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80.隕石を爆破せよ! 第四話「作戦開始」


 訓練の最終チェックは、太助一人でのパレスの操縦だ。

 訓練で大量に消費した風力エネルギー補充を兼ねて、一人、パレスで台風に突っ込む。

 オートスタビライザーの使用は禁止。寝ている時間、休み時間以外はすべて手動でパレスの姿勢制御をした。何度かひっくり返りそうになりながらも、太助はジャイロスコープのジンバルから目を離さず、なんとか水平姿勢を保ち続けた。

「エネルギー充填100パーセント、もう帰っていい……?」

「了解じゃ。帰還はオートクルーズを使ってよいぞ」

 へとへとの太助は、数時間ではあるが睡眠をとることができた。


 異世界救助隊秘密基地、大型帆船ヒューストンは、現在北洋に移動していた。

 ロケットの打ち上げは燃料節約のため、できるだけ赤道に近い場所と相場が決まっている。地球の自転遠心力を利用するためである。だが、グラビ鉱石の浮力が使えるパレスではあまり問題ではない。それより無線通信が一か所からしかできず二十四時間の極超短波の中継手段も無いので、ヒューストンはリウルスの頂点、北極近くの北洋に展開するしか通信手段が無かったのである。


「では出発じゃ。太助、リウスルの運命はおぬしに任された。頼んだぞ」

「まさか宇宙飛行士までやることになるとは思わなかったよ……。子供のころ、なりたかった仕事の一つだけどさ」

「夢がかなってよかったではないか」

「まあね」


 北洋の甲板で防寒服を着こんだメンバー一人一人と握手する。

「必ず生きて戻ってくるんですぞ! ケタケタケタ」

「失敗したらお前らも死ぬからな? ま、頑張るよ」

 ハッコツは氷河期になっても生き残れそうだとは思う。


「がんばれ、隊長」

「おう」

 ばしっ。ハイタッチする。ジョンとのやりとりは短かった。

 この、無口な狼男とはそれで十分だった。


「失敗しても決して恨みませんわ……」

「縁起でもないこと言わないで……」

 マリーがハグしてくる。せっかくなので抱きしめる。


「無事に帰ってきたら今度こそ何発でもやらせてやるからの!」

「フラグになるのでお断りします」

「つまらんのう……」

 あいかわらずのグリンさんだが、今日はしらふだった。抱き着かれてキスされても酒臭くなかったのだ。精一杯のお見送りと思っておこう。


「訓練をよく思い出して。ミスしないように。私の無線指示聞き逃さないように気を付けてがんばって!」

「はいはい。ベル、俺の手の上に乗ってくれない?」

「えーえーえー……」

 ちょっといやいやだったが、ベルが手のひらの上に乗って座ってくれた。

 ほんと小さい。そして軽い。

 こんな妖精さんも頑張ってくれる。今回の作戦では無線通信官(キャプコム)を担当してくれることになっている。


「さ、こいスラちゃん!」

 ポンポン弾んでくるスラちゃんを受け止める。ぎゅっと抱きしめてやる。

「みんなを頼んだぞ!」

 よくわかってないスラちゃんだが胸の中で弾んでOKのサイン。かわいいやつだ。


 最後はヘレス。

「ヘレスちゃん。なんにも心配しないで。絶対に生きて帰ってくるから」

 抱きしめた胸の中で震えるヘレス。泣いているのだろう。

「おいしい料理作って、待っててね!」

 その胸元にキスしてやる。抱きしめている間、()かすメンバーはいなかった。


「さ、ドラちゃん、行くぞ!」

 甲板に伏せるドラちゃんに跨り、鞍をつかむ。

「出動!」

 ぶわっさぶわっさと羽を広げ、ドラちゃんは二百メートル先に着水しているパレスに向って飛び上がった。

 振り向けばメンバー全員が手を振ってくれていた。




「最終確認をする」

 ルミテス飛行管制官(フライト)が声を上げてメンバーに確認する。


「モニター」

「GOです」

「環境」

「船内気圧GOです」

「エネルギーチャージ」

「現在99.8パーセント、GOです」

「誘導」

「GO!」

「交信」

「GOだフライト」

 パレス・ルーミスに搭乗した太助から返事が来る。

(アンカー)

「GO」

「GOじゃルーミス。リフトアップ、いつでもよいぞ!」

「それじゃ遠慮なく。リフトアップ!」


 ゴゴゴゴゴゴ……。

 バシャバシャバシャ……。

 大量の海水を滴らせて、太助一人となった宮殿(パレス)ルーミスは、ゆっくりと、上昇を開始した。ロケット噴射もなく、グラビ鉱石の浮力による静かな打ち上げであった。



「高度三万六千キロメートル。浮力停止。静止衛星軌道に乗った。現在速度秒速3キロメートル」

「確認。上出来ですよパレス」

「まあオートでやってくれるんだけど」

「3時間後に静止衛星軌道離脱です。少し休息してください。宇宙楽しんで」

「了解」

 今パレスはリウルスの引力に捕らえられ、赤道上空の一点に高度を固定していた。

 ハンマー投げのハンマーのように、リウルスに振り回されている状態である。それでも引力と遠心力が釣り合っているから、船内の太助は無重力となる。

 この後、引力をカットし、リウルスに放り投げられる。向かう先は何もない空間だ。そのうち、その行く先に反物質隕石ガリエルが速度を上げて秒速12キロメートルで突っ込んでくるはずだった。


 時間をもらった太助はモニターパネルを切り替えて見る。

 カメラからリウルスの映像が写った

「地球そっくりだな……。いや、海が広くて大陸が狭い。こんな星だったのか……」

 地図で見るのとは大違い。実際に見るリウルスはやはり迫力満点であった。

「ヒューストン。リウルスはやっぱり、青かったよ」

「映像白黒でしょ?」

「なんで窓付けてくれなかったの!」

「だって指令室はパレスの中枢ですからね! 宮殿のど真ん中にありますし!」

「はいはい」


 指令室を見回す。無重力下でも自由に移動できるように部屋にロープが張り巡らされていた。

 今太助は無重力下にいる。体がふわふわ浮いている感じは、なんとも楽しかった。心配していた宇宙酔いはなかった。いつもの部屋なので上下感覚がなくなることが無かったせいかもしれない。

 しばしジャングルジム感覚で、ロープを伝って移動する訓練をする。

 これをやっておかないと、脱出の時逃げ遅れる。

「ふうー」

 一息つくと、やはり広い管制室は孤独だった。いつもみんなとがやがやわいわい。こうして本当に一人になったのは、個室を除けば初めてかもしれなかった。


 高度三万六千キロ。今、太助は世界で一番孤独な人間であった。



「時間になりました!」

 通信官(キャプコム)のベルから無線通信が入る。

「準備いいですか?」

「OK」

「時計合わせ、3、2、1、セット」

「セット」

「確認しました!」

「無線通信の遅れ、計算に入ってる?」

「入ってます。ご心配なく。引力カット、タイマーで自動で行います。現在パレスはリウルスの上空三万六千キロ。あと52秒でガリエルとの相対角度270度になります。引力カットのシグナル監視お願いします」

「了解。現在グリーン」

「グリーン了解。38、37、36……」

「タイマーカウントダウン同調確認。監視中」

「10、9、8……」

 シグナルを見守る。

「2、1、カット」

 パチッとスイッチが自動で切り替わって倒れる。

 シグナルが赤に切り替わって、パレスと惑星リウルスとの引力がカットされた。

 リウルスに放り出されて直線的に宇宙に飛び出すパレス。


「引力カット確認。シグナルレッド」

「いいですねー。あとで観測報告しますけど、角度誤差0.2秒に収まってるのは間違いないです。20分後に最初のスラスター噴射を行います。その時修正できる誤差範囲で安心しました」

「こっちも安心だよ」

「連絡待っててください」

「了解」


 反物質隕石ガリエルは秒速12キロメートルでリウルスに突っ込んでくる。

 それに直接、秒速3キロメートルでパレスをぶつけては、さすがにパレスが持たずにバラバラに砕けてしまう。

 これを避けるには、相対速度を合わせて、ゆっくりとガリエルにパレスを「押し付けるように」接触させなければならない。

 そのため、パレスは自由帰還軌道を取ることになった。

 まずパレスをスラスターで秒速13キロまで加速。スラスターを停止する。

 すると上に投げたボールのように、パレスはリウルスから見て高度四十万キロの高さまで上昇する。これは地球で言う月よりも遠い距離だ。ここまで五日間かかるところを、引力カット効果で三日で到達させる。

 パレスの風力エネルギーもこの噴射で90パーセントを消費する。


 上に投げ上げたボールは、次第に速度を落として、ゼロになり、今度はリウルスに落ちてくる。ガリエルがリウルスの危険距離に接近する前に、パレスの落下速度は秒速12キロメートルにまで加速して、ガリエルと並んで落ちているはずである。

 太助の次の仕事は、突っ込んでくるガリエルに速度を合わせて、一緒に「落ちてくる」ことであった。

 そのためにまず高度を上げる噴射が、20分後に迫っていた。




次回81.隕石を爆破せよ! 第五話「ガリエル、襲来」

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