●第191話●プラッツォ王国・再び
翌日も丸一日フェルカー侯爵領をひた走り、区切りの良い町の宿で宿泊する運びとなった。
相変わらず貸し切りフロアがあるため、快適そのものだ。
またその道中も、当主本人と魔法騎士団長がいるため、行く先々で恐ろしくスムーズかつ好意的に出迎えられることになる。
若い女性ながら魔法騎士団長を務めるフランボワーズの人気が高いのは分かるが、サミュエルの人気も相当なものだ。
「それにしてもサミュエルさんの人気は凄いですね……」
フェルカー領に入って三日目の午前、魔動車を走らせる勇が思わずフランボワーズに尋ねる。
名前呼びになったのは、侯爵本人の希望だ。
ちなみにその本人は「違う魔動車にも乗ってみたい」という事で今日はトレーラータイプに乗っているのだが、運転手を務めるマルセラの顔が引きつっていたのを、勇は見て見ぬ振りをしていた。
「ただでさえ貴族と言うと、平民からしたら怖い存在でしょう? それが歴史ある侯爵家の当主ともなれば、近づきがたそうなんですが……」
「サミュエル様は領地中を巡っておられるし、遺跡発掘にもよく向かわれるからな。しかもあまり多くの供は連れて行かない。自然と平民との距離も近くなるのだ」
勇の問いに、少々得意げにフランボワーズが答える。
厳格な当主というイメージだったが、どうやら水戸のご老公よろしくフランクなお方のようだ。
そしてその日の昼頃、ついにプラッツォ王国との国境の最寄り町であるトポルスクへと到着した。
今日移動してきた街道は深い森の切れ目を縫うように走っているが、フェルッカからかなり北上してきたこともあり、森を作っている木々は全てが巨大な針葉樹だ。
ここまで北へ延びてきた街道は、ここトポルスクで90度曲がり西へと向かう。それを馬車で10分も走ればプラッツォ王国との国境だ。
そこからプラッツォの王都ラッチェリオまでは、ほぼ真西に街道が伸びており、その両側はやはり針葉樹の巨木が立ち並ぶ深い森であるらしい。
「とても綺麗な所ですね……」
魔動車を降りた勇が、町並みをみて思わず感嘆する。
巨木の森のほとりにあり、フェルッカと同じように赤い三角屋根の建物が立ち並んだこの町は、規模は小さいながら思わずため息を漏らすほどに美しかった。
「うむ。クラウフェンダムの周りの森も美しいが、この森や町もそれに引けを取らぬだろう?」
一歩前を歩いていたサミュエルが、足を止めて誇らしげに答える。
「ええ、仰る通りです」
それを聞いた勇が大きく頷く。隣を歩いていたアンネマリーも同感のようで大きく頷いていた。
「しかし今回ばかりは、この森が相手にとっては有利に働くのが皮肉なものだな……」
「確かに……。木が太いので、大きな魔法巨人が潜伏するにはもってこいの場所かもしれませんね」
「ああ。下草が伸びる初夏のこの時期を選んだのも、偶然ではあるまい。ズンにも知恵の回るものがいるようだ」
舌打ちするサミュエルの言う通り、下草が生えそろったこの時期の巨木の森は潜伏する側には有利に働く。
逆に冬場は、下草が枯れる上雪も積もるのであまり潜伏には適さないだろう。
「一応リリーネさんから想定潜伏場所を教えてはもらっていますが、そこに必ずいるとは限りませんからね……」
「うむ。我が領側の森であれば多少なりとも地形は把握しているが、他国となるとそうもいかぬ。少々骨が折れるやもしれんな」
「そこは仕方ありませんね。お昼休憩を取ったら、早速プラッツォへ入国しましょう」
リリーネからの情報によれば、ここプラッツォ東部では三日後から作戦行動が開始される。
また、ズンの第一世代魔法巨人が、本日一気にプラッツォ中央部へ雪崩れ込んでいるはずだ。
そこから分かれて東進してくる第二遊撃部隊がアバルーシの魔法巨人と合流する前に、ケリをつける必要がある。
そんな待ったなしの状況に、休憩をとりながら勇は今一度気を引き締めた。
「おお! これが魔法巨人か! 実物は初めて見たが、この大きさのものがこうも滑らかに動くか……。大したものだな」
立ち上がった魔法巨人を見上げて、サミュエルが感嘆する。
ここから先は相手の奇襲を受ける可能性もあるため、バラして持ってきた山吹色の機体を休憩の間に組み上げてすぐに動かせるようにし、キャリアに乗せているところだ。
「それを見事に操っているのが、まだ少年であるユリウス殿であるというのもまた大したものだ」
もう一台のキャリアに組まれた操縦用の魔法具に座るユリウスを見て、サミュエルが大きく頷いている。
それを聞いた勇が、そう言えば昔からロボットアニメの操縦は子供がすることが多かったなぁ、と思い返していた。
流石は魔力パス10を誇るユリウスだけあって、積み込みはスムーズに行われていく。
ちなみに現時点で一機しかない魔法巨人を操るのは、戦闘時であれば実戦経験豊富で操縦スキルも高いドレクスラーだが、それ以外の時はユリウスが行う。
生身での戦闘能力に乏しいユリウスが、少しでも早く力になれるように操縦経験を積みたいと自ら志願した形だ。
そんなユリウスの操縦によりものの5分で積み込みが終わると、ロープで軽く固定後シートが掛けられ出発準備が整う。
真剣な面持ちでその様子を見ていたサミュエルが
「これは、是が非でも操縦せねばなるまい……」
ボソリとそう呟いていたのを、隣にいた勇の耳は聞き逃さなかった。
トポルスクの町を出て5分も走ると、すぐにプラッツォとの国境にあるシュターレン王国側の関が見えてきた。
同盟国との国境なので、普段は大きな門は解放され簡単なチェックがある程度なのだが、今はさすがに門が閉ざされていた。
表向き沈静化したとは言え、またいつ魔法巨人が現れるか分からない状況下では当然だろう。
当然勇たちも誰何されるのだが、サミュエルとフランボワーズが同乗しているためほぼ顔パスである。
「ご苦労。変わりはないか?」
「はっ! 時折プラッツォ側から魔物が迷い込むことはありますが、単体なので問題なく対処できております。ただ……」
サミュエルが関所の隊長と思われる騎士に話しかけると、やや緊張しながら答えが返ってくる。
「ただ?」
「昨日から、少しプラッツォ側からの入国者が減っているように感じるのです……」
「ほぅ? そのものらは何か言っていたか?」
「いえ。依然として魔物や野盗の類が街道に出るものの、大きな変わりはないとの事です」
「そうか……。念のためプラッツォ側の警戒を厚くしておくように。ああ、それとヤーデルード閣下の配下の者が来るかもしれんが通さぬよう」
「……よろしいので?」
サミュエルの言葉に、隊長が表情を険しくする。
「魔物の群れがすぐその先の街道を占拠している……。違うかね?」
「……いえ、その通りです」
「であろう? それを当主である私と魔法騎士隊長たるフランボワーズが討伐に向かう。我々が安全を確認し戻るまで、少々お待ちいただくだけだ。そう時間もかかるまい?」
「仰る通りでございます!」
「うむ。よろしく頼んだぞ」
「は、ははっ!!」
笑顔のサミュエルに肩を叩かれた隊長が、背筋を伸ばして敬礼をする。
「ああ、それともう一つ。近々ザバダック辺境伯が手勢を連れてこちらに来るはずだ。正しく状況をご説明し、ご納得いただいたら通してくれたまえ」
「っ!?」
ついでのように継ぎ足された言葉に、勇がはっと息をのむ。
「正しく、ですね! かしこまりました!」
「ではな」
承服した隊長に、サミュエルは満足そうに頷いた。
「……ご配慮、ありがとうございます」
共に魔動車に戻りながら、勇がサミュエルに軽く頭を下げる。
派閥内の動きについては一切話をしていないのだが、王国を俯瞰してみているこの男にはお見通しだったようだ。
「何のことかね? 私はただ状況をご説明しろと言ったまでだよ」
「……ですよね」
苦笑しながらそう返す勇に対して、サミュエルは嬉しそうに口角を上げた。
すんなりとシュターレン王国側の関を抜けると、数百メートルの緩衝地帯を経てあっという間にプラッツォ側の関へと到着する。
こちらも厳重な警備が敷かれてはいるが、隣接する領の領主が同乗しているとあって、こちらもほぼ顔パスだ。
自国側の関と同じく、サミュエルが二、三お願いをし、勇たち一行はあっさりとプラッツォ王国へと入国した。
「情報通りだと、この先にあるメラージャという大きな街を占拠した上で前線基地とする算段のようです」
プラッツォ側の街道を進みながら、勇がサミュエルにあらためて説明をする。
「……ふむ。そうするとメラージャには相手方の斥候が入り込んでいる可能性が高いな……。少し手前に、アリシアという小さな町があったはずだ。ひとまずそこを拠点とするのが上策と思うが?」
勇の説明に少し思案したサミュエルが、そう提案する。
「それが良さそうですね。迂闊に近づいて気取られてしまっては本末転倒ですからね……」
「まぁ、慎重すぎるかもしれんがな」
少々自嘲気味に苦笑しながらサミュエルが呟くが、迂闊な行動で機を逃しては元も子もない。慎重すぎるくらいで丁度良いだろう。
関を抜け周囲を警戒しながら街道を進んでいくと、陽が西に傾くころ、サミュエルの言っていたアリシアという町へと辿り着いた。
先程立ち寄ったトポルスクと同じようなロケーションにある町だが、随分と雰囲気は違う。
あの統一感のある屋根が無いのはもちろん、こちらの建物には木材がより多く使われているためか勇的にはカントリー調っぽいなという感想だった。
町へと入った一行はまず宿を確保する。
大きな町では無いが、シュターレンとプラッツォを行き来する者が立ち寄る事も多いため、宿の数は多い。
フロアごと貸し切れる高級宿を見つけて、一先ず腰を落ち着けた。
「今から森に入るかね?」
共有のリビングでソファに腰掛けながら、サミュエルが勇に問いかける。
身分的には圧倒的に最上位であるサミュエルだが、あくまでこの一行の中では一メンバーであることを貫いており、基本的には勇に指示を仰ぐことがほとんどだ。
「入口付近だけ少し見て回るつもりですが、すぐ陽が落ちるのでそこまでですね。初めての森に、陽が落ちてから入るのはリスクが大きすぎます」
「うむ、それが良いだろうな。では早速回るとするか。何班かに分けたほうが効率が良かろう? フランボワーズ、供を頼む」
「ははっ!!」
勇の回答に大きく頷いたサミュエルは、早速行動に移す。相変わらずのフットワークの良さだ。
「リディルさんとメンフィオさんもそちらに加わってもらって良いですか?」
「はい」
「了解」
「フォフォ、某も行きますぞ。万一同朋やリリーネ様と遭遇した時には、お役に立てることもありますわい」
そこへリディルとビッセリンク家の騎士であるメンフィオ、そしてグレッグが加わる。
「ああ、確かにグレッグさんの言う通りリリーネさんを知っている人が一人はいたほうが良いですね」
そう言いながら勇は、さらに3班に分けていく。勇を軸にした班、サラを加えた班、そして町に残る待機班だ。
フェリクスとミゼロイもリリーネの顔は知っているが、フェリクスは勇の護衛として同行、ミゼロイは町に残りアンネマリーとユリウスの護衛につく。
こうして西陽が強くなり始めた森を探索するが、数時間ほどの探索では森の奥までは行けず、簡単な地形図を作るにとどまった。
しかし一行が町へ戻ったすこし後、再び森へと疾走する小さな影があった。
「にゃっふ」
「にゃお」
「にー」「みゃっ」
織姫を先頭に、サラの愛猫ルーシーとその子供キキとレオが、夕闇迫る森の中へと消えていった。
その日の深夜。
リビングで鎧をチェックしていたミゼロイが、小さな物音に顔を上げる。
念のため交代で不寝番を立てており、今はミゼロイとイーリースの順番だった。
音のした方に意識を傾けると、カリカリと扉を引っ掻くような音が聞こえてくる。
「にゃっふ」
「この声は先生!?」
続けて聞こえてきた耳慣れた鳴き声にミゼロイが慌てて扉を開けると、するりと織姫とルーシー、キキ、レオがリビングへと入ってきた。
「こんな夜更けにどうされたんですか?」
他に何もいない事を確認したミゼロイは扉を閉めると、足下ですりすりしていた織姫を抱き上げる。
「にゃふぁ~~」
抱き上げられた織姫は、腕を伝って肩まで登り大きなあくびを一つすると、満足げな表情でテシテシとミゼロイの頭を叩く。
その後、しばらくミゼロイとイーリースに甘えた猫たちは、それぞれの主が眠る部屋へと戻っていった。
週2~3話更新予定予定。
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