●第224話●領主夫妻、王都へ
地下室の工事と並行して、領主夫妻が王都へ向かうための準備をしていた。
出来たばかりの魔法巨人の書記と、勇が鹵獲してきた第一世代の魔法巨人を王家へと献上しに向かうのである。
以前、魔法コンロを献上した時は、筆頭内政官のスヴェンとザンブロッタ商会のシルヴィオが赴いていた。
あくまで商会が商品を献上する体裁をとっていたのと、あの時点では“クズ魔石屋”でしかなかった一子爵家に対して謁見など実施されないためだ。
しかし今回は、献上するものがこの世界の常識を変える魔法巨人の書記と、桁違いの戦力となる魔法巨人なだけに、すぐに謁見が行われるだろうとの見立てから、領主夫妻が直接向かうことになった。
「いやぁ、キャリアタイプを作っておいて正解でした」
勇が、第二世代魔法巨人の手によってキャリアタイプの魔動車に積まれていく第一世代をみて呟く。
「まったくだね。これを馬車で運ぶのは大変だよ」
「それに、第二世代とその操縦に慣れた人間がいるのも大助かりね。ふふ、自分の息子がまさか魔法巨人を操縦することになるなんてね……」
その勇の横で同じく積み込み作業を見ていた領主夫妻が、大きく頷いた。
息子のユリウスが積み込みの手伝いをしているのを知って、ニコレットが目を細める。
今回は、完動品一体と合わせて行動不能となっている二体も献上するため、キャリアタイプの魔動車への積み込みが必須だ。
元々第二世代を輸送する目的で作られているので荷台のサイズを一回り大きくしたのだが、魔導スクーターに使った軽量化の魔法陣を組み込んだことで、以前と同じ程度の速度が出るようになっている。
そんな改良版のキャリア型魔動車三台と、通常タイプ、貨物タイプがそれぞれ二台、そして出来たばかりの魔導スクーター五台という車両編成である。
「それにしても、こんなとんでもない編成で王都へ行けるようになるなんて、一年前には思ってもみなかったよ」
この大所帯でも、ついに全て魔動車だけで車列を組めるようになっていたことに、セルファースが思わずため息を漏らした。
「外装も前のより強化したので、速いだけじゃなくて安全に行けると思いますよ」
そんなセルファースの呟きに、勇が笑顔で答える。
今回領主夫妻が乗るのは、通常タイプの魔動車に土属性の強化魔法陣を追加で施した領主専用車両だ。
おそらく現時点のこの世界で最も安全な乗り物だろう。
そして地下室が完成し、無事魔法巨人の書記による通信が出来ることが確認したのを見届けると、領主夫妻一行は王都へ向けて出発していった。
クラウフェンダムを出発して三日目の午後、クラウフェルト夫妻一行は無事王都へと辿り着いた。
馬車だと五日はかかるので、やはり半分ほどに時間が短縮されている。
「長距離の移動は初めてだったのだけれど、とんでもなく速いわね……」
ニコレットが魔動車の速度にあらためて驚く。
もちろん領地付近への移動は経験済みだが、魔動車による本格的な長距離移動は初めてなのだ。
巡航速度の速さと休憩不要な取り回しの良さは、距離が延びるほどその恩恵を強く感じられるのだろう。
王都へと辿り着いた領主夫妻一行は、いつもの定宿“銀龍の鱗亭”の前を通り過ぎて、貴族の邸宅が並ぶ貴族街へと進んでいく。
そして、小振りだがしっかりとした門と三メートルほどの高さの外塀のある建物の前で魔動車を停めると、門番らしき男が小走りで駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ! セルファース様!」
「ああ、ただいま。数日厄介になるよ」
「かしこまりました! どうぞお通りください!」
誰何を終えると、開いた門から中へと入っていった。
門から馬車寄せのある玄関まではさほど距離は無いが、しっかりと踏み固められたアプローチがあり、家の周りは広場のようになっていて植栽はあまりない。
貴族の邸宅としてはありえないほど質素な庭で、がらんとしているように見えるが、現代人が見たらそのスペースは魔動車を停めるための駐車場であることに気付くだろう。
「お帰りなさいませ」
玄関で魔動車を降りた夫妻は、出迎えた執事と共に屋敷へと入っていった。
「ふぅ、タウンハウスが間に合って良かったよ。さすがにあの数と大きさの魔動車を、銀龍の鱗亭に停める訳にはいかないからねぇ」
旅装を解いてリビングのソファに腰を下ろしたセルファースが、窓から整然と並んで停められた魔動車を見て苦笑する。
「そうね。イノチェンティ閣下にはよくお礼を言っておかないといけないわね」
同じく旅装を解いたニコレットも小さく息を吐いた。
ここは、クラウフェルト家の王都におけるタウンハウスである。
アバルーシ騒動の最初に王都へ招集された際に、今後は必要になるだろうと手配をしていたものが、つい最近完成したのだ。
元々空き家だったこの建物は、イノチェンティ辺境伯が所有していたものだった。
自身の大きなタウンハウスの隣にある土地で、前の持ち主が退去した際に購入したと言う。
隣接する土地を押さえることでセキュリティを上げられるし、ゆくゆくは子供に家督を譲ったあと、自身の離れとしても使用するつもりだったらしい。
それを快く売ってくれたのだ。
しかも魔動車を停めるスペースを確保するために少し自分の所の土地を削ってくれた上、その後の工事も自身の息のかかった信頼がおける商会を手配してくれていた。
建物は傷みの目立つ部分を手入れした程度だったが、短い工期で工事が終わったのはイノチェンティ家の協力あってのものだろう。
その日の夜は、そのお礼と隣人としてあらためて挨拶をするため、王都に常駐しているイノチェンティ家の長男、ツァイル一家を招待しての晩餐会が開かれたのだった。
翌日。ニコレットは護衛の騎士と共に商業地区へと足を運んでいた。
この辺りは貴族街と隣接するエリアなので、商業地区と言っても貴族街の延長のような場所で、高級店の大店が軒を連ねている一角だ。
そんな中でも、ひときわ大きく特徴的な外観の建物の前で足を止めると、美しい彫像がその上に立つ門へと向かっていった。
「クラリーネ劇場にどのようなご用向きでしょうか?」
「ごきげんよう。私はクラウフェルト子爵家が当主の妻、ニコレット・クラウフェルト。支配人のクラリス・ボンテッラ様に繋いでいただけないかしら? この後、約束をしているのよ。これがその書状ね」
誰何してきた王都の警備兵より見た目の奇麗な軽鎧を着た門衛に、ニコレットが一通の手紙を差し出しながら説明をする。
「これは失礼いたしました! ニコレット・クラウフェルト様、クラリス様から伺っております! 案内いたしますので、どうぞこちらへ!」
「あらよかった。よろしく頼むわね」
「はっ!」
どうやら門衛にも事前に通達がいっていたようで、ニコレットはすんなりと奥へと通された。
クラリーネ劇場――、王都に数年前に出来た劇場である。
王都にも小さな劇場は昔からいくつもあるのだが、どちらかと言うと生活に多少余裕のある一般市民向けの娯楽施設で、貴族向けの演劇やオペラは、家に一座を招待して行うのが一般的であった。
それを、貴族でも観覧できるレベルの劇場を建てることで、一気に社交の場へと変えたのがこのクラリーネ劇場だ。
一般市民でもがんばって稼げば入れるレベルの一般席と、高額ながら個室となっている特別席の両方を備えており、王都でも一躍人気の施設となっている。
劇団としては、客の入りが良く収入が安定することでより劇に打ち込めるし、貴族としても大変な手間をかけずとも観劇できる。
それは多くの劇団によって多くの演目が公演され多くの貴族が見ることに繋がり、結果としてパトロン契約を結ぶ機会も大きく増やすことに繋がる。
一般市民もその恩恵を受けて、これまで以上にクオリティの高い演目を見ることが出来るようになり、劇団員を目指すものも増えていく……。
この劇場を建てたクラリス・ボンテッラの狙い通り、王都には演劇ブームが密かに訪れていた。
そんな支配人の思いの詰まった劇場の磨き上げられた廊下をしばらく歩いていったニコレットたちは、警備兵が立つ大きな扉の前で足を止めた。
「クラリス様、ニコレット・クラウフェルト子爵夫人が到着されました」
「分かったわ。入っていただいて」
警備兵が声をかけると、扉の向こうから女性の声が返ってきた。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
警備兵に軽く礼を言ってニコレットが部屋に入ると、腰まである濃い緑色の髪を持った美しい女性が出迎えてくれた。
「ようこそ、ニコレット・クラウフェルト子爵夫人」
「ごきげんよう、クラリス・ボンテッラ様」
「あなたたちはここまでで良いわ。ありがとう」
貴族女性の挨拶を交わすと、クラリスが警備兵たちを下がらせ、再び扉が閉められた。
「久しぶりね、ニコ!!」
「うふふ、久しぶりクラリス!」
扉が閉まったことを確認したクラリスが、足早にニコレットに駆け寄り抱き着いた。
抱き着かれたニコレットも、驚くことなくそれを受け止める。
ニコレットとクラリスは、魔法学園の同級生だ。もっとも付き合い自体はもっと前に遡り、むしろ幼馴染と言ってもよいくらいだろう。
南部の大貴族である、スキラッチ侯爵家の次女であるクラリスと、そのスキラッチ家の寄子であったバレージ子爵家の次女だったニコレットは、親の会合があるたびに顔を合わせていた。
同じ次女だったことと、あまり家格にうるさくない南部の風土もあって仲良くなった二人は、学園を卒業後お互いが結婚しても時折顔を合わせる仲である。
「巡年祭の時は領都にいたし、その後も魔法巨人騒動で大変だったし……」
「そうよね……。迷い人の一件以来、あなたの所は色々と大変なことになってるものね」
「ええ。でも、おかげでアンネに良い旦那さんが見つかったから、悪いことばかりではないのだけれど」
「そうだった! マツモト殿、だっけ? あの奥手のアンネちゃんが、よくもまぁあんな良い旦那さん捕まえたわよね。どうやったの??」
「それがね、イサムさん、ああ旦那さんの名前ね。そのイサムさんのほうからプロポーズしてくれたのよ! しかも私たち夫婦の目の前で!!」
「きゃーーっ! なにそれ!? めちゃくちゃカッコいいじゃない! アンネちゃんが羨ましいわぁ……」
「でしょ? それでね――――」
久しぶりに会った二人は女子トークに花が咲き、そのまま三十分ほど大いに盛り上がるのだった。
「――さて、じゃあ本題ね」
ひとしきり喋り通すと、クラリスがあらためて話を切り出した。
「これが台本よ。基本的にはニコから聞いた筋書き通りで、所々盛り上がるように脚色させてもらったわ」
そう言って一冊の冊子をニコレットに手渡す。表紙には「太古の巨人と金の獣を従えし勇者」と書かれている。
「ありがとう。確認させてもらうわ」
表紙のタイトルを見て一瞬目を見開いたニコレットだったが、そのまま冊子に目を走らせた。
「うん、すごく良いわ! さすがクラリスね」
十五分ほどかけて台本を読み終えたニコレットが、クラリスに笑顔を向ける。
「ありがとう。元の筋書きが物語みたいなものだからね、これで面白くない脚本は書けないわ」
褒められたクラリスが肩をすくめながら答える。
クラリスは、この劇場のオーナーであると同時に一流の脚本家でもある。
学生時代にはすでに演劇にハマっており、友人を集めて自らが脚本・演出を務めては、学園の講堂を借りて自主公演を度々開いていたほどだ。
卒業して自領に戻った後は遠ざかっていたようだが、結婚が彼女の運命を決定付けることになる。
クラリスの結婚相手ノエビア・ボンテッラは、当時ボンテッラ伯爵家の長男だった男だ。
ボンテッラ伯爵家は、代々領地をもたずに王城で官僚職に就くいわゆる法衣貴族なのだが、彼ら法衣貴族の婚姻は少々特殊である。
結婚相手をどの派閥にも属さない貴族家から選ぶことが慣例となっているのだ。特に長子は、ほぼ間違いなくそうであろう。
既得権益が固定化しないよう、親の職を子が引き継ぐようなことは無いのだが、部門は違えど法衣貴族の子のほとんどは官僚職に就くため、政治にいらぬ派閥を持ち込まぬよう昔からそうなっているのだ。
その点クラリスの生家であるスキラッチ家は、南部の大貴族でありながらどの派閥にも属していない。その次女であるクラリスと、ノエビアとの結婚は自然な流れだと言える。
結婚当初のノエビアは、まだ十把一絡げな役人の一人にすぎなかった。
しかし父親の引退に伴いボンテッラ家を継ぐ頃には、生来のまじめさが奏功して王城での存在感が増して上位官僚職となる。
担当するのは“生活省”。住宅問題や教育、文化など、食料と燃料以外の生活全般を取り扱う幅広い部門だ。
そしてその文化面について夫のサポートをし始めた事で、クラリスに昔の情熱が戻ってきた。
生家の財力と自らのコネクション、時には夫の権限もフル活用しながら演劇及び劇場の整備に奔走し、ついに大型の劇場を完成させる。
その後も精力的に自ら脚本、監督、さらには演者も務めながら邁進した結果、クラリーネ劇場は王都を代表する文化の象徴となっていた。
表向きは夫であるノエビアの提案という事になっているため、その功績が認められ昨年には副大臣にまで昇進して現在に至っている。
「後は公演を開始するタイミングだけね。練習の方はどうなの?」
「まだ台本の最終確認を取っていなかったから本格的な稽古は始めていないけど、自主練習はやっているわ。あとは通し稽古だけだから、十日もあれば形になると思うわ」
「なるほど……。詳しくは言えないのだけれど、今回旦那が王家に献上する魔法具の効果で、近々プラッツォで行われている戦争の状況が公表されるはず」
声を潜めてなおもニコレットが続ける。
「旦那の見立てでは、まだ終戦までにはしばらくかかりそうって事だったから、戦況の公開後しばらくしてから公演開始しましょうか?」
「分かったわ。実際に起きている事に近い内容だから、盛り上がるのは間違いないわね。フフフ、腕が鳴るわ」
「頼んだわよ。あなたの旦那さんは、王城で色々言われるかもしれないけどね……」
「大丈夫よ。最近国中で広まってる紙芝居のおかげで、王城内はヤーデルード公爵たちを疑問視する声が大きくなっているの。あれもあなたの仕業でしょ?」
「ふふ、秘密よ」
「……まったく、あんたは昔から変わらないわね。まぁ良いわ、じゃあ今日から早速通し稽古を始めるから、公演が始まったら是非観に来てちょうだい!」
「ええ、もちろんよ」
そう言って笑顔で握手を交わすと、ニコレットは劇場を後にした。
そしてタウンハウスへと帰宅したニコレットを待っていたのは、驚いた表情のセルファースだった。
「ああニコ、お帰り。謁見の日取りが決まったよ」
「あら、早かったわね」
「うん。返事も早かったんだけどね……、謁見の日取りは、なんと明後日だ」
「え……?」
それを聞いたニコレットもまた、目を丸くして驚く。
こうして、通常では考えられない驚異的な速さで、国王との謁見が決定する。
(これはクラリスに無理を言って、ちょっと急いでもらわないと駄目そうね……)
ニコレットは内心で、そうクラリスに謝るのだった。
週1~2話更新予定予定。
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