●第159話●集団演習
鳥山明先生が急逝されました……
あまりに衝撃的過ぎて、しばし呆然としてしまいました。
人はもちろん、メカも、モンスターも、小物にいたるまでとんでもなく上手で魅力的に描かれた魔法のような絵は、まさに天才でした。
先生に憧れて、中学高校時代は漫画家になりたくて毎日絵ばっか描いてました。
ドラゴンボールを集めて、神龍に生き返らせてもらえないですかね。
もしくは、Drマシリトやフリーザ様みたいに、ロボットになってひょっこり帰ってきてくれないでしょうかね。「もうちっとだけ続くんじゃ」って言って……。
今はただただ、ご冥福をお祈りいたします。
騎士達が出てきたフィールドをあらためて見てみると、御前試合の舞台のように平らではなかった。
壁や溝、柱のようなモノや小高い丘、背の高い草が茂っていたり、中央付近にはフィールドを横断するように水が張られた池のようなものまで確認できる。
「これ、色んな地形を想定して作ってあるんですか?!」
思わずそう聞いた勇に、エレオノーラはニヤリと笑って答えた。
「うむ。何もない場所で戦う事の方が少ないからの。どういう場所でも戦えるように、工夫しておるんよ」
どうやらかなり本格的な模擬戦のフィールドのようだ。
しかも驚いた事に、数年ごとに作り替えられているという。
地形を覚えてしまうと、無意識のうちにそれを念頭に置いて行動してしまうので、それを避けるためなのだとか。
初めて行く場所で戦う事など日常茶飯事な傭兵は、臨機応変さが必要不可欠なのだろう。
ちなみにこのフィールドは、土魔法を中心とした魔法と物理的な土木工事のハイブリッドで作られているのだが、植え替えが大変で魔法でも再現するのが困難な森林エリアのみ固定されてしまっているのが悩みらしい。
「今日の模擬戦は、戦闘エリアが広いが障害物が多く大規模戦が行えない戦場がテーマだの。片方は威力偵察に出た部隊、もう片方は敵陣へ攻撃を仕掛ける多数の部隊の一つという設定よ。ああ、互いに相手がどんな部隊なのかは知らされておらんよ」
「割と設定が細かいですね……。ああ、そうか。純粋な戦闘能力の訓練ではなくて、状況を踏まえた作戦行動訓練なんですね」
「かっかっか、そう言うことよな」
勇の言葉にエレオノーラが頷く。
「イサムさん、どういうことなのでしょうか?」
いまいちピンと来ていないアンネマリーが勇に尋ねる。
「単に戦闘能力の訓練だと、相手を倒すのが目的であり勝利条件だよね? ところがこの訓練だと、それ以外にも勝利条件・敗北条件があるんだよ。
威力偵察するチームだと、戦力を探るために一当てはしたいところだけど、主目的は偵察で情報を持ち帰る必要がある。だから最悪相手を倒さず逃げて情報を持ち帰っても、勝ちと言えるんじゃないかな」
「なるほど……。偵察だから、戦闘の結果にはこだわる必要も無いんですね」
「そう言うことよ。色々な状況を想定してより実戦的な訓練をしておるというわけよな。ただし、誰でも彼でもというわけではなく、ある程度の戦闘能力があると認められたものしか参加できんよ。足りん奴らはあっちだの」
勇の説明を肯定したエレオノーラが、そう付け加えて小闘技場の方を指差した。
どうやら大闘技場の訓練参加は、一人前の証のようだ。
カーンカーンカーン
雑談をしていると、鐘の音が響き渡った。
「さて、始まったの」
エレオノーラが呟く。あの鐘が訓練開始の合図のようだ。
フィールドはやや東西に長い作りで、東から西へ攻めるのが威力偵察チーム、逆が敵陣へ攻撃を仕掛ける部隊となっている。
フィールド中央を南北に貫くように川幅30メートルほどの川(に見立てた池)が流れており、南から100メートルほどの地点に橋が架かっており、その橋から東西に真っすぐ街道が伸びていた。
川の東側は、北端から三分の一ほどまでが森になっており、街道のすぐ北側東端あたりに小高い丘がある。
それ以外は基本平地だが、小さな林や丘がいくつも点在していた。
一方川の西側は、南端に高い崖が東西に走っており、その少し北側を街道が崖と平行に走っている。
そして街道の北側は、ハッキリと二つのゾーンに分かれていた。
フィールド西端から五分の一くらいまでは何も無い平原で、そこから中央の川まではすべて森だ。
威力偵察チームのスタート地点は、東端の方にある丘の上からだった。
見晴らしが良いので、発見されるのを厭わなければ陣地としては悪くない選択肢だろう。
偵察チームなので、相手側陣地の情報は持っていない。
丘のすぐ南側から真っすぐ西へ延びる街道沿いは開けているので見えるのだが、そこには敵陣も敵影も見当たらなかった。
残りの三分の二のフィールドは、森とそれに遮られる形になっていて見えない。
見えないどこかに、自分たちの欲する情報があるため、偵察チームは丘を降りると素早く北側の森へと向かい、森へ入ったところで二手に分かれた。
「偵察側は二手に分かれましたね」
「そうですね。情報を集めるにはそのほうが効率が良いですしね」
状況を真剣に見守るフェリクスと勇が話をしている間に、片方のチームは森の奥へ、もう片方は比較的森の浅いところを西へ進み始めた。
対する攻撃チームだが、こちらのスタート地点はフィールドの北西端だった。
何もない平原エリアなので、ここに前線拠点となる陣地を構えて攻め入るという設定だろう。
一先ずの初動として考えられるのは大きく3パターン程か。
一つは南下して街道に出て、短時間で相手拠点である丘への進撃を模索するパターン。
二つ目は南下せず東へ向かい、森に入るパターン。
そして三つ目は、あまり動かず様子を見るパターンだ。
「無難なのは森に入るパターンっすよね」
「そうだな。敵の戦力が分からない以上、遮蔽物の少ない街道を行くのはリスクが大きい」
「あ、やっぱり森へ向かったっすね!」
ティラミスとミゼロイの予想通り、二分隊が一塊となって開始地点東側にある森へと向かっていった。
その後、偵察チームは川まで森の中を真っすぐ西進、攻撃チームは森を南東方面へやや斜めに進んでいく。
一足先に川が見えるところまで辿り着いた偵察チームは、しばし川の様子を窺う。
この辺りは森のすぐ際に川が流れているのだが、少し下流に行くと開けた川原になっており遮蔽物が無い。
対して対岸は、川沿いが少し盛り上がり土手のようになっている。
相手側がそこに潜んでいた場合一方的にやられる可能性があるため、それを嫌ってしばし様子を窺うことにしたのだろう。
しかし、結果的にここで躊躇したのが悪手となる。
しばらくの後に川まで辿り着いた攻撃チームも、やはり土手に隠れるようにして様子を窺った。
それも、相手からは見えない利点を活かして南北に広がり索敵範囲を増やして。
こちらが先に発見できる可能性が高いため、見つけてから集まっても十分間に合うと踏んだのだろう。
そして見事にそれが的中する事となる。
睨み合いが続く中、情報の欲しい偵察チームの片方の分隊が、意を決して北端から徒渉を開始した。
その時点で攻撃チームは既に監視態勢に入っており、すぐに発見、招集が掛けられる。
川を渡り切った辺りで攻撃チームの態勢が整い、魔法が使える四名による魔法の一斉掃射が敢行された。
偵察チーム側も攻撃されることを想定して一名が風壁を発動準備状態にしてはいたが、多勢に無勢。
四名の魔法を防ぐ事が出来ず、ここで3名が死亡・重症判定となり戦線離脱する事となった。
模擬戦なので、攻撃・防御魔法については最小威力で運用するルールになっており、直撃なら死亡判定、それに近い状態だと重症判定となり戦線離脱となる。
武器については刃を潰したものが用いられ寸止めが努力目標となっているが、実力差が無い場合は中々難しく、腕の良い治癒魔法使いが常に控えているとの事だ。
ちなみに、恒常的に重傷者が発生するエリクセン領は、実力をつけたい治癒魔法使いに人気の職場らしく、国中から腕に覚えのある治癒魔法使いが研修のように数年間滞在するのが慣例になっているのだとか。
傷の状態に応じて治療イメージを変える必要がある治癒魔法は、実戦で鍛えないと中々効果が上がらないので、様々な負傷者が出るエリクセン領はうってつけなのだと言う。
その後、味方が攻撃を受けたのを受け、森に潜んでいたもう一つの分隊から反撃の魔法が飛ぶが、効果は薄い。
一方攻撃チームは、弾幕と壁魔法を展開し戦線を押し上げ、退却態勢に入った2名を戦線離脱させながら無傷で川を渡り切ることに成功する。
こうなると後は時間の問題で、逃走する偵察チームを追撃した攻撃チームの勝利となった。
「う~~ん、結果は大差ですが、それを分けた原因は紙一重でしたね。なるほど、これは確かに客観的に見る視点が養われますね……」
勇が感心しながら言うと、エレオノーラが嬉しそうに答える。
「かっかっか、そうであろう? 模擬戦の勝ち負けも重要だが、それ以上に模擬戦後の振り返りが重要なのよな。イサムの言う通り、勝敗は紙一重。勝ったチームにもそれが伝わらんことには意味が無いからの」
当事者だけでなく、観戦している者にも分かりやすくそれが伝わるこのやり方は、非常に理に適っている。
この模擬戦だけを見ても、王国最強と謳われる傭兵騎士団が、やはりただの戦闘狂集団などではない事を物語っていた。
その後もう一戦、二分隊どうしの模擬戦が行われると、いよいよ本日のメインイベントとも言える小隊vs小隊の模擬戦の時間になった。
勇達もそれに、5名選抜した一分隊が参加することになっている。
「ほう、随分と思い切った編成よな」
勇が選抜したメンバーを見て、エレオノーラが目を細める。
「ええ。今回はバランスより強みに特化した編成にしてみました」
選んだメンバーは、自身に加えてアンネマリー、フェリクス、ユリシーズ、マルセラだ。
勇の言う通り、魔法と言う強みにフォーカスした人選である。
「ふふ、何をしでかしてくれるか分からんが、楽しみな事よな」
「まぁ、やれるだけやってみますよ。折角の機会ですし。では、行って来ます」
模擬戦には参加しないエレオノーラを観覧席に残して、勇隊はフィールドへと降りていく。
「あー、分かってはいましたけど広い、と言うか遠いですね……」
模擬戦に参加する者の控室まで小走りで駆けながら勇がぼやく。
「上から見てあの広さですからね。その外周を移動しているので、かなりの距離になります。まぁ、準備運動になると思えば……」
一緒にジョギングしているフェリクスも苦笑している。
「よくもまぁ、こんなデカイものを作ったもんですね」
観戦していたのはちょうど東西の中央辺りなので、東軍西軍どちらになったとしてもサッカーコート二面分以上は移動することになるのだからとんでもない。
数分ジョギングをして、勇達は東軍側にある控室まで辿り着くと、そこには見知った顔が何名かいた。
「お、来たかイサム。待ちくたびれたぜ」
最初にそうやって挨拶してきたのは、鬼の団長ガスコインだった。
「ガスコインさん、よろしくお願いします。広すぎるんですよ、ここは……」
「はっはっは、スゴイだろ? まぁ広すぎて整備するのも大変なんだが」
ガスコイン曰く、使用後の整備は模擬戦の敗者チームが行うことになっているそうだ。
それを聞いた勇の口元が引きつる。
「……。負けられない戦いが、こんなところにありましたか」
「うはは、よろしく頼むぜ。そっちの騎士三人は戦ったから知ってるが、アンネマリーの嬢ちゃん、いやイサムの婚約者だから夫人か?は挨拶がまだだったな。ガスコインだ、よろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします、ガスコイン様」
アンネマリーがお辞儀をして挨拶を返す。
「あー、かたっ苦しいのは苦手だからな、様付けはいらんぜ」
「ふふっ、分かりました。では私の事もアンネマリーと呼び捨てていただければ」
頭を掻きながら言うガスコインに、笑みを浮かべながらアンネマリーが言う。
「うむ、そうさせてもらおう。こっちのメンバーだが、御前試合に出た連中の半分はこっちだ。多少なりともお互いどういう連中か知ってた方がいいからな」
そう説明するガスコインの後ろで、決勝を戦った2名が手を挙げてきた。
「残りの連中は、向こう側に入ってる。勇達の情報を何も知らないと言うのは不公平だからな」
エレオノーラの配慮で、勇達を良く知っているガスコインのチームに配属された勇達だが、ある程度相手にも情報を与えないと初見殺しになる手札もあるためか、相手チームにもそれを知っている者が配属されたようだ。
「さて、今回の設定だが、俺たちは敗走する味方を逃がすための殿だ」
「殿ですか……」
初参加だというのに、随分と尖った設定をぶっこんできたものだ。
「なかなか燃えるだろ? スタート地点はほぼ東の端辺りの街道上だ。そこから川を越えて無事西の端まで逃げつつ、敵をある程度足止めすればこちらの勝ちだ」
西軍だと聞いていたのに東軍側の控室に呼ばれた理由はこれか、と得心しながら勇が口を開く。
「馬に乗っての撤退ですかね?」
「いや、今回こっちは徒歩だな。追撃してくる向こうは分からん」
「なるほど……。相手の数も?」
「ああ、不明だな。まぁ負けて追いかけられてるんだから、そう言う事なんだと思うがな」
苦笑しながらガスコインが言う。
「そうでしょうね。さて、じゃあ簡単な打ち合わせと言うか、役割分担や方針だけすり合わせしますか? 蓋を開けてみないと分からないことが多いので、超ざっくりになるでしょうけど」
「まぁ得手不得手と、基本的な役回りくらいってとこだな」
「ええ。あ、その前に一つ確認させてください。攻撃魔法と防御魔法は最低威力制限ですけど、それ以外の魔法は特に制限無しですかね?」
「そうだな。強いて言えば戦闘時に肉体強化系を使う場合にやり過ぎないよう注意しろってくらいか。強化系は威力が測りづらいから、何とも言えないところだが」
「……分かりました。ありがとうございます」
それからブリーフィングに許された30分の残り時間を使い、ざっくりとした役割と方針を決めていった。
「……なるほど、それでその人選か。えげつない事を考えるな」
勇から提案された役回りを聞いて、ガスコインが引き気味に笑う。
「ええ。魔剣が使えないので、白兵戦でまともにやり合えるのはフェリクスさんとミゼロイさんくらいですからね」
魔剣は手加減のしようがないので禁止されている。もっとも、勇達のように全員が複数の魔剣を持っているような事は無く、数える程しかないため、これまではほとんど形骸化していたルールだったのだが……。
「よし、では基本路線はそれでいく。後は現場合わせだ」
「「「「「了解っ」」」」」
ガスコインが話をまとめたところで丁度時間となり、控室の扉がノックされた。
「西軍の皆さん時間です。準備してください!」
「おうよ! さて行くぞ。あ、なあイサム。お前らなんか妙な声掛けしてただろ? あれ、やろうぜ」
「あはは、分かりました。じゃあ皆さん集まって下さい……。どうぞご安全に!」
「「「「「ご安全に!」」」」」
こうして現場風に気合を入れた西軍が控室を後にした。
「うわぁ、実際に立ってみると闘技場の中とは思えないなぁ……」
「ええ。臨場感がありますし、何より規模感が段違いですね。野外演習とほとんど変わらないです」
フィールドに降り立った勇が、周りを見回しながら感嘆の声を漏らす。
隣で答えているフェリクスらも、興味深げに周りを見回していた。
すると……
カーンカーンカーン
戦闘開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「よし、行くぞ。撤収!」
「「「「「了解!」」」」」
鐘の音と同時にガスコインが撤収を指示、全員が一斉に西に向けて街道を走りだした。
「いたぞーっ! 追えっ!!」
しかし10秒も走らないうちに、街道脇の小高い丘からそんな声が聞こえたかと思うと、10名程の集団が丘を下ってきた。
「ちっ、早速お出ましか!」
斜め後方を見やりながらガスコインが毒づくが、そのまた10秒後に今度は馬の蹄の音が聞こえてきた。
「追いついたぞっ! このまま追撃だ!!」
「「「「「おうっ!」」」」」
今度は街道の東端から、5騎の騎馬と15名の歩兵が追撃してくる。
おそらくこちらが主戦場から追撃してきた部隊の先鋒で、丘の上にいたのは後方待機していた予備兵か何かなのだろう。
「やっぱり馬がいやがったか! 一班二班とアンネマリー、マルセラは予定通り先に行けっ! 残りで食い止めるぞっ!」
「「「「「了解っ!」」」」」
速度を落とすことなく一班二班とアンネマリー、マルセラが西へ向かい走っていく中、ユリシーズが街道を南へ少し外れていく。
その後、勇とユリシーズは立ち止まるとくるりと振り返り、地面に手をつく。
『『大獣を飲み込む泥沼は、岩より転じるもの也。泥化!』』
そして二人の魔法が発動。
勇の泥化が街道を幅いっぱい泥沼に変え、そこからさらに南10メートル四方ほどをユリシーズが泥沼に変える。
効果の高い勇が狭い範囲を、魔力が豊富なユリシーズが広範囲を担当した形だ。
「よし、長居は無用です!」
「了解!」
魔法の発動を確認すると、二人はすぐに踵を返して再び街道を走り始める。
こうして、過酷な鬼ごっこが幕を開けた。
三月いっぱい本業の都合で更新が不安定になると思います。申し訳ありません・・・
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