●第237話●銀の光 金の光
魔動車と魔道スクーターを連ねてクラウフェンダムを発った勇達は、昼過ぎにはテルニーの町へと到着した。
そこでしばしの休憩がてら、住民に南西の森についての聞き取りをしてみたのだが、領主夫妻が言っていたように魔物の密度が濃いという話以外は聞けなかった。
やはり南西側――より正確には南側一帯の森に分け入るようなことは、あまり無いそうである。
木々を伐採するにせよ、動物を狩るにせよ、手前の浅い所や北側に広がるある程度手入れされた森の方で十分という事なのだろう。
一時間後。
テルニーでの情報収集が不発に終わったイサム達一行は、休憩を終えて午後の早い時間から南西側の森へと入っていた。
夜にならないと魔力光はよく見えないとは言え、暗くなってから森に入ったのでは行軍速度が落ちて効率が悪い。
陽のあるうちに、想定場所の近くまでなるべく進んでおこうという目論見だ。
探索部隊は全部で十三名。
勇、アンネマリー、エト、ヴィレムの研究所メンバーに、専属護衛騎士の六名、冒険者ギルドサブマスターのロッペン、それにユリウスとドレクスラーだ。
ユリウスとドレクスラーは、森の入り口付近で魔法巨人を操縦している。
ロッペンは「森の中つったら冒険者の出番だろ」という謎理論で勝手に付いてきていた。
なおティラミスも魔法巨人で行きたいと言い張ったのだが、雑な操縦で森を荒らすことになるため却下されている。
「みゅーーっ!!」
「よし! キキ良い感じっすよ!!」
そんなティラミスの嬉しそうな声が、森の木々の中にこだまする。
「みゅみゅ~!」
「よしよし、えらいっす」
自らが狩ったフォレストリーチを咥えたキキは、パートナーであるティラミスの所まで戻ってくると、咥えていた獲物を目の前にポトリと落とした。
ティラミスが褒めながら喉を撫でると、キキは得意げに胸を張る。
生後九ヶ月ほどとなったキキは、地球の猫と同じであればそろそろ子猫の終わりごろといったお年頃だ。
身体も随分大きくなってきており、フォレストリーチ程度は難なく狩る事が出来るようになっていた。
五分も森の中へ分け入れば断続的に魔物と遭遇する事になり、そこからさらに一時間も進んだ現在は、継続的に遭遇するようになっていた。
ニコレットらの言っていた通り、クラウフェンダム周辺の森よりは明らかに魔物の数が多そうだ。
そしてそれ以外にも勇は違いを感じ取っていた。
「出現する魔物の種類も、クラウフェンダム辺りとはちょっと違いますね」
「そうだな。熊やらボアやらスパイダーやら共通するのもいるが、こっちにゃあ亜人共があまりいねぇ」
勇の質問に答えたのはロッペンだ。
亜人とは、ゴブリンやオーク、オーガなど、人型をしたある程度の知能を持った魔物の総称である。
ロッペンの言うとり、クラウフェンダム周辺では代表的な亜人であるゴブリンなどと良く遭遇する。
しかしこちらの森では、ここまでで二十回は魔物と戦ったが、亜人は二足歩行のハイエナのようなコボルトと一度戦っただけだ。
クラウフェンダム周辺だと接敵する魔物の少なくとも三分の一は亜人なので、その差は歴然である。
「それと、こっちはリーチが多めだな」
「言われてみればそうですね。フォレストリーチ以外のもいましたね」
もう一つの違いがリーチの多さだ。数もそこそこ多いのだが、種類が豊富でサイズも大きいものが多い。
クラウフェンダム周辺には一般的なフォレストリーチくらいだが、こちらはより深い森にいるというジャングルリーチや、蔓のように伸びてくるバインリーチなど、様々だ。
もっともリーチ類は、単体ではそれほど脅威になるような魔物ではない。
フォレストグリズリーなど大型の魔物には少々慎重に対応しつつ、腕利きの騎士や猫たちの活躍により一行は順調に森の奥へと進んでいった。
「……にゃふっ!」
陽がそろそろ傾こうかという頃、勇の肩で半分寝ていた織姫が目を開けると、短く鳴いて勇の頭へ素早く飛び乗った。
耳をイカ耳にして、しきりに辺りを警戒しているようなそぶりを見せる。
「にゃにゃっふ!」
「みゅっ!」
「にゃっ!」
さらに帯同していたキキと、マルセラのパートナーであるジャックにも何事か指示を出した。
「!! 先生のこの様子……、何かいるようですね」
「ええ……。皆さん気を付けてください!」
その様子を見た一同に緊張が走る。
まだ最大限の警戒ではないが、油断してはいけない何かがいるのは間違いないようだ。
「にゃふ」
しばらくしきりに耳を動かしていた織姫だったが、進行方向左手側を睨んだまま動かなくなった。
「左手前方に何かいるようです!」
「「「「「はっ!」」」」」
それを聞いた全員が、それぞれ武器や盾を構えて臨戦態勢に入った時だった。
ヒュン、という微かな風切り音と共に銀色の光の筋が、森の奥からとてつもない速さで突っ込んできた。
「うおっ!!」
ガキンッ!!
光の線上にいたロッペンが、なんとか反応して盾でそれを逸らす。
勇は盾に当たって初めてその攻撃に気が付いたので、引退したとはいえ流石は元A級冒険者である。
「なんなん……っ!! メタルリーチかよっ!?」
逸らした先。大木にめり込んだ銀色のソレを見たロッペンが声を上げた。
ロッペンの持つ黒鉄製の頑丈な盾を盛大に凹ませた犯人は、銀色に輝く謎生物――メタルリーチだった。
リーチの突然変異とされるその魔物は、驚異的な速さと硬さを持つ難敵だ。
倒すことが出来ればその身体は非常に高く売れる優秀な素材になるのだが、倒すことが非常に難しい魔物である。
「みゅーっ!」
「にゃーっ!」
「ニャニャッ!!!」
それを見たキキとジャックが、低い姿勢でお尻だけ上げる戦闘態勢をとるが、織姫がそれを制止するように、勇の頭から二匹の前方に飛び降りた。
「……姫、いけるのかい?」
二匹の前で姿勢を低くしたまま動かない織姫に、勇が声を掛ける。
「にゃふ」
振り返らず短く鳴いて一度だけ尻尾を振る織姫。任せておけ、という事だろうか。
「にゃにゃにゃにゃふーー」
木に刺さったメタルリーチの身体が、木から抜けそうになったところで織姫が小さく呟くように鳴く。
勇の目が、織姫の前足に金色の魔力が渦巻いていくのを捉えた。
「ニャッ」
そして短く鋭くひと鳴きすると同時に、金色の光の筋となってメタルリーチへと突っ込んだ。
メタルリーチもそれに気付いたのか、大木を蹴るように跳ねて、向かってくる織姫へと突っ込んでいく。
きいぃぃぃんっ!!
金の光と銀の光が交錯した瞬間、甲高い金属音が森の中に響き渡った。
トスッ
先程までメタルリーチがいた大木の根元に織姫が静かに着地する。
ドサドサッ
逆に、先程まで織姫がいた辺りには、綺麗に四つに切断されたメタルリーチが転がった。
「……マジかよ。本当に斬りやがった……」
目の前で起きた事にロッペンが、目を丸くする。
以前メタルリーチを斬ったという話は勇達から聞いてはいたが、実際にそれをその目で見ると衝撃が大きいようだ。
「あっ! 姫っ! 魔力は大丈夫なのか!?」
何かを思い出した勇が、慌てて織姫へと駆け寄る。
以前倒した時は、かなりの魔力を消費したようで、戦闘後に長時間眠ってしまったのだ。
「にゃっふん」
しかし当の織姫は、全然大丈夫、とばかりに胸を張った。
「そっか、良かっ――」
「ニャフーーッ!」
勇がほっと胸を撫でおろそうとした矢先、織姫はもう一度警戒の唸り声をあげると、一行を飛び越して、先程メタルリーチが飛んできた方向とは逆の森を見据えた。
その両手は、再び金色に輝く魔力を纏っている。
そして……
「ニャァッ!」
きいぃんっ!!
再び金の光と銀の光が交錯した。
ドサドサっと、銀色の物体がまたしても転がる。
「……二匹目かよ」
これ以上無い程驚いた表情でロッペンが小さく呟いた。
織姫は、その後もしばらく辺りを警戒していたが、三十秒ほどで警戒を解くと、切り分けられた一つを口に咥えてキキとジャックの前にポトリと落とした。
ちょいちょいっと、おっかなびっくり前足でそれをつつく二匹。
「にゃにゃにゃーにゃにゃっふ」
その横で織姫が何事かを説明するように鳴くと、二匹は真剣な表情でそれを聞いていた。
「まさか二匹同時に襲ってくるとは思いもしませんでしたね……」
「ええ。ただでさえ珍しい魔物ですからね。でも、ラッキーではありますね。だいぶ在庫が減っていたので」
ミゼロイと勇が、メタルリーチの素材を拾い集めながらそんな会話を交わす。
その後もしばらくその場で警戒を続けていたが、完全にリラックスした織姫がロッペンの頭の上で毛繕いを始めたので、問題無いと判断して再度動き始めたのだ。
「最近は、試作にもバカスカと使っとったし、メッキする事も増えとったからのぅ」
同じくメタルリーチを拾いながらエトも呟く。
彼の言う通り、魔動スクーターにも魔動気球にもメタルリーチはふんだんに使われている。
何となく地球のレアメタルみたいだなぁと思い至り、勇は内心で苦笑した。
そして素材を回収した一行は、再び目的の場所へ向けて行軍を開始した。
「この辺りのはずですね」
先頭を行っていたユリシーズが、そう言いながら足を止めた。
ハーフエルフである彼は、エルフ程ではないが森の中での地理把握が得意だ。
「はーー、さすがですねぇ……」
既に方角でさえ怪しくなっている勇が、感嘆の溜息を漏らす。
初見の森にもかかわらず、ユリシーズは上空から見た目的の場所をおおよそ把握できているらしい。
「ではこの辺りで待機しましょうか。昨日の感じだと、夜中の決まった時間だけ光る――魔力が放出されるようなので」
「了解です。ミゼロイとティラミスは少し枝を払ってくれ。私とリディルは簡易天幕を張る。ユリシーズとマルセラは周囲の哨戒だ」
陽が落ち始め薄暗くなり始めた森の中、フェリクスの指示でキャンプ地の設営が始まる。
目的の場所が、パッと見ただけで分かる保証は無い。確実に見分けるには、勇の目に映る魔力光頼りになるだろう。
であれば、探し回って下手に体力を消耗するより、キャンプ地を作って時間まで待機したほうが効率的だとの判断だ。
「ユリウス様とドレクスラーは、交代で休憩をお願いします」
フェリクスが駐機姿勢を取っている二体の魔法巨人に声を掛けると、了解のハンドサインを返した後、腕に取り付けてある何かを手に取った。
左前腕に黒色の盾のような板が取り付けられており、その裏側にはさらに棒状のものがくっついている。
その棒状のものを右手に持つと、その先端を盾状の板に擦り付けるように動かし始めた。
ユリウスの魔法巨人は滑らかに、ドレクスラーの魔法巨人はややぎこちない動きで棒状のものを動かし続ける。
しばらくして動きを止めた魔法巨人の盾には、白っぽい色で“了解”と文字が書かれていた。
「うん。だいぶ実用的になってきましたね!」
それを見た勇が嬉しそうに頷く。
二体が使っていたのは、喋ることが出来ない第二世代魔法巨人の弱点を、多少なりとも改善するため最近試験運用を始めた、盾兼黒板とチョークペンである。
盾のほうは、金属製の板の表面に、壁を塗るのに使われるモルタルのようなものを黒く着色して薄く塗布してある。
チョークペンは、単純に棒の先に石灰粉を糊で固めたチョークを取り付けただけだ。棒の部分には磁石が仕込まれており、盾にくっつくようになっている。
「やはりユリウス様のほうが滑らかですね」
「ですね。こういう繊細な動作については、ユリウスがぶっちぎりだなぁ」
褒める勇の言葉に、ユリウスの魔法巨人が頭を掻く仕草をする。照れているのだろう。
戦闘とは違うこうした動きには、今の所かなり個人差が出ていた。
もっとも上手いのはユリウスで、ほとんど生身の身体の動きと遜色がないレベルだ。
それに次ぐのが勇である。本人の感覚では、織姫のサポートによる効果がチート級なだけで、実力ではないらしい。
ドレクスラーとイーリースは似たようなレベルで勇に続く。
“文字を書く”という動作においては、この二人までが及第点といったところだ。
マルセラはまだペンを折ってしまったり黒板からはみ出す事も多く、ティラミスに至ってはペンを持つのも覚束ない有様である。
そんなマルセラは、ティラミスと同レベルと言われるのが相当に嫌らしく、目下猛特訓中だ。
対するティラミスは「……私は土木作業に生きるっす」と、遠い目で早々に上達を放棄していた。
時折哨戒網に掛かる魔物を倒しつつ待機する事六時間ほど。辺りはとうの昔に暗闇に包まれていた。
フクロウのような鳴き声や、鳥なのか獣なのか魔物なのか分からない鳴き声が断続的に聞こえてくる。
冬に近い季節で、虫がほとんど出ない事だけが救いだなぁと考えながら焚火に当たっていた勇の目が、森の微妙な変化を捉えた。
「んん??」
「にゃふ」
「そっか、姫にも分かるのかい?」
「んにゃっ」
勇が声を上げるのと、織姫が小さく鳴いたのは同時だった。
「どうしましたか? あっ、もしや!?」
立ち上がって森の奥へと目を凝らす勇を見たフェリクスの問いに勇が答える。
「ええ。どうやら時間になったようです。右手側の奥がぼんやり明るくなっている気がします。姫も何かを感じたようなので間違い無いかと」
「了解しました! すぐ出発の準備をしますので、少々お待ちください。おいっ、皆! イサム様が例の魔力光らしきものを感知した。動くぞっ!」
フェリクスの指示に、皆が一斉に準備を始める。
野営地の見張りに、ドレクスラーの魔法巨人を残して、一行はすぐにさらに森の奥へと足を進めた。
「うん、こちらで間違いないですね。どんどん光が強くなっているので」
森の中を進むにつれて、魔力光は徐々に強さを増していった。
五分ほど歩いた現在は、はっきりとそれが無属性の魔力光であることが見て取れる。
「ユリウス様、周囲に熱源はありませんか?」
フェリクスが、随伴しているユリウスの魔法巨人に問いかける。
再度辺りを見回した後、ユリウスの魔法巨人がサムズアップした。
魔法巨人には熱を感知するモードが搭載されているので、こうした闇夜で魔物や大型の生物を探す事が出来る。
見張りにもう一体の魔法巨人を置いてきたのもそのためだ。
「にゃっ!!」
静かな森の中をさらに進んだ所で、勇の頭の上に陣取った織姫が短く、鋭くひと鳴きした。
同時に、先頭にいたユリウスの魔法巨人も動きを止める。
そのハンドサインが示す内容は“多数の反応アリ”だ。
織姫がそこまで警戒していないので、脅威になるような相手ではないのだろう。
慎重に歩みを進めると、進行方向からザザザザっという音が聞こえてきた。
「何の音でしょう?」
「何かが滑るような、擦れるような……、そんな音ですね」
しばし足を止めるが、特に何かがやってくるような様子も無いので、耳を澄ましながらさらに前へと進む。
すると、二十メートル程先に木が無い少し開けた小さな広場のような場所が見えてきた。
ややこんもりと、広場の中心が盛り上がっているようだ。
「あそこですね。あのへんの地面一帯から魔力光が漏れている感じがします」
勇の目が、そこから立ち昇る魔力光を捉えていた。
「んーー、なんだろ? 時々不自然に光が揺らぐんだよなぁ……」
ゆっくりと近づきながら目を凝らす勇が首を傾げる。
ギュイン!
と、再び先頭を行くユリウスの魔法巨人からハンドサインが送られてきた。
その内容は“大型の敵アリ”。
一気に全員の緊張感が高まった。
夜目の利くユリシーズが一人先行してその様子を見に行く。
そして立ち止まり、呆然と呟いた。
「な、なんだアレは……?」
「おい、ユリシーズ、どうし……なっ!?」
少し先で止まったままのユリシーズに声をかけにいったフェリクスも、同じように絶句して止まってしまった。
後ろでそれを見ていた勇達も、ゆっくりと近づいていく。
「っ!! こ、これは……っ!?」
そこにはあったのは、何百匹というリーチがびっしりと集まってできた小山であった。
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