●第158話●大闘技場
本業が期末でえげつない忙しさにつき、しばらく更新が不安定になると思います。すみません……
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週3~4話更新予定です。
エリクシブルグへと向かう最後の上り坂を進んでいると、前方から数騎の騎馬が駆けてくるのが見えた。
濃い青色の鎧を纏っているので、エリクセン伯爵家の騎士たちだろうか。
自分たちへの遣いではない可能性もあるため、やや端へ寄りながら速度を落として様子をみていると、こちらのほうへ駆け寄ってきた。
「おーー、やっぱりイサム達だったか! 久しぶりだな!」
そう言って先頭の騎馬から降りて声を掛けてきたのは、先の御前試合でも戦ったエリクセン傭兵騎士団の団長、ガスコインだった。
「これはガスコインさんじゃないですか。お久しぶりです。隊長自らどうしました?」
勇も魔動車から降りて挨拶をしながら握手を交わす。
「見張りのヤツから、馬も無いのに走って来る変な馬車みたいなのがこっちへ向かっている、と知らせが入ってな。慌てて確認したらクラウフェルト家の家紋が見えるじゃないか。予定より早いが多分アンタ達だろうと思って、確認がてら迎えに来たんだ」
「なるほど、そうでしたか。お手数おかけしてすみませんね」
「ふっ、このまま乗り付けるとそっちの方がややこしくなるかもしれんからな。先導するからついて来てくれ」
ガスコインは笑いながらそう言うと、再びヒラリと馬に乗って踵を返した。
「むぅ、本当に馬無しで走るとは……」
自分の馬と並走する魔動車をまじまじと見て、ガスコインが驚きの表情で呟く。
ガスコインに率いられて一緒に来ていた騎士達も興味津々の様子だ。
「まだまだ試作品ですからね。今回の訪問も長距離の走行試験を兼ねているんです」
「これで試作品か……。とんでもないモノが出来そうだな」
勇の魔法具に対する飽くなき向上心の一端を感じたガスコインがため息交じりに呟いた。
領都へと入る門のところで付き添ってくれた騎馬の一騎が先行し、門番らしき騎士と二言三言話をすると戻ってきてガスコインへと報告をする。
それを受けたガスコインが、あらためて説明してくれた。
「大将から伝言だ。今日は疲れているだろうからこのまま宿で休んでもらって、明日の午前中に大闘技場まで来て欲しいそうだ」
「闘技場、ですか……」
今日だけでも休めることに感謝したほうが良いのか微妙なところである。
「館にはほとんど居ないからな、ウチの大将は。流石にあまり親しくない貴族が来た時は館の応接で対応するが、イサムはもはや身内だからな」
「……閣下らしいと言えばらしいですね」
どうにかそれだけ返すと、そのままガスコインに誘導されて宿へと案内される。
さすがに鬼の団長がエスコートしてくれているからか、昨日寄った町のように声を掛けられるような事は無かった。
「それじゃあ明日の朝また迎えに来る。今日はゆっくりしてくれ。ああ、興味があるなら別に闘技場に顔を出してもらっても構わん」
案内してもらった宿の前で、ガスコインがクイッと親指で指差す。
宿は、ご丁寧にも大闘技場のすぐ目の前に建っていた。この街一番の人気スポットである大闘技場の目の前という事で、街一番の高級宿らしい。
客として来るなら確かに最高の宿なのだろうが、客席では無い方へ案内される可能性の方が高い身としては落ち着かない。
明日は何をさせられるのやらと一抹の不安を胸に一夜を明かした。
翌日。ワンフロア貸し切りとなった宿でゆっくりと朝食を摂りリビングで寛いでいると、ガスコインが迎えにやってきた。
「よう、おはようさん! 昨日はよく眠れたか?」
「ああガスコインさん、おはようございます。闘技場の前ということで少々緊張しましたが、さすが街一番の宿、しっかり休めましたよ」
朝からバイタリティ漲るガスコインに、お茶を片手に挨拶を返す。
「そりゃよかった。じゃあ下で待ってるから、準備が出来次第降りて来てくれ」
「分かりました。後は最終チェックだけなので、すぐに行きますね。あ、こちらは全員で伺っていいんですか?」
「ああ、昼食も夕食も用意しているって話だから、全員で来てもらったほうがいいな」
「了解です。折角なので、お披露目を兼ねて魔動車で行こうと思いますが大丈夫ですか?」
「もちろん問題無い。馬車用の入り口に案内するぜ」
そう言ってガスコインは階下へと消えていく。
その姿を見送ると、勇も立ち上がって手をパンパンと叩く。
「さて、みなさんお出掛けしますか」
「「「「「はっ」」」」」
全員が返事をすると、一度自室へと戻り装備品や携行品を身に着けてから再びリビングへと戻って来る。
面会に行くというのに、ガチガチの戦闘用装備である。
全員が揃ったところで階段を降り、裏庭に停めてあった魔動車へ乗り込み宿の正面へと廻る。
「お待たせしました」
「おう。そいじゃ行くか。と言っても目の前だが」
騎乗したガスコインに先導されて、一行は大きな通りを一本挟んだ先にある大闘技場へと向かっていった。
「おーー、イサムもアンネマリーもよう来たの!」
「ご無沙汰しています、エレオノーラさん」
「お久しぶりです、エレオノーラ閣下」
「三ヶ月ぶりくらいかの。四の月の初めころと聞いておったが、少々早かったの。なんぞあったか?」
馬車止めのある貴族用の入り口で出迎えてくれたエレオノーラと挨拶を交わし、貴族用の控室へと向かいながら軽く話をする。
「ええ。少々気になる動きがあるのと、それに関連してルビンダ閣下から言伝を預かっています」
「ほぅ、ルビンダのじーさまからかよ」
勇の言葉に、エレオノーラが軽く片眉を上げる。
「こちらへ伺う前に寄らせていただきました。ルビンダ閣下はそこまで急ぐ必要ないとは仰っていましたが……」
「わかった、この後詳しく聞かせてもらおうかの」
エレオノーラは小さく頷いて、少しだけ歩みを早めた。
「かっかっか、そうかそうか、ワイバーンを仕留めたかよ!」
控室で、まずは土産としてワイバーンの干し肉を手渡し、自分たちが仕留めたものだと言うとエレオノーラが大喜びする。
新開発の魔法具で倒したのだと説明すると、この後是非見せてくれと頼まれてしまった。
しかし、倒すに至るまでの経緯や状況を話していくと、次第に顔が引き締まっていく。
「一匹だけで”はぐれ”になる事はままあるが、少数とは言え群れで”はぐれ”になるのは珍しいことよな……」
「そうなんですね。四匹が遺跡に棲みついていたそうです」
「あ奴らは決めた一つの住処に群れで長く暮らす習性があって、余程の事がない限りそこから離れることはないんよ」
流石は各地で様々な相手と戦ってきたエレオノーラだけあって、魔物の生態には詳しい。
「余程の事、ですか……」
あんなゴツイ魔物が、群れごと離れざるを得ない理由などロクなものでは無さそうだ。
「まぁ分かりやすいのは、より強い魔物に追われた場合よな」
そんな勇の内心を見透かしたのか、ニヤリと笑いながらエレオノーラが言う。
「あれの群れより強いとか、穏やかじゃありませんね」
「かっかっか、ただまぁそれはほとんど無いと思ってよい。現実的な所だと、天変地異で棲み難くなった場合よな。火事やら大水やら」
「なるほど……」
「じーさんたちの睨んだとおりズン国境付近から出てきたのだと思うが……。どう思うよ、ガスコイン?」
「ここ最近、山火事やら大水やらの話は入って来とりません。何かしら人の手が関わっとる匂いがしますわ」
ほぼノータイムでガスコインが答えた。
エリクセン家の傭兵は国中が仕事の場になる可能性があるので、国中に散らばっている手の者や協力者から、気象や農作物の出来など色々な情報を定期的に収集しているらしい。
「やはりお主もそう思うか。わっちも同じ考えよ。……分かった。じーさまのとこには一個小隊派遣するとしようかの。それに加えてズンとの国境側にも一個分隊派遣する。ガスコイン、人選は任せるからすぐに見繕ってくれ」
「了解ですわ」
エレオノーラの指示を受けて、ガスコインがすぐに部屋を出ていく。
「急いで来てもらって正解だったかもしれんの。まだ何が起きとるのか分かりはせんが、用心しておいた方が良さそうよな」
「ありがとうございます。ああ、そうだ。こちらの騎士に支給される剣のストックってありませんか?」
「ストック? そりゃ倉庫に結構な数があるが、どうしてかの?」
「手を加えて良いのであれば、魔剣にしますよ? 突貫工事になるので、ちょっと見た目が悪くなるかもしれませんけど」
「…………魔剣に、する?」
「ええ。うちのエトもヴィレムも、土の魔剣の魔法陣は完璧に覚えてますからね。魔石を埋める場所と魔法陣を描く場所を作るための工作を手伝ってもらえるなら、一個小隊ぶんくらいなら今日中に作れると思いますよ?」
「……そうか、イサムは能力で魔法陣の意味が分かっているから、どんな剣にでも魔法陣を描けるんよな。その教えを受けた職人もまたしかり、だの。かっかっかっ!!」
得心したのか、エレオノーラが笑いながら膝をポンと叩く。
「いやいや、そういう事が出来る、という事は聞いておったし知っておったがの……。いざ目の前で、当たり前のように言われると理解が追い付かなんだ。かっかっか、そうか一日で小隊ぶんの魔剣を作れるかよ。いやはや、とんでもないの」
嬉しそうにうんうんと頷くエレオノーラ。
「すまんがお願いしてもよいかの? ここにも剣や鎧を修理するための工房があるから、後で案内させるわい」
「分かりました。エトさん、ヴィレムさん、1型と同じものでお願いします。念のため、メッキもしておいてください」
「了解じゃ」
「了解だよ」
その後、土産の麻雀牌や織姫のご神体を渡しつつ、開発した魔法具についての話を交えてここまでの道中の話をしていると昼食の時間となったため、大きなダイニングへと移動する。
貴族御一行様が見学に訪れることも多いため、そのために何室かこうした部屋が用意されているという。
「これまでの話と依頼事項については、さっきまでので全部よな?」
「ええ、一通りは」
昼食を摂りながら、エレオノーラと勇が話をしていた。
結構な人数が参加している昼食会なので、立食形式で行われている。
エリクセン伯爵家側はエレオノーラ以外にも、文官武官の上位クラスに加えて騎士団の中隊長以上が参加しているため、30名以上が集まっていた。
ちなみに平均的な伯爵家の私兵は、騎士が200名、兵士が500名程度だと言われている。
対してエリクセン伯爵家はと言うと、兵士の数こそ500名程度と変わらないが、騎士の数は1,000を超えていた。
これは公爵家を凌ぎ、国王直属の王都騎士団の数に匹敵する。
兵士の数を減らして反乱の意思が無いことを示した上で、傭兵として国中に精強な騎士を派遣しているエリクセン家の特異性が良く分かる数字だろう。
「わっちの所の次はどこへ行くつもりよ?」
「ナザリオ閣下の所に向かうつもりです。閣下へ挨拶してから、ナシャーラ商会で商売の話をした後、久々に遺跡に潜るつもりです」
彼の地にある遺跡では、これまでも読めるものが多く発見されているため、もう一度潜りたいと思っていたのだ。
まだ解読していない魔法巨人と思われるパーツも気になるところである。
「ほう、遺跡かよ……。そういえば合同討伐の時に、あのタカアシガニに似た奴と遺跡で戦ったと言うておったよな?」
「はい。岩砂漠の遺跡では無く、カレンベルク領にある遺跡でしたが」
「ふむ……。イサムよ、あの魔動車というのはまだ定員に余裕はあるのかの?」
「そうですね、お土産やらを降ろして空きが出来たので、数人程度なら乗れると思いますけど、どうしましたか? あっ! まさかその顔はっ!?」
答えながらエレオノーラの顔を見やると、良い笑顔で笑っていた。
「ほーーん。そうか、数人乗れるとな。なぁイサムよ、物は相談なんだがの。わっちも一緒にいせ「大将、それはいかんです」……ちっ」
キラキラとした目で勇にお願いをしようとした矢先、声を被せられてしまう。
「舌打ちせんとってください……。大規模な出兵でも公務でもないのに大将が領地を空けてどうするんですか?」
「はぁ、まったくお前は石頭よな。イサム達と行けば、未知の魔物と戦える可能性がある。こんな面白…オホン、貴重な機会を逃してはならぬ。将たるわっち自らが確かめ、その見聞を皆に共有するといっておるんよ」
「いや、絶対違いますよね? というか今まさに面白そうと口走っとりましたよね?」
「そそ、そんな事あるわけなかろう」
目を泳がせるエレオノーラに、ガスコインが深いため息をつく。
一見現場命のように見られるガスコインだが、エレオノーラの副官というかお目付け役として、どうしてなかなか苦労しているようだ。
「そもそも、いい加減現場に出張るのは控えて欲しいんですわ。確かに大将の力はとんでもないですが、総大将たる領主は後ろで構えとってください」
「ぐぬぬ」
ガスコインの正論にエレオノーラが歯噛みをする。全く納得などしていない。
「まぁ、イサム達の遺跡探索に同行できるなら、確かに得るものは多そうですが」
「ほれみたことか。だからそう言うておるのよ」
「なので、遺跡には私ともう一人、シュマイケルが同行します。イサム、二人なら無理せず乗れるか?」
「ええ、みなさん軽装なので、お二人なら問題無いですよ」
「と言う事なので、ワシとシュマイケルで行って来ますわ。あいつは元冒険者のシーフですし、魔法もある程度使えるんで、遺跡探索には適任ですわ」
「ちょっと待て! わっちが駄目でお前が良いというのは納得がいかんのよ! お前とて騎士団長、現場に出張ってはいかんよな?」
「いえいえ、ワシは現場責任者なんですわ。誰よりも現場に詳しくないとあかんのです。大体ですね…………」
その後も10分ほど、どうにか食い下がろうとするエレオノーラであったが、ガスコインの正論の前にあえなく轟沈するのであった。
「くそう、ガスコインめ……。すぐ美味しいところを持っていきよる」
「あはは、まぁエレオノーラさんは領主ですからね。仕方がないですよ」
昼食が終わり、勇達と大闘技場の貴賓席へと向かうエレオノーラは不満をぶちまけていた。
「そうは言うがな、イサムよ。わっちは現場にいないと生きている気がせんのよ」
「あーー、まぁ分からなくもないですけどね、その気持ちも。私も魔法具の開発から手を引けと言われたら、耐えられないでしょうし」
「だろう?」
「ただ戦いの現場は万が一がありますからね。難しいところなんじゃないですかねぇ……」
なんだかんだで、何かを作る現場が好きな勇としても同情する気持ちはあるのだが、同じ現場でもモノ作りと戦闘とではリスクが違い過ぎる。
「お前までガスコインみたいなことを言いよるかよ。まぁ分かってはおるがの」
不満は口にしつつも強行突破まではしないあたりが、エレオノーラを領主たらしめている所以だろう。
「よし、着いたの。ここからだと、大闘技場が一望できるからの」
そう言ってエレオノーラが、二人の騎士が両脇を固めている大きな扉を開いた。
「おおおおお、これは凄い……」
「……とてつもない広さですね」
屋外へ出てその眩しさに目を細めていると、徐々にその全容が見えてくる。
丘の上から見た時も大きいとは思ったが、間近でみるとその広さは圧巻だった。
道すがらエレオノーラに聞いた説明によれば、フィールドだけで400メートル×300メートル程の広さらしい。
国際試合を行うサッカーコートが100メートル×70メートル程なので、それが15以上入る大きさだ。客席を含めると、さらに一回り大きくなる。
10年以上かけて作られたというのだから、とてつもないスケールだ。
「向こう側が霞んで見えるっす……」
ティラミスがぼそりと呟くが、確かに反対側までは良く見えない。闘技場と言うよりもはや大きな公園のようなサイズだ。
「ここはな、集団による模擬戦を行い、それをあらゆる角度から見られるようにするために作られたんよ。普通の闘技場では、御前試合のように精々分隊(5名前後)程度が限界よ。だがここなら頑張れば中隊規模(90名前後)まではいけるからの」
驚いて固まっている勇達に、エレオノーラが説明をしてくれる。
「わっちらが相手をするのは魔物だけではない。戦争に駆り出されることも多いんよ。無駄死にせんためにも、集団戦の鍛錬も行っている訳よな」
エレオノーラ曰く街の外でも訓練は出来るが、それを俯瞰して見えないと効果が低いらしい。
自分たちの動きを客観的に見る事で、戦場における位置関係や状況を三次元的に捉えるクセをつけるのだとか。
確かに大勢の中の一人として自分の見える範囲だけを見て動いているのとは雲泥の差であろう。
「今日はこれから複数分隊による模擬戦をやって、その後は小隊単位の模擬戦をやる予定なんだが、お前さんらも一個分隊参加してみんか?」
エレオノーラの誘いに勇が騎士達に目をやると、全員が小さく頷いた。
「分かりました。是非参加させてください。貴重な機会を頂いてありがとうございます」
それを見た勇が、エレオノーラの誘いを承諾する。
「うむうむ。合同討伐では中々の指揮官っぷりだったと聞いておるからの。実に楽しみよな」
エレオノーラが楽し気にくつくつと喉で笑う。
「そろそろ始まるから、まずは数戦ここから観戦して雰囲気を掴む感じかの」
そう言われてフィールドを見下ろしてみれば、両側からそれぞれ10名ほどの騎士達が姿を現すのだった。
週3~4話更新予定予定。
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