●第141話●領都防衛兵器の開発
ブックマーク、評価していただいた皆さま、本当にありがとうございます!!
週3~4話更新予定です。
ざり。
急速に茜色へと染まりゆく領都の正門に、一人の老兵が近づいていく。
「ほぉ、見た目はさっきまでと変わらんのやな」
しげしげと門を眺めながらボソリと呟く。
「ズヴァールさん、まずは連撃無しの単体攻撃でお願いします!」
後ろに控える集団の中から、勇が声を掛ける。
「わかった! さて、どんな感じか楽しみやな」
ズヴァールはそれに答えると、横向きに担いだ大剣で肩をポンポンとやりながらさらに門へと歩みを進める。
「始めてええか?」
「お願いしますっ!」
ちゃきっ。
返答を受けてズヴァールが大剣を正眼に構えた。
七十歳近い年齢のはずだが、長年の実戦で鍛え上げられた肉体はいまだ健在だ。
「せいっ!!」
試しに一発とばかりに、大きく踏み込んで真っすぐに剣を振り下ろした。
ガッ!
分厚い木材を金属で補強した大扉に直撃、鈍い音が響き、打ち込まれた周囲一メートルほどが一瞬淡い光を放った。
「ほぅ……」
大剣を担ぎ直したズヴァールが、今斬りつけたところを興味深げに手で撫でている。
「大したもんやな。儂の打ち込みを受けて傷一つ付いておらん」
真剣な顔でそう言うと、また数歩門から距離を取り剣を構えた。
「はあぁっっ!!!」
再び気合を込めた掛け声とともに大剣を打ち込んでいく。
ガッ、ガッ、ガッ
一箇所に続けて打ち込んだかと思えば、広範囲へ打ち込み又一箇所へ。撃ち込まれる度扉が光を放つ。
三分ほど打ち込みを繰り返すと構えを解き、ふーーっと長い息を一つ吐いた。
「いやはや、これは想像以上やな。これだけ打ち込んでも傷が付かんとは……」
薄っすらと額に浮かんだ汗を拭きながら、勇達の方へズヴァールが戻って来る。
「ズヴァールさんの打ち込みに耐えられるなら、剣による攻撃はまず問題無いですね」
「そうやな。可能性があるとしたらエレオノーラの嬢ちゃんくらいか? それでも難しそうな気はするが」
勇の問いかけにズヴァールが答える。
「うわぁ、エレオノーラさんはそこまでですか……」
その答えに勇が戦慄する。超一流の戦士が、体感した上でその可能性を語るのだから、エレオノーラの力量たるや想像を絶する。
「ユリシーズさん、魔石のほうはどうですか?」
勇はぶるぶると頭を振って怖い想像を頭から追いやると、内側にいるユリシーズに声を掛けた。
「ん~~、多分一番減っているところで三分の一使ったくらいかと! 他は一、二割くらいですかね。光の魔石のほうはどれもほとんど減っていないです!」
しばしの間の後、ユリシーズからそんな返答が返ってきた。
「ありがとうございます! 一番減っているところは、ズヴァールさんが何度か打ち込んだ所でしょうね」
「三分の一減っとると言う事は、この三倍の時間は持つのか。長いと取るか短いと取るか、微妙なところじゃな」
それを聞いた勇とエトが話し始める。
「ズヴァールさんクラスの人が最前線で門を開けに来ることはまず無いでしょうから、普通に考えれば十分と言えるでしょうねぇ」
「まぁそうじゃな」
「ただ、いわゆる攻城兵器みたいなのを使われると、そうも言ってられなくなります。個人で扱う武器のレベルを超えてきますからね……」
「確かにでかい丸太を大人数でぶつけられるだけでも、相当なダメージを受けるじゃろうなぁ」
「まぁそこまでの状況になるということは、もはや戦争になっちゃってますから、考えなくても良いかもしれませんが……。念のため対策は考えましょう」
一旦そう結論付けて、再び実験へと戻っていく。
その後も陽が落ちるまで、ミゼロイのハンマーでの攻撃や複数人での攻撃、火魔法による攻撃など様々なパターンの実験を繰り返し、良いデータを取る事が出来た。
勇とエトとヴィレムは、早速その日の夜データを元に改善を加えていた。
魔法理論研究所の最大の強みは、このフットワークの軽さとトライアンドエラーの早さかもしれない。
しかし、街中とはいえ夜に人気の少ない正門で作業をするため、勇が不要だと言っても護衛は必要になってしまう。
寒空の下護衛する側からしてみれば、もう少し自重してくださいと言いたくなっても仕方がない。
しかし、こうした少し無茶なお願いが必要な時には必ず織姫が随伴している。結果、不満どころか立候補者で溢れかえる事態になるのだった。
げに恐ろしきは魔性の猫かな……。
翌朝、朝食を終えると再び実験へと臨む。
「昨日の晩遅くまで、何やらやっとったみたいやけど?」
「ええ。昨日の結果を踏まえると、攻城兵器を持ち出された場合三分くらいしか魔石が持たない可能性があったんです。魔石を交換したら良い話ではあるんですが、交換作業中はただの門になってしまいますよね?」
「まぁな。とは言え、そもそもそれが普通やから仕方がないんやないか?」
「それだと面白くないじゃないですか。なので、魔石交換時に無防備にならないよう、非常用に別系統の魔法陣を組み込んでみたんですよ。上手くいけば、安全に魔石交換が出来るはずです」
勇達が新たに組み込んだのは、扉全体をカバーする別系統の魔法陣だった。
今回は魔法陣を描けるスペースが広いため、分割して魔法陣を描いてもかなりスペースが空いている。
その空きスペースをうまく使って、扉全体に付与をする魔法陣を作ったのだ。
見たまま写すしかない勇以外の人には、絶対に真似できない試みだろう。
全体付与になるためそれ単体では効率が悪いのだが、魔石交換をする際のバックアップとしては非常に有用だ。
魔石を替える時だけ別系統をオンにして穴を無くしその隙に魔石を交換、再び別系統をオフにしておけば良い。
攻城兵器は大がかりで威力が高い分、同時攻撃される箇所は減る。
このやり方であれば、多くても数か所の魔石を交換するだけで、理論上は魔石が続く限り永遠に門を守ることが可能なはずなのだ。
はたして実験は成功。全力で重量可変式ハンマーを叩きつけるミゼロイの攻撃を受けながら、扉は傷つくことなく魔石を交換する事が出来た。
「……とんでもないな。お前さんらは一体何と戦うつもりなんや??」
結果を見たズヴァールが目を丸くする。
「これは今後、辺境伯の皆さんの街や砦に付与しに伺いたいと思っていますので、少々お待ちくださいね」
「いいのか? いや、そりゃこれがあれば大助かりやから嬉しいが……」
「問題ありませんよ? お仲間ですし。むしろ最前線たる皆さんにこそ必要な魔法具だと思うので」
「そうか……。では、楽しみに待っていよう」
(ナザリオ、儂らはとんでもない派閥を作ってしまったかもしれん……)
ズヴァールは礼を言いつつ内心そんな事を考えていたが、彼が勇の本当の恐ろしさを知るのは、このすぐ後の事だった。
性能面の検証を終えると、魔石や起動陣の取り付け位置を微調整し、納得いくものが出来たところで魔法陣にメッキ加工を施して“魔防門”の完成と相成った。
外壁への付与は、魔防門をベースにした横展開になるため一旦保留しておく。
そして午後。勇達は次なる領都防衛兵器の作成に着手した。
「は? まだ何か作るのか??」
あんな大がかりな完全新型魔法具を作り終えた直後に、新たなものを作り始めるなど思ってもみなかったズヴァールが驚きの声を上げる。
「ええ。魔防門は単なる時間稼ぎをするための盾ですからね。あれだけでもすぐに負けることはなくとも、勝てるわけではないんです……。なのでこれから作るのは矛、勝つための武器です」
ズヴァールの問いに答えた勇が研究所から台車に乗せて持ち出してきたのは、金属製の筒に三脚のような足が付いた奇妙な魔法具だった。
実はこの魔法具の作成開始は、勇達が巡年祭に出発する前から始まっていた。
「爆裂玉をもっと遠くへ飛ばせるようにしたいんですよねぇ」
出発の三日ほど前、訓練の合間を縫って勇がエトとヴィレムにそんな相談をしていた。
「投げるだけじゃ駄目なのかい?」
「遭遇戦や少人数での戦闘であればそれでも良いんですが、拠点防衛戦や大人数での戦闘だともっと飛距離が欲しいんですよねぇ」
「ふむ……。投石器を使うのでは駄目なのか?」
「投石器は手軽だし、ただ投げるよりは十分飛距離が出るので十分使えると思いますが、拠点防衛用にもっと距離が欲しいんです」
エトの言う投石器は、いわゆるスリングの事だ。
二十センチ×十センチほどの布や革の両端から紐が伸びている原始的な道具ながら、慣れれば百メートルは石を投げる事が出来る。
この世界には、中世ヨーロッパで攻城兵器として活躍した大型の投石器であるカタパルトは存在していない。
アレの小型版を作ればある程度目的は達成できそうだが、どの程度の大きさが必要になるか分からないのと、構造を何となくしか知らないため開発に時間がかかりそうなので、選択肢からは外した。
また、魔法具ではない兵器は模倣される可能性が高いため危険視したのも理由の一つだ。
「私のいた世界には、爆裂系の魔法とそっくりな効果をだせる薬品が存在していたんです。そしてその爆発の威力を利用して何かを飛ばす武器が、標準兵装として世界中に広く浸透していました。今回、それに似たものを、魔法具で再現できないかと考えているんです」
「そんな事が出来るのか? 確かに爆裂魔法はモノを吹き飛ばす力が強いが……」
「原理自体は単純なので、何とか出来るんじゃないかと思ってます。次善策は例の風の魔法具、繰風球を応用したものですがアレは中魔石を使いますからね……」
そして、草案の描かれた紙を机の上へ広げた。
「……確かに仕組みは単純じゃな。ようは丈夫な筒がありゃええわけじゃろ?」
「はい、そうなります。爆裂魔法は火属性なので対魔法用の魔法陣を使う手もありますが、爆発の威力を殺しちゃうので勿体ないんですよね……」
勇が考えていたのは、グレネードランチャーだ。地面に置いて使うので、軽迫撃砲に近いかもしれない。
原理は単純で、筒の中に擲弾を入れて射出用の炸薬(正確にはその燃焼ガス)でそれを飛ばすだけだ。
火器としては古い部類に入るが、小型軽量で扱いやすいため、現代でも使われている火器だ。
地球のグレネードランチャーは、射出用の炸薬は擲弾側に付いているのが普通だが、今回は筒側に付けようと考えていた。ようは大型の火縄銃、大筒である。
ランチャー専用に爆裂玉を作ることなく、手で投げるのと同じものを飛ばせた方が効率が良いからだ。
また、射出に使う魔石が使い捨てになるので、コストが跳ね上がってしまうのも痛い。
爆裂の魔法陣は、別に魔石を爆発させたりしているわけではなく、魔法陣の近くに爆発魔法を発現させる魔法陣だ。
爆裂玉はその武器の性質上魔石を巻き込んで爆発させざるを得ないだけで、今回のような使い方なら魔石は砲身の外に設置可能だ。
そのため筒側に射出機構を付ければ、魔石一つで何度も使えて手間もかからない。似たような大きさであれば、他の物を飛ばすことも可能だ。
「なのでお二人には、私が王都へ行っている間に街の鍛冶屋とも協力して、爆裂玉よりほんの少しだけ直径の大きい丈夫な筒を作って欲しいんです」
「……分かった。何パターンか用意しておくから、戻ってきたら試してみてくれ」
その後、固定用兼射角調整用の脚も合わせてオーダーし出来上がった物が、今しがた勇が持ち出してきたモノの正体だった。
試射はしていないが、昨日のうちに射出用の爆裂の魔法陣も仮組してある。
さすがに街中で実験するわけにもいかないので、街の外にある野外演習場へ移動する。以前、散魔玉の検証も行った場所だ。
演習場の端に陣取った勇は、早速持って来たランチャー試作機を地面に並べていく。
試作機は、厚みと材質が異なる全四種類だ。
「言われた通りに作ってはある。作ってはあるんじゃが、本当にこんなもんが武器になるのか?」
どう見ても足の付いたただの筒なので、作成者であるエトが首を捻る。
「大丈夫だと思いますよ、多分。まぁ私は向こうの軍人ではなかったので、使った事は無いですけど……」
知識としてそういう兵器がある事はゲームや漫画等を通じて知ってはいるが、当然実物は知らないし詳細な仕様もまるで分からない。
ただ別に地球のと同じものを作る必要は無い。
あくまで似たようなモノを魔法で再現するのだから、大枠さえわかっていれば後は試行錯誤すればよいのだ。
「さーて、まずはとにかく飛ぶかどうか試してみますか。爆裂玉のガワに砂やらを詰めて重さを同じくらいにしたダミーがあるので、それで実験してみましょう!」
万一暴発すると怖いので、起動陣から機能陣へ繋がる部分を三メートルほど伸ばしてある。
『岩石壁!』
さらに念のため岩石壁で防壁を作り、その陰から点火を行う。
最初に試すのは、最もオーソドックスな鉄製のものだ。砲身の厚みは三十ミリといったところか。
長さは六十センチほど、口径がそこそこあるため抱えて運ぶのは大変な重さだ。
砲弾となるダミーの爆裂玉を砲口から装填する。
ライフリングと呼ばれる、砲弾に回転を与えて直進性を上げるための内側の溝は彫られていない。いわゆる滑腔砲だ。
着脱式にした起動陣を繋げると岩壁の陰に戻って来る。
「じゃあ、いってみますね。3、2、1……発射」
勇が起動用の魔石に触れる。
ボンッ!
思ったより軽い爆発音とともに砲身から爆裂玉が打ち出され、放物線を描いて飛んでいく。
演習場の端のほうに着弾すると、軽く跳ねてからゴロゴロとしばらく転がってから止まった。
全兵士が参加する模擬戦が出来るようかなり広めに作られている演習場は、サッカーコート四面分程の広さがあるので、百五十メートル以上は飛んでいった感じだろう。
「「「「「おおーーーーっっ!!!」」」」」
一瞬静寂が支配した演習場に、歓声が響き渡った。
週3~4話更新予定予定。
ブックマーク、評価いただけると喜びます!
↓お時間ある方、よろしければコチラもご覧いただければ……↓
https://book1.adouzi.eu.org/n4705if/
万年課長の異世界マーケティング ―まったり開いた異世界広告代理店は、貴族も冒険者も商会も手玉に取る





