●第23話●全身強化魔法
2023/9/12 新連載開始しました!
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一方勇も、旧魔法の習得には苦戦していた。
もっとも勇の場合は、新旧関係無く魔法そのもの、もっと言えば魔力の操作に苦戦しているのだが…。
「うーーん、やっぱり上手く魔力を集められないな……」
依然として、掌周辺の魔力が集まっているだけに過ぎない。
本来、体内を巡っていると言う魔力を感じて、それを集めなくてはならないのだが、どうにもその巡っていると言う魔力を感じ取れないのだ。
リディルやマルセラにも、どんな感覚なのか聞いてみたのだが、やはり勇には感じとる事が出来なかった。
「魔法の発動と違って、魔力の操作の方は感覚的過ぎるんだよなぁ……」
ザ・理系。マニュアル&検証大好き人間の勇にとって、言語化されていない感覚と言うのは天敵なのだ。
ここまでやってほとんど成果が出ない事から、勇はアプローチの方向を変えてみることにした。
これまでは発動のイメージがしやすく、可視化された魔力が見やすい事から、掌から発動させる魔法で練習していた。
しかしそれだと、手の近くにある魔力しか集まってこないため、魔力がほとんど動かない。動かないのだから感じ取れない。
なので、掌ではなく全身が発動場所となる魔法を使えば、全身の魔力を使う事になるのだから、動きを感じ取りやすいはずだ。
そう思い至り、初級以外の呪文書も手配してもらって、実験に使えそうな魔法は無いか探したのが昨日。
いくつか候補を見つけたので、今日はそれを試してみるつもりでいた。
勇がピックアップしたのは3つ。
浮遊、気配遮断、そして全身強化だ。
詠唱内容から想定される効果は、浮遊は自身を宙に浮かせる魔法、
気配遮断は人や魔物に見つからなくする魔法、全身強化が身体全身を強化する魔法だと思われる。
危ない魔法もあるかもしれないので、勇はアンネマリーとニコレットにまずは確認してみることにする。
「また難しいわりに微妙な魔法を選んだわね…」
と言うのがニコレットの第一声だった。
勇としては、どれも非常に有用そうな魔法に思えたのだが、どうもそうでは無いらしい。
「浮遊は便利な魔法なんだけど、維持するのに魔力がかかりすぎるのよ。
イサムさんの魔力量だと、5メルテくらいの距離が限界じゃないかしらね…」
魔力消費量が大きいのは、練習時間が短くなってしまうのでちょっと問題だ。
「気配遮断はいまいち効果が分かりづらいのよね。
自分で自分の気配を感じられるわけでは無いでしょ?
気配を感じられる人に見ててもらわないといけないんだけど、旧魔法の練習は当面今のメンバー限定だから難しいのよね」
こちらもそう言われると確かにそうだ。
結局、消去法で全身強化の魔法で試してみる事となった。
「イサム様、全身強化の魔法は、特定の能力のみを強化する魔法と比べると、どうしても効果が落ちます。
それで、ほとんど実戦で使う人がいない魔法となっているんですが…
旧魔法の練習を始めた今だから分かったんですが、多分これ、特定の能力だけ強化するほうがイメージしやすいからなんでしょうね……。
そう考えると、イサム様であれば全身強化も上手く使えるかもしれませんね!」
「だと良いんですけど、私の場合まずはその前の段階ですからね……
これで魔力が動く感覚が、上手く掴めると良いんですが」
キラキラしたアンネマリーの期待の眼差しが痛いが、勇としてもこれ以上足踏みしたくは無いので頑張るしかない。
あらためて詠唱文を確認する。
(滾る血潮よ、魔力を糧に巡れよ巡れ。奇跡を起こす飛沫となりて、我が身に力を与える新たな血肉とならん。か……。
魔力を血のように全身に巡らせて、それが更に細かい粒になって筋肉を強化する感じか?
なんだろ、これまでの魔法と比べると、だいぶ具体的と言うか科学的な感じがするなぁ。
まぁ、地球人にとっては分かりやすくて良いんだけど……)
全身強化の魔法は中級魔法に分類されているが、ほとんど使う者がいない激レアな魔法らしい。
詠唱も長く、中々発動させられる人がいないためだ。しかも発動したとしてもアンネマリーの言う通り効果が薄い。
そりゃそうだろうな、と勇は思う。こんな内容をイメージできる人など、居たら逆に怖いくらいだ。
ただし、勇自身を除いて……。
水球の魔法を初めて使ったときと同じように、魔法名の手前まで詠唱して様子を見てみようとする勇。
(えーっと、まずは血の中に魔力の粒子が入っている状態をイメージ、と。
で、それが血管から染み出して全身に行き渡るようにする感じだな。
うん、何とかなりそうだ…)
頭の中で何度かイメージのシミュレートを繰返し、イメージが固まった。
「じゃあ、ちょっと練習してみますね」
見守っているニコレットにそう断ってから、詠唱を始める。
『滾る血潮よ、魔力を糧に巡れよ巡れ。奇跡を起こす飛沫となりて、我が身に力を与える新たな血肉とならん』
その瞬間だった。勇の体が、金色の光に包まれる。
勇の目にだけ見える魔力も金色だが、魔法の発動手前の状態としても薄っすら体表が金色に光るようだ。
「うぉ、なんだ、これ…身体の中が熱い……」
しかし当の勇はそれどころでは無い。
身体の中を何か熱い液体が駆け回っているような感覚に困惑する。
強い酒を飲んだ時に喉から胃が熱くなるが、それが頭の先からつま先まで、ずっと続いているような感覚なのだ。
だが、奇妙な感覚だが不思議と苦痛ではない。
(これが魔力なのか……?)
そう考えた勇は、一度集中とイメージする事を止めて、そっと目を開ける。
フッと体の芯から熱が消えた。まるで風呂から冷房の効いた部屋に出たようなスッキリとした感覚だ。
目の前では、ニコレットがまたもや目を丸くしていた。
近々目玉が転がり落ちるのではないかと心配になってくるレベルの丸さだ。
「イサムさん、今のは何?? なんか全身が光ってたけど!?」
食い気味にニコレットが聞いてくる。やはり近い。いつもながら距離感が近すぎる。
「ニコレットさん、近い、近いですって!!
……ふぅ。全身強化の魔法の詠唱イメージを浮かべながら呪文を唱えたんです。
そうしたら、何かこう熱いものが頭のてっぺんからつま先まで巡っているような感覚がありました。
あれが魔力が巡っている感覚なんでしょうか?
って言うか光ってたんですね……私の目に見えるのだけかと思ってましたが。はははー」
「熱いものが巡っている感覚か…人によって熱を感じるって言うから、正解かもしれないわね。
しかし、全身強化で身体が光るって話は聞いたこと無いわね……」
「そうなんですね。じゃあ、もう少し呪文だけ唱えてみたら、試しに発動させてみます」
そして再び、呪文を詠唱してみる。
やはり、熱をもたらす液体が体内を駆け巡っているような感覚が再現された。
今度は、見えるようになった金色の魔力の光をしっかり目で追ってみると、体の中から万遍無く放出されているようだった。
どうやら、勇の感覚通り全身に魔力が巡っているようだ。
金色なのは、おそらく全身強化の魔法が光属性だからだろう。
勇は、体から漏れ出る金色の光を頼りに、魔力の操作を試してみる。
見えたからと言って、いきなり操作できる訳では無いが、目安も何もなかったこれまでと比べると、雲泥の差だ。
それから30分ほど魔力操作の練習をしていた勇だが、極度に集中しているため疲れも大きく、集中力が乱れてくるのが分かる。
これ以上は集中力が持たないと判断した勇は、ふぅーーーっと一度長く息を吐き出す。
「ちょっと集中力も限界なので、ここらで魔法を発動してみますね!」
「分かったわ! 魔力消費が激しいかもしれないから、気を付けてね」
ニコレットがそう声を掛けてくれる。
いつの間にか、模擬戦をしていたアンネマリーとマルセラもその横で見守っていた。
勇はそちらに向けて小さく頷くと呪文を唱えはじめる。
『滾る血潮よ、魔力を糧に巡れよ巡れ。奇跡を起こす飛沫となりて、我が身に力を与える新たな血肉とならん……
全身強化』
唱え終えるや否や、勇の目には空中で発生した金色の光が、一気に体内に入っていくのが見えた。
それを受けて一段強くなった体内の光は、極小の粒子となって体中に吸収される。
そして勇は、急に身体が軽くなったような感覚に見舞われた。
両足で立っているが、まるでそこに身体が無いような感覚だ。
それと同時に、体内を巡っていた熱が消える。
「成功、してるのか??」
全身を強化すると言う事だが、見た目が変わるわけでは無いようなので、発動しているかどうかイマイチ分からない。
両手をグーパーしてみるが、違和感も無ければ特に力強さも感じなかった。
そう言えば身体が軽くなった感じがしたな、と思い出した勇は、その場で軽くジャンプしてみた。
「え?」
情けない声を上げた勇の体は、1mほどの高さまで飛び上がっていた。
感覚としては”ぴょん”と飛んだ程度のつもりが、地球であれば世界記録レベルに跳躍している。
ざっ、と着地するが、足には特に衝撃も何も来なかった。
「……」
着地後しばし考え込んだ勇は、今度はかなり強めにジャンプしてみた。
「は!?」
今度は、風を切る音がはっきりと聞こえるような速度で飛び上がった。
そう、もはやジャンプと言うレベルではなく、飛び上がったのだ。
館の3階が正面に見える所を見ると、5m近く飛んでいるのだろう。
上向きの力が止まった所で下を見てみると、目を丸くして見上げる面々が小さく目に入った。
ダムッ、と言う力強い音と共に着地する。今度も特に足に衝撃は感じなかったことにホッとする勇。
ジャンプ力だけでなく。身体の強度も同時に強化されているようだ。
「す、す、す、すごいですっ!!」
「ちょっと今の何?」
アンネマリーとニコレットが驚愕の表情で駆け寄ってくる。
「ちゃんと発動してるか心配でしたが、どうやら大丈夫っぽいですね」
「大丈夫どころじゃ無いわよっ!跳躍強化の魔法くらい跳んでたわ……」
相変わらず食い気味にニコレットが詰め寄ってくる。
「イサム様、行きますよっ!!」
と、突然マルセラが拳を固めて殴りかかってきた。
「うわっ!?」
思わず腕をクロスさせて身を守ろうとする勇。
ゴツッ、と固いもの同士がぶつかったような鈍い音がする。
音の出どころは、勇自身の腕だった。防いだ腕にマルセラの拳がぶつかったのだ。
「いてててっっ!!!」
全力ではないだろうが、結構な力で殴ったマルセラが、拳を押さえて痛がる。
一方勇の腕は、ゴムボールをぶつけられたくらいの感覚だった。
「……凄いですね、イサム様。防御力もかなり強化されてます」
少し顔をしかめ手をプラプラさせながら、マルセラがそう評価する。
「大丈夫ですか?? って言うかいきなり殴らないで下さいよ……」
そんなマルセラを心配しながらも、苦笑する勇。
「いやぁ、あのジャンプ力を見たらつい試したくなって……」
「つい、って……あ、あれ??世界が回って……」
マルセラの言い分に呆れていた勇の体が、急にグラリと傾く。
「ちから……が、はい、ら…………」
皆まで言い終えることなく、後ろに倒れ込みながら勇は意識を手放した。
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