70.炭鉱事故を救助せよ! 後編
その日、人類は、神の実在を目の当たりにしたと思ったかもしれない。
鉱山の上に、今まで見たこともない、巨大な空中の城が。
今まで、その存在を隠し続けてきた、宮殿ルーミスが。
イグルスの田舎の山奥、その炭鉱町の丘の上に、ゆっくりと、ゆっくりと。
雲を巻いてその巨大な全貌を、初めてあらわにして、降下してきた。
炭鉱町に住む、ウェールズの全住民が、その姿を目撃することになった。
その直径二百五十メートルをも超える巨大な空飛ぶ建造物が、今、炭鉱に覆いかぶさろうとしている。
それは人類にとって、脅威なのか、味方なのか、今はまだ誰にもわからず、人々は恐怖した。
「シールドマシン、回転開始じゃベル」
「シールドマシン、回転開始。毎分120回転」
「穿孔開始!」
「穿孔開始します。穿孔速度秒速5センチ」
今、鉱山の上で正確に座標を定めたパレスが、上空30メートルに空中固定されて、その真下からドリルのような筒を鉱山に伸ばし、穴を掘り進めようとしていた。
「ラミエルだねえ……」
石炭と煙で真っ黒になって戻ってきた太助は、メインパネルに映るパレスを見てつぶやいた。「ふーんふーんふーんふーん、ずんずん」なんて鼻歌も出てくる。
「なんじゃラミエルって」
「襲来してきた五番目の使徒。二十二層の装甲防御を突破して直接攻撃を仕掛けてきた」
「なんで天使がそんな攻撃してくるんじゃ! おぬしのおった世界では、人類と天使が戦争しとったのかの!」
さすがにルミテスがキレる。
「あ、そういうアニメがあったって話。気にしないで気にしないで」
ルミテスはため息ついてテーブルの上に照射された炭鉱の3Dマップを見て、まるでアリの巣にも似たその複雑な坑道の最下層を指さす。
「神界技術部が新しく付けてくれた直径3メートルのシールドマシン。現在八名が閉じ込められている坑道の最奥部、地下187メートル目指して穿孔中じゃ。到達予想時間は62分後を予定しておる」
「……それまで息が持つかな」
「炭鉱があるのは堆積層じゃ。岩盤が柔らかいからこれでも最速で掘り進んでおるわ。あとは運じゃの」
「実は前に言った『ジェットモール』って、実際には実現できないんだよな」
「ほう。あの土竜マシンか」
「ドリルで穴開けても、砕けた土をどうやって押しのけるか、運び出すしかないだろう? まずそれができない」
「メルラースもそう言っとった。だからシールドマシンなんじゃ。トンネルを掘るのとおんなじじゃ。砕いた堆積層は先端掘削機の物質転送でどんどん外に放り出しておる」
見ると、たしかにパレスから大量の土砂がバラバラと鉱山に降り注いでいる。
そのせいで、様子を見に来た鉱山関係者も野次馬も、パレス周辺に近づけずにその巨大な城を見上げているが。
「あとは熱。地熱、ドリルの摩擦のせいで機体がものすごい熱を持つ。放熱もできないから乗員はたまったもんじゃないね。だから実現できない」
「掘削機先端に冷却水を注入しながらやっておるわ。さっさと準備せい! あと一時間しかないのじゃぞ!」
「わかった、わかりましたよ」
太助は手を上げて、指令室を出て行こうとした。
「あとな、太助!」
「はい」
「連中は石炭が崩落して閉じ込められておる。その石炭が燃えておるのじゃ。救助に時間がかかりすぎると、崩落部分も燃え尽きて、今閉じ込められている鉱夫も炎と煙に巻かれる。救助は迅速にじゃぞ」
「了解」
パレス最下層部、直径約二百メートルの風力エネルギー貯蔵庫は円筒状の形をしている。その貯蔵庫の中には蓄積された風力エネルギーが超高速で循環していた。
その円筒の中央は穴が空いている構造になっている。
「こうして見るとバームクーヘンだねえ……」
「ヘレス殿がたまにおやつに作ってくれておりますな」
「ああ、あれね。俺の大好物だから」
黒くなったハッコツが、パレス中層、地下水路に設置されたシールドマシンを見上げる。
その中央部に設置された巨大シールドマシン設備。直径3メートルの杭が、次々に継ぎ足され、延長され、回転して今、石炭鉱山を穿孔している。
「俺とジョンで降りる。ハッコツはウインチ操作頼む」
「了解ですがな」
「よし、ジョン。十人分のラペルシート作るぞ」
「了解」
ハッコツが降ろしてくれたウインチのロープに腰回りを縛り付けるための輪を十人分、結び付けた。
「そろそろ貫通します。準備いいですか?」
「オーケーベル。いつでもどうぞ」
無線に返事してウインチから下げられたロープにジョンと一緒に登り、見下ろす。
グオングオングオン……。回転するシールドマシン。その動きが止まった。
「冷却水供給停止。パイル貫通確認しました。掘削機開きます。空気注入して換気しますから降下開始してください」
「了解ベル ハッコツ、毎秒1メートルで頼む」
「了解、いいですかな!?」
要するにドリルの中心に空いた穴、直径2メートルのパイルの空洞にジョンと入り、ロープにフックをかけて固定して、ハッコツに「GO!」と指示をすると、ウインチが回転し、二人は187メートルの穴を降下していった。
下では鉱夫が絶体絶命の状況だった。
崩れ落ちた石炭、触ると熱かった。もうすぐそこまで火が来ているに違いなかった。熱せられた石炭は有毒な未燃ガスを揮発させ始めている。
「もうすぐここも火に包まれる……そしたら終わりだ」
「どうせあいつら、俺らを助ける気なんて最初からねえもんな……」
八人の鉱夫たちはゴホゴホと咳をしながら、死の予感に絶望していた。
だが、上下、幅5メートルほどの狭い坑道。その天井に突然穴が空き、バラバラと砕けた石炭と共にバカでかい掘削機の先端が降りてきたのだから鉱夫たちは驚愕した。
その掘削機の先端がパカっと開き、ぷしゅーと新鮮な空気が吹き込んできたのである。
「た、助けがきたのか?」
八人のうち動ける鉱夫は数人だったが、それでもはいずってそのパイルの先端に近づいた。
「ちょ、ちょっと避けて!」
その先端から二人の男がロープにつながれて降りてきたのにも驚いた!
「異世界救助隊の者です! 救助に来ました! みなさん無事ですか!?」
「お……、おお……」
「無事のようですね。これかぶってください。空気呼吸器です」
「もうすぐここにも火がまわりそうなんだ!」
「了解です。急ぎましょう。さ、これをかぶって。ハッコツ! ストップ! ウインチストップだ!」
太助はロープを手繰りながらハッコツにウインチを止めさせた。
太助とジョンは一人一人にホースレス空気呼吸器の面体を渡し、ベルトを頭の後ろに回して装着するところをやって見せる。全員、面体の装着が完了した。
「このロープのループ部分に足を通して……そうそう。腰を縛ります、動かないで」
一人一人、ベルトで固定する。鉱夫八人が一本のロープにつながれた。
「ジョン、先頭だ。俺が最後尾な。じゃ、最初はゆっくり。ハッコツ、秒速20センチで引き揚げだ。やってくれ!」
ジョンを先頭に、ゆっくりと巻き上げられたロープに従って、一人一人、直径3メートルの筒の中に入ってゆく。
「い、急いでくれ!」
坑道にはもう煙が立ち始めている。
「焦らないで。落ち着いて。パイプに引っかからないように注意してください」
体力がもう弱っている鉱夫もいる。
その体を支えて、筒の中に押し込んでやる。
太助も筒の中に入った。
「よーしハッコツ! 引き上げ毎秒1メートル!」
ロープの巻き上げが少しずつ早くなり、太助たち合わせて十人が一本のロープにぶら下がり、187メートルの穴の中を引き上げられていった。
下から煙が上がってくる。
ついに炭鉱火災の火が、閉じ込められた坑道に達したのだ。
「ハッコツ! 毎秒2メートル! みなさん、筒に触れないように!」
巻き上げ速度が速くなる。
筒の中は煙に包まれた。熱気が太助たちを襲う。もう煙突の中も同然だった。
「うわ――――!」
「もうだめだ――――!」
「みなさん落ち着いて! ハッコツ! よく見てろよ! 巻き上げすぎるなよ! ジョンがウインチに巻き込まれる!」
「わかっとりますがな」
なんかのんびりしたハッコツの返事が来る。
ハッコツは煙がもくもくと上がるパイルの穴を見下ろし声をかけてウインチを操作する。
「巻き上げ減速! ジョン殿気を付けて! もうすぐ出口ですぞ!」
ロープの巻き上げ速度が遅くなり、真っ黒になったジョンがまず上がってきた。
ロープの巻き上げ速度はゆっくり、ゆっくりだ。
穴から出たジョンはすぐにベルトを外し、引き上げられてくる鉱夫たちを支え、ロープから外してやる。
一人……。二人……三人。八人の鉱夫たちが次々にシールドマシンの中央から引き上げられる。穴から噴き出す煙が地下水路にも充満し始めた。
最後は太助である。
「うぁちちちちち!」
さすがの防火服も、こう熱気に包まれては、暑すぎるというものだ。
太助は転がり出るように穴から出ると、無線で叫んだ。
「ベル! 救助終了。注水開始!」
ざっざざざざ――――……。
大きな水音がして、大量の水が流れる音が聞こえてきた。
シールドマシン中央からの煙はおさまり、坑道を消火する水音が、いつまでも地下水路に響いていた……。
「メルラース、『ラミエル作戦』大成功だよ!」
にっと笑って、太助は空に向って親指を立てた。
ウェールズ第三坑道の上に突然現れた巨大な空飛ぶ空中の城は、なぜかその上に二日二晩居座った。
うわさを聞いた市民たちに、王室関係者まで見に来て、教会の司祭まで駆け付けてその姿を拝む。誰もがその威容にひれ伏し、恐れ、見守ったものである。新聞社の連中もかけつけて全世界的なニュースにもなった。とても信じてもらえるような内容ではなかったが。
その空中に今も浮かぶ城は、なにか見えないバリアのようなもので遮られ、近づける者はいなかったのが不思議である。
事故のあった第三坑道への注水作業は、鉱夫たちの交代で夜を徹して行われていたが、焼け石に水、という感じのしょぼい絶望的なその消火活動にも関わらず、そのうち煙は収まってしまった。
火が消えたようなので、中に入ろうとした鉱夫たちは驚いたものである。
「……水だ。坑道が水でいっぱいだ!」
当然それ以上先にいけるわけもなく、戻ってきた鉱夫たちがさらに驚いたのは、あの居座っていた巨大な城が、いつのまにかいなくなっていたことだ。
なんでも、打ち込んだ杭を引っこ抜いて、また来たときと同じように、空高く上昇して消えてしまったとの事である……。
あの謎の空飛ぶ城が、炭鉱の火事を消してくれた。
そのことは、誰もが納得したに違いなかった。
「異世界救助隊」
誰ともなくうわさになったその謎の組織のことは、全世界に広まろうとしていた。
「これでもう、ウェールズの炭鉱は閉鎖だよ。あの水を全部汲み出すのは蒸気機関のポンプをフル稼働させても、一年以上はかかろうだろうさ。ジェームス・ワットがなんて言うかねえ?」
そう言って、救助された八人の鉱夫たちの前で太助はゲラゲラ笑う。
全員、やけどや呼吸器障害、裂傷を負っていたが、神泉の風呂に浸かるうちに健康な体を取り戻していた。今はパレスの住人となって、ヘレスの料理を三食、食べている。全員インディア人なので、カレーライスが大好評だ。事故後三日が経過していた。
「しかしよく都合よくあそこで崩落がおきたもんだね。あれがなかったら君ら生きていなかったよ。運がよかったね」
一人が手を上げた。
「火事になって煙が吹き込んで来たんで、みんなでとっさに崩してフタをしたんです。自分から生き埋めになるようなもんでしたが、焼かれて死ぬよりはマシですから」
ずいぶんと無茶なことをやったものである。
「あんまりホメたくないんだけど、それで生き残れたんだからまあいいか……。二度とやらないでよ?」
「すみません……」
「みんな、インディアからの出稼ぎ労働者なんだってね」
インディアはイグルスの植民地である。みんな褐色の肌で、濃い顔をしていた。
「炭鉱は閉鎖、たぶんそのまま倒産するだろ。鉱山主のスターツは破産だね。みなさんは死んだことになった。たぶんインディアに残してきた家族の人には、まあいくらかは賠償金が支払われると思うよ」
みんな複雑だが、ちょっと嬉しそうな顔にもなる。
「みんなには二つ、選択肢がある。このままインディアの故郷に帰り、知らん顔して賠償金を受け取って、残してきた家族と幸せに暮らすか。もう一つは、炭鉱に戻って、『あそこから助かるわけがない! 仕事サボって抜け出していたんだろ!』と怒られて安い給料で、炭鉱が倒産して失業するまでまた命がけで働き続けるか。どっちがいい?」
みんな、顔を見合わせて、それでも口々に、「帰ります」「帰りたい!」「もうこりごりです!」と返事した。
「うんいい返事。じゃあ全員、インディアまで送るよ。さあ、住んでた街の住所と名前をここに書いてくれ。一人一人な」
鉱夫たちは喜んで、家族が待っている、インディアの生まれ故郷の町の名を書いていった。
次回「71.バミューダトライアングルの謎を突き止めろ!」




