●第105話●魔物素材の使い道
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作中のタイヤに対する考察は、分かりやすくするため端折ってる部分もありますのでご了承ください。細か過ぎるのも無粋なのでw
いくつかの魔物素材を引き取り研究所に戻ってきた勇たちは、早速その素材を使って馬車の車輪の改良に取り掛かっていた。
イノチェンティ領から戻って以来研究所に籠りっきりの魔法陣オタク三人衆に愛想をつかして、騎士団の宿舎に入り浸りだった織姫も、少し違う事をやりだした事に気付いたのか、珍しく戻ってきていた。
「さて、馬車の車輪を改良して得られる効果は大きく二つあります。一つは乗り心地の改善、もう一つは走行性能の向上です。
元の世界でも、最初はこちらと同じように木の車輪に皮を巻いたり金属を取り付けたりしていたんですが、ゴムという弾力性のある素材と空気を使った車輪の登場で、劇的に進化したんです。
私がこちらに来た時代だと、全力で走る馬の倍以上の速さで鉄の車が走ってましたけど、それもゴムの車輪があってこそだと思います」
「全力の馬の倍以上じゃと……? 確かにそんな速さで馬車を走らせたら、乗り心地の前に車輪がバラバラになるじゃろな」
勇の話を聞いたエトが嘆息する。
「はい。なので今回は走行性能というよりは乗り心地の改善を主眼にして改良をしたいと思ってます。
今の車輪の乗り心地が悪いのは、硬い石畳を硬い木の車輪で走っているため、もろにその振動や衝撃を受けているためです。
板バネとメタルリーチによるダンパーで、ある程度改善されましたが、そもそも車輪に伝わる衝撃が減らせれば、もっと快適になるはずなんです」
「確かにあの永遠に続くガタガタが改善されれば、かなりマシになるだろうねぇ」
長距離の馬車移動を思い出して、ヴィレムが苦い顔をする。
「元の世界だと、伸縮性と弾力性のあるゴムで作った袋の中に空気を入れた物を、硬いゴムで包んだ二重構造だったんですが、流石にそこまでやるのは無理です……。
なので、二重構造にするのは取り入れて、中に入れる物を変えようと思ってます」
そう言いながら机の上の紙に、車輪の断面図を描き始める勇。
「外側は、直接地面に触れますので、柔らかさよりも丈夫さを重視します。現状での候補は二つ。ローパーの触手とロックワームの皮ですね。
その内側に、ファームファンガスを詰め込んだ二重構造にするのが、基本構造になります」
「なるほどの。そいつが上手く行けば、今の木だけの車輪よりは随分マシになりそうじゃな。加工もそこまで難しくはなさそうじゃ」
勇の説明を聞いてエトが小さく頷く。
「で、加工に入る前に聞きたいんですけど、こちらって魔物の素材ってあんまり利用されていなくないですか?
食用としては結構使われてますけど、それ以外の部位って、牙とか角、硬い外皮や骨格、獣系の毛皮とかの一部を除いてほとんど使いませんよね? 今回のファームファンガスなんて、敷物とか座布団に良さそうな気がするんですけどねぇ……」
様々な種類がいて、様々な特性を持った魔物がうじゃうじゃといるのに、一部を除いて使われていないことが不思議だったのだ。
「ふむ……。その辺はそもそも捨てるのが当たり前じゃったから、深く考えたことは無かったの…」
エトが腕組みをして考える。
「いくつか理由は考えられるけど、そもそも魔物は素材ではなく脅威なんだ。ほっとくと街を襲ってくるゴブリンやオークなんかは別だけど、それ以外の魔物をわざわざ探してまで狩る事をしないんだ。
だから、食用だったり色々なものに使える毛皮だったり、分かりやすい利用法があるものじゃないと、ギルドに持っていってもほとんど値が付かない。冒険者も食ってかないと駄目だから、金になる魔物を狩ることになる。
イサムさんの言うように新しい素材で新しいものが出来たら便利だけど、今あるもので何とかなってるから、危険を冒してまで魔物の素材を手に入れて研究する事が無いんだよ。
それに、毒だったり他の素材に悪影響を与えるものも結構ある上、種類も多いときてる。研究対象としては確かに面白そうだけど、やっぱりリスクの方が勝っちゃってるんじゃないかな」
ヴィレムは流石に研究者らしく、この世界の情勢を前提にした仮説を話してくれた。
おそらくヴィレムの言っていることは的を射ている気がした。
魔物と人類とのパワーバランスが、魔物寄りに随分と傾いているがために、素材にするために狩るような余裕がずっと生まれないのだ。
「ああ、そう言えば素材として見た場合の問題もあるな」
話を聞いていたエトも何かを思い出したようだ。
「現在使われとる魔物の素材は、加工方法と保存方法が確立したもんばかりじゃ。
バステトシリーズに使っとるソリッドビートルなんかは、何もせんでもそのまま使えるから問題無い。牙やら角やらもそっち系じゃな。
で、皮とか毛皮については、なめしたりの加工をしないとすぐに傷むんじゃが、動物の皮なんかとほとんど扱い方は一緒じゃから、これまた問題無い。
じゃが、それ以外の素材については、加工方法はまだしも保存方法が確立しとらんものがほとんどじゃ。使い道を試そうにも保存できんから試すこともないし、いつまで経っても同じじゃな。長持ちせんもんは道具には使えんからのぅ……」
「あーー、なるほど…。魔物の素材って、確かにナマモノですもんね、基本的に。そりゃあハードルが上がる訳だ……。
あれ? という事は今回使う素材はその辺も考えなくちゃいけないって事ですか!?」
今更のように勇が気付く。
「うむ、そうなるの」
「それ込みだねぇ」
今更慌てる勇に苦笑する二人。
「な、なるほど……。これはちょっと気合い入れないと駄目ですね」
引きつった笑顔で、決意を新たにする勇だった。
ともあれ、まずはタイヤとして使えるかどうかを見定めることが最優先なので、保存方法については脇に置いてまずは試作を開始した。
ファームファンガスについては、適度な大きさに加工して詰め込むだけなのであまり問題は無いが、それを包むのに使用するほうはそれなりに加工が必要だ。
「んーー、ローパーの触手は中が空洞なのか……。よし、まずはこれにファンガスを詰めてみるか」
ローパーの触手の中にファンガスを詰め、それをまずはそのまま木製の車輪に取り付けて様子を見てみるつもりだ。
片側をきつく縛り、小さく切ったファンガスを中へぎゅうぎゅうと詰め込んでいく。
暫く詰め込むと、濃い緑色をした長い腸詰のような物体が出来上がった。
「エトさん、車輪の方はどうですか?」
勇がゴムタイヤもどきを作っている間に、エトには車輪に手を入れてもらっていた。
「ひとまずこんなもんじゃろ。削り過ぎると強度が持たんわい」
エトにお願いしたのは、木製の車輪の外周に溝を掘り、いわゆるリムを作ってもらうことだった。
既存の車輪の外側に単純にゴム系素材を盛るだけだと、内か外に簡単にズレてしまいそうだったためだ。
エトの言う通り強度が落ちるが、試作なので問題は無い。
この方式で上手くいくことが分かった後で、リムを掘る前提で厚みのあるものを専用に作り直せば良いだけだ。
「おお!! 流石エトさん、完璧ですよ!!」
そこには、綺麗に溝を掘られた馬車の車輪があった。
チューブに空気を入れるタイプのタイヤの場合、ほとんどがその空気圧でタイヤをリムに密着させ固定する。
しかし今回は、空気を入れる訳ではないので、その方法だと外れてしまいそうで少々心許ないが、ここも試作と思って目を瞑る事にする。
最終的には合わせホイールにするなど、もう一工夫必要になるだろう。
軽く巻いてみて長さを調整した後、早速リムの部分へ中にファンガスが詰まったローパーの触手をぎゅうぎゅうと詰め込んでいく。
触手の方が幅が広いので、力を入れてはめ込むとまずまずの力で固定された。多少不格好ではあるが、効果を確認するだけなので問題無いだろう。
パッと見では、車輪の外径から3センチほどの厚みがあるゴムタイヤが嵌っているように見えなくもない。
「最初にしてはまずまず上手くいったんじゃないですかね? いきなり四本作ると大変なので、もう一本だけ作って荷車の車輪を取り換えて試走してみましょうか?」
「そうじゃな。馬車に付けるのは最後でよいじゃろ」
その後一時間ほどかけてもう一本試作タイヤを仕上げたので、荷車の車輪を交換しようと外へ出ると、ミゼロイとティラミスが荷車の前で何やら作業をしていた。
「あれ? ミゼロイさんとティラミスさん。こんな所で何してるんですか?」
ミゼロイは専属護衛となっているので、研究所の近くにいても別におかしくないのだが、ティラミスがいるのが分からない。
「ああ、イサム殿。なに、騎士団の訓練に混ざって体を動かしていたんですが、そこへ先ほど先生がいらっしゃったんです。
で、私と一緒にいたティラミスを呼んでいらっしゃるようだったので付いてきたんです。
そうしたら今度は、荷車を前足でカリカリと引っ掻かれたので、こうして外に出してきた、という次第です」
「っす!」
「なるほど……。ちょっと今馬車の新しい車輪を試作してまして、荷車で試すつもりだったんですよ。織姫がそれを聞いて、お二人を呼びにいってくれたみたいですね」
「んな~~う」
どうだ、と言わんばかりに荷車の荷台に乗って織姫がひと鳴きする。
「あはは、ありがとう姫。これで車輪の交換とかも随分楽になるよ」
「にゃぁう」
勇がお礼を言いながら耳の後ろを撫でると、目を細めてもう一度小さく織姫がひと鳴きした。
まずは現状の乗り心地を確かめるため、エトと勇、そして織姫が荷車に乗り込む。
荷車はミゼロイが引き、より速度が必要な場合はさらに後ろからティラミスが押すことになった。
「では行きますね!」
そう言ってミゼロイが荷車を引き始めた。板バネのサスすら付いていない荷車が石畳の上を進んでいく。当然ながらガタガタと揺れ放題だ。
「あーーーなるほど。こんな感じなんですね」
しばらく走ってからUターンして研究所の前まで戻ってくる。
「板バネも無いから当たり前ですけど、相当に硬い乗り味ですね。これがどこまで変わるのか……」
そして二人の騎士の助けを借りて、荷車の車輪を取り換え終えると、再びエトと勇が荷車に乗り込む。先程で懲りたのか、織姫はミゼロイの肩の上だ。
「それでは行きます」
再びミゼロイが荷車を引き始めた。
「む?」
引き始めた途端ミゼロイが小さく声を漏らす。
「さっきよりも少し重く感じますね」
「重い、ですか……」
「ええ。特に最初の動き出しが重いように感じます。動き出したらそこまででもないですが…。もう少し速度を上げてみますね」
「はい、お願いします」
「おお、振動はかなり抑えられてますね!」
「そうじゃな。硬い感じがなくなっとるの」
先程と同じ程度の速度で移動してみると、違いがより分かるようになった。ゴツゴツと突き上げるような衝撃がかなり緩和されているのだ。
ほとんど衝撃を吸収しない剥き出しの木と、弾性がある素材で覆ったものなので、違いがあるのは当然だろう。
空気を使ったタイヤとは比べるべくもないのだろうが、ただの木と比べれば十分な効果と言えそうだ。
しかしその半面気になる点もある。
引き始めてすぐにミゼロイの漏らした「重い」という点だ。
これはタイヤの重さが増えたためではなく、路面との摩擦が大きくなったためだろう。
車輪というのは大雑把に言ってしまえば、地面に直接置かれたものを動かす際に抵抗となる“すべり摩擦”を、もっと小さな抵抗である“転がり摩擦”に変換するための機構だ。
また、駆動輪や舵取りもこなす必要がある自動車の車輪と違い、基本引っ張られるだけの馬車の車輪の役割は随分とシンプルだ。
馬車をしっかり支えることが出来て、空回りしない程度に地面との抵抗があれば、あとはなるべくスムーズに転がるのが理想だ。
速度が速くなれば、曲がったり止まったりといった機能も重要となるが、さほど速度の出ない馬車ではそこまで重要ではない。
そういう意味では、硬い車輪のほうが転がり摩擦を抑えられるので、現状の木や金属の車輪は理にかなっているとも言える。
ところが、馬車には人と荷物が乗るので、途端にそうはいかなくなる。振動や衝撃を抑える必要が出てくるためだ。
サスペンションやスポークで、ある程度吸収できるとは言え、直接地面と接している車輪の影響も馬鹿にならない。
そうなってくると、車輪にはある程度の柔軟性が必要となる。
しかし軟らかいものは概して摩擦が大きくなる。そして摩擦が大きくなるという事は、動かすのにより力が必要になるという事だ。
先程ミゼロイが重くなった、と言ったのは弾性のある軟らかい車輪によって摩擦が大きくなったためだろう。
このあたりはトレードオフの関係になっているものも多いので、目指す方向性で重視するものが変わる。
今回勇たちがもっとも得たい効果は、乗り心地の改善だ。高性能なグリップ力も制動性能も不要だ。木の車輪と同等以上であればよい。
しかし、牽引時の抵抗の増加は出来る限り抑えたい。乗り心地と抵抗、これの妥協点を見つける作業となる。
「う~~ん、この抵抗の増加が、馬車にした時にどの程度の負担になるか分からないので、何とも言えないのが辛いですね」
「まぁのぅ。引く力の強弱の感じ方は人によって違うしのぅ。じゃが、何パターンか作ってみて、まずはミゼロイを基準に考えるだけでも色々分かると思うぞ?」
「確かにそうですね。最初に作ったコイツでも乗り心地の改善は実感できたので、これを真ん中にして、硬いものと軟らかいものを作ってみましょうか」
鎧の魔法陣模写からの現実逃避から始まった馬車の車輪改善だったが、試作品の作成にこの日を含めて三日かけるという本格的なものになっていくのだった。
毎日1話アップ予定。
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