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72.北洋航路探検隊を救助せよ! 前編


「イグルス海軍が北洋航路を開拓中なんじゃが」

「北洋航路?」

 女神ルミテスがこういうもって回った言い方をするときは説明が長くなるに決まっていた。

 呼び出された太助、ハッコツ、ジョンの三人はイヤーな顔をする。そういえば宮殿(パレス)ルーミスの監視軌道がここしばらく北極寄りだった。

 今回は大掛かりらしく、パレスの乗員全員が集められている。

 ベルにマリー、ヘレスにスラちゃんも同席だ。

 なぜか緑色の空飛ぶシロナガスクジラのグリンさんは出席していない。部屋でまだ寝てるのだろう。


 正直太助は「またイグルスがらみかよ」という表情が隠せない。ろくでもないことばかりする国という印象が強かった。

 ジョンを奴隷扱いしていたイグルスの探検隊。ヘレスちゃんを娼婦として売り買いしていたイグルスの娼館。生き埋めになったインディア人の炭鉱夫を見殺しにしようとしたイグルスの炭鉱主。いい印象があるわけなかった。


 太助は奴隷制度で楽して大儲けしていた国というと、まず地球のアメリカが真っ先に思いつく。だがそれは近代まで奴隷制度、黒人差別の法が最後まで残っていた国、というだけで、実際にはこの奴隷制度というやつは古くは旧ローマ時代から、ヨーロッパのどこの国もやっていたことだ。大航海時代、様々な海洋大国が一方的に先住民のいる大陸を武力で支配し、勝手に植民地にして、先住民を奴隷として売り買いし、植民地農場(プランテーション)や奴隷貿易で多額の利益を上げていた。

 産業革命により労働力が機械化され、奴隷の必要が無くなるまでこの暗黒の時代は続いたのである。

 植民地にするということは、その土地の先住民を全員奴隷にするということと何も変わりが無い。アメリカは植民地ではなく、自国でそれをやっていた、というだけの違いだ。

 それは異世界であるここリウルスでも同じだった。


「おぬしタイタニックの話をしたとき、北洋航路の話をしとったではないか」

「ああ、あれね」

「この世界では、その航路の確立を今になって始めておる、と言うことになるかの……。かつてイグルス王国の植民地だった新大陸、独立新興国のアメリゴ合衆国は資源が豊富で農業生産性も高い。海軍力に頼って植民地を広げてきたイグルスにとっては、裏切り者であり、また重要な貿易相手でもある。航路の確保は商業的にも軍事的にも重要課題だの」

「ああ、わかる」


「この広いアトランティック洋を横断してアメリゴの東海岸ならともかく、西海岸にたどり着くのはよほど大回りをせぬ限り大変じゃ。リウルス儀(地球儀)を見ればわかるがの、北極を横断したほうが航路は近い。だが、北極は氷山や流氷、島がそこら中に点在し、通り抜けることができぬとされておる。そこに新しい航路を発見して、アメリゴまでの最短距離を探るのがこの『フランクトン探検隊』の目的となるかのう」

「ふーん……それで、今その探検隊がタイタニック中だと」

「そうなんじゃ」

「あの、のんきな話なんですけど、いつから?」

「一年前からじゃ」

「一年前!」

 これには太助も驚いた。

「一年も放っておいたんですかルミテス様!」


 ルミテスはそんなこと何でもないように答える。

「……おぬしのう、この世界はまだ帆船しかないのだぞ。蒸気機関を使った動力船など、まだまだこれからというところじゃ。船は遅い。風任せ。探検や航路開拓に向う船は一年や二年分ぐらいの食料、装備は準備してから向かうものと決まっておる。リウルスで最初に世界一周を成し遂げ、リウルスが丸いことを証明した帆船隊は船に乗りっぱなしで三年かかった」

「そうなんだ……」


「だがそのフランクトン探検隊もいよいよ食料の缶詰が尽きたようじゃの。流氷に取り囲まれ、身動き取れずに一年、ついに船を放棄して流氷伝いで徒歩によってカナディアに向う脱出計画を立てておるようじゃが、そんなこと上手くいくわけもないわ。全員遭難して凍死するのが目に見えておる」

 まだ冷蔵庫も無いこの世界、長期保存できるのは腐らない食物と缶詰だけである。


「沈没しかかってるわけじゃないんだな?」

「船は健在じゃ。流氷で動けなくなっておるだけじゃの。帆船ごときではどうしようもないだけじゃよ」

「動力船が発明されたり、無線が発明されてからやるべきだろうそんな無謀な探検……」

 まだ無線はなかった。「遭難した」という連絡を本国に伝える手段もなかったのである。


「乗員は?」

「百二十九名」

「……パレスの収容人数そんなにないだろ」

 テレビのSFドラマ、某国際救助隊でさえ、何百人もの人命を救助するというのは全く想定外のようで、そんなエピソードはなかった。助けていたのはいつも一人か、多くても二、三人である。


「そこはなんとかなる」

「何とかなるのか!?」

「メルラースが物資を大量に補給してくれたのでの」

 以前パレスの定期点検と改装を請け負ってくれた神界の技術部の男だ。

「文明が発達すると、何百人という要救助者が発生する事故も起こる。そのことを見据えてじゃな」


「……メルラースが用意してくれてたんじゃ、やってやるしかないか」

 太助はもう友人と言っていい、あの技術部の室長を思い出した。

 自分のチームが開発した新しい道具たちを、太助が使って成果を出すのを何より楽しみにしていた。太助はああいう損得抜きで、世のため人のために頑張る人間が好きだった。太助も期待には応えてやらないといけないだろう。

「どうやって救助する?」

「パレスを北極海に着水させ、直接収容する」

「ずいぶんストレートなやり方で……。パレスの存在がバレるだろ」

「炭鉱事故の時、既に見られておる。今更隠しても仕方がないわ」

「飛行機械も発達してくるし、そうなればパレスを血眼になって探す連中が必ず出てくるぞ」

 某国民的天空の城アニメのネタである。某国際救助隊でも、救助隊の秘密基地を突き止めようとしてきた連中は何度も登場した。


「そうなれば地上の管理などもうせん。監視だけしておればよいわ」

「俺のいた地球って、もう女神様、管理してくれてないんですね……」

「知らんがな」



 北洋航路の開拓という海軍の重大任務を帯びて北極海に挑んだフランクトン探検隊は、悲惨な状況に追い込まれていた。

 大量に調達したはずの缶詰が、開けてみるとおがくずだったり小石や砂だったり、悪徳業者が手回しした偽物で、半分以上が食料として使い物にならなかった。

 船員も全員イグルス海軍の軍人だったが、栄養失調になり、脚気に倒れ、流氷に囲まれまったく航海の目途が立たなくなっているのにもかかわらず、探検隊は本国への連絡を行う手段もなく、ただ、流氷の中で船がいつ押しつぶされるかという状況だったのだ。


 探検隊は体調不調な者を船に残し、まだ動ける者を徴用して、八百キロ先のカナディアンまで徒歩で脱出する絶望的な計画を実施しようと準備していた。

 隊長であり船長であるイグルス海軍将校、ジョン・フランクトンはその状況に、「今度こそは生きて帰れない」と覚悟を決め、船員の名簿に次々に置き去りを意味する「残留」とチェックマークを書き込んでいた。そんなとき。


「艦長! か、艦長!」

「なんだ?」

「空から、空から船が! 船が降りてきました!」

「船だと? そんなバカなことがあるか!」

 慌ててデッキに出たフランクトンは今まさに氷を割り、水しぶきを上げて着水しようとしている巨大な何かを見た。

 その直径二百五十メートルを超える巨大な空飛ぶ天空の城が、バキバキと流氷を押し割って北極海に浮くのをイグルス海軍兵の男たちはみな驚愕の顔で見守った。


「な……、なにをしておるお前たち! 砲撃準備だ!」

 フランクトンはまだ動ける船員たちに命令した。


「手旗信号です!」

 船員の一人が双眼鏡でその天空の城を見た。

 どう見ても船ではないその建造物は、今や流氷の北極海に浮かぶ孤島に建てられた巨大宮殿、いや、城であった。その庭園らしき柵の上で、旗を二本振っている男がいる。

「読め!」

「はいっ! 『ワレ、キュウジョタイ』」

救助隊(レスキュー)だと……? どこの国だ?」

「国籍不明。船籍を示すものはありません」

「信用していいのだろうか……」

「そんなこと言ってる場合ですか」

 副官がフランクトンの横に歩み寄った。

「我らはどうせこのままでは全滅です」

「……返信せよ。『HELP』だ」

「はいっ!」



「なんでもやるなあお前……」

「ひさしぶりですがな」

 パレスの庭園では、ハッコツが二本の旗を振ってはしゃいでいた。

「やっぱり『助けて』って返事来ましたぞ」

 HELPの手旗信号ならたしかビートルズのアルバムジャケットで四人がやってたような気がするが、異世界でそんなものが同じなわけがなく当然太助にはわからない。

「よくわかるねえ。よしハッコツ、『センチョウ カンゲイ』だ」

「了解」


 太助は防寒着を着てエレベーター降下し、パレスの下層、いつもパラシュート降下で使っていた非常ハッチを開けて、流氷の氷上に降り立った。

 流氷に囲まれた帆船エレバス号からは、下げられたロープの網を伝って三人の男たちが下りてきている。

 太助とその三人の男たちは流氷の上で歩み寄る。


「異世界救助隊の者です。世界中どこでも火災、災害の人命救助を行うために駆け付けています。ご協力させてください」

「い……異世界救助隊?」

 一年も外洋で氷に閉ざされていた海軍、今や世界中で時々ニュースになっている都市伝説、「異世界救助隊」のことは知らなかった。

 

「困窮しているようにお見受けしましたのでまいりました。救助が必要なのでは?」

「……恥ずかしながら」

「乗組員全員を収容させていただきます。船を放棄して下船の準備をしてください。重傷者の方がいればそちらを優先に。あなたは?」

「私はグレートイグリス王国海軍所属、北洋航路探検隊、探検船エレバス副官のフイッツジェラルドです。倒れている者や体調不良は約五十名。救助の申し出、感謝いたします」

「自分で自分の国に『(グレート)』とか付けちゃうのはどうかと思いますねえ……。まあいいですけど」

 随行していた二名の兵士、ムッとして肩に担いだマスケット銃に手をかけようとした。


「そちらさんの鉄砲担いだ方は部下?」

「はい。お前たち、わきまえろ」

「海軍さんにこれを言うのは気が重いけど、武装解除してください。それが救助の条件です。私たちは海賊ってわけじゃないので、何も奪いません。また、その価値もあなたたちの船にはもうないことはわかってらっしゃると思いますが」

 ルミテスはそこをくどくど言ったものである。パレスに武器を持ち込ませるなと。

「……船の放棄、武装解除については艦長と相談させてください。私の一存では」

「わかりました。ご返答は一時間後に。船を捨てて全員こちらに来るか、船に戻って、私たちは来なかったことにするか、二つに一つで」

「収容後は、その……」

「イグルス本国へ安全に送還してあげますよ。サービスです」

「了解しました。かならずご返事します!」

 敬礼して、フイッツジェラルドは走り出した。その後を二人の武官が追う。


 帰れる!

 イグルスに帰れる!

 フィッツジェラルドの重かった体は、今はそれを忘れたのかのように動いてくれた。

「あ――――! フイッツさん!」

 太助に呼びかけられた副官フイッツジェラルドは、その足を止めて振り向いた。

「船の大砲、こっち向けるのやめてくれませんかね!」

 フイッツジェラルドは、苦笑いしてうなずいた。




次回「73.北洋航路探検隊を救助せよ! 中編」

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[一言] 前後編ではなく三回構成…波乱の予感(;´д`)
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