74.北洋航路探検隊を救助せよ! 後編
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
指令室の中央通路との扉が何かを打ち付けて壊されようとしている。
「失礼な奴じゃのう。普通にノックして入ってくることはできんのかの。スラちゃん、隠れておれ」
スラちゃんはころころと転がって、指令室操舵パネルの裏にもぐりこんで隠れた。
「よいか、あいつらが何をしようと一切抵抗するな。たぶん面白い話が聞ける」
あいかわらずルミテスはニヤニヤしている。
もう太助たちはルミテスを信用するしかなかった。
「なんであいつら、ここが指令室だってわかったんだ?」
「私が案内をあちこちに貼り付けておきましたからな。『指令室はこちら』って矢印で」
「余計なことすんなよハッコツ……」
「ルミテス様が命じたのですぞ」
「なに考えてんのルミテス」
「おびき寄せねば罠にはならんからの」
「罠? 罠しかけてあんのこの部屋」
「安心して見ておれ」
そうは言われても太助は不安である。なにしろ最愛のヘレスちゃんが人質に取られているのだ。
「あっ忘れてた! グリンさんは! グリンさんも人質になってんのか!」
「あいつがあんな連中に捕まるわけないわの。どうせまだ寝とるんじゃ。ほっとけ」
「いやそれ大丈夫なの?」
「絶対に大丈夫じゃ。ベル、ロック解除」
ドーン!
指令室のドアが破られ、手にありあわせの武器を握りしめたイグルス王国海軍兵士がなだれ込んだ。
その中に、ロープで縛られたヘレスもいた。
「この船はわれら誇りあるイグルス王国海軍が拿捕した! 抵抗する者は排除する! 投降せよ!」
探検隊隊長、ジョン・フランクトン。イグルス王国海軍大佐は、どこに隠し持っていたのか、フリントロック式の単発ピストルを、部下の兵士が拘束するヘレスの胸に突きつけて怒鳴った。
「女を人質に取っておいて何言ってんのお前ら」
思わず太助も怒鳴り返す。
「なにが拿捕だよ。まるっきり海賊行為じゃねーか」
「お前たちは国旗を掲げていなかったな。国籍不明の不審船だ。我々が拿捕するにふさわしい海賊船とはそちらのことだ」
フランクトンはにやりと笑う。
「そんな言い訳通ると思うかよ」
「イグルスでは十分に正当な理由となる。拘束しろ」
「いてっ。手加減しろよ」
太助、ルミテス、ハッコツ、ジョン、マリーは兵士たちにロープで縛り上げられた。太助は抵抗したかったが、ルミテスが顔を左右に小さく振って、止めさせた。
なぜか妖精のベルは平然と、コントロールパネルの上に足を延ばして座っている。それを兵士たちが誰もが気付かないのだ。
フィギュアとでも思ってるのか? あるいは兵士たちには見えてないとか?
太助はそこが疑問と言えば疑問である。
「船長は誰だ?」
フランクトンがニヤニヤ笑いながら縛り上げられたメンバーを見る。
「わちじゃ」
「お前が? こんな子供が?」
「そうじゃ」
「本当か?」
「本当だよ」
「本当ですな」
「そうです」
メンバー全員がルミテスを見る。
「よし、お前たちは全員逮捕。これからイグルス本国に向う。操舵手は誰だ」
「……誰だったかのう」
「誰だったかな……」
「そういえば誰でしたっけな」
「え、誰がやってるんですの?」
全員、とぼける。
「そんなわけがあるか――――! おい、調べろ!」
「艦長、こんなの見たこともありませんよ……」
探検隊の航海士らしい男がコントロールパネルを見るが、全くわからないようである。当然だった。
「だいたいこんな大きな船が、たったこれだけの人間で運用されていたわけがありません。どこかに水夫が大量に隠れていますよきっと!」
「なに、ここを押さえてしまえば連中とてどうしようもないに決まっておるわ。ここに船長の娘がいるんだからな」
ルミテス、どうやら船長の家族と思われているらしい。
「おい、誇りある王国海軍さん。いつまで女を人質に取ってる。いいかげんこっちによこせ」
「あ? このヘッドレスの女がか? こんな亜人人質になるか。一緒に拘束しておいただけだ」
そう言ってフランクトンは縛られたヘレスの腕をつかみ、太助たちに投げ込んだ。女を人質に取っていた不名誉な事実は認めないらしい。どこまでも汚い男だった。
ヘレスは転がって、後ろ手に縛られて座っている太助たちのもとに倒れこんだ。それを体を張って受け止める太助。全員既に拘束済ということで、もう人質は必要ないということか。
「レディになにやってんだお前ら。お前らが涙を流して喜んで食ってたあの料理、誰が作ってくれてたと思ってる? この子だぞ!」
これにはイグルス兵たちにも動揺が走る。うなだれて頭を下げる兵もいる。
その兵たちをフランクトンは睨みつけた。
「で、おぬしたちの目的はなんじゃ」
「きまっておる。この船を拿捕して、女王陛下に捧げるのだ!」
「北洋航路の開拓に失敗して、全員遭難。いまさら恥をさらして本国にも帰れぬ。手土産が必要というわけかの」
「黙れ」
「女王陛下はさぞ喜ぶであろうの」
「……空飛ぶ船、いや、城。さぞかし他国への強力な戦艦となろう。これがあるだけでわがイグルスの権威は一層強くなる。戦利品としては言うことないわ」
「たとえそれが海賊行為による収奪品だとしてもかの?」
「我々の正当な権利だ」
「なに言ってんだこいつら」
太助はそんな権利あるわけないと腹が立った。
「イグルスはこうして、船をぶんどってはいい船に乗り換えて海賊行為を続けておったのじゃ。大航海時代からの」
「最低の屑野郎どもじゃねーか」
「お国丸ごと有罪ですなあ」
「だからイグルス人は嫌いなんですわ」
ハッコツもマリーも心底イヤそうにフランクトンをにらむ。
ベルがぼそっとつぶやいた。
「そろそろいいですか?」
なぜかベルが話しても、イグルス兵士は誰も反応しないのだ。まるで聞こえていない、見えていないように。さすがは妖精と言えた。
「もういいわ。こいつらつまらん。やっていいぞ」
ルミテスが命ずると、ベルはコントロールパネルのスイッチカバーを持ち上げて、ボタンを押した。
「ぽちっとな」
床が無くなった。
「うわあああああああ――――!!」
「ぎゃあああああ―――――――――!!」
「ひぃいいいいいい―――――――!」
イグルス兵たちが床が無くなった指令室から落ちてゆく。
「ひ、人をゴミ扱いですかルミテス様……」
空飛ぶ空中宮殿にはみんなこんな仕掛けをしておくのがお約束なのかと太助は思った。
「なにをやっとるのおぬしらは――――!」
壊された指令室ドアの向こうからグリンの怒声が上がった。
まだ指令室前の通路に待機していた決起兵が次々と押し出され、「うわああああああ!」と声を上げながら順番に床のない指令室の下に空いた穴に転落していく。
「きゃああああああああ!」
「グリンさん!」
ものの弾みとは恐ろしいもので、イグルス兵たちを殴打し、蹴り上げ、押し出していたグリンも一緒に穴に落ちて行った。
太助たち救助隊のメンバーはどうしたかというと、なにもない空中に、まるでガラスの上に座っているかのように縛られたままでいた。
「あああああ! グリンさんが!」
太助は焦って下を見る。
「グリンさんが落ちちゃうのは想定外でした……」
ベルは肩をすくめて下を見た。
しばらくして、ふわふわとグリンが穴から浮き上がってきた。重力魔法の使い手、グリンはクジラの状態じゃなくても、当然浮くことができた。
「なんなのんいったい」
「グリンさん、知らんかったの?」
「なにがの?」
どんだけ寝てるんだと太助は思った。ここ一週間のこの騒ぎ全く知らなかったのかと小一時間問い詰めたい。
「戻していいですかね」
「よいぞ」
ベルがコントロールパネルを操作すると、床が現れた。
開いたり閉じたりしたのではない。いきなり消えて、いきなり現れたのだ。
太助たちは今、何事もなかったかのように床にただ座っている。
ぶちぶちぶちっ。ジョンがロープを自力で引きちぎり、すぐに縛られたマリーのロープを解いてやる。
太助も自分でロープを解いて、ヘレスの拘束も解いてやる。
「消防士はロープワークのプロだぞ。縛ったのと同じ数だけ解くのもやってんだから俺にこんな拘束……」
「それ前にも聞きましたがな」
ハッコツは例の関節外しでするりとロープから抜け出して、「よく子供にこんなことができましたなあ……。それにしても素人臭い縛り方で」とあきれながらルミテスのロープを解いていた。
「プロ級の縛り方ってのはあんのかよハッコツ」
「そりゃ亀甲……いや、なんでもないですがな」
「わたくし、ちょっと興味ありましてよ」
「マリー、そこは流して」
そういやこのお嬢様、ドMだったわと嫌な記憶が思い出される。
「何人落ちた?」
「三十一人です」
ベルはパネルの表示を確認する。
「決起に参加しなかった九十八名はどうしておる?」
「地下水路で縛られてますね」
「おいおい。抵抗しなかったのかよ」
艦長の命令とはいえ、従えないなら反乱すりゃいいだろと太助は思う。
「様子見に行くか」
「せっかく縛られておるのじゃ。そのままにしておくのじゃぞ」
「了解」
太助は地下水路までの通路を歩いてゆく。
どの個室のドアも壊そうとした形跡があった。さすが神界製、ちょっと傷がついているだけだった。ヘレスのいた厨房に押し込まれたのは、そこに鍵のかかるドアが無かったからであろう。
見れば連中がハッコツの張った案内に従ってここまで来たことがわかる。バカすぎる。
地下水路。ここだけはおんぼろドアで鍵もなかったから、つっかえ棒をしておいたのだが、その棒がへし折られていた。ま、現役の兵士が三十人がかりで本気でかかれば壊されるのは仕方がない。
「よお、お前らは反乱に参加しなかったのか?」
縛られて地下水路に座る九十八人の兵士たち。バツが悪そうに眼をそらす。
「艦長の命令ですから、参加しないほうが反乱です。お汲み取り下さい……」
「そりゃそうか。フイッツジェラルド、お前も参加しなかったんだ」
「ここまでお世話になっていて、どうして恩をあだで返せましょう」
副官だったフイッツジェラルド。彼にしてみても苦渋の決断だっただろう。
「いい判断だよ」
「あの、艦長たち三十一名はどうなりました?」
「船に帰ってもらった」
実はあいつらがどうなったか太助はまだルミテスに聞いてないので、それは嘘だったが、これ以上の脅しもないだろう。もちろん兵士たちは震えあがった。
「で、なんであんたたち縛られてんの?」
「襲撃の邪魔をしないようにと。やる気がないなら終わるまでそこを動くなとのことでして」
「信用されてないんだねえ……」
「逆です。私たちが艦長を信用していないのです」
うんうんと太助もうなずく。
「今夜にはあんたたちをイグルスのリバプール港に放り出す。奴隷貿易で発展した有名な港だったらしいな。お前たちを放り出すのにふさわしい場所さ。それまで縛られたまんまでいてよ。もう信用できんしお前ら」
「……いたしかたありません」
「海軍やめて、一度死んだと思って真面目に働け。それでいいな」
「はい」
残された兵士全員が頷いた。
「じゃ、それまでメシ抜き」
「そんなああああああああ!」
愛する妻を縛り上げたイグルス兵。決起に参加しなかったとはいえ、太助には同情してやる余地はなかった。
文字通り奈落の底に突き落とされた探検隊隊長、ジョン・フランクトン、イグルス王国海軍大佐以下三十一名は目が覚めて絶望した。
そこは北極海。寒風が吹きすさぶ、氷に閉じ込められた帆船、エレバス号の甲板だった。
隊員は三十一人に減っている。
いや二十八人だった。
三人はすでに凍死していた。
エレバス号は流氷に押し潰され、少しずつだが、浸水が始まっている。
もう助けは来ない。
後は死ぬだけである。
二十八人は、恐怖した。
かつての奴隷貿易の港、リバプールでは朝になり、埠頭に放り出されていた縛られている九十八人の海軍兵士の姿に港湾関係者たちは驚いた。
すぐに保護され、事情徴収が行われたのだが、全員、「女王陛下に直接報告させてください」としか言わない。
異例なことではあったが、時のイグルス女王、エリザベート二世はただならぬ事態を認識し、一般兵士との面会を認めた。
兵士たちから直接報告を受けた女王は驚愕し、そして箝口令が女王自ら敷かれ、すべてのことは闇に葬られ、なかったことにされた……。
こうして、フランクトン遠征隊の行方不明事件は、永遠のミステリーとして長く歴史に刻まれることになったのであった。
「子供のころ海賊漫画見てわくわくしたよ。元ネタは何だろうって名前調べたこともある。ウッズ・ロジャーズは英国人。サミュエル・ベラミーも英国人、黒ひげのエドワード・ティーチは英国人、バーソロミュー・ロバーツも英国人、ヘンリー・モーガンも英国人、海賊キッドで有名なウイリアム・キッドも英国人。有名な海賊ってみんなみーんな、英国海軍だったよそういえば!」
「英国ってイグルスのことかの?」
大仕事を終わって珍しく太助は酒を飲んでルミテスに絡む。
「そういえばジェームスボンドのキャッチフレーズは『殺人許可証を持つ男』ってやつなんだけどさ。よくよく考えてみれば英国政府がそんなものを発行したからって、どこで有効なんだって話。そんな許可証見せて無罪にしてくれる国なんてあるわけねーよ。わけわかんねーよ!」
「誰じゃジェームスボンドって」
「だいたい毎回毎回用意してくる秘密兵器とか、考えることがガキっぽい」
「それわちにケンカを売っておるのかの? イグルスはあれでなかなか戦争は強いのじゃ」
「強くねーよ。あんた英国の珍兵器の数々、知らねえの?!」
「知らんがな」
「一から全部教えてやるか? パンジャンドラム、知ってる? こーやって、こう、車輪が花火で回るんだよ。どこ行くか全くわかんねーときた。何考えてんだか。バカしか発想できねえよ! ジェット機はすぐ落ちるし、弾は詰まるし、氷山を戦艦にしようとするし、イギリスの兵器に碌なもんなんてねえってば!」
よっぱらってこの世界のイグルスと地球の英国の区別がなくなってる太助と、ルミテスの不毛なツッコミが、いつまでも続くのだった。
次回「75.魔王城を勇者から守れ! 前編」




