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69.炭鉱事故を救助せよ! 前編


 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~~!


「太助、おぬしが恐れておったことがついに起こったぞ」

 ルミテスが見つめる画面には、黒煙を噴き上げる坑道口が映っていた。

「……炭鉱火災か。とうとう始まったか」


 そこにはトロッコのレール、巻き上げウインチ、排水ポンプの蒸気機関、引っ張り出された石炭を満載したトロッコたちを尻目に、真っ黒になって次々と逃げ出してくる炭鉱夫たちがいた。

「爆発後どれぐらい時間が経っている?」

「12分です」

 ベルの返事もこわばっている。

「パレスが到着するのは?」

「32分後。これでも近くにいたほうなんですが」

「……今の段階で自力で逃げ出せなかった奴はもう絶望だな」

「残念ながらの。炭鉱火災の怖いところじゃ」

 ルミテスの声は冷静だ。


「だが当然万が一誰かが生き残っておる場合もある。すでに向かわせておるが、準備にかかってもらえんかの」

「了解、場所は?」

「イグルス、ウェールズ炭鉱じゃ」

「またイグルスか……」

「蒸気機関が発明されて産業革命が始まっておる所じゃ。事故が起こって当たり前と言えるのう」

「だな」

 仕方がないとはいえ、つらい現実である。この事故はいつかは起こると思っていた。だが、安全指導など聞いてもらえる余裕はまだこの世界にはあるわけなかった。


 ルミテスと一緒に中央通路を抜けて庭園まで走る!


「よいか! まず炭鉱口から侵入。可能な限り生存者を救出せよ。空気呼吸器をありったけ持っていけ。バイタルストーンで反応を見て、まず可能な範囲で救助活動をせよ。おぬしらなら現地の人間よりずっと奥まで探索できるはずじゃ。反応しない者は放っておいてよい!」

「了解。……まあ仕方ないな」

「現場の人間にも話を通せ。その間に、パレスから炭鉱をスキャンする!」

「できんのか? 前はピラミッドでも受信機を一番奥に入れないと無理だっただろ」

 火災装備コンテナに入り、ハッコツ、ジョンたちと防火服を着こむ。

 全員、空気呼吸器を予備に五個ずつだ。


「この前の改装で『イリジウム反射式レイビジョン』を設置しておる」

「なんだそりゃ」

「四億年前に落ちた隕石が爆発したせいで、石炭層の下にイリジウムが大量に含まれている層があるのじゃ。そこに特殊な素粒子を撃ち込むことで反射してきた粒子をスキャンして坑道内部の構造をマッピングできる」

「そりゃすげえ」

「生存者もいればわかるのだぞ」

「期待してるよ」


 ぐずぐずしている暇はない。太助たちメンバーは直ちに準備に取り掛かった。

「到着まであと28分!」

 ベルから無線が入った時には、庭園にドラちゃんが着地して伏せている。

「こうしている間にも、鉱夫がバタバタ死んでるんだよな……」

「今は考える必要はないですな。残念ですが」

「すまん」

 ハッコツの言葉にちょっと冷静になる。


 じりじりする時間が過ぎて、ベルから「出場してください!」と無線が入る。

「ドラちゃん! 頼む!」

 ドラちゃんは翼を大きく羽ばたかせて舞い上がり、急降下の姿勢に入った。



 煙を噴き出して大混乱している炭鉱口。全員真っ黒な姿で駆けまわっていた。すでに多くの鉱夫が倒れてぜいぜいと息をしていて、救急係が手当てしている。地元の消防、救急馬車も何台か駆け付けてはいたが、もちろん消火の目途は立っていない。

 そこに上空からウーウー派手にサイレンを鳴らしながら、ドラちゃんは舞い降りた。

「わ……ワイバーン――――!」

 多くの人が逃げ出そうとしたが、太助は大声を上げた。

「救助の手伝いに来ました! みなさん逃げないで!」

 ワイバーンに人が乗っているのを見た炭鉱夫たちが足を止めた。

 すぐに降りて、ジョンがくるまっている無重力風呂敷を解いて炭鉱夫たちの元に走る。ドラちゃんはすぐに舞い上がってパレスに帰還した。現場の状況で必要な道具があればまた持ってきてくれるはずである。


「現場の責任者は?」

「お、俺だ」

 ヘルメットをかぶった、上はタンクトップ一枚で真っ黒になって見分けつかないような男が来て返事した。

「異世界救助隊の者です。世界中どこでも要救助者の救助をやってます。怪しいものではないですから安心して。取り残されているのは何人ですか?」

「今日はこの第三坑道で八十二人、今ここにいる脱出できたのは四十九人」

「残りは三十三人?」

「そうだ」

「了解しました、入らせてもらいますよ。面体装着!」

 太助、ジョン、一応ハッコツはホースレス空気呼吸器の面体を装着する。


「入るって、お前、わかってんのか!? 煙を吸って死ぬのがオチだぞ!」

「そこは大丈夫。行くぞ!」


 三人、煙を噴き出す坑道に飛び込んでゆく。

「まずっ、もうこの辺でバタバタ倒れてやがる」

 入って10メートルもいかないうちに、もう何人か鉱夫が倒れていた。

「おいっ大丈夫か!」

 バイタルストーンで確認しながら一人一人チェック。まだ生きている人は寝かせたまま予備の空気呼吸器を顔に当ててベルトを頭の後ろに回す。

「こいつ、こいつ、あとあいつだ。そいつはもうダメだ」

 坑道口に近い奴からどんどん担いで外に運び出す。大男の狼男、ジョンは二人担いでいた。ハッコツは残ってバイタルチェックと、生存者への空気呼吸器の装着を続ける。


 悪いが生存確率が高い奴から運び出すしかない。つまり、坑道口に近い人。火災発生時に出口に近かった人からってことになる。奥の人間ほど後回しになる。

 一度外に出した要救助者からは面体を外して取り戻す。

「安全な場所に運んでやってくれ」と、後は元気な鉱夫たちに任せて何度も坑道に突入した。

「ハッコツ! どうだ、まだ奥にいるか?」

 一層煙は濃くなってきて、もう何も見えない。未燃ガスも含まれていて再度爆発の危険性もある。

「バイタル反応なし。感知範囲を越えましたな」

「仕方ない、ここまでだ。お前も脱出しろ」


 なんとか十二人、救出できた。あと二十一人。

 戻ってきたハッコツは、もう白骨じゃなくなっていたが。

 太助も全身汚れて、防火服も顔も真っ黒だった。


「パレス! こちら太助。パレス応答頼む!」

「こちらパレスどうぞ」

 マリーから返事が来た。

「坑道口周辺で十二人救助できた。残りは二十一人だそうだ」

「最奥部で八人の生存確認できましたわ!」

「生存者……。いるのか!」

「はい!」

 驚いた。この火災でいったいどうやって……。


「太助、聞こえるかの?」

「感度良好。ルミテス、生存者って?」

「奥の坑道で崩落して遮断された先に八人残っておる」

「そりゃ……運が良かったな。残り二十一名。八人生存として、あと十三人はどうなってる?」

「もう死んでおる。パレスに戻れ。シールドマシンを使う」

 ルミテスの決定に太助が驚く。前に神界技術部がパレスに工事してくれた新装備だ。

「いいのか?」

「今使わずにいつ使うのじゃ」

「違えねえ」



 そうしている間に、坑道口では新しい動きが始まっていた。

 次々に坑道口に土塁が積まれ、何本ものホースが突っ込まれている。

「おいっ! 何する気だ!」

 太助は慌てて現場監督の男に駆け寄った。

「注水だよ」

「注水? まだ中に八人生存者がいるんだぞ!」

「そんなことなんでわかるんだよ!」

 現場監督が太助に食ってかかる。

「いや、そりゃ、まあ調べりゃわかるんだよ!」

 監督は胡散臭げに太助を見た。


「あのなあ坊主。十二人を助けてくれたのはすげえよ。認めるよ。たいしたもんだ。ありがてえし礼も言うよ」

「そりゃどうも」

「だがな、こうなったら中の連中なんてみんな絶望なんだ。もう助けようがねえんだよ。それぐらいわかるだろ。お前らだってそれ以上進めなくて戻ってきた。違うか?」

「水入れちまったら全員、死んじまうだろうが!」

「わかってる! わかってるんだよそんなことは!」


 現場監督、涙でぐしゃぐしゃの顔をしていた。

「なにを騒いでおる」

「あ、スターツ様」

「何者だお前らは?」

 現場監督の前に進み出てきた、いかにも金持ちそうな気取ったスーツの中年男が、葉巻を咥えて邪魔くさそうに太助を一瞥した。


「異世界救助隊の者です。まだ中に生存者が八名、崩落で取り残されて火災を受けずに生存しています。注水は救助が終わるまで待ってください」

「異世界救助隊? 知らんなあ」

 そのスターツと呼ばれた男は胡散(うさん)臭げに太助を見た。


「そんなやつらもう生きてるわけが無いだろう」

 葉巻の灰を落としてにらみつけてくる。

「こうしている間にも、まだ掘ってない石炭が次々に燃えているんだぞ? 大損害だ。貴様消火を待てとか言って、その間、燃えてしまった石炭の補償ができるのか? どうなんだ」


「太助!」

 ルミテスから無線が入る。だが太助はそれを無視する。


「その石炭、取り残された人命より高いわけじゃないでしょう? 救助を優先させてください」

「だから救助なんでできるわけないだろう! だったら火事を消すほうが先だ! バカが!」

 男は咥えていた葉巻を太助に投げつけた。


「太助! もうよい。パレスに帰還せよ!」


「取り残されてるのはインディア人の鉱夫だ」

 それで説明は十分、とでも言いたげにスターツは吐き捨てた。

 注水作業、始まってしまった。鉱夫たちが手漕ぎポンプ四台をシーソーのようにギッタンバッタンして水を送り込んでいる。蒸気機関の水汲みポンプはあるが、それは逆に注水には使えないらしい。


「死んだ奴には適当に賠償してやるほうがまだ安上がりだと?」

「決まってるだろう?」

「この……クソ野郎が」

「あ? 貴様、今何と言った!」


「太助! もういいって言っとるじゃろ! バカの相手は時間の無駄じゃ!」

「なんでだよルミテス!」


「おい、お前ら! こいつを放り出せ!」

 スターツが怒鳴ったが、鉱夫たちは動かなかった。

 そんな修羅場で、ルミテスからの無線は続く。

「そいつらのポンプを見よ。その程度のしょぼい手動ポンプで消火など一週間たっても収まらぬわ。放っておいてやりたいようにさせてやれ。こっちの救助に支障はない。八人の救助を優先する」

「あ、そうなの?」

「戻れ」

「了解」

 太助はすぐに竜笛を吹いた。ピイ――――――――という甲高い音が現場に鳴り響く。


「失礼しました。バカの相手は時間の無駄です。退散させていただきます」と太助はスターツに敬礼する。

「待て。その無礼許すと思うか!」

 激怒したスターツが帯剣した剣で斬りかかってきた。帯剣してるってことは、貴族かなんか、ここの鉱山主ってことかもしれない。

 太助はその剣を平然と防火服で受け止め、カウンター一発。スターツはその場にぶっ倒れた。




次回「70.炭鉱事故を救助せよ! 後編」

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