●第176話●急報 そして 帰還
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週3~4話更新予定です。
緊急会議が行われた翌朝。
宿で朝食を摂った勇は、リビングで織姫のブラッシングをしていた。
「んにゃっ」
膝の上でだらりとしていた織姫が、何か聞こえたのか耳を立てて立ち上がった。
「姫、どうしたんだい?」
勇がブラッシングの手を止めると、ドタドタと宿の階段を駆け上がって来る音が聞こえてきた。
そしてその音がどんどん大きくなったかと思うと勇の部屋の前で止まり、今度はドンドンドンと扉が強くノックされた。
ドアの内側で警備に立っていたフェリクスがスッと剣に手をかけ、誰だと言おうとした矢先に外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「シルヴィオですっ!! マツモト様っ、大変ですっ!! クラウフェンダムがっ!!」
切羽詰まった声で叫ぶシルヴィオ。明らかにただ事ではないその様子に、フェリクスがすぐにドアを開ける。
「今開ける」
扉が開いた途端、血相を変えたシルヴィオが崩れ去るように部屋の中へ転がり込んできた。
「どうしたんですか!? そんなに慌てて」
「つい先ほど、クラウフェンダムから鷹が来ました!! クラウフェンダムが多数の魔法巨人の襲撃にあったそうですっ!!」
息を切らせながらそう叫ぶと、手に持っていた紙を勇へ渡す。
「えっ!?」
「なっ!?」
「はっ??」
部屋にいた全員が、驚きのあまり絶句した。
勇は、渡された紙に険しい表情で目を通すと、吐き捨てるように言った。
「……くそっ、こっちが本命かっ!」
「イサムさん、街は、クラウフェンダムは大丈夫なんでしょうか!?」
血の気の引いた顔で、アンネマリーが勇へ問いかける。
「怪我人は多数出たようだけど、お義母さん含めて街の人に死者は出ていないようだよ。そこは安心していい」
そっとその肩を抱きながら勇が言う。
「そ、そうですか……」
ひとまず最悪の状況にはなっていない事に、少しだけアンネマリーの表情が柔らかくなる。
「被害状況は如何ほどなのでしょうか?」
代わりにフェリクスから質問が飛ぶ。
「詳しくは分かりませんが……、多数の怪我人と複数の重傷者、そして出荷用に保管してあった無属性の魔石が持っていかれたようです」
「魔石が……。今回の緊急招集も陽動でしょうか?」
「可能性はありますが、最初からリスクの高い手段を選ぶとは考えにくいので、複数あった手段のうちのひとつなのかもしれませんね。何にせよ、証拠を掴まない事には何とも。それに……」
「それに?」
「これでまたウチを、クラウフェルト家を糾弾する口実を与えてしまいましたね……」
「口実? 我々は被害者なのに、ですか!?」
「ええ。結果として多数の魔石を渡すことになりました。多数の犠牲者が出たり街が破壊されたと言うなら別ですが、報告では魔石以外の被害は軽微ですからね。自作自演を疑われるかもしれません」
「そんなバカなっ!!」
「これも決定打では無いですが、嫌味の一つや二つ言われて、セルファースさんの勾留期間が延びる可能性はありますね」
勇が悔しげに言う。
討伐途中に裏切って魔石を渡すようなパターンもあると、先日の会議で敢えて言っているあたりが実に嫌らしい。
「いずれにせよ、我々は急ぎ戻りましょう。状況確認をした上で、今後の対策を練らないと……。私はすぐに閣下達のところへ行って来ます」
「はっ。出発の準備を急ぎます」
「お願いしますね」
勇はそう言うと、着替えのために自室へと向かう。
「にゃっふ」
ついてきた織姫が、ベッドの上で不機嫌そうに尻尾をパタンパタンと布団に叩きつけていた。
「ふふ、姫も怒ってくれるのかい? そうだね、あそこはもう家みたいなものだからね……」
着替え終わった勇は織姫をひと撫でして肩に乗せると、アンネマリーとリディル、ガスコインを伴って足早に宿を後にした。
「なにっ!? クラウフェンダムが!?」
「ちっ、私の領地で好き勝手な真似をしおって」
「無くは無いと思うとったが、強硬策に出たものよな」
「国の中央部にまで入り込まれとるとはな」
「何らかの手引きがあったのは間違いなさそうじゃの」
ナザリオのタウンハウスに集まった当主たちが口々に驚きを口する。
しかし、最悪のシナリオの一つとして頭にあったのか、狼狽するようなことは無く冷静だ。
「して、被害はどうなのじゃ?」
ひとしきり感想を言い合った後、ルビンダが勇に問う。
「鷹による速報なので詳しいことは分かりませんが、10体ほどの魔法巨人が現れたようですが、少なくとも死者は出ていませんし、建物などにも大きな被害は無いそうです」
「なるほど。重畳ではあるが……。狙いは完全に無属性の魔石じゃな」
「はい、そう思います。街の外での交戦、外壁を乗り越えて街へ入った後、領主の館や民家を壊すことなく最下層へ行き、倉庫から魔石を強奪した後はすぐに立ち去ったそうです」
「鮮やかなもんじゃな」
「ええ。下見をしたかどこからか情報を得たか……。その数の魔法巨人が王国中央までバレずに移動できたことも合わせて、協力者がいるのは確実です」
諜報員が立て続けに自首するという出来事があった。
その後もポツポツと自首が続いていたのだが、あれは勇や領主近辺の情報を探っている者たちだ。
街の情報であれば基本的には怪しまれることなく探れるので、どうしようもないだろう。
「まぁそうよな。十中八九ヤーデルードのバカ息子一派だろうが、尻尾を見せんところが厄介よな」
「せめてもの救いは、念のため事前に大魔石全てと中魔石を出来る限り隠しておいてもらっていた事ですね。盗まれたのはほぼ小魔石なので、魔法巨人に使うのだとしたらそれなりの制約を受けるはずです」
「そうじゃな。心配し過ぎかとも思ったんじゃが、嫌な予感は当たるものじゃの」
目的こそはっきりしなかったが、国中の上級貴族が集まるとなれば、各領地の守りが弱くなるのと同時に街道の交通量が増えて監視の目も弱くなる。
そうなった場合、国境への大規模な侵攻や王国内でのゲリラ的な武力蜂起のハードルが低くなる。
その場合に狙われる可能性が高いのは、やはりクラウフェルト領の魔石だろう。
上級貴族程の兵力も持たず、地理的には周りの多くの領がヤーデルード公爵の派閥なのだから狙いやすい。
まさかとは思いつつ、国境の町を出る時にクラウフェンダムへ伝言を送り、魔石を隠すことと、対魔法巨人用に爆裂玉と雷玉を準備しておくよう伝えておいたのだ。
「では、我々は急ぎ領地へと戻ります。何台か魔動車を運転手付きで置いておきますので、閣下達も早めに領地へ戻ってくださいね」
「すまんな。しかしアレがあると半分くらいの時間で戻れるからな。ありがたく使わせてもらうぞ。国境の警備は任せておけ」
「よろしくお願いします」
こうして勇は、王城とセルファースへの報告を辺境伯らに任せると、その日の午前のうちに王都を後にした。
初日は陽が落ちた後もしばらく走って距離を稼ぎ、翌日の夕方前に勇たちはクラウフェンダムへと帰還した。
行脚に出たのが三の月の初め頃、色々あって今はもう五の月の初旬なので二ヶ月ぶりの領都だ。
外壁から森までの間の地面は、そこかしこがえぐれており金属片や陶器の破片のようなものがそこらに散らばっている。
閉ざされたままの門は、施した魔法陣のおかげかほぼ無傷だ。
かわりに少し左手の外壁上部が崩れている。外壁を乗り越えられたとの事だったので、恐らくその痕だろう。
外壁は5メートル近い高さがある。対人戦においては十分効果を発揮する高さだが、4メートルを超える大きさの魔法巨人ではいかにも相手が悪い。
そんな痛々しい痕跡に目をやりつつ速度を落として門へと近づいていくと、ゆっくりと門が開き始めた。
開いた門の内側には、騎士団長のディルークと共に10名程の騎士が整列して出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様、イサム様。そして街を守り切れず申し訳ございません」
悔しげな表情でディルークが頭を下げると、残りの騎士達も一斉に頭を下げた。
「顔を上げなさい、ディルーク。あなた方が戦ってくれたおかげで、死者も出なかったのです。むしろお礼を言わなければなりません」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、結局魔石も奪われてしまいましたし……」
優しくアンネマリーが諭すが、ディルークの顔色は冴えない。
「奪われたらまずい魔石は、事前に皆さんが隔離してくれましたし、そちらが無事なら全然大丈夫ですよ!」
勇も務めて明るく言う。
「それよりも、かなりの数の魔法巨人とやり合ったそうじゃないですか? どんな感じだったか聞かせてくださいよ!」
反省して次に活かすことは大切だが、過ぎたことをいつまでも悔やんでいては前に進めない。
どうせ遅かれ早かれ魔法巨人と再戦することになるなら、少しでもその情報を得るほうが有意義だろう。
クラウフェンダムへ入った勇たちは、あえてゆっくり魔動車を走らせながら進んだ。
「アンネマリー様~~っ!」
「きゃ~~、オリヒメちゃん!!」
窓から手を振るアンネマリーや、魔動車の屋根に乗った織姫を一目見ようと、大通りは住民たちでごった返している。
魔法巨人に襲われるという衝撃的な出来事があったばかりなので、少しでも気を紛らわせられないかと言うアンネマリーの配慮だった。
ところどころ石畳が大きく凹んでいたりしているところを見ると、街中でも戦闘が行われたことが嫌でも分かる。
今でこそ住民は皆笑顔だが、さぞや怖い思いをしただろう。
そんな事を思いながら20分ほどかけてゆっくりと領主の館へと辿り着いた。
「お母様っ!! ご無事で何よりです!!」
「ふふふっ、私だって貴族の妻ですからね。そうそう簡単にやられたりはしないわ」
出迎えてくれたニコレットに、アンネマリーが思わず抱き着いた。
「留守中にお手間をとらせてしまい申し訳ありません」
「別にイサムさんのせいじゃないじゃない。それに、領主である夫不在時に領民を守るのは、領主の妻の大切な仕事なのよ?」
アンネマリーを撫でながらニコレットが答える。
「さて、じゃあたっぷり武勇伝を聞いてもらおうかしらね」
そう言っていたずらっぽく笑ったニコレットを先頭に、一同は館へと入っていった。
少し休憩してからにしたら? と言われた勇たちだったが、事が事だけにそのまま話を聞くことにした。
遡る事二日前の午後、南の森から突如10体の魔法巨人が現れる。
先の声明の内容に加えて勇からの伝言もあって警戒態勢で門が閉まっていたことが幸いし、隙をつかれて突入されることは無かった。
すぐに見張りが気付き誰何するが、一言も声を発することなくまずは2体の魔法巨人がいきなり門へ攻撃を仕掛けてくる。
門に施した魔法陣のおかげで門は無傷。驚いたように後ろを振り返っていたそうだ。
問答無用の攻撃を受けたことで、クラウフェルト側も非常事態を告げる鐘を高らかに鳴らしてすぐさま反撃に出る。
門及び外壁に常備された爆裂玉を、まずは門を攻撃している魔法巨人に投げつける。
合わせて勇の伝言で準備した雷玉も投げつけられた。
10発以上の爆裂玉と数発の雷玉の直撃を受けて、門を攻撃していた2体の魔法巨人は所々外装や部品を飛び散らせながら倒れる。
間髪入れずに魔弾砲からまずは散魔玉が打ち出され、一面に薄っすらと靄がかかり、さらに爆裂玉がばら撒かれた。
どんな武器なのかある程度把握された後の遠距離攻撃なので、直撃する数は少なかったようだが、それでも足止めしつつさらに2機の魔法巨人の継戦能力を奪うことに成功する。
しかし一方的な状況だったのはここまでだった。
魔法巨人は一体当たりの戦力が、人一人のそれを大きく上回る。
固まっている必要は無いので、的を絞られないよう散開、攻撃が手薄な場所を見つけると素早く2機の魔法巨人がそちらに向かう。
1機がやや腰を落として踏み台となり、そこを足掛かりとして壁の上へと飛び乗った。
騎士達も魔法で応戦するが、下手に近づく事も出来ずそのまま街への侵入を許してしまった。
そこからクラウフェルト軍は防戦一方となる。
ニコレットを中心に魔法の得意な騎士の土魔法や水魔法、そして射槍砲も駆使してさらに1機の魔法巨人の動きを止めるが、続けて街へと入って来た魔法巨人を押しとどめることはかなわない。
そのまま最下層へと侵入され、無属性魔石鉱山の近くにある魔石倉庫から大量の無属性魔石を奪われてしまった。
「その後は、特に街や住人には目もくれず、動けなくなった魔法巨人を回収してあっという間に撤退していったわ」
事の顛末を話し終えたニコレットが、大きくため息をついた。
「凄いですね、半数の5機を行動不能にするなんて……」
想像以上の戦果に、勇が溜息を漏らす。
「まぁ結局魔石は奪われてしまったのだけれどね」
「いえ。それだけの戦闘能力を見せることが出来たからこそ、敵もそれ以上長居は無用とすぐに立ち去ったんです。とんでもない戦果ですよ!」
自嘲気味に笑うニコレットの言葉を、勇が否定する。
「そうだと良いのだけれどね……。それで、街の外へ飛び出した魔法巨人たちだけど、皆バラバラな方向へと逃げていったわ。それ以降今まで何の音沙汰もなしよ」
ニコレットは力なくそう言って、小さく肩を竦めた。
「森の中かその先のどこかで合流して撤退したんでしょうね……。いずれにせよ、皆様の奮闘のおかげで大事に至らなかったことが分かりました。本当にありがとうございます」
あらためて勇が頭を下げる。
「ふふ。そう言ってもらえると気が楽になるわ。領主夫人として面目躍如になったかしらね?」
「それはもう十分に。盗まれた魔石も大半は小魔石です。防衛戦は大成功ですよ」
「なら良かったわ。それで……、これからどうするつもりなの?」
「無駄かもしれませんが近辺で痕跡を探しつつ、魔動車でも足取りを追うつもりです。それと並行して対魔法巨人用の魔法具と魔動車を量産しつつ、手持ちの魔法巨人パーツの解読をする感じですかね」
「当たり前だけど、やる事が目白押しね」
「あはは、まぁ仕方がないですね。でも、マレイン閣下から人手を出してもらえる予定なので、何とかなると思います」
クラウフェルト小領はマレイン・ビッセリンク伯爵大領でもある。自分の庭を荒らされたマレインは怒り心頭で、全面的な協力を約束してくれていた。
「そう、それは心強いわね。まぁイサムさん達にも思う所はあると思うけど、せめて今日だけはゆっくりと休みなさいね。嫌でもまた忙しくなるんだから」
「……ありがとうございます。確かに気を張り詰めっぱなしでも持たないですからね」
こうして報告会は終了、勇はゆったりと風呂に浸かり、久々に自分の寝室へと戻って来た。
そしてそこで、領主の館に戻って来てから織姫の姿が見えない事に気が付いた。
久々のクラウフェンダムなので、騎士団の所か冒険者ギルドにでも行ったのかな、と思いつつ鍵盤楽器型魔法具を弄ってから眠りについた。
夜更け過ぎ。
にゃーという織姫の鳴き声で勇が目を覚ます。
ベッド脇に目をやると、織姫が帰って来ていた。
「ああ姫、お帰り。ん? 今日は友達と一緒なんだね、珍し…い……? ……っ!?!?」
半分寝ぼけていた勇が猛然と飛び起きる。
「なっ!?」
「にゃあ」
「なー」
その目の前には織姫と共にもう一匹、闇に紛れるように真っ黒な猫が佇んでいた。
週3~4話更新予定予定。
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