●第220話●魔力を飛ばせ
「ありがとうアンネ。可愛いくて優しくて魔法の腕前も一流なのに、その上頭も良いなんて! ふふ、俺は最高の女性を妻に出来たみたいだ!」
アンネマリーを抱きしめたまま、勇がその耳元で囁く。
「え? かわっっ!? その、あの……、あ、ありがとうございま、す?」
思わぬところで思わぬ言葉をかけられたアンネマリーがさらに赤くなる。
そんな事はおかまいなく、なおも勇はアンネマリーを抱きしめ続ける。
「ふぅ、ずっとこうしていたいところだけどモーターも作らないとね。 エトさん、ヴィレムさん、魔法巨人の書記の魔法陣の写しを持って来てもらってよいですか?」
十五秒ほどしてようやく抱擁を解いた勇が、エトとヴィレムにそう話しかける。
「……相変わらずじゃな、お前さんは」
「……写しだね、分かったよ」
頼まれたエトとヴィレムは、苦笑しながらも研究室の壁際にある書棚から、魔法陣の写しの入った箱を取りに行く。
勇は再び魔動モーターへと向き合うと、そっと回っている魔石に触れてモーターを停止させる。
「にゃっふぅ~~」
その隣では、依然として赤い顔で呆けているアンネマリーをちらりと見た織姫が、やれやれとばかりに一鳴きした。
「こいつじゃな」
「ありがとうございます!」
エトから箱を受け取った勇は、箱に付いている数字が書かれた小さなボタンを押していく。
ピピピッ、ジーー…ガチャ
すると、何やら小さな音が箱から聞こえた。勇は箱を開けると、中から魔法陣の写しを取り出す。
「やっぱり便利なもんじゃのぅ」
その様子を見ていたエトが思わずそう呟く。
「数も増えてきましたし、多少は安全対策をしたほうが良いですからね」
この箱には、以前イノチェンティ領にある遺跡で発見した、原始的なナンバーロック方式のセキュリティ魔法具を応用したロックが実装されていた。
番号をクラッキングして開けたものを持ち帰って調べたところ、番号入力側だけでなくロック機構の魔法陣も読めるものだったのだ。
遺跡にあったものは回数制限が無制限だったので、桁数を二つ増やし八桁にした上で試行回数上限を五回に設定したものを組み込んでいる。
万が一盗まれても、おいそれと開けられないように最低限のセキュリティをかけているのだ。
「えーーっと、どこだったか……。ああ、あった、ここだここだ」
バサリバサリと紙をめくる勇の手が、一枚の紙の所で止まった。
「この辺りで飛ばせる形に変換しているから、この手前の動きを魔力パターンに変換する部分をまとめて削ってみるか」
そう呟きながら、前後にあった紙も机に広げながら、魔法陣の下書きを始めた。
第一世代の魔法巨人は、人が動いた時の魔力の動きを操縦者に取り付けた魔法具で外部出力し、その魔力パターンを捕捉する所から始まる。
捕捉した魔力パターンは、何属性とも言えない複雑な構造をしておりそのままでは飛ばせないため、送信可能な無属性の魔力形式に変換して飛ばしている。
飛んでいる魔力の中身は動きによって毎回異なるだろうが、無属性の魔力であることは変わらない。
であれば、起動用の魔石から取り出した無属性の魔力であれば、理論上は飛ばすことが可能なはずだ。
「よし、出来た。多分ですけど、起動陣で使う魔力は非常に素直な魔力の形をしているはずなので、飛ばせる形に変換してもそれほど膨大な量にはならないはずです」
人が使う魔法の魔力ほどはっきり視ることは出来ないが、何となく魔法陣に流れる魔力を視られる勇の目には、起動陣を流れる魔力は非常にシンプルに感じられた。
「さてさて、これで動けば良いのですが……」
勇はそう言いながらケースに新たに描き加えた魔法陣に魔石を付け替え、起動させた。
シンプルな仕組みの魔法陣が淡く光を放ち、一瞬の間をおいて、ケース内の風車がゆっくりと回転を始めた。
「「「「おおーーーっっ!!!!」」」」
見守っていた四人の歓声が見事にハモる。
「動いたのぅ」
「動いたね」
「動いちゃいましたね」
「これはとんでもない発見ですよっ!! 応用できる範囲は無数にありますし。アンネ、本当にありがとう!」
そして勇からアンネマリーへの再びの抱擁。
「あう、その、お役に立てたのなら嬉しいです……」
それに再びアンネマリーが赤面するまでが予定調和だ。
この仕組みを使えば、今回のように直接の魔力供給が難しい構造の魔法具製作はもちろん、リモコンのようなものも作れるし、大量の魔法具の動力を一か所で管理することも可能になる。
使いこなせるようになれば、魔法具にとってはかなりのエポックメーキングと言えるだろう。
こうして課題を解決したことで、魔動エアモーターの試作機はひとまず形にすることが出来た。
「さて、次は減速機だなぁ……」
何度か稼働実験を行い問題ないことを確認した勇は、出来上がった試作モーターの外装を取り外しながら呟いた。
「げんそくき?」
聞きなれない言葉にエトが聞き返す。
「ええ。簡単に言えば、パワーとスピードのバランスを取るための仕組みですね。動力源を小型化したので、多分このままだとパワー不足になる気がするんですよね」
「ふむ。まぁ今の魔動車と比べると、風車の大きさが小さくなった分パワーが減る気はするが……」
今回は動力源を小型化したことで、風の当たる面積が減った分を送風球の数を増やして対応をしている。
軽量化も相まって、最高回転数は既存の魔動車より向上しているはずだが、そのままでは少々トルクが心許ない。
動き出しや坂道などでパワーが不足することが想定される。
現状の魔動車は、疑似的に本体を軽くするという力技でどうにかしているが、今回勇はそのあたりを根本解決したいと考えていた。
真っ先に思い浮かべたのは、ギアを使った変速機構だ。車や自転車などにもついているアレである。
あれは減速機の特性を上手く生かして、動き出しのトルクが必要な時は低速のギアを使い、その後速度を上げるときには高速のギアに切り替えることで、動力を効率よく使える優れものだ。
しかし、ギアを作ることは出来そうだが、変速機構を作るとなると一気にハードルが上がりそうだった。
まず自動車に使われているマニュアルトランスミッションは、現段階ではまず不可能だろう。
走行しながらギアを変えるのでクラッチが必須なのだが、詳しい仕組みが分からないため、容易には作れる気がしない。
では、自転車などに使われているチェーンやベルトを使ったらどうだろうか?
こちらのほうが変速機構は簡単な気はするのだが、必要なローラーチェーンを作るのがこれまた厄介だ。こちらも手作りで必要な精度を出すには、現時点では無理がある。
なのでギア式の変速機構はあきらめて、フリクションドライブと無段階変速と言う、ギアを使わない変速機構を選択した。
フリクションドライブはギアのように嚙み合わせで動力を伝達するのでは無い。
金属製の円盤どうしを触れさせて片方を回せば、もう片方の円盤も回るように、摩擦力によって動力を伝達する仕組みだ。
ギアと比べて構造が非常に簡単だし、接触させる位置を変えれば円周の違いによって容易に無段階の変速機構を作ることが出来る。
日本の小型車によく搭載されているCVTは、この変速機能を発展・応用したものだ。
しかしフリクションドライブには、大きな欠点がある。
エネルギーの伝達効率が、ギア方式と比べると悪いのだ。
物理的にがっちり噛み合っているギア方式と比べると、どうしても接触面が滑るため伝達ロスが生まれやすいのだ。
なので前述のCVTも、ベルトやチェーンを使って動力伝達を行っているものがほとんどである。
対してこの世界には、そんなベルトは今のところ存在しないし、そもそもCVTの詳しい構造も勇には分からない。
しかしその代わりに、この世界には魔法があり魔物素材がある。
先日たまたま発見した、とある魔物素材の性質を利用することで、この問題を大きく改善できそうなのだった。
「ほう、これまたメタルリーチか」
「ええ。ただし、表面に薄くメッキするように塗布してあるだけなので、使用量としては見た目よりかなり少ないですよ」
そう言って勇が取り出したのは、真ん中に穴の開いた円盤状の金属パーツだ。
魔力を流すとどんどん柔らかくなる特性と、金属に対して密着する特性を生かして、表面を薄くメタルリーチの素材でメッキしてある。
「魔法巨人との戦闘を通して雷属性魔法の必要性を感じて、ようやくこの前雷属性の魔法を覚えたんですが、そう言えばまだメタルリーチに雷属性の魔力を流してなかった事を思い出したんですよ」
以前、メタルリーチに属性魔力を流すと様々な効果がある事が分かり実験をしたことがあった。
その際、勇はまだ雷属性の魔法を覚えていなかったため試しておらず、そのままずっと放置されたままだったのだ。
「で、思い出して早速試してみたところ、こんな感じになることが分かったんです」
そう言って勇は、円盤型のパーツに手を触れて雷属性の魔力を流していく。
「ん~~、これくらいかな。エトさん、触ってみてください」
「む。……これは、大丈夫なのか?」
雷属性の魔力と聞いて、エトが少々尻込む。
「あはは、大丈夫ですよ。魔力だけなら何も起きません。火の魔力を込めたときも、熱くなったりしなかったですよね?」
「言われてみればそうか。見た目は特に変わっておらんが、どれ……、ん? なんだ? 手に吸いつくような感じじゃな」
「私もいいでしょうか? ……あ、本当ですね。全然滑らない、変な感じです」
エトに続いて触ったアンネマリーも、不思議そうに何度も表面を撫でている。
「そうなんですよ。どうやら、雷属性の魔力を流すと、表面の摩擦力が増えるようなんです。ちょっと見ててくださいね」
勇は一度魔力の注入を止めると、円盤の上に小さな金属の立方体を置いた。
そして円盤を傾けながら言葉を続ける。
「何もしないと、こうやって滑ります」
勇が少し円盤を傾けると、上に乗った立方体が滑り始めた。
「で、雷の魔力を流してやると……」
一度立方体の位置を戻して、今度は魔力を流しながら同じように円盤を傾けていく。
今度は、かなりの急傾斜になっても立方体は動かなかった。
「ほぅ。確かに滑らんようになっとるの」
「ええ。これならある程度効率よく動力を伝えられるんじゃないかと。あと、魔力を流さない状態だと滑るというのもありがたいんですよね」
「そうなんですか?」
「うん。今回は、パワー重視のモードと速度重視のモードを切り替えられるようにするつもりなんだけど、走りながら切り替えるのはちょっと大変なんだよね」
円盤状の部品を組み合わせたタイプのフリクションドライブは、動力として回転する円盤に対して垂直に別の円盤を接触させることで動力伝達を行う。
その際、動力側円盤の回転速度の速い外側に接触させれば速度が上がり、内側で接触させれば速度が下がりトルクが増す。中心から反対側で接触させると、逆回転になりバックも可能だ。
どちらかの円盤を左右に動かすだけで変速できるため非常にシンプルで、地球上でも初期の機関車などに利用されていた。
ちなみに勇がこの方法を思いついたのも、長野県でその機関車を実際に見ていたためだ。
しかし回転している円盤上を動かすのは抵抗が大きく力が必要だし、下手をすると軸が歪んだり、最悪壊れてしまう可能性がある。
ここでもクラッチのような動力の伝達をオン・オフ出来る機構があれば良いのだが、そもそもそれが無いからの選択肢なので本末転倒だ。
最悪、一度接触しない所まで離してから移動させ、再度接触させるという三段階で変速する事も考えていたのだが、メタルリーチ素材の特性のおかげでそれが解決された。
「雷の魔力を流さない状態だとかなり滑ってくれるんで、そのまま変速出来そうなんですよね」
完全に抵抗が無くなる訳ではないので多少の抵抗はあるが、十分許容範囲だ。
「それにもう一つ、かなりあり得ない特徴があることが分かりました」
「まだあるのか!?」
「はい。普通、同じ金属同士を激しく擦り付けるとどうなると思います?」
「同じ金属同士か? ……音がするのと、両方が少しずつ削れるな」
「ですよね。後は熱も持ちますかね。なので、最初は多少削れても調整して使えるように全てをメタルリーチで作ったんです。ところが、それで実験してみたら全然削れないし、殆ど音もしないんですよ……」
「なんじゃと?!」
勇の説明にエトが思わず声を上げる。
「ビックリですよね。で、削れないなら別の金属の表面に塗ってもいけるんじゃないかと思って試したら、見事成功したんですよ。多少熱は伝わるみたいで、ベースの金属が熱を持ちますけど知れています」
「なんとまぁ、そいつはとんでもないの……」
金属のようで金属ではないので、そういうものだと言われればそれまでだが、とんでもないことには違いない。
「全くですよ。厳密には摩擦が強くなっている訳じゃないんでしょうね。どういう原理か相変わらず不明ですけど……。でもお陰で、手持ちの素材である程度量産できそうなのでありがたいですよ」
遺跡からある程度の量を持ち帰って来てはいるが、円盤を全てメタルリーチの素材で作ったら十台分が精々といったところだろう。
何台かプロトタイプを作ったら、色々な素材で実験をしてあらためて量産用の素材選定をする必要があったのだが、当面それが不要になった。
高価なレア素材なので量産に当たって代用品の検討はもちろん必須だが、クラウフェルト家で実運用に耐えうる台数を生産する程度は問題無いのは有難い。
そんなメタルリーチの神懸かった性能のおかげでいくつかの課題をクリアした勇たちは、その後のフレームやハンドル等の試作にもメタルリーチを効果的に使い、翌日の夜中には魔動バイクのプロトタイプを作り上げてしまった。
週1~2話更新予定予定。
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