●第200話●決戦の朝
200話到達記念は後書きにて
「で、具体的にはどうするつもりなんじゃ? こいつは確か、重量を軽くして動きを速くしとるんだったか?」
前に勇が言っていた事を思い出しながらエトが勇に尋ねる。
「はい。機体の重量だけではなく、手に持った武器なんかも軽量化されるようなので、動きのバランスも損なわれないとんでもない技術っぽいです」
最初は単純に機体の重量を軽くする事で、同じ出力で動きを速くしているのだと思っていたのだが、魔法陣を解析したり、実際に操縦してみた事で、もっと複雑な事象を起こしている事に思い当たった。
そこそこ重量のある柄の長い武器を振り回す場合、自重が軽くなると遠心力の影響が大きくなるのだが、それが無い事に気付いたのだ。
また、重量が減るという事は、同じ速度で攻撃をしても威力が下がるし、受ける反動の影響も大きくなりそうなものなのだが、それもほとんど感じられない。
どういう理屈か分からないが、対外的な物理特性を変えないまま内部的にだけ軽量化がされるという、とんでもない魔法陣である可能性が高まった。
まさに“魔法”だ。魔力の消費が激しいのも頷ける。
「二つ手を入れるつもりですが目的は一つ、効果時間の延長です」
「ふむ。確かに性能を上げた状態を長時間維持できればこれ以上無い改良だが……。魔石が持たんじゃろ?」
「そこは小魔石を複数組み合わせることで解決しようと思ってます。ほら、遺跡の起動陣で散々やったアレの応用ですよ」
「おー、そうか! その手があったか。一度に多くの魔力が必要な時にしか使っとらんかったが、魔力の総供給量を増やす事には変わらんからの」
「その通りです。それに、一度に魔石から取り出す魔力が少ない方が、魔石が長持ちする事はわかってますからね。小さい魔石を沢山使ったほうが、実は魔力効率は良いんですよ」
古代には魔石が潤沢にあったのか、魔法具にはいわゆる“省エネ”的な概念がほとんど見られない。
一昔前のアメ車的と言うか、魔力が沢山必要なら大きい魔石を使えばいいじゃない、と言わんばかりの物ばかりなのだ。
エコにうるさい現代日本人感覚を持つ勇が、それに目を付けるのは当然と言えば当然だろう。
「魔石を埋めるスペース的な制約とか交換する手間の問題もありますから、何でもかんでもという訳には行かないですけどね」
「まぁの。とは言え魔法巨人は大きいからある程度は問題あるまい。で、もう一つは何をするんじゃ?」
「二つ目は、効果の強さを可変式にしようと思ってます。今はオンかオフしかないので、持て余すんですよね。なので、何段階かに切り替えられるようにして、不必要な魔力を使わないようにしようかと」
「なるほど。魔法コンロの火力調整と似たような感じか?」
「ええ。緩めの効果で長時間の性能向上を可能としつつ、いざと言う時には今よりも大きな効果が発揮できるようにしようかと」
魔法陣を確認した感じでは、まだ軽量化の効果は上限に達していなさそうだったので、効率と瞬間最大風速の両方を選択できるようにする腹積もりだ。
こうして一通りの説明を聞いたエトとヴィレムに、テストパイロットとしてリリーネとユリウスを加え、夜を徹したオーバードライブモードの改造作業が始まった。
「個人的には、三段階目と七段階目、それに十段階目がしっくりくるな」
「私も似た感じですが、七段階目より五段階目のほうが扱いやすいと感じました」
操縦席から出てきたリリーネとユリウスが互いに意見を述べる。
「ふむ。元々のオーバードライブモードに慣れているかどうか、で感覚に違いがありそうですね」
それを聞いた勇が腕を組んだ。
まずはどの程度の軽量効果を付与するとどの程度性能が上がるのかについてと、その時々の扱いやすさを確認するため、十段階で効果を区切ってテストパイロットに操縦をしてもらったのだ。
結果、リリーネは三、七、十段階がバランスが良いと感じ、ユリウスは三、五、十と答えたのである。
ちなみに元々の効果は、七段階目に相当する。
「それはあるかもしれぬな。五や六も悪くは無いが、ちょっと効果が弱い気がするのだ」
「なるほど。逆に私は、七だと十との違いがあまり大きくないので、ちょっと中途半端だと感じました」
七段階目の効果に慣れているリリーネは七がしっくりきて、そうではないユリウスは効果の差が均等なほうがしっくりきたという事だろう。
「三と十は共通として、五と七の二タイプでいきましょうか。いっそのこと十段階にしても良いんですが、ちょっと作業に時間がかかりますし操縦者の方も悩んじゃいそうですからね」
二人の感想を聞いた勇は、少し考えて結論を出す。
当面は量産することも無いので、この程度の違いであれば作業時間への影響は誤差の範囲だろう。
勇たちとアバルーシの者たちで機体の使い回しがしづらくなるが、効果に戸惑って直近の戦闘でのパフォーマンスが落ちるよりはよっぽど良いという判断だ。
「次は効果時間の方だね。現状は大きめの中魔石が使われてるけど、どれくらい持つものなのかな?」
強度数値が確定したのを受けて、ヴィレムが効果時間についてリリーネに尋ねた。
「最長で三十分というところだな。魔力パスの数値で差があることが分かっていて、三十分というのは私の数値だ。平均だと二十分くらいだろう」
「長いとみるか短いとみるか、微妙なところだねぇ……」
答えを聞いたヴィレムが唸る。
常時発動させるには短すぎるが、ここぞと言う時に限れば充分と言える時間ではある。
「まずは消費魔力量にあわせて、魔石から取り出す魔力量を最適化しましょうか」
「そうだね。何となくだけど、これも起動時にまず多めの魔力を消費して、その後は少なめの魔力を消費し続けるタイプに見えるけど、あってるかい?」
勇の言葉に頷きながら、ヴィレムが魔法陣を検分した自分なりの推論を勇にぶつける。
「ええ、その通りですけど、凄いですねヴィレムさん! いつの間にそこまで魔法陣を読めるようになったんですか!?」
ヴィレムから飛び出した驚きの言葉に勇が目を丸くする。
「おぉ、あってたみたいだね。読める、とまではいかないけど何となく形が似ているんだよね、そのタイプの魔法陣は」
嬉しそうにヴィレムがそう答える。
元々大量の魔法陣を“見た目”で振り分けてコレクションしていたヴィレムだからこその判別方法なのだろう。
このまま十年も勇と一緒に魔法陣開発に携われば、一通りの解読は出来てしまうのではないかと思わせる成長っぷりに、勇の顔にも笑みが浮かんだ。
「で、どの程度の消費量なんだい?」
真顔に戻ったヴィレムが尋ねる。
「大体起動時に一五〇〇くらい、その後一秒に十五というところですね。多分これが理論上の最高効率なので、実際は魔力パスの値でこれに上乗せして消費してるんでしょうね」
「最低でも一五〇〇か。それで中魔石を使っているんだね」
「そう思います」
魔石には、一度に取り出せる魔力の最大値である魔力出力と、合計で取り出せる魔力である魔力総量があり、石の大きさによってそれが決まっている。
小魔石は出力が五〇〇程度、総量が五〇〇〇程度だ。対する中魔石は、出力が三〇〇〇で総量が四〇〇〇〇程となっている。
起動時に一五〇〇の魔力を必要とする魔法陣であれば、普通に魔力を取り出して起動させるなら小魔石では出力が足りず中魔石を使う事になるのだ。
「どうする? 小魔石に全部切り替えるかい?」
「いえ。今回は起動は中魔石のままで、起動後の継続魔力を小魔石から供給したほうが良いでしょうね」
「起動速度の問題か?」
「ええ、エトさん。その通りです。オーバードライブモードはここぞと言うタイミングで使う事が多いですからね。チャージに時間がかかるのはあまり良くないので……」
勇たちが遺跡などで使っている、小さな魔石で大きな瞬間魔力を出す仕組みには一つ大きな欠点がある。
それは、指定した魔力を魔力変数に溜めるまでに少々時間が必要な事だ。
遺跡では数秒待ったところで何も問題無かったが、戦闘中に使うような魔法具だと話は別である。
一秒が勝敗を分ける世界なので、起動速度は妥協すべきでは無いだろう。
「まぁそれでも維持用に小魔石を十個も使えば一・五倍くらいに伸びますし、二十個なら三倍になりますからね」
「魔法巨人の大きさを考えれば、二十個でも大丈夫じゃろ。それでいくか?」
「いいんじゃないかな。あ、効果を弱めたヤツならもっと伸びるだろうね」
「そうですね。小魔石は山ほどありますし、魔力充填する充魔箱も持って来てますからね」
「よし。じゃあ早速雛形を作ってくれ。量産はワシとヴィレムも手伝うぞい」
「分かりました。ちゃちゃっと作るんで、ちょっと待ってくださいね」
改修方針が決まり嬉しそうに作業に移っていく勇たちの様子を、リリーネをはじめとしたアバルーシの面々が呆気に取られて見ていた。
「……なぁユリウス、マツモト殿たちはいつもああなのか?」
「ええ、楽しそうですよね。いつも兄様たちは玩具でも作るみたいに楽しそうに魔法具を作っているんですよ」
リリーネが操縦テストが一段落して一緒に休憩していたユリウスに声を掛けると、目を輝かせてそんな言葉が返ってきた。
「いや、楽しそうなのはそうなのだが、そうではなくてだな。 時間を三倍にするとか魔法陣をちゃちゃっと作るとか聞こえたのだが……」
違うそうじゃない、といった表情でリリーネが問い返す。
ユリウスは一瞬小さく首を傾げると、得心いったとばかりに頷く。そして苦笑。
「ああ、そうか。リリーネさんはイサム兄様が魔法具を作るところをちゃんと見た事がありませんでしたね」
何度か勇とは会っているし、つい先ほどまでのように一緒に戦闘もしてはいたものの、リリーネは基本的に勇たちとは離れて行動していた。
旧魔法や魔法具をふんだんに使った戦闘は見ているが、魔法具や魔法陣を作るところをまともに見るのは、これが初めてだった。
「もちろん最初はエトさんもヴィレムさんも驚いていましたし、両親や姉様たちも毎日驚いていましたが、慣れちゃいましたね」
あはは、とユリウスが笑う。
「慣れた……。そうか、慣れたのか。フフ、明日の事を考えて緊張していたのだが、杞憂だったのかもしれんな」
ユリウスの言葉を聞いて、リリーネの表情がフッと柔らかくなった。
「マツモト殿を敵に回すと言うのがどういう事か良く分かったよ。フフフ、ズンの者らも運が無いな。そして逆に、我々アバルーシはギリギリのところで運が良かった」
「リリーネさーん! ひとまず仮組みしてみたので、違和感無いか試してもらえますか~?」
リリーネが楽しそうに魔法陣を作っている勇に目を細めていると、その勇から声が掛かった。
「分かった! すぐに試してみよう。さぁユリウス、いこうか」
「ええ!」
笑顔で返事をしたリリーネは、それからしばらくの間ユリウスと共に再び魔法巨人の操縦テストを繰り返した。
そして空が薄っすら白み始める頃、稼働予定の機体全てへの改修と修理が完了した。
「さて、いよいよ山場ですね」
「うむ。やれることはやったのだ、あとは最善を尽くすのみだ」
「すまんな、アバルーシの失態に巻き込んでしまって……」
出撃を前にして、綺麗に並べられた魔法巨人の前で勇が呟くと、隣で同じように眺めていたサミュエルとリリーネも呟く。
「いえ。前にも言ったように、私達の国の人間も片棒を担いでいたんです。お互い様ですよ。それに……」
「それに?」
「そのおかげで、魔法巨人を操縦することが出来ましたし、素晴らしい魔法陣をいくつも発見出来ました。逆にありがたいくらいですよ」
「……そう言ってもらえると、多少は救われるな」
笑顔で答えた勇に、伏し目がちに笑いながらリリーネが礼を口にする。
「そして何より、織姫の友達がたくさん出来たのが、最高に嬉しいですね!」
「なぁ~~う」
勇の頭に顎をのせて、眠そうに丸まっていた織姫が片目を開いて小さく鳴いた。
「よしっ! ティラミスさ~~ん!! ぼちぼち行動を始めるので、例のヤツをお願いしま~す!!」
「了解っす!!」
表情を引き締めた勇が声を掛けると、パートナーとなった三毛猫のキキをあやしていたティラミスが元気な返事を返してこちらへ駆けてきた。
全員が集まったのを見計らって、ティラミスが少し声量を抑えて声掛けを始める。
「いよいよズンの奴らとの戦いが始まるっす。第一世代とかいうデカブツがいるそうっすが、どうせ木偶の坊に決まってるっす。イサム様たちが改良した私の魔法巨人の敵じゃないっす! サクッと勝って、煮え湯を飲ませてやるっすよ!?」
「「「「「おうっ!!」」」」」
「今日も、どうぞご安全にっ!!」
「「「「「ご安全にっ!!」」」」」
「「「にゃーっ」」」
早朝の深い森に、人と猫たちの声が静かに響き、吸い込まれていった。
皆が操縦席に向かったり装備を確認する中、織姫が全猫たちを集めて何やら集会を開いていた。
実は昨夜も勇たちが作業をする傍らで猫たちが集まっていたのだが、皆作業に追われて忙しかったのか、特に気にされることも無く決戦の朝を迎えていたのだった。
ついに200話に到達しました。これにて12章は終了、次話より新章突入予定です。
書き始めた時は、ここまで続くとは思ってもみませんでした。
これも読んでいただける皆様のおかげです。ありがとうございます!!
記念、と言うと大げさですが、書籍1巻の書影公開のお許しが丁度出たので掲載します!
↓
はい、ドーン!
又市先生の流石の画力に感服です。
織姫は可愛いし、アンネも可愛いし、勇もイケメンですねぇw
背景も美しく描いて頂いて感無量です。
2024年の9月13日発売予定なので、書店で見かけたらお手に取っていただけると嬉しいです。
大手書店様向けには、それぞれ別の書き下ろしショートストーリーも同梱される予定ですヨ!





