●第226話●王妃との茶会
セルファースが魔法巨人の書記の説明を行っている頃、妻のニコレットは王妃の私室に招かれていた。
「久しぶりね、ニコレット」
「ご無沙汰しております王妃陛下。中々王都へ来られず申し訳ございません」
「ふふ、仕方がないわ、あなたの所は距離もあるし費用もかかるもの。それを顧みず頻繁に来ていたら、逆に咎めなくてはいけなくなるわ」
色とりどりの花が飾られ、大きなガラス窓から光差し込む明るい茶室で頭を下げるニコレットに、ゆったりとしたドレスを纏った女性がコロコロと笑いながら答える。
ルルトーチカ・シュターレン――。シュターレン王国の現王妃だ。
今年で確か五十歳になったはずだが、十は若く見える彼女は、王国南東にある大物貴族トゥールミヌ侯爵家の長女として生まれ、三十年ほど前に当時第一王子だった現王ネルリッヒに嫁ぎ、前王の引退に伴い王妃となった。
トゥールミヌ侯爵家は、同じく南部の大物貴族で、勇たちとも何かと縁のあるシャルトリューズ侯爵と並ぶ、親王派の筆頭格だ。
若い頃から才媛と謳われた彼女は、やや垂れ目で優しそうなその美貌から王女時代から国民に大人気で、王妃となってからも“国母様”とも呼ばれて今なおその人気に陰りは無い。
「それと硬いわよ? あなたも“魔女会”のメンバーなのだから、私の事は名前で呼びなさい」
「……かしこまりました、ルル様」
「うん、それでいいわ」
ルルトーチカの愛称であるルルと呼ばれた事で満足そうに頷いた王妃は、ゆっくりとカップに口を付けた。
魔女会とは、王妃が主催する“魔法の素養がある貴族の夫人”のみで構成された茶会だ。
森の魔女の異名を持つニコレットももちろん魔女会のメンバーなのだが、一年前までのクラウフェルト家は財政事情が厳しく、これまではほとんど茶会に参加できていなかったのだ。
そして、そんな茶会を主宰する王妃もまた、一流の魔法使いである。
「あの魔法コンロという魔法具は本当に便利よね。こうしてすぐにお茶を飲むためのお湯を沸かせられるもの」
「煙も出ませんから、応接室でも使えますからね」
ちらりとテーブル脇のワゴンに目をやった王妃が嬉しそうに言う。
以前魔法コンロを売りに出す前に初期ロットを献上していたのだが、少し前に野営用にコンパクトにしたバージョンの外装に装飾を施して、私的に送っていたのだ。
煙も匂いも出ず、場所も取らないコンパクト版は、私室や応接室でお湯を沸かすのにとても重宝するらしい。
「さてと、じゃあ本題ね。クラリスからも話を聞いて欲しいと陳情を受けている件よね? 詳しく教えてちょうだい」
ひとしきりお茶の香りと味を堪能したのか、王妃がカップを少し脇に退けて話を切り出した。
「ルル様は、市井で最近流行している“紙芝居”をご存じですか?」
「ええ、王都でも何箇所かで実演されているわね。教会で実演しているものは無料だから人気らしいわね」
ニコレットの問いに王妃が答える。
王妃の言う通り、勇たちが主導して教会から端を発した紙芝居は、今や王国中に広まっていた。
ここ王都も例外ではなく、元祖たる教会の物以外にも、いくつかの商会が手掛け始めており、手軽な娯楽として人気を博している。
「その教会の演目で、最近人気になっているものをご存じですか?」
「最近? あなたのところの話をベースにした、街を守った迷い人と使い魔のお話が人気だとは聞いていたけど、あれは最初からあるから違うのよね?」
「はい。裏切者と古の巨人、というお話なのですが……」
「……アレも貴女の所が出所だったのね」
タイトルを聞いた瞬間、王妃の顔から笑顔が消えた。
「この紙芝居ですが、無料で楽しめる上文字も覚えられると推奨いただき、孤児院への寄付を給りたく……」
「……なるほど、そう言う事ね。そういえばどこぞの貴族が圧力をかけているという噂があったわね」
「はい。教会が相手なので、まだそこまで露骨ではありませんが……。紙芝居は娯楽としてはもちろん、文字も覚えられる上、孤児院の貴重な収入源にもなっています。どこぞの貴族の横槍で駄目にしては勿体ないかと……」
「フフフ、確かに勿体なくはあるわね」
「そして近々、今度はそのお話をベースにした演劇が、クラリスの劇場で大々的に公開されます」
「演劇まで……」
「その演劇も、ルル様に観覧していただきたいのです。それも出来れば公務として大々的に。そしてそれを評価するコメントを発表していただきたいのです」
「……」
「そのお礼と言ってはなんですが、国王陛下やルル様をモデルにしたお話をすでに準備しております」
そこまで話したところでニコレットは一度口を噤み、王妃の出方を伺う。
「……悪くはないわね」
短くそう告げる王妃。
「ありがとうございます。ちなみに今、夫が国王陛下に献上している魔法具は、プラッツォの戦場と一時間と掛からず連絡を行う事が出来る画期的な物です」
「一時間ですって!?」
さしもの王妃も、これには驚きを隠しきれない。
「はい。すぐに陛下の元に最新の戦況がもたらされ、近日中にそれが市井にも大々的に発表されるはず……。そのタイミングを見計らって演劇は公開する予定です」
「……なるほど、仕込みは終わっているという事ね。分かったわ、その話に乗ってあげる」
しばし瞑目した王妃は、そう結論を下した。
「ありがとうございます」
返答を聞いたニコレットが深々と頭を下げる。
「問題無いわ。そもそも王家にとっても国にとってもメリットがあることなのだし、大したリスクも無いもの」
「そう言っていただけると幸いです」
「ふふ、よく言うわ。断られることなんて考えてもいなかったくせに」
「恐縮です……」
コロコロと笑う王妃に、再びニコレットが深々と頭を下げた。
「ふぅ、これで難しい話は終わりかしら? お茶を飲み直しましょうか」
ゆったりとソファにもたれかかりながら王妃がそう言うと、すぐに湯気の立つポットを乗せたワゴンが運ばれてきた。
「まったく、久々に会えたと思ったのに、えらい話を持って来てくれたものよねぇ」
「申し訳ございません。代わりにとっておきのお土産をご用意しておりますので……」
わざとらしい溜息をつきながらも笑顔でそう言う王妃に、苦笑しながらニコレットは侍女へと目配せをする。
すぐに綺麗に装飾がされた箱をワゴンに乗せて、女性騎士が入って来る。
ボックスティッシュを一回り大きくしたくらいのサイズの箱を、王妃の目の前のテーブルへ置くと、そっと蓋を開いた。
「まぁ、綺麗ね……。これはナイフ、それもミスリル製ね?」
箱の中にきっちり収められていた、淡く緑がかった銀色に輝くそれを王妃が手に取って眺める。
柄や鞘にも見事な装飾が施されているが、何よりミスリル製の刀身が美しい。
「あら? これは魔石かしら……? という事はもしや……」
箱の中に、綺麗にカットされた無属性の魔石があることに気付いた王妃が、ニコレットを見やる。
「はい、ナイフではありますが魔剣でございます」
「まぁ! まぁまぁまぁまぁまぁっ!!」
それを聞いた王妃の顔に、満面の笑みが浮かぶ。
若い頃から才色兼備、今も国母様と呼ばれて淑女の見本と称えられている王妃ルルトーチカが、じつは無類の魔剣好きだという事はあまり知られていない。
ばかりか、若い頃は魔剣を求めて数名の騎士を率いて遺跡に潜り、自らも魔法を使って魔物を倒していたガチ勢である事は、極一部の人間のみが知る黒歴史である。
クラリスやニコレットはそれを知っている数少ない人間なのだが、それは遺跡に潜るため、遺跡の多い南西部によく来ていたからなのだ。
十ほど年の違う二人は、まだ幼い頃に度々やって来ては遊んでくれて、遺跡に潜った話を聞かせてくれる美しくも強いルルトーチカに憧れ、魔法学園を目指したという。
「こちらは、当家の迷い人と職人が共同で作った、この世に二つとないオリジナルの魔剣です」
「ええっ? これを作ったですって!?」
そんな筋金入りの魔剣マニアの王妃からしたら、オリジナルの魔剣が作れるなど夢のような話だろう。
穴が開くほど様々な角度から魔剣を眺めている。
「こちらに使い方が書いてありますので、ご覧ください」
そんな王妃に、ニコレットが封書を差し出した。
「ありがとう。どれどれ……」
渡された封書から取り出した紙に目を通し始めた王妃だったが、数行読んだ時点で動きが止まるとともに、何やら肩がぷるぷると震え始めた。
「な、な、な……」
「ルル様?」
「な、なんですってぇ!」
そしてまさかの絶叫。
「どうされましたかっ!!」
「陛下っ!」
脇に控えていた女性騎士が素早く王妃に近づき腰の剣に手をかけたかと思えば、部屋の前で歩哨に立っていた女性騎士もその声を聞いて部屋へと飛び込んでくる。
王妃が大きな声を上げることなど滅多に無いのだから当然だろう。
「に、二属性の切り替えですって!? そんなもの、王城の宝物庫にだって……」
「「「…………」」」
一方の王妃はと言えば、そんな騎士達のことなどお構いなしに説明書を凝視したままブツブツと何事かを呟いている。
ニコレットと騎士達は、お互い困惑の表情を浮かべて顔を見合わせた。
「……ル、ルル様?」
「ニコレット!!」
「はは、はいっ!」
恐る恐る声を掛けたところ急に名前を呼ばれて思わず腰が浮くニコレット。
「この説明書に書かれている事は本当なのね?」
「は、はい。イサムからはそう説明を受けて、実演もしてもらっているので間違いないかと……」
「そう……、本当なのね……」
返答を聞いた王妃は柄頭に魔石をはめ込むと、迷うことなく魔剣を起動させる。
そして鍔の根元辺りに付いている魔石に触れた。
触れた魔石が黄色に輝き、続けて刀身も薄黄色に一瞬輝く。
「「「……」」」
固唾を飲んで騎士とニコレット達が見守る中、王妃はコンコンと刀身の腹を叩いたり角度を変えて眺める。
やがて先程触れた魔石の裏側に、同じように付いている魔石に触れた。
すると今度は魔石と刀身が白紫色に輝きを放ち、微かにバチバチッと音を立てた。
「はぁぁぁっ……。なんて、なんて素晴らしいんでしょう」
しばらくその様子を眺めていた王妃が、うっとりとした表情でそう呟いた。
「ニコレット、とても素晴らしい物をありがとう!」
そして柄頭の魔石に触れて魔剣を停止させると、真正面からニコレットを見据えて礼を言うと、そのまま両手でニコレットの手を包み込んだ。
「これは、国宝にしても差し支えない魔剣だわっ!」
「ええぇっ!?」
王妃の口から飛び出した思いもよらぬ一言に、今度はニコレットが思わず叫んでしまう。
今回勇たちが作ったのは、王妃が魔剣好きと聞いて新規に設計した、綺麗な装飾が施されたミスリル製の短剣だ。
無属性魔石から複数の属性魔力を引き出せる事を利用して、土と雷の両属性を試験的に付与している。
同時に起動すると互いが干渉してしまう事が分かったので、鍔の表裏にそれぞれ取り付けた魔石をスイッチにして、両属性を切り替えられるようにしていた。
雷の付与の部分は読める魔法陣ではないので丸写ししているが、それ以外は完全にオリジナルだ。
ちなみに王妃への土産用という事で、殺傷力を抑えるため魔力の出力は絞られている。
ニコレットも当然動作検証には立ち合っているのだが、その時の感想は驚きこそすれ「またそんなものを作って……」という程度のものだった。
魔法巨人の書記を筆頭に、魔動車やら何やらとんでもない物ばかり見せ続けられた結果、見慣れた人造魔剣程度では大して驚かなくなってしまっていたのだ。
だが王妃は違った。いや、王妃でさえそうではないと言ったほうが良いだろう。
王城の宝物庫には珍しい魔法具が収蔵されている。その量は国随一だ。
しかしそれでも、見た目を除けば世の中に出回っている魔法具に近いものがほとんどだ。
危険なものを除き、有用なものは複製、製品化され世の中の利便性を上げるのに使われることが多いので当然だろう。
結果、勇が作るオリジナルの魔法具は、とんでもなく珍しいものになる。
今回の二属性切替式の魔剣も、今まで発見された事が無かったものなので、王妃からしても国宝級のとんでもない代物だったのだ。
「ふーーっ……。ごめんなさいね、年甲斐もなくはしゃいでしまって。でも、こんなとんでもない物を手土産代わりに気軽に持ってくるあなたもあなたよ?」
ようやく落ち着いた王妃が、本日何度目か分からない淹れ直しをしたお茶を飲みながら言う。
「……失礼しました。少々基準がおかしくなっていたようです」
あらためてその異常さに気付かされたニコレットが、小さくなって謝る。
「ふふ、謝る事なんてないわ。まったく、面白い人材を息子にしたわねぇ。是非一度、話をさせて欲しいわ」
「かしこまりました。折を見てお伺いいたします」
「ありがとう。でも、これだけじゃないのでしょ? 私はさっきから貴女の足下にある籠の中身も気になって仕方がないのよねぇ」
「お気づきでしたか。万が一お話がうまくいかなかった場合に、もう一枚の切り札としてお持ちしていたのですが……」
苦笑しながらニコレットが足下にあるバスケットをテーブルの上に乗せてその蓋を開けた。
「にゃあ」
そこからひょっこり顔を出したサバトラ模様の猫が、“ボニャール”ポーズをした後、小さく首をかしげてひと鳴きした。
週1~2話更新予定予定。
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