確認を終えて現在は中庭に停めてある。

 それを取りに行ったクラースが、一台の魔動車を操縦して戻ってきた。


「こちらが当家の魔動車です」

 目の前で停まった魔動車の脇に立ち胸を張るマレイン。

 それは真っ赤な魔動車だった。


「うわぁ、これまた凄いですね……」

 まだ実物を見ていなかった勇が、再び感嘆する。

 やや暗い赤色で鈍い光沢を放つその魔動車も、ズヴァールのものに劣らない存在感と高級感があった。


「これは何の……。はっ!? クリムゾンスコーピオンかっ??」

 外装を険しい表情で見ていたズヴァールが、何かに気付いてマレインを見る。

「ええ。仰る通り、クリムゾンスコーピオンになります」

 ニヤリと笑みを浮かべて首肯するマレイン。


 クリムゾンスコーピオンは、その名が示す通り鮮やかな真紅の外殻を持つサソリの魔物だ。

 ただしその大きさは尻尾を含めずに三メートルほど。同じくらいの長さの尻尾があるので、全長は五メートルを超える。

 非常に硬い外殻と強い毒を持つ強力な魔物なのだが、静かな場所を好むため人の住んでいる辺りにわざわざ出てくることは無い。

 しかしうっかりその住処に近付こうものなら、巨大なハサミと毒で猛然と襲い掛かって来るので注意が必要だ。


 そんなクリムゾンスコーピオンの外殻だが、死亡するとすぐに色が黒っぽく変色してしまう。

 なので、そのままでは固いだけで装飾には向かない。

 が、多層構造になっている外殻の外から二番目の層は、死してもなお綺麗なワインレッドのままだ。

 非常に硬く分厚い一番外側の外殻を時間をかけて丁寧に削る事で、その美しい層がお目見えするのである。


 ただでさえ危険な魔物な上、加工に非常に手間がかかるため、これまた貴族の間ではかなりの高額でやり取りがされている素材らしい。

 それを惜しげもなく使ったマレインの魔動車も、間違いなく数百万は下らないだろうというのが、アンネマリーの見立てだ。


「やはり自分が乗るものは、手間暇かけてこその物でしょうな」

 勝ち誇ったような表情で言うマレイン。

「ふっ。確かにクリムゾンスコーピオンも良い素材だが……、少々地味やな。そんな事では他家に侮られるぞ?」

 対するズヴァールも余裕の表情で一歩も引かない。


(うわぁ、なんか面倒な見栄の張り合いになったな……。しかし異世界に来てまでカスタムカー自慢に遭遇するとはなぁ)

 偉いおじさん二人の争いに、勇が苦笑しながらそんな事を考えていると、更なる参戦者が現れてしまった。


「いやいやいや、お二人とも本質ってもんが分かっていらっしゃらないのでは?」

「おい、ダフィ! お前何を言っている!?」

 上位貴族の当主に、指を一本振りながらまさかのダメ出しをするダフィド。驚愕の表情でセルファースが咎めるが、素知らぬ顔だ。


「ほぅ、若造が吹きよる……」

「ダフィド、貴様誰にものを言っておるか分かっておろうな?」

 案の定、剣呑な空気を纏わせた両当主が睨みつけた。


「フフ、魔動車のカスタムに、若いも偉いもありませんぜ。大事なのはいかに優れたカスタムをしているか、その一点のみ……」

「大した自信やな」

「大口を叩いたな……。よかろう、貴様の魔動車を見せてみろ」

「ええ、もちろんです。おい、レイナルド!」

「はっ」

 圧を強める二人に臆することなく、騎士団長のレイナルドに自身の魔動車を持って来させるダフィド。


「こちらです」

 しかし目の前に現れたのは、少々色が違う程度で特に変わったところがない普通の魔動車だった。


「……なんや、何も変わっとらんやないか」

「……どういうことだ、ダフィド?」

 一見何の変哲もない魔動車が登場したことで、怒りではなく呆気にとられる伯爵と辺境伯。


「フ、よく見てくださいよ、これに使っている木材を!」

「木材だと? それがどうし……、むっ!?」

「少々色が違うようだが、それだけ……!? コイツはまさかっ!」

 怪訝な表情でダフィドの魔動車のフレームやホイールを見ていた二人の動きが同時に止まった。


「さすが伯爵方だ。気付かれましたか?」

「貴様、ホーリーチークを使ったな?」

「ご名答。私の魔動車は見た目こそ普通ですがね、木材の部分はほぼ全てホーリーチークを使っているんですよ」

 驚く二人に対して、満面の笑みを返すダフィド。


「ねぇアンネ、ホーリーチークって普通のマホガニーと違うのかい?」

 またもや聞き慣れない素材が出てきたので、小声でアンネマリーに確認する勇。

「はい。チークの中でも樹齢が千年を超えたもの、その中でもさらに女神様が祝福を与えたように淡く光っているように見えるものが稀に見つかります。それをホーリーチークと呼んでいます」


 チーク木材と言えば、地球では勇でも知っている高級木材だ。丈夫で美しいため、フローリングや家具などに人気である。

 この世界(エーテルシア)でもどうやら似たような木があり、これまた高級木材らしい。

 そしてその中でもさらにレアなのがホーリーチークで、更に丈夫で軽いのだとか。

 滅多に見つかる事が無いため、木材とは思えないとんでもない価格で取引されているのが現状だ。


 ダフィドの魔動車は、そんなホーリーチークを贅沢に使っていた。

 魔動車はベースが馬車なので、木材で出来ている部分は多い。

 それをほぼホーリーチークにしているのだから、見た目の地味さとはかけ離れたお金が投入されているだろう。

 ヤンセン子爵領は林業で成り立っている領地で、ホーリーチークが見つかる事があるからこそ出来る芸当だ。

 そしてさらに……


「ただ、本質と言ったのはそこでは無いんですよ。こちらをご覧ください」

 そう言うとダフィドは、魔動車のドアを開ける。

 そこもシートや壁の色こそ違うが、さほど標準タイプのものとの違いは無い。

 マレインやズヴァールの魔動車内のほうが、細かな装飾が施されていて豪華なくらいだ。


「うわ!? このシート、滅茶苦茶手触りが良いですね……」

「にゃっふぅ~~」

 一緒に見ていた勇がシートを触ってその感触に驚きの声を上げた。

 騒がしくしていたのが気になったのか、いつの間にかやって来た織姫も、その手触りが気に入ったのか嬉しそうにテシテシとシートを叩いている。


「さすがはイサムとオリヒメだな、気付いたか。コイツはな、スパイダーシルクを使ってるんだ」

「「スパイダーシルクだと!?」」

 ダフィドの発言に、伯爵と辺境伯の声が被った。


 森の奥に住む大型の蜘蛛の魔物から取れる糸を紡いで織ったのがスパイダーシルクだ。

 その肌触りは通常の絹とはけた違いで、希少性も相まってとんでもない高値で取引されている。

 むしろお金を積んでも買えないので、貴族垂涎の逸品だ。


 これまた森が深いヤンセン子爵領は、スパイダーシルクが稀にとれることがある。

 産業、名産に出来るほどには取れないので、領地に潤いをもたらすほどではないのだが、領主がとっておきとして使うくらいには採取できるのだろう。


「これは乗物なんです。外装ではなく、その乗り心地にこそ心血を注ぐべきでは?」

「確かにコイツは良い座り心地だが……」

「それと見た目を良くする事とは、また別の話だ。どちらが良いと言う話ではあるまい」

「いやいやいや――――」


 尚も三当主の言い争いが続く中、勇が頭の上に戻ってきた織姫にため息交じりに尋ねる。

「はぁーー、皆さんとんでもない魔動車を作ったもんだよねぇ……。姫はどれに乗りたい?」

「うにゃっ?」

「「「む?」」」

 それを耳にした三当主の言い争いがピタリと止み、その六つの目が織姫を捉える。


「ん~~、にゃっふ!」

 そしてしばし考えた織姫は、勇の頭から飛び降りると、一台の魔動車の前まで歩いて行き座った。

「あははは! そうか!? 織姫は俺の魔動車がいいのか! あはは、ありがとう!!」

「にゃっふぅ~」

 嬉しそうに勇がドアを開けると、ひょいと運転席の左側に設えられた織姫専用ボックスシートへと飛び乗り、満足そうに一鳴きした。


「さて、では皆さんそろそろ出発しましょうか」

 それを見届けた勇が、運転席へと乗り込み当主たちに声を掛けた。


「……むぅ、オリヒメはやはりあそこか」

「幸せそうな顔で乗っておるな……」

「くそぅ、何だこの敗北感は……」

 満足そうな織姫の表情を見て、悔しがる三当主たち。


「まぁいい。それとこれとは話が別や。儂の魔動車が一番カッコええのは間違いない」

「はっはっは、それこそ私の魔動車のほうが上でしょうな」

「お二人とも何を言っておられるので?」

 しかしすぐに立ち直ったのか、それぞれの魔動車に向かいながら再び小競り合いが始まる。


「なんだかなぁ……」

 その様子を遠目で見ていたセルファースの溜息が、白い息と共に零れた。


 こうして今年の王都行きの旅路が、賑やかに始まるのだった。

週1~2話更新予定予定。

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― 新着の感想 ―
赤い車体も森や平原で悪目立ちすると思うんだけどな
あなたもか! なろう系最大の悪癖が出てますね。 プロの作家がほぼ使わない言葉。 たった一言で作品を台無しにしてしまう魔法の言葉。 「だった。」
数年後、『幼稚園バス・ネコ』で画像検索したら出てくる『ネコのバス』が、マツモト領の観光用として走ってそうですね(笑)
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