●第140話●帰還 のち 見送り からの 開発開始
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週3~4話更新予定です。
王都からの復路は、より大所帯になったのと上り坂が多い関係で、往路より一日多い七日間の旅となった。
道中それなりに魔物には出くわしたのだが、今年の王国ナンバーワン騎士団と毎年ナンバーワンの座を争っている騎士団が揃い踏みした一行に歯が立つわけもなく、鎧袖一触だった。
天候も大崩れすることなく、王都を出て七日目の一の月の十九日に、無事領都クラウフェンダムへと帰還を果たした。
早馬による先触れが御前試合の優勝も同時に伝えていた上、精鋭で名高いザバダック辺境伯騎士団が同行している事も手伝って、正門はそれらを一目見ようと詰めかけた住民で人だかりが出来ていた。
「「「「「うおぉぉぉーーーーっ!!!」」」」」
「お帰りなさいませ、セルファース様!」
「優勝おめでとうございますっ!」
「きゃー、フェリクス様ーーっ!!」
「オリヒメちゃ~~ん、こっち見て~~!」
「ミゼロイの兄貴、お疲れっス!!」
大歓声に迎えられてメインストリートを凱旋パレードよろしく練り歩き、領主の館へと到着した。
館では、一行の帰りを心待ちにしていたニコレットが、家人と騎士団を従えて出迎えに立っていた。
「ザバダック閣下、ビッセリンク閣下、長旅お疲れ様でございました。ダフィ、そしてアナタ達もお帰りなさい。嬉しいお知らせばかりあって早く話をお聞きしたい所ですが、まずはゆっくりと旅の疲れを癒してください」
「急に押しかけてすまないな、ニコレット夫人。数日間世話になる」
ズヴァール・ザバダックが、往路には予定の無かった自身の来訪と滞在を詫びる。
ザバダック辺境伯領は、ビッセリンク伯爵領より更に北方、大山脈の麓に広がる広大な領地だ。
この辺りよりも雪が多く、数日前より街道の一部が積雪によって閉ざされているとの情報がもたらされていた。
幸いすでに雪は止んでおり、その後回復した天候と街道整備部隊の働きもあって数日後には開通する見込みとの事だった。
現状でもビッセリンク領までは問題無くいけるため、マレイン・ビッセリンク伯爵は自領での逗留を勧めたのだが、どうせならこれを機にクラウフェルト領を知りたいとの事で、数日間クラウフェンダムに逗留する事になったのだ。
なお、マレインとお隣のダフィドは今日一日だけ泊まって、明日の朝には出立する予定だ。
「いえいえ、北方の守護者たる閣下のご来訪なら、いつでも歓迎いたします。大したおもてなしも出来ませんが、せめてごゆるりとお過ごしいただければ幸いです」
にこやかに返答して、来客を応接室へと案内するニコレット。
ズヴァール含めた辺境伯たちと派閥を立ち上げたことは報告を受けていたので、雪の一報を聞いてすぐに準備をしていたのだった。
「さて、いよいよ明日か?」
「そうやな。御前試合でクラウフェルト家が優勝したのを見てた連中が、その理由を知ってどんな顔をするか……。直接見られんのが残念やなぁ」
マレインとズヴァールが、琥珀色の液体が入ったグラスを傾けながら話をしている。
夕食を済ませた当主一同と勇、ニコレット、アンネマリーは、皆でサロンにいた。
ズヴァールが、この世界ではほとんど手に入らないドワーフ秘伝の蒸留酒を旅のお供に持って来ていたため、勇謹製の強力冷蔵箱で作った氷を浮かべてご相伴にあずかっているところだ。
「様子見かすり寄るか、はたまた敵対か……。いずれにせよあの御前試合を見て、強引な手段に出るような事はまず無いとは思うがな」
「そうですね。辺境伯閣下たちとの派閥についても堂々と見せつけましたから。ただ、それでも手を出してくる輩は、逆に要注意ですね……」
マレインの言葉に勇が頷きながら答える。
何の話をしているかと言うと、明日以降全ての貴族に届くことになるクラウフェルト家からの書状についてだった。
内容はもちろん、勇の能力についての報告、正確には修正報告だ。
魔力が見えること、魔法語が読めること、そして一部の魔法陣が読める事が判明したと、ついに書状が伝えることになる。
なお、最初に報告した「魔法を効率よく使える」という効果が虚偽報告にならないよう、後の検証で明らかになったという体裁をとっている。
王都にほとんどの当主が集まっている巡年祭中に現地で発表しても良かったのだが、来客が殺到しても面倒な上、招かれざる客もありそうだ。
念のため、完全アウェイである王都を離れ、ホームである領地へ帰還しているであろう明日一の月二十日に、王都から一斉に書簡を配布する事にしたのだ。
王家や王都に別邸がある貴族、王都に近い領地の貴族には、早速明日にも書簡が届くはずである。そこから順次、全貴族に行き渡るだろう。
「これから真っ先に気を付けたほうがいいのは、諜報の連中やな。武力に関しては、よっぽど大人数で押しかけてこない限り大丈夫だとは思うが、諜報の連中は厄介やからな」
「そうだな。幸いこの館は切り立った崖に囲まれているから、正面側に気を配っておけば済むのは助かるな」
「いやぁ、ここにきて穴倉住みが役に立つとは思いませんでしたねぇ……」
ズヴァールとマレインの忠告に、セルファースが自嘲気味に答える。
「侵入防止のためにも、館を警備する人間は最低でも今の倍は用意したいところだが、内部から情報が漏れるのが一番厄介だからな……。
私のところの紐付きだということを是とするなら、信用できる人間を何人か出すが、どうだ?」
マレインが尋ねる。
「そうですね……。研究所への立ち入りだけ禁止させてもらえるなら、是非お願いしたいところです。
今後は、派閥内には隠すような事はほとんど無いでしょうし、むしろ定期的な状況報告代わりにもなりますからね」
しばし考えてからセルファースが答える。
「ふむ…。マレイン卿は、どんな人材を出すつもりや?」
「私の所からはそこそこ心得のある執事とメイドを出すつもりだ」
マレインの回答に、バトル執事とバトルメイドが増えるのか、と勇が内心ちょっとテンションを上げていると、ズヴァールからさらにそそられる人材の提案がある。
「じゃあ儂のとこからは、少々心得のある料理人と家庭教師やな。条件はマレイン卿と同じで」
どこのセガールさんだよ!と内心突っ込みつつさらにテンションの上がる勇だった。
「そうなると、エレオノーラ嬢ちゃんとナザリオとルビンダのじじぃ共も人を出したがるはずやから、あらかじめ儂のほうから言っておくわ」
「ありがとうございます。これから色々人を増やさないといけないと思うので、正直助かります」
セルファースが二人に頭を下げる。
「なぁに私にも十分利があるし、そもそもイサムの旧魔法と魔法具を、本人共々ろくでもない輩から守るのが派閥の第一義だからな。当然のことだ」
「そういうことやな」
直近の人員強化についてはどうにか目途が立ったものの、今後の人材育成については早急に手を打つ必要性があるという結論に至る。
しかし、忠誠心やモラルに頼った防諜自体が危うさを孕んでいるのは明白なので、物理的・ルール的な対策もまた急務になるのだった。
翌朝。自領へと帰るマレインとダフィドを見送るため、関係者がクラウフェンダムの正門に集まっていた。
「やはり風呂は良いものだな。この寒い時期には特に。アレがあるだけでも、もう二、三日逗留したくなるが……。全く、ズヴァール卿が心底羨ましい」
「あはは、近いうちに馬車用のコタツと一緒にお届けしますから、もう少々お待ちください」
別れを渋ってもらえるのは嬉しくはあるが、その理由が風呂で良いのかという気がしなくもない勇が、苦笑しながら答える。
「ああ、楽しみにしている。セルよ、人員については戻り次第急ぎ手配する。受け入れの準備だけしておいてくれ」
「はい、かしこまりました。お手数おかけします」
「問題無い。それより今日以降の反応が楽しみだな。何羽の“鷹”が飛び交うのか……」
マレインがニヤリと笑う。
“鷹”と言うのは、この世界の高性能伝書鳩のようなモノだ。
普段人がいない領域の空には魔物が飛んでいるので、普通の伝書鳩では信頼性が低い。
距離が延びる程そのリスクは増大し、まともに機能するのは精々近隣の町程度までだ。
その問題を解決するため、高高度を高速で飛び、ほとんど魔物に襲われることが無い鷹に似た魔物を使い魔にしたのが“鷹”である。
しかし魔物にすら襲われないということは、人が捕獲するのは恐ろしく困難である事も意味する。
そのため非常に珍しく、貴族であっても自前で持っている家は片手ほどだろう。
とてつもなく高額である事も理由の一つだが、そもそもお金を積んでも手に入らないという理由のほうが大きい。
自前の“鷹”を持っている、ザンブロッタ商会の凄さが窺える。
なので、ほとんどの貴族が“鷹”を利用する場合、この世界に一つだけある専門の業者に依頼する事になる。
昔からエルフが営む業者で、そこへ高額な利用料を支払い“鷹”を飛ばしてもらうのだ。
流石に個人宅にまで届けるような事は出来ないため、主要エリアの大きな街に構えた支店間を鷹で運び、そこから先は通常の手紙と同じように人が運ぶ。
クラウフェンダム近隣だと、マレインの住まうビッセリーヘンに支店がある。
厳密には本物の“鷹”では無いが、通常の配達と比べたらその差は歴然だろう。
ちなみに、彼らがどうやって鷹を捕まえて使い魔にしているのかは、極一部のエルフの秘中の秘とされている。
その昔、それを盗み出そうとしたり、脅して手に入れようとしたものが当然いたのだが、瞬く間にその国からエルフが撤退、二度とエルフが戻ることは無かった。
“鷹”が使えなくなった国は情報伝達面で圧倒的に他国に後れを取るばかりか、優秀な魔法使いをも失うことになる。
すぐにエルフが去った事は近隣国家の知るところとなり、あっという間に攻め滅ぼされてしまったそうだ。
そんな経緯もあって、今では手を出さないことが不文律になっている。
「連絡があったら、またお知らせします。と言うか、閣下の所にも繋いで欲しいと言う依頼が来るのでは?」
「確かにそうだな。少し間をおいてから、情報の共有と状況整理をしたほうが良さそうだな」
「承知しました。これは、我々も“鷹”を利用しなくてはならないかもしれませんね」
「……そうだな」
マレインとセルファースが渋い表情でそう言った。
「では、これにて失礼する。ズヴァール卿、是非帰りには寄ってくれ」
「ああ、寄らせてもらうよ。美味いワインとチーズが楽しみやな」
「道中御無事で」
こうしてマレインとダフィドは、クラウフェンダムを後にした。
その日の午後、勇は早速行動を開始した。
最初に取り掛かったのは、館及び街の防衛機能強化だった。
そう簡単に手を出されることは無いとの事だったが、魔物もいるのだ。防備を固めておいて無駄になる事は無い。
「ひとまず正門に物理防御と魔法防御を試してみますか」
「そうだの。防壁は範囲が広いから後回しでも仕方なかろう」
勇とエトが、正門の前で腕組みしながら話をしていた。
「で、どうやって両方を付与するんじゃ? 確か元の鎧は物理攻撃用と魔法用に分かれとったよな?」
「ええ。ただあれは鎧だからなんだと思います」
「鎧だから?」
「狭いんですよ、物理的に。覚えてませんか? あの異常に細かい魔法陣を……」
「っ!! そうじゃ、そうじゃったな……。確かに鬼気迫る緻密さの魔法陣じゃったな」
勇に言われて思い出したのか、エトが引きつった笑みを浮かべる。
ちなみに実際に量産に移した際は、相殺できないのに判定だけはしている部分や、長大なメモ書きのようなものなど、無駄な部分を排除したため大分目に優しい見た目になっていた。
「今回は土台が大きいですからね。一つの魔法陣で両方対応させます。元の魔法陣も、判定の一番最初で物理か魔法か切り分けているので、そのまま使えますしね」
「確かにこんだけ広さがありゃあ描きたい放題じゃな」
「はい。その上で表面をいくつかに分割して、複数の魔法陣を組み込むつもりです」
「分割じゃと?」
エトの疑問に勇が小さく頷いてから説明を始める。
「まず前提として、この魔法陣、いや全ての魔法陣はシングルスレッドなんですよ」
「しんぐるすれっど?」
聞き慣れない言葉にエトが首を傾げる。
「そうですね……。一人で、一つのコンロだけ使って料理を作るような感じです。材料を揃えて、順番に切って、鍋に入れて、火をつけて煮る。
全ての工程を順番に一つずつ進めていますよね? 一本道で、何かをしている時は他の事が出来ないのがシングルスレッドです」
「ふむ……」
「対して、複数人で複数のコンロを使って料理をするのがマルチスレッドと呼ばれる方式です。材料も手分けして切れますし、誰かが煮ている間に洗い物なんかも出来ます。複数の工程をバラバラに並行して進める事が出来ます」
「で、魔法陣はそのしんぐるすれっど、じゃと?」
「そう言う事です。厳密には違うのかもしれませんが……。カンテラやコンロみたいにただ光るだけ、熱くなるだけのものだったらそれで問題無いんです。
ただ、今回のものはそうではありません。物理攻撃も魔法攻撃も両方防げるんですが、同時には防げないんですよ」
「そういうことか……。物理攻撃を防いどる時に魔法攻撃をされたら、他の事が出来ないから防げんわけじゃな?」
「正解です。攻撃を受けてから分散、減衰する一連の処理が終わるまで、他の処理が受け付けられないんです。処理自体はかなり速いので、鎧や盾として使う分にはそこまで問題無いんですけどね」
「確かに門やら壁を攻める場合は、基本複数人じゃからなぁ……」
「ええ。なので、いくつかに分割する事で、多少なりともマシになるかなと思いまして」
「そうじゃの。一箇所に対して複数人が同時攻撃する事はそれ程無さそうだしな」
「はい。あまり分割しすぎても大変なので、程々にしますけどね」
こうして、物理攻撃と魔法攻撃の両方を防ぐという、前代未聞の魔法の大扉の制作が始まった。
門扉への付与は、形状的には大きな盾に付与するようなものだ。外側が効果面となり、内側が魔法陣面となる。
扉自体はかなり高さがあり、上の方はそれほど同時攻撃されることは無さそうだったため、上から三分の一程度は縦方向には分割せず横方向にのみざっくりと分割する。
三分の二より下は、縦方向に四分割した上で横方向に分割した。
分割した上で、その裏側に魔法陣を描いていく。
盾やマントに付与した魔法陣によく似たものを何倍も大きなエリアに描いていくので、作業自体は簡単だ。
雪の影響で足止めされて逗留しているズヴァール・ザバダック辺境伯が作業を興味深そうに眺めている。
作業の見学に飽きてきた織姫が、騎士団の所へ遊びに行ったのに付いて行き、稽古をつけて先程戻って来たところだ。
「いやぁ、良い汗をかいた」と涼しい顔で戻ってきたズヴァールだったが、織姫を頭に乗せて送ってきてくれたティラミスに聞いてみると「とんでもない爺様っす……」と目のハイライトを無くしていたので、さすが現役の辺境伯という事なのだろう。
ちなみに何か手伝うことは無いかと言われたが、天下の辺境伯を小間使いする訳にもいかず、完成後の強度調査に協力してもらう事にしていたのだが、いきなり壊されやしないか少々不安になる勇だった。
「よし。これで一先ずは完成ですね。メッキによるカムフラージュは後にしましょうか」
陽が傾き始めた頃、魔法陣の描き込みと魔石の設置作業が完了する。
エトもヴィレムも、随分と新作魔法陣を描くことに慣れてきたため、かなりスムーズに作業は進捗した。
「そうじゃな。大型の魔法具は、あの鉄板以来じゃが、こっちは魔法陣自体も大きいから迫力があるの」
「ええ。内側から見ると、ほんと魔法の扉って感じですよね」
勇とエトが、魔法陣を描き終えた扉を見上げながら嬉しそうに話をしている。
エトの言う鉄板とは、以前魔物が強襲してきたときに作成した、灼熱床の事だ。現在も、密かに正門前に埋まっている。
あれは鉄板こそ大きかったが、魔法陣自体は魔法コンロと変わらないので、さほど大がかりでは無かったのだ。
「じゃあ、私達は外に出て試してみましょうか。ディルークさーん、門を閉めてもらって良いですか?」
「了解です!」
勇を始めとしたチームオリヒメの面々と領主夫妻、そしてズヴァールが連れだって門の外で待機する中、門が閉まっていく。
「じゃあ、起動してください!」
「りょうか~い」
気の抜けた返事を返してきたのはユリシーズだ。先の御前試合を経て、チームオリヒメの準レギュラーのようになっている。
フォン、という起動音と共に、扉がエリアごとに僅かなタイムラグを伴って一瞬光る。
「「「「「おおおぉ~~~」」」」」
それを見た扉の内外から、思わず感嘆の声が上がった。
ちなみに起動陣は一つだ。魔法鎧をよくよく調べてみたところ、実はあれも前と後ろに分割された構造になっていた。
それを起動させる起動陣は一つで、そこに複数の機能陣を起動させる方法が描いてあったのを流用しているのだ。
魔力は機能陣の数だけ必要なので、数回の起動で魔石が空になるが、頻繁につけたり消したりする訳でも無いので問題無いだろう。
「さて、では早速実験を始めますか!」
起動を確認した勇の声が、赤くなり始めた冬空に響き渡った。
週3~4話更新予定予定。
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