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81.隕石を爆破せよ! 第五話「ガリエル、襲来」


「こちらヒューストン。ガリエル、目視できました?」

「無理。窓ないし。モニターは捕らえてる」

「送ってください」

「もう送ったよ」


 噴射による加速で秒速13キロメートルの速度に達したパレスは、予定通り引力を復活させ、最高到達点40万キロに三日で達し、リウルスの引力に引かれて速度ゼロになった。今は速度を上げながらリウルスに向って落下している。自然の引力を利用した自由帰還軌道というやつで、消費エネルギーを最小限にする航行軌道である。

「あとはニュートン先生にお任せだねえ……」

「誰ですニュートンって?」

「俺の世界で引力を発見した人」


 二日後には反物質隕石ガリエルがリウルスの公転軌道に突っ込んでくる。うまく相対速度を合わせて接近し、ガリエルの前に出なければならない。質量が重いパレスをここまで運んでくるだけですでに風力備蓄エネルギーの90パーセントを使っているのだ。


 パネルに映ったガリエルは異様であった。

 真っ黒だ。光の反射がほとんどない。

 その見た目は……石炭に近かった。

 黒く、ごつごつした異様な隕石。触れれば対消滅が起こり、そのエネルギーで爆発する反物質隕石。まさに悪魔の星だった。


「これは怖いのう……」

 久々に主任管制官(フライト)のルミテスから通信が入る。

 宇宙の微細な塵芥(ダスト)がぶつかって、ちかっ、ちかっと部分的に光るのはあいかわらずだ。

「やあフライト、みんな元気?」

「全員寝不足じゃ」

 ルミテスの不機嫌な声に笑いそうになる。

「じゃ、心配ないな」

 この作戦失敗すれば、ルミテスもさすがにこの星の爆発に巻き込まれて死ぬだろう。北洋の海上で管制と無線を続けているヒューストン船上でやきもきしているはずだ。

「今ヒューストンは流氷に囲まれて身動きとれん」

「大丈夫なのそれ?」

「パラボラアンテナを固定するためじゃ。意図的にやっておる。波に揺られておってはアンテナの向きが定まらんじゃろ」

「だったらいいけど……。ヘレスちゃん寒がってない?」

「おぬしが恋しいらしくて毎日泣いておるわ。罪な男じゃのおぬし」

「帰ったら頑張るからって言っておいて」

「なにを頑張るのじゃ」



 作戦当日。

 ガリエルは太陽に接近し太陽風を浴びることで、すこし煙をまとうようになっていた。湯気、というのがぴったりだろうか。氷の惑星である彗星ほどではないが。

 その直径10キロメートルの巨大隕石は、今まさにパレスに覆いかぶさるように接近している。


「着陸して調査したいよ」

「やめてください太助さんが爆発します」

「わかってるって」

 ベルとのこのやり取りも恒例になってきた。

「液体窒素注入開始してください」

「液体窒素注入開始。毎分……500リットル」

 パレスのもう一つの心臓部。グラビ鉱石のタンクに液体窒素を注入する。

 グラビ鉱石は常温で宙に浮き、過熱すると膨張して反重力が増し、冷却すると収縮して引力が増す。パレスに液体窒素ラインが常設されていたのはこのグラビ鉱石の浮力調整のためだったというのは後で知ったことである。

 グラビ鉱石を冷却することで、パレスと、ガリエルがお互い引力で引っ張りあう効果が少し望める。

「液体窒素タンクが空になるまで全部注入しちゃっていいですからね」

「了解。あと200リットル…………空になった。注入バルブ遮断」

「遮断確認。計測しますから待機願います」

「了解……」


「計測終了。相対接近速度が毎秒2センチアップしました!」

「たったそれだけ……? 誤差範囲じゃん」

「ガリエルの重力は地球の四千分の一ですよ。やってみただけってことです」

「けっこうがっかりなんですけど。ほっといても勝手にぶつかってくれるぐらい引っ張ってくれるのかと期待してたんだけど」

「どうせならやっといたほうがいいってことですね。じゃあ軌道修正お願いします。これが最後の修正になります」

「了解」

「いよいよですね」

「ああ……」


 ガリエルを確認してから、毎日やっている軌道修正である。

 最初はおおざっぱだったが、その後も続けた微小修正で、もう誤差は1メートルもない。許容相対速度誤差は秒速5センチ以内。

 今、パレスは惑星リウルスを眼下に、反物質隕石ガリエルの前に立ちふさがっていた。パレスの真上にガリエルがいる。

 ガリエルは先行してリウルスに落下しているパレスに追いついて、追突する。

 その追突速度は毎秒1メートル。

 反物質であるガリエルはぶつかったパレスと対消滅を起こし、穴が空く。突入するパレスは自らも消滅しながら、穴を掘り進んでガリエルの体内にもぐりこむ。

 対消滅によって起こる爆発的エネルギーは、エネルギー転送装置で、パレス下層部のエネルギー貯蔵庫に転送されて爆発は起こらない。パレスは砕けることなくガリエルにもぐりこんでいくはずである。


 その前に、やっておかなければならないことがあった。

「風力残エネルギー全放出! お願いします!」

「了解、放出開始!」

 ブローノズルを一対ずつ180度反対方向に向けて残り風力エネルギー、要するに空気を排出してエネルギー貯蔵庫を空にしなければならない。今まで軌道修正に使っていた残り僅かな空気を全部である。燃料の投棄と言ってよかった。

電子頭脳(マザーコンピューター)に任せて!」

「おう!」

 それぞれのノズルが反対方向に向けて同量を放出することで、パレスの速度変化は起こらないはず。

 だが、放出を始めてから五分後、パレスはぐらっと揺れた。


「パレスに振動、ローリング発生中!」

「なんじゃと!」


 パネルの反物質隕石ガリエルは発火していた。

 燃えている。

 炎に包まれている。

「なんで――――!」

「空気じゃ! パレスが放出した空気に触れておるんじゃ!」


 なんてこった。それは想定外だった!

 今の太助は揺れるパレスの制御に必死だった。

電子頭脳(マザー)のコントロールに切り替えて脱出するんじゃ――――!」

「まてっ、ルミテス!」

「なんじゃ!」

「パレス、スピンさせていいか!」


 一瞬の間があった。


「よい! はよやれや!」

「了解!」

 16ある排気ノズルを全部横倒しにする。

 パレスはゆっくりと回転を始めた。このままどんどん回転が速くなっていくに違

いない。

 ライフル弾と同じである。パレスを弾丸のように回転させれば、パレスは揺らぐことなくガリエルにまっすぐ突っ込んでいくはずだ。

 

「コース安定しました! もう排気は十分ですからゲート閉鎖して脱出してください――――!」

「十分じゃ! さっさと脱出せい!」

「おう!」

 太助は十六ある排気ゲートを全部閉めて姿勢制御をサブタンクからのオートスラスターコントロールに任せ、室内に張られたロープを伝わって脱出路を駆けた。

 パレスをスピンさせている遠心力が強い。

 太助は通路の壁に貼り付けられる。


「最後まで粘ったやつって、死ぬんだよなたいてい……。あ、でも先に逃げ出したやつもよく死ぬよな」


 壁を這うように脱出ポッドに急ぐ。少し予定時間を過ぎたかもしれない。

 脱出が遅れると爆発に巻き込まれ、脱出ポッドが反物質の破片を受けて消滅してしまう。

 すでにポッドは口を開けて、太助が乗り込むのを待っていた。

 座席にどさっと座り込んで、正面のハッチをばたんと閉める。赤いハッチには白いペンキで塗られた、「3」の数字。

「脱出装置起動。脱出路開け、気圧正常。カバー剥離OK……」

 パレス外周に近い脱出ポッドは遠心力がずっと強く感じる。太助はジェットコースターのように体を振り回される中、チェックリストを読みあげ、スイッチを入れ続ける。

「エジェクト!」

 黄色と黒の縞模様のレバーを一気に引っ張る。

 脱出ポッドはパレスの船内気圧を受け真空の宇宙に吸い込まれるように、パレスの脱出路を落ちていった。

「頼むぜパレス。あとは任せる!」


 空飛ぶ巨大空中宮殿・パレスは対消滅のガスの光に覆われて、真っ黒な燃える反物質隕石、ガリエルに突入した。

 ガリエルに大穴が空く。対消滅エネルギーが放出されてまぶしく光る。

 だが爆発は起こらない。爆発エネルギーは次々に空になったエネルギー貯蔵庫に転送されている。パレスは秒速1メートルの衝突速度を少しずつ落としながらガリエルにめり込んでいった。

 パレス自身も消滅しながら。


 みんなで昇って風景を眺めた塔が消滅した。グリンさんのお気に入りの場所だった。

 宮殿も順に消滅してゆく。みんなで食事した食堂も、ヘレスが料理をふるまった厨房も。

 指令室も消滅した。コントロールを失った回転するパレスは、それでも突入をやめない。

 いつもハッコツやジョンと訓練していた庭園が消えた。マリーが植えた花たちも蒸発した。もうベルも花の蜜を舐めることができなくなった。

 地下水路も消えた。

 しかし、それでもなおパレスは回転しながら隕石の中を突き進む。

 強固に何層も装甲(プロテクト)された、パレスのエネルギー源である、貯蔵庫。

 そのエネルギー貯蔵庫は、次々に転送されてくる対消滅エネルギーをその内部いっぱいにため込んで、限界に達しようとしていた。




 北洋。一日中、日が昇ることがない極夜の空の下。

 今、流氷に囲まれた大型帆船、ヒューストンは、真っ暗な宇宙を眺めて固唾をのんでその時を待っていた。


 水平線に近い夜空が光った。

 ものすごい光だ。

 爆発音は聞こえない。

 だが、宇宙(そら)で何かが起こったことは間違いなかった。

 まるで花火のように、その光は飛び散った。


「作戦、完了かの?」

「そのようですね……」

 すさまじい流れ星が飛び散るのが見えたが、しばらくして収まった。

「明日には破片が降ってくる。今夜以上の流星群が見られるじゃろう」


 ルミテスとベル以外の他のメンバーは、何が起こったのか結局最後までよく理解できないまま、ぽかーんとその明るい星空を見守った。


「作戦成功じゃぞ。もっと喜ばんか!」

「ばんざーい……」

「うぉおおおお……」

「やった――――!」

 メンバーが少しずつだが、ゆっくり、喜び出した。


「こちらヒューストン。こちらヒューストン、三号、聞こえますか?」

 ザッ……。ジジジザザザザッ……。

 通信官(キャプコム)のベルが呼びかけるが、雑音が多くて聞き取れない。

「こちらヒューストン。こちらヒューストン、三号、聞こえますか?」

 ザッ……。ザザザザザザザザッザザザザザッザザザザザジジジッ……。

「ダメですね。成層圏にものすごい電波障害が出ています。反物質が大気に触れて対消滅してるんですから、当分無線は無理かもしれません」

「あー、そうなるかの……。三号ってなんじゃ?」

「太助さんが脱出ポッドのことをずーっと『三号』って呼んでましたので」

「通信が回復するまで太助の消息は不明か……」


 それを聞いてヘレスが肩を震わせて泣き崩れてへたり込む。

 ルミテスはそのヘレスに歩み寄って、肩を撫でた。

「心配いらん、無線が今通じなくなっておるだけじゃ。あのしぶとい男がこんなことで死ぬわけないわの。明日にはちゃんと海に浮かんでおるわ」

「言い方。ルミテス様言い方。それじゃ水死体みたいです」

 ベルがルミテスをたしなめる。


 極夜の空には、今まで見たこともないものすごいオーロラが舞っていた。

 ルミテスはメンバー全員に向き直る。

「撤収じゃ! ヒューストンはこれから、三号回収のため北洋を脱出して、外洋に出る。皆の者、航路を開くのじゃ!」


 ハッコツとジョンは忙しく流氷の上を駆け、オーロラの空の下、夜を徹して爆薬を仕掛けて氷を割った。

 マリーは操舵輪を手に、放水の推力レバーをめいっぱい上げて、ヒューストンを前進させ、流氷を押し開いてゆく。

 南下する帆船ヒューストンの航路は、極夜が明けようとしていた。




次回82.隕石を爆破せよ! 最終回「しばしのお別れ」


いよいよ最終回です!!

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