●第236話●お告げ
「……姫。こちら、お知り合いの方なのかな?」
どう見ても普通ではない存在だが、攻撃してくるような素振りは無いし、織姫が嬉しそうにしていることから勇は落ち着きを取り戻す。
何よりこの、突然神々しい巨大生物と遭遇するというシチュエーションに既視感があり過ぎる。
冷静に考えればアレである可能性が高いのだと気付いた勇だが、結論がアレであることが妥当という状況が普通ではない事にも気付いてしまい苦笑する。
ふと地上を見下ろしてみれば、上空を指差して大騒ぎになっていた。
何度か同じシチュエーションに出くわした勇の専属騎士達が状況を説明しているようだ。
(しかし足が三本のカラスって、八咫烏じゃないのか? なんで日本の神話に出てくる神獣が??)
『それは我が迷い人の心を読んだから。空と導きを司る我にふさわしい姿だと思う』
ばっさばっさと普通のカラスには不可能なホバリングをする白カラスを見て勇がそんな事を考えていると、突然声が頭に響いた。
やはり人のものとは一線を画す、とんでもなく美しい声だ。これまでの女神たちとは異なり、少々眠たげである。
『でも黒色は嫌だから白くした』
「ええっ!?」
『黒は可愛くない』
神様だから心を読むことくらいはできるかと納得していると、何とも俗っぽい発言が飛び出した。
アンネマリーもまさかの発言に目を丸くしている。
『我は最も若き神が空に来ないと会えないから諦めてた。それを迷い人はあっさり覆してくれた。これで皆に自慢できる。とても嬉しい』
相変わらずあまり抑揚はないのだが、本人の言う通りやや喜色が含まれているような声で女神が言葉を続ける。
どうやら女神様と言えど、何の制限も無く顕現できるものではないらしい。
『あの禿鷲野郎にやられそうだったら手を貸そうと見ていた。でも要らなかった。流石は最も若き神』
「にゃっふん」
ちょっと悔しそうな女神の言葉に、織姫がどうだと胸を張る。
『代わりに神託をすることにした。これは最も若き神を空に連れて来てくれた迷い人へのお礼でもある』
「え? ご神託? お礼?」
『今夜、青い月が頂点に来る頃、再びそれで空へ上がるといい』
「今夜また空へ……」
「にゃにゃっにゃにゃーーん」
『ふふ、それは見てのお楽しみ。ああ、その前後の時間だけは、空の魔物はシメておくから大丈夫』
「シメる……」
またもや飛び出した女神とは思えない言葉遣いに、勇とアンネマリーが思わず顔を見合わせる。
『空を飛べるものだけが与れる恩恵。きっと迷い人の役に立つ』
「え? 姫じゃなく俺の??」
『じゃあ我はそろそろ帰る。この姿はちょっと疲れる。最も若き神も迷い人もその番いも達者で』
そう言い残すと、白い大ガラスは二、三度大きく羽ばたいて気球の周りを何度か旋回する。
これだけ大きな生き物が羽ばたいたというのに、全く風が起きないのが相も変わらず女神様クオリティだ。
そして一度地面すれすれまで急降下したかと思うと急上昇、そのまま一条の光となって空へと消えていった。
すれ違いざまにチラリとこちらを見たその目は、優しく細められていたように勇には感じられた。
しばし上空を見上げて余韻に浸っていた勇達だったが、当然のように地上が騒がしいのでゆっくりと地上へと降りていく。
地上に戻った勇に、いや戻る前、声が届く範囲に下りてきた時点で、ミミリアが興奮しながら声を掛けてきた。
「イ、イサム様!! 今のは女神様の化身ですよね!? どどど、どちらの女神様だったのでしょうか!?」
やはりどの女神様なのかが気になるようで、真っ先に質問が飛んでくる。
ミミリアからこの質問が出るという事は、今回は地上にいた者たちには声が届いていなかったようだ。
「あーー、名乗られなかったのでどちらの女神様かまではちょっと……」
しかし、この世界の神様事情に疎い勇では、自己紹介をしてもらわないと答えようが無い。
「たしか空と導きを司る、と仰っておられたので、天空の女神であるエオリネオラ様では無いかと」
勇に代わって、博識なアンネマリーが答える。
どうやらあの少々俗っぽい所のある女神はエオリネオラ様と言うらしい。
「おおっっ!! エオリネオラ様でございましたか! 顕現されたお姿に関する記述は残されておりませんので、今回が初の僥倖でございますね!!」
アンネマリーの言葉に一層ボルテージが上がるミミリア。この辺りは師匠(?)であるベネディクト譲りかもしれない。
「あー、あの姿は私の世界の神様の遣いを真似たものらしいです。色は違いますけど」
勇がその姿についての補足を入れた。黒は可愛くないから白にしたという点は、本人? 本神? の尊厳を守るため割愛だ。
「なんとそうでしたか! と言う事は、女神様はある程度好きなお姿で顕現出来るのですね!? これは今まで誰も知り得なかった女神様の御力。なんと素晴らしい!!」
その追加情報に、ミミリアのテンションがさらに上がる。もはや心ここにあらずといった様子だ。
「イサム様、エオリネオラ様は何と仰っていたのでしょうか?」
そんなミミリアの様子を見て取ったフェリクスが、小声で勇に確認をする。
何度か女神の化身と邂逅しているだけあって、多少驚きこそすれど騎士達は平常運転だ。
「織姫に会うには、織姫が空に行かないと駄目だから諦めていたので、非常に嬉しいとの事でしたね。そのお礼にご神託をいただきましたよ」
「なんと!! ご神託まで!!! 素晴らしい! 今日は何と素晴らしい日なのでしょう!!!」
答えた勇の“ご神託”という単語に、間髪を入れずリアクションをしたのはミミリアだった。
それに苦笑しながらフェリクスが再度尋ねる。
「どのような内容を賜ったのですか?」
「具体的な話はほとんど無くて、割とふわっとしてましたね。夜にもう一度飛ぶように、と」
「夜にですか……。危険なのでは? 先程のヴァルチャーもですが、夜は魔物が増えます」
「あーー、なんかその辺は大丈夫らしいです。ねぇアンネ」
「ええ。今夜は特別に、付近の魔物を“シメて”いただけるそうです……」
「シメる……。女神様が……」
アンネマリーの言葉に、フェリクスの顔が引きつる。話を聞いていた周りの騎士達も同様の表情だ。
かの女神に対する感覚が自分だけのものではなかったのだと、勇は内心でホッとする。
「という訳で、また今夜も飛ぶことになります。すいませんが、警護のほうよろしくお願いしますね」
「かしこまりました!」
フェリクスとそんな話をした後、勇はテスト参加者に簡単に状況を説明して、ひとまず撤収態勢に入る。
気球は完全に片付けるのではなく、ある程度膨らませた状態をキープしておく。
多少魔石を消費するのだが、暗い夜間にゼロから準備をするよりは低リスクだろう。
手早く準備を済ませると、勇達は警備の兵を残して一旦クラウフェンダムへと帰還した。
その日の夜半前。勇たちは再び騎士団の演習場へとやって来ていた。
「いやぁ、普通に地上には魔物が出るんですねぇ」
「そうですね。エオリネオラ様の管轄は、空のみという事なのでしょうか?」
演習場へ着いてもまだ少々警戒をしているフェリクスに、勇が話しかけている。
彼らの言葉通り、道中で魔物に出くわしたのだ。
クラウフェンダムから演習場までは大した距離は無いのだが、森の中を通るため魔物は出る。
昼間は滅多に出ないのだが、魔物の活動が活発になる夜間は出やすい。
午前中のエオリネオラの話では、前後の時間帯の魔物はシメておくとの事だったが、どうやらその効果範囲は空のみのようだ。
ほいほいと無制限に神様が現実に関与できるのもどうかと思うので、こういうものなのだろう。
「にゃにゃっふ!」
「「「にゃっ!」」」
「あはは、そうだね。地上については姫達がいれば大丈夫だね」
二人の会話を聞いていた織姫とアバルーシの猫たちが胸を張った。
道中の魔物は、彼女らの手により瞬殺されていたのだ。
最近はアバルーシのにゃんズも近隣の森に入っているようなので、今後はより安全になっていくのだろう。
「さて、それじゃあ行ってくるね!」
「はい、気を付けて下さいね」
「よっぽど大丈夫だとは思うけど、念のためユリシーズさんにも同乗してもらうから滅多な事は無いよ」
「警護はお任せを」
ゴンドラに乗り込む勇を心配そうにアンネマリーが見送る。
万が一魔物が襲ってきた場合の事を考えて、今回の同乗者はユリシーズになった。
織姫が例外なだけで、空中では近接戦闘能力はほとんど役に立たない。
魔法による戦闘になるため、騎士団随一の魔法戦闘力を持つ彼が選ばれたのだ。
また彼はハーフエルフなので、エトのように夜目が利く。現時点で彼以上の適役はいないだろう。
二度目ともなると慣れたもので、勇はスムーズに気球を上昇させていく。
「おぉぉ、これは素晴らしい眺めですね……」
高度を上げる気球から周りを見渡していたユリシーズが感嘆の声を零した。
「絶景ですよね。まぁ私は夜なのでほとんど見えないんですけどね」
今日は青い月が半月なので完全な暗闇ではないのだが、それくらいしか光源が無いので勇の目にはぼんやりと森の木々が見えているに過ぎない。
しかし夜目の利くユリシーズの目には、今まで見たことも無い上空からの景色が一望できていた。
朝より高度を上げ、百メートル付近まで上昇して気球は止まった。
心配された魔物の襲撃も無い。どうやら空に関してはやはりエオリネオラのテリトリーのようだ。
「さて、そろそろ青い月が真上に来る頃だな。わざわざ指定をしたということは、その時間に何かあるはずだけど……」
浮上して十分ほど。ここまでは特に何の変化も無い。そして青い月が天頂へとやって来た。
「んんっ?? あれは??」
その数十秒後。勇の目がクラウフェンダムの北西側、地平線の少し手前くらいの所に何かを捉えた。
「ぼんやり光ってる、のか? 高度百メートルで地平線がどれくらいの距離か分からないけど……。ユリシーズさん、この方角で見える範囲の先って何があるか分かりますか?」
「こちら側ですか? そうですね……。ああ、テルニーが薄っすら見えますから、お隣ヤンセン子爵領との領界あたりだと思います」
「ヤンセン子爵領との境界ですか。深い森があるあたりですね」
「そうですね。あの辺りはずっと森になってます。何か見えたのですか?」
「ええ。ってあれ? ユリシーズさんには見えないんですか? ぼんやり森の中が光っている感じなんですが」
会話の途中で、勇がその違和感に気付いた。自分より視力が良く夜目が利くユリシーズに、見えないはずがないのだ。
「残念ながら……。テルニーもこの時間なので街灯りはありませんし、それ以外には特に何も」
「そうですか。あ……!! あれは魔力光なのか!? しかも無色だから無属性……。なんだ? 何があるんだ??」
ユリシーズには見えずに自分には見える。そしてそれは淡く光っている。
それらから導き出される結論で最も妥当なのは、それが勇の能力で見えているという事だろう。
「ユリシーズさん、ちょっとあの辺りの地形の特徴を見たまま教えてください。それで光っている場所を特定しましょう」
「分かりました! では、少し手前からいきますね。まず、北西へ延びる街道が途切れるあたりに少しこんもりした場所があるのが分かりますか?」
「えーーっと、街道がこれでその先だから……、あった!!」
「で、そこからさらに――――」
こうして五分ほど、お互いの見える範囲をすり合わせていった結果、光っていたのはどうやらテルニーから南西へ数キロいった、深い森の中あたりだろうと結論付けた。
その後も回りをくまなく見渡してみたが、何も見つからず。
また、見つけた光も一時間ほどでその輝きを無くしたので、エオリネオラの見せたかったものがそれだったと断定し、勇達は地上へと降りていった。
「なるほど、森の中にそんなものがね……」
「あの辺りにはあまり入る事は無いのだけれど、それはむしろ特に何も無いからなのよね。魔物も濃いし……」
翌朝、昨夜の事を領主夫妻に伝えるとそんな答えが返ってきた。
「そうなんですね。まぁわざわざ何もない森に夜行くようなことはしないですもんねぇ」
返答を聞いた勇も納得して頷く。
「ただ、これまで魔法や魔法具から以外で魔力光が見えたことは無いので、早速今日、調査に行ってみようと思います」
「そうだねぇ。エオリネオラ様のご神託だから、悪い物では無いだろうし。あのあたりはニコの言う通り魔物も濃いから、気を付けて行ってくるんだよ」
「はい。魔法巨人も何体か持っていこうと思います」
「了解した。吉報を待っているよ」
こうして慌ただしく準備を整えた勇達は、その日の午前のうちに、急遽テルニー南西の森へと調査に向かうのだった。
週1~2話更新中。
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