●第223話●小さな戦士たち
魔法巨人の書記と魔動スクーターというエポックメイキングな魔道具開発を終えた勇は、量産の指揮をヴィレムとエトに任せて、次の作業に着手しようとしていた。
「なるほど、駐屯地から入っていく感じにするわけか」
「ええ。クラウフェンダムに作るのが手っ取り早いんですが、重要施設を一か所に集めすぎるのも危険なので……」
今は、その作業についての計画をセルファースへと説明している最中だ。
何の計画かと言えば、魔法巨人の書記を使った通信網のキモとなる交換局の設立についてである。
ある程度拡大できることさえ担保出来れば、必要なのは机と椅子程度なので、施設自体を作るのは大した事ではない。
問題になるのは、その施設の重要性ゆえのセキュリティ面だ。
「施設の周りにも当然警備体制は敷きますけど、駐屯地からしか道を繋がない事で、かなりの抑止力になると思うんですよね」
「そうだね。王国最強と名高いエリクセン傭兵騎士団が常に目を光らせているなら、これ以上無いと思うよ。うん、良いんじゃないかな」
「ありがとうございます」
勇が第一候補として挙げたのは、エリクセン伯爵家の傭兵騎士団が常駐している駐屯地の奥から森の中に建てると言うものだった。
傭兵騎士団の駐屯は、同一派閥への戦闘指導という名目だが、実質は北方の敵対貴族に睨みを利かすためなので、恒常的に一定数が駐屯することになる。
その戦力を有効活用しようと言うのである。
「森の中という事だけど、建物を建てる場所はあるのかしら? 伐採しても良いけど、今後増築する可能性があるのよね?」
一緒に話を聞いていたニコレットから、防犯面ではなく建築面に対する質問が出る。
「駐屯地から少し分け入ったところに、木が生えていない空白地があるらしいんですよ。そこにしようかなぁと考えています」
「あら、そんなところに空白地があったのね?」
「ええ。少し前に見つかったらしいです。この前冒険者ギルドのロッペンさんに教えてもらいました。織姫と一緒に森に入っていた冒険者が発見したそうです」
「へぇ、オリヒメちゃんがねぇ。相変わらず可愛い上に賢い子ねぇ」
「んなぁ~う」
経緯を聞いたニコレットが、ひんやりとした大理石で出来たテーブルの上で寛ぐ織姫を撫でる。
織姫はクラウフェンダムにいる時には、度々森の中へと入っていって魔物やら獣やらを狩っている。
この街の冒険者には周知の事実で、一緒に森へ入って狩った獲物を運ぶのを手伝うのが冒険者たちの密かな楽しみとなっているから、冒険者の定着率が上がったとロッペンは喜んでいた。
空白地を見つけたのも、そんな時だったらしい。
クラウフェンダム周辺の森の中には、ほとんど木が生えていない空白地が所々にある。
大きな木が生えていて雨水が地面に落ちづらい所や、地盤が硬くて木々が根を伸ばせない所などのようだ。
今回見つけた場所はその後者であると聞いていた。
「ある程度魔物は出ると思いますので、まずは近辺の魔物駆除から始めようかと」
「了解した。騎士団を使っても良いけど、冒険者ギルドに声を掛けるんだよね?」
「はい。森の中は彼らの方が慣れていますし、何より織姫が一緒に来るとなれば、皆さんやる気を出してくれますからね」
「はっはっは、違いない。報酬はウチから出すから、ウチの名前でギルドに正式に依頼を出してくれるかい? オリヒメも頼んだよ?」
「にゃっふ」
セルファースに笑いながらひと撫でされた織姫が、目を細めて任せろとばかりに一鳴きした。
「お、そっちに一匹行ったぞ!」
「みゃあっ!!」
「にーーっ!!」
「「「おおおー! すげぇっ!!」」」
「にゃっふ」
森の中から、魔物がいる場所とは思えない可愛らしい声が聞こえてくる。
「ヒメ先生がつえぇのは嫌ってほど知ってたがよ、新入りのチビちゃんたちも中々やるじゃねぇか」
「みゃー」
「にー」
目の前で見事なコンビプレーの下、ゴブリンを葬り去った二匹の猫に、ロッペンが感嘆の声を上げる。
自分たちが褒められたことが分かるのか、小さな三毛とキジ白の猫たちが自慢げに短く鳴いた。
「猫とは言え、元々魔物だったらしいですからね」
「イサムさんと同じ世界から迷い人が連れてきた猫と交配した子孫つってたな」
「ええ。今となっては元々どんな魔物だったかは分かりませんけどね。ところでロッペンさん、こんなとこまで付いてきて大丈夫なんですか?」
「おう。ほとんどの冒険者がこっちに来てやがるからな。むしろこっちに来た方がいいくらいだぜ」
サブギルドマスターがギルドにいなくて大丈夫なのかと心配する勇に、ロッペンが苦笑しながら答える。
冒険者ギルドに魔物駆除の依頼を出した翌朝。現地で待っていた勇の前にやって来たのは、冒険者の大集団だった。
募集人員は数パーティの想定だったのだが、織姫が参加すると聞いた冒険者たちが、無償で良いからと大挙して押し寄せたのだ。
「えらいぞ、レオ」
「にーっ!」
「キキ、よくやったっす!」
「みゃーっ!」
そして今しがた魔物を屠ったレオとキキを、パートナーであるユリウスとティラミスが褒めていた。
討伐に向かう織姫に付き従うように付いてきていたのだ。
二匹とも初めて会った時は子猫だったが、あれから二ヶ月程経った今は随分と大きくなっている。
また、付いてきたのは二匹だけではなく、クラウフェンダムに一緒に帰って来ていた八匹のアバルーシの猫たち全てだ。
四つのチームに分かれて森を進んでいる冒険者たちに、それぞれ二匹ずつ帯同している。
時折、同じような歓声が小さく聞こえてくるので、他の猫たちも同じように活躍しているのだろう。
その後、昼頃まで駆除を続けた一同は、昼休憩も兼ねて交換局の建設予定地となる森の中の空白地へと集合していた。
三々五々に分かれて食事を摂りながらの話題は、専ら本邦初公開の猫たちについてだった。
「私のクーパーが一番勇敢で美しかったな」
と、小さな白猫を肩に乗せたドレクスラーが言えば、
「いやいや、私のローラの優雅な姿こそ一番では?」
と、シルバーの長毛を持った大型の猫を膝に乗せたイーリースが負けじと応戦する。
他の冒険者も加わって、やれどの猫がカワイイだのどの猫がカッコイイだの、大盛り上がりだ。
「……ったくどいつもこいつも」
「あはは、いいじゃないですか、お陰で魔物は綺麗に片付いたんですし。それに私のいた世界でも、皆自分の猫が一番だと思ってましたからね」
「にゃっふぅ」
そんな様子を見たロッペンが溜息をつくが、勇はお約束とも言う状況に笑みを零した。
昼までに魔物の討伐は終わったので、午後からは二班に分かれて道の敷設と建築に取り掛かる。
風の魔法を使える者は、勇や騎士達と共に道になる部分の木々の伐採をし、それ以外は建築の為の地均しだ。
これは流石に一日では終わらなかったが、翌日からは魔法巨人も加わり二日で整地が終わってしまう。
そこから三日で、今度は上物も粗方完成してしまった。
建物自体がシンプルな事もあるが、大人数で一気に建てることが出来たからこそのスピードだろう。
そしてさらに翌日、勇は魔法が得意な数名の騎士だけを連れて、出来たばかりの交換局の中にいた。
「なるほど、上物も建てるが本当の交換局は地下にあると……」
「ええ。警備も厳重なのでよっぽどのことでも無い限り大丈夫だとは思いますが、念のためですね」
そう言って勇が皆に見せた図面には、地下へと向かう階段と、大きな地下室が描かれていた。
念には念を入れて、一階の建物はダミーで、本当の交換局は地下に置こうと言うのだ。
これなら火をかけられても、地下はまず大丈夫だろう。
魔力による通信が、遮蔽物の影響をほぼ受けないのと、この場所の地盤がたまたま硬い岩盤質だったからこそ出来る芸当である。
「一気に掘り進めると危ないので、確実に進めていきましょうか。ご安全に!」
「「「「ご安全に!」」」」
そこからは、掘る範囲にチャコールで印を付けながら泥化で溶かし、それを掻き出すという方法で掘削工事が始められた。
最初に地下までのスロープを掘る事で、泥の掻き出し効率を上げて工事を進めていく。
泥化の魔法は、魔力の制御が上達すると、かなり正確な範囲を泥化することが出来る。
また、魔法の効果が及ばなかった部分は、泥化した境界部分だろうと湿ったりせず元の硬い岩盤のままだ。
新魔法としては効果範囲が狭すぎて使い物にならなかったのだが、正しい意味を理解して使う旧魔法としては、これほど土木工事に向いた魔法は無いと言うのが勇の所感であった。
クラウフェルト家では、様々な場面でこの魔法を便利に使う勇を見てその有用性を痛感、今では勇に近い精度で使う事が出来るものが何名か育ちつつあった。
そしてある程度掘ったところで、今度は勇、エト、ヴィレムの三人がかりで、壁と天井に魔法陣を描いていく。
魔動スクーターにも使い、もはやお馴染みとなった土属性の強化魔法陣だ。
硬い岩盤なので大丈夫そうではあるが、さらに強化を施すことで万全を期する。もちろん上物の建物も、ダミーではあるが同様に強化していく。
こうして掘削工事を進める事さらに三日、もはや要塞並みと言ってよい強度を誇る施設が、一子爵領の森の中に誕生するのであった。
久々の猫成分!!
週1~2話更新予定予定。
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