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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
19 クローデル峠
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19−7



 広大な領土を纏める帝国の皇帝印を…その判が捺された書類を見たのは、大空洞の依頼を申し込まれた時だった。

 それこそ、西の大国の親善試合を終えた頃、4ヶ月ほども前の事になるのだが。

 冒険者ギルドとしては先に大空洞の異変を調べて欲しい、と頼まれて、新たな領主の“護衛依頼”の日時に余裕があったので、同時に上がったそれらの依頼はその順に受け付けた。

 意図せず浮遊都市(エルファンディア)の地を踏んでしまったあの時は、一時、それらの遂行を本気で諦めかけた。が、いつも後ろを付いて来ている賢い彼女の働きで、程なく我らは地上へ戻り…その後、急に上がった依頼も問題無く処理された。

 こちらが他の仕事をしながら帝国領へと赴く間、冒険者ギルドでは帝国・皇帝側と細かな話を詰めて、パルシュフェルダを出る頃に“護衛依頼の詳細が決定しました”と。特定の人物にしか解呪できない類の魔法で厳重に封印された厚手の紙を、自分に向けて差し出した。

 開いた紙面の上には恐ろしく達筆な字で、護衛に関する説明が事細かに綴られており…。領都の手前で無事合流したパーティのメンバーは、何喰わぬ顔で領都のギルドを経由して街を抜けると、その指示にあった通りに、失意の森で赴いた隣接する帝国領・イルファスラへと、まずは繋がる街道通りに“抜けて行く”のを装った。

 辺りに人気がないのを見遣り、早々に道を逸れた我らは、その後は人に見つからぬよう速やかに移動して、二日と掛けず領内のカルーサ村へと赴いた。

 この作戦を綴った主は、どこで何の情報が漏れるか分からぬ、と。

 下手をして“勇者”の自分を政治利用したのだと、そう思われるのは本意ではない。そんな但し書きを加えて「村に付く前、領都で渡す荷物袋の中身を纏え」諸説明の綴りの中に、その一文を書き添えた。

 帝国・皇帝に限らずに、各国の国王並びに国を維持する要人からの“勇者”への護衛依頼は、頻繁とはいかないまでもそこそこの頻度で上がる。結局、どんな表現を用いたのだとしても、客観的にそれらを見れば“勇者の政治利用”だ。そこへあの文面ならば、己の身内に信頼を置ききれぬので通常時の手配による護衛は出せぬ、だが要人は守りたい、勇者への信頼はあるが、そのままの姿では現状の領土において民心を揺るがす問題が起きかねない。だから変装して欲しい、とも受け取れる。

 報酬額もさすが帝国…と、単純に思うも良しだが。過分と思える額内に、仕事に対する徹底をどうやら期待されている———と。ソロルとベリルに気取られぬようレプスとライスに配べた視線で、少し面倒な気配というのを先に伝えておいたのだ。

 可能ならば若い彼等に経験を積ませたかったが、場合によっては“勇者パーティ”の偽装行動を取らせよう。そう思って受け取ったあちら側からの荷袋に、大人用の甲冑二つと、魔導士用のローブが一つ、それに明らかな侍女服を二つ見て。当然と言わんばかりにソロルと同じ髪色の長い鬘が入っていたため、そういう偽装をしろ、という事か…と。

 村に入る直前の鬱蒼とした森の中にて、露骨に嫌がるソロルをなだめ。

 ベリルが着替えたソロルを見遣り「動きがガサツ過ぎると思う…」、そう発言してからは。大の男が三人ばかり彼を哀れに思う中、「…これはプロの仕事でしょ」とごちた彼女に、ソロルは何かを感じ取り…。そんなソロルにベリルの方は、淑女たる足さばきの何たるかを叩き込み…。

 色々驚くこちらの方に、気付いていたのかいないのか。目的のカルーサ村に着いた頃には、ソロルは完璧な侍女の姿を体得してみせたのだ。


 そうして現れた我々に村で護衛に就いていた兵士達が反応し、最も深く皇帝の息がかかった様子を見せる中年層の隊長が、その場の者に知らしめるよう大仰な芝居を打った。フルフェイスの自分とライス、宮廷に仕える大魔導士のローブを被るレプスに敬意を表し、その後やや砕けた調子でいかにも自分の知る人物だ、と居合わせる者に思わせた。

 それから後ろに控えたままの“二人の侍女”を伺って、さすが帝都の女性はあか抜けていて美しい…!この形(なり)で武器も握れるなんて!素晴らしいお嬢さん方だ!!と、大げさに喜色を振り撒いた。

 そしてそのまま。


「さぁさぁ、どうぞ。とりあえずお二人には、主にリューイ様の身の回りのお世話をして頂く事になりますのでな」


 と、二人を屋敷の奥へ誘い、「長旅でお疲れでしょう」と、ごく自然に我々の動線を指し示す。

 隊長殿に追従しながら古びた屋敷を進んで行けば、ほどなく意匠を凝らした扉に突き当たり。


「これから明日の話を詰める」


 そう重く語った彼の言葉を受けた見張りの兵が、一礼をして静かな歩みでその場を去って行く。

 すれ違い様、不躾な目を向けられた気配がしたが。戦時中でもない限り、フルフェイスの甲冑を纏う男達の怪しさは…まぁ、普通に考えて天井付近の話だと。

 遠ざかる男の足音のあまりの静かさに、出来る方の人物だ、とこちらは頭を切り替えて。やや厚い扉の向こうの護衛対象の新・領主殿と、見(まみ)える準備を決めたのだ。


「リューイ様、こちらの方々がこの度の行軍の護衛を務める者でございます」


 扉が開かれ、動きを見せる人の気配が落ち着いたのを確認すると、隊長殿はごく短い挨拶の後、単刀直入に我々をその人物へと紹介する動きに入る。

 兜の中で目礼し、改めて気を引き締めて“リューイ様”を眺めれば。

 誰が何を言わずとも、等しくこの場で驚いている様子が僅かな気配で分かる。

 この人物が新しい領主殿…になるのか、と。「宜しくお願い致します」と、辛うじて続けた所。

 領主殿は領主殿で、本気のフルフェイス護衛を見遣り、心の底から戦いた…ようだった。

 それからムッと口を逸らすと。


「あー…まぁ、よろしく頼む」


 実に投げやりに言ってきて。

 机に広げた政務の準備が適当なものに見えてくる…と。

 この“少年”に孤児院の事を、予算の事を託しても、大丈夫なのだろうか…?と。

 先の事を思ったら。少しだけ…頭が重くなった気がしたのである。




 どう見てもソロルと同じ15ほどの年嵩の、平均からみて小柄で細身な少年は、その後も様々な事に対してかなり投げやりな様子であった。

 村を発つ直前でさえ、今回の就任において帝都から派遣されたらしい教育係の男性に、領都まで3日ほどかかります、その時間、決して無駄にはなさいませんよう———そう託されていたのだが。「…あー…はいはい」と間延びした緊張感に欠ける返事で、適当に頷いただけだった。

 領主と呼ぶには頼りない、細い肩が馬車に消え。その後を追い、ソロルとベリルが馬車に同乗したのなら。自分を先頭にした旅団に喝が入れられて、御者席にレプスが相席し、後ろにライスを配置した新・領主の一行は、厳かにカルーサ村を出立ちした。

 ここからはある意味で、ダンジョンのボス戦よりも恐ろしい…身内に裏切り者を抱えた行軍が始まるのだ、と。常とは少し違う場所への神経を張り巡らせて、抜かりなく前を見る。

 今まで彼を盤石に守ってきたカルーサ村から、領都へ着くまでの3日間。たった3日しかない事からも、必ず“敵”から何かしらの攻撃が加えられる筈である、と隊長殿は静かに語り、新たに領主に据えられる年端もいかない少年が“何らかの事故で亡き者となる”のが敵の最大の期待であり、筋書きでもある、と沈痛な顔をした。

 よもや貴方様ともあろうお方が偏見を持つとは思わぬが、あれでいて彼は賢い子だし、彼なりに悩んでいるようだから…少し、ほんの少しだけ、我が侭な言動を広い心で見てくれないか。

 どうか仕事(帝国)のためだけでなく、血の通った人として、どんな状況になったとしても見限るような事だけは。どうか、どうか、しないで欲しい…。

 そう、暗に頼まれて。

 なぜこんな幼い者を…そしてどうやら多くの民に望まれても居ないらしい新たな領主を立てたのか…帝国の意向というのを疑う気持ちが芽生えたが。

 いずれにせよ、こちらは依頼(しごと)を完遂するのみである、と。

 “勇者”への依頼理由に、戦争の回避、と書かれた大きな意義を思い出し。

 多いとは言えないが、少ないとも言えない部隊を、引き連れながら行ったのだ。


 1日目の行軍は、取りあえず順調だった。

 旅程に上った2つの村と、避けられないモンスター・フィールド。いずれも背の低い草原に一続きであったため、全行程、死角は少なく、見通しは非常に良い。いかに身内に裏切り者を抱えている状況だとしても、こんな場所では何もなさ過ぎてさすがに手は出せまい…と、思えるような環境だった。

 ただ一つ。誤算があったとすれば“彼”である。


「…村から出た事無かったからさ。物珍しいんだよね、景色とか」


 背後にカルーサ村が見えなくなると、少年は詰めていた息を吐き付けるがごとく振る舞い、制止する声も聞かぬまま馬車の窓を全開にした。

 御者台にはレプスが居るし、おそらく気取られぬ早さと声で防御魔法をかけたのだろうが、それに近しい場所に居たあの時の男の姿が、いっそうこちらの神経をすり減らしたのだった。

 村では少年(かれ)を守る扉のすぐ側に居た人物だったが、こうして外へ出て実際に動きを見れば、より油断出来ない思いが重なっていく。おそらくこの旅団を崩す起点となるのは彼だろう、と。他の護衛とは一線を画す機敏な動きを見せる男に、レプスもライスも間を置かず注意を向けたようだった。


 実際に、事が起こって思うのは———。

 それすら素晴らしい作戦だった、という事か。


 3つ目に上った村で夜を明かした次の日は、各々軽い食事を取ると予定時間に出立を果たす。

 ちょうど昼を迎える頃に峠に続く林道へ足を踏み入れた一行は、図ったように道を塞いだ倒木を眼前に見遣り、それぞれが“外”の方へと注意を向けたのだった。

 苔生した大地に伸びるまばらな木々の幹枝(みきえ)の合間に、人が体を隠せるような太さが仮に無かったとしても。その先にあるかもしれない大地の凹凸に、人が体を隠しているかもしれないから、だ。

 だが、例の男だけは、逆に馬車を注視していた。

 隊の殿(しんがり)を務めていた現地部隊の隊長殿は、前方の異変を訝しみ、おもむろに前にやってきて。


「あれではこの道は使えない…だが、それこそ敵の策略なのだろう。我々がもう一方の道を使うのを期待しているのだろうがな…」


 と、ニヤリと笑い。


「敵方の作戦を逆手に取ってはどうだろう?」


 そんな提案を持ちかけた。

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