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68.闘技場の炎上を防げ!


「もう許さん! お前には決闘を申し込む!」


 教室に響いた王太子の怒声に、クラスメイトもびっくりだ。

「ちょ……バイエルン様、お、お、落ち着いて!」

 生徒会長でもあるバイエルンの取り巻きの一人、副会長のラスカスが進言するが、バイエルンは聞く耳持たないようだ。


「俺は冷静だ! この男、もう正規の手続きにて罰を与えねばならん時が来たということだ!」

 金髪碧眼の美男、ドッペル王国第一王子であるバイエルンは堂々と言い放つ。

「バイエルン君、きみ、それが冷静な男が言うことかい?」

 魔法師学科首席、ウラクルートは沈着冷静に言い返したが、その目には相手をさげすむ侮蔑の炎が宿っている。黒髪黒目の、クールな男であった。


「リンス嬢に対する数々の嫌がらせ、セクハラ行為。何度断られても言い寄ってくるそのしつこさ。男として断じて許せん!」

 バイエルンがその指をウラクルートに突きつける。

「……あきれたね。それ、まんま君のことじゃないか。自覚無いのかい?」

「自覚? 自覚が無いのはお前の方だ!」


「やめて! 二人とも、ケンカをやめて――――!」


 ピンクの髪をツインテールにした美少女が教室に駆け込んできて二人を止める。

「なぜそんな……。決闘なんて……、そこまでしなくても。私は二人に仲良くしてもらいたかっただけで……」


「おっしゃりたいことがあるならちゃんとお言いなさいな、リンスさん?」

 銀髪の冷たそうな雰囲気をまとわせた女が立ち上がって、三人の元に堂々と歩み寄る。

「あなたねえ、いつもいつもそんなふうに思わせぶりに最後まで言わないから、殿下もウラクルート君も誤解するのですわ? この際だからちゃんと言ってあげればよろしいのよ?」

「口を出すなエリザベス!」

「エリザベス君、君は関わっちゃいけない」

 言い争っている二人、嫌そうな顔でエリザベスを見る。


「お前は俺の婚約者だと言うだけで、なぜそこまで俺たちに干渉する? 口を出さないでもらいたい」と王太子。

「決闘ともなれば、風紀委員長として穏やかではいられませんわ? くだらないことはおやめになって」

「くだらないだと!」


「くだらなくないなら、こちらの書面にサインを」

 いつの間にそこにいたのか、エリザベスの従者パーカーが盆の上に一枚の書面を乗せて運んできた」

「パーカー、出過ぎた真似はおやめなさい」

「しかしお嬢様。決闘ともなれば正式に学園に申請して、全校生徒立会いの下に行われるものと決まっております。お二人、見るに、もう引くに引けない状態。この際だから白黒決めてしまうべきでは?」

 二人、火花を散らしてにらみ合っている。もう他人に耳を貸したりしないであろう。


「……それもいいわね。さ、二人、サインなさって。負けたほうはもうリンスさんに接近禁止。それでいいかしら?」

「いいだろう!」

「望むところだ!」

「場所は第一闘技場。時間は放課後の午後三時。よろし?」

「異存ない」

「受けよう」

 二人、学園の決闘申請書にサインする。


「お前のような火属性魔法しか使えない男が、この俺に勝てると思うな!」

 にやり、今世紀最強の炎属性魔法使いになるだろうと言われる王太子バイエルンは、バカにしたようにウラクルートを見下げる。


「いつまで炎属性が火属性の上位魔法だと思ってる。愚かなのは君の方だよ」

 これも、入学してから一度も首席の座を譲ったことが無いウラクルートは挑発的な態度で席に座ったまま、余裕ありげにバイエルンを見上げるのであった。その二人の間でおろおろするリンス嬢。

 その三人を見て、エリザベスと従者のパーカーは、「計画通り」という顔で、にっこりと微笑んだ。


 すでにお分かりと思うが、このプロローグは本編とはなんの関係も無いので、登場人物、設定、背景等、読者諸君が記憶しておく必要は全く無いのは言うまでもない。




 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~~!

「ドグワット魔法学園で、火事ですの!」

「魔法学園?」

 マリーがメインパネルに大写しした豪華な装飾がされた学園風景では、木造の建物が煙を上げて大勢の生徒が各所の出口から逃げ出していた。

 ルミテスも「おぬしらちょうど火事場装備じゃろ。場所もパレスの南西2キロじゃし、行ってこい」と大して興味もなさそう。


「俺ら今ドッペル駐留軍の火薬庫、消火してきたばっかりなんだけど……」

 黒くすすけている太助、ハッコツ、ジョン、スラちゃんの四人組。

「ご苦労様じゃ。どうだった?」

「最初の爆発で死亡者が出なかったのは奇跡的だね。なんとかなったよ」

「それは僥倖(ぎょうこう)じゃ」

「で、燃えてるのなんの建物?」

 マリーが画面をアップにする。


「ドグワット魔法学園の第一闘技場ですわ」

「闘技場って?」

「魔法を習っている学園の生徒が、練習試合をする場で」

「なんで部活で火事になるんだよ」

「ドッペルは魔法が盛んなことで有名な国ですから、生徒たちも魔法を使った戦闘を習うのですわ」

「ドッペル軍、火薬使ってたけど? 火薬庫で爆発事故になるぐらいだし、いまさら火事になるような魔法に用はないだろ」

「魔法は学園の伝統でして……。屋内闘技場なんです。きっと生徒の放った火魔法が延焼したんですわ」

 太助はあきれた。


「なんで体育館でやるんだよ! そういうことはグラウンドでやれよ!」

「二百年前から正式な決闘は、伝統と格式あるこの闘技場と決まっておりますの」

「二百年建物が無事だったんなら、そんなしょっぱい魔法もう何の役にも立たないんじゃね? この世界火薬も鉄砲もあるんだからさ、もう廃止しろよそんなもん」

「いいからはよいけや!」

 ルミテス、切れた!


「はいはい。了解! スラちゃん、今回は大丈夫そうだから休んでて」

 スラちゃんはぽよんぽよんともしていない。長い付き合いで疲れて眠そうなんだと太助にはわかるのだ。

 太助、ジョン、ハッコツは、火事場から帰ってきた装備のまま、再びドラちゃんに飛び乗って、現場に出場する。

「ハリーも教室の授業で決闘してたけど、あれよく考えたら危ないよな」

 思わずボヤキも出る太助だった。



 木造、三層構造の客席を大きな天蓋で覆った古式ゆかしいちっさい武道館のような闘技場からは煙が窓からモクモク上がり、残された生徒たちが押し合いへし合い、先生の誘導に従いながらも順序良く避難して、建物を遠巻きに取り囲んでいるところであった。

 この市の消防関係者は例の火薬庫爆破事故で出払っていて、こちらに人員は回っていないらしく火事はまだ手付かずである。


 そこにウーウーとサイレンを鳴らしながら着地したドラちゃんと太助たちに、おおーと生徒たちから声が上がる。

「あ、先生はいらっしゃいますか?」

 防火服にヘルメットの火災装備の太助たちは周囲の大人に声をかける。

「私でよいでしょうか。学園の教師です」

「異世界救助隊の者です。世界中どこでも災害や火災に駆け付けて人命救助のお手伝いをさせてもらっています」


 再びうお――――と生徒たちから一斉に声が上がる。

「……異世界救助隊、実在したんだ!」

「すげえ、本物だよ!」

「絶対作り話だと思ってた……」

「ワイバーンを使役してるなんて、凄過ぎるよ」

 なんて声が生徒たちから聞こえてくる。


「状況を教えてください」

「生徒会長でもある王太子のバイエルン様が魔法師学科首席、ウラクルート君に決闘を申し込んで今も闘っているんです。リンス嬢に対する三角関係のもつれですね。主催は王太子の婚約者エリザベス様で、まだ中で決闘を見届けています」

「うん、三行で説明ありがとうございます。さすが先生」

「国語教師ですので」

 せっかくの長々としたプロローグが台無しである。


「二人とも火魔法の使い手なもんで、延焼してしまって」

「ありがと先生。次からはそれグラウンドで開催して。とりあえず消火させてもらいます。行くぞ!」

「がんばれ――――!」「かっこい――――!」「ヒューヒュー!」

 三人、生徒たちの歓声に送られて、煙たち込める大扉から闘技場の中に入った。


「なかなかやるな! 楽しませてくれるわ!」

「君こそ!」

 めらめらと周囲、客席が延焼している闘技場の中央で、二人の少年が向かい合っていた。

「あいつらが火元かねえ……」

「あんまり関わりたくありませんな」

「元気そうだし、後回しにしよう。まずは要救助者の捜索だ。バイタル反応どうだ?」

「二階貴賓席に一人、一階審判席に二人。計三人いますな。逃げ遅れて煙に巻かれたんですかな」

 ハッコツが煙の中、バイタルストーンをチェックする。

「よしジョン審判席頼む。俺は二階に回る。ハッコツは天井への延焼防いでくれ」

「了解」


 太助は階段を駆け上がり。二階へ回った。

 一人、女の子が燃え上がる煙を吸ったか、倒れていた。

「おいお嬢ちゃん大丈夫か?」

 太助はそのピンクの髪のツインテールなやたらめったら美少女の女の子を抱き起こす。

「わ……。私のためにケンカはやめて……」

「それただの二股だからね奈保子(なおこ)ちゃん」

「奈保子ちゃんって誰ですかな?」

 下でカーテンに燃え移った火を放水で消しているハッコツから無線でツッコミが入る。

「未だにネタにされてて、本人にとってもたぶん黒歴史だから突っ込まんといてあげて」

 素早く女の子にホースレス空気呼吸器をあて、肩に背負って階段を駆け下りる。


 ぼわっと煙を巻いて正面扉から出てきた太助に、また生徒たちから歓声が上がった。

「要救助者一名。保健室に連れてってください」

 先生が用意してくれていた担架に寝かせる。

 先生、その女の子を見て「リンス嬢ですな。お二人が争っている彼女です」と言う。

「この子が火元かいっ!」

 どうでもいいので、すぐ女の子の空気呼吸器を外してまた闘技場に突入する。

「ジョン! 二名見つかったか!」

「面倒なことになってる」

「わかった。代わってやるからお前も消火に回れ」

 バイタルストーンをチェックするまでもなく、闘技場の審判席では一人、女生徒が倒れていて、それをいい服着た従者風の同年代の少年が介抱していた。


「頼む。オレじゃちょっと……」

「いいよジョン。二階席のボヤ今のうちに消しといてくれ」

 ジョンは放水くんを片手に、二階に向った。

 ジョンは消防士としては優秀だが、無口で口下手で、しかも顔が怖いせいで、要救助者に怖がられるのがハッコツと共通する悩みである。なので、人間相手の交渉話はどうしても太助になることが多いのだ。

 太助も、そんなに得意と言うわけじゃないのだが。


「お嬢様、お気を確かに!」

「こんな……こんなことになるなんて、シナリオと違いますわ……」

「まだこちらから婚約破棄という手も残っております!」

 その会話を聞いた太助は的確に状況が把握できてうんざりした。


「悪役令嬢と腹黒従者さん、頼むからさっさと避難してくれないかなあ?」

「わ……わたくしは、この決闘を見届ける義務が……」

「わたしはお嬢様から離れるわけには」

「ああ、わたくしはもうダメ。パーカー、あなただけでも逃げて」

「何をおっしゃいますお嬢様。地獄までお供しますよ」

「どうでもいいわ! 命が惜しかったらさっさと避難しろやっ!」


 太助は二人の脳天をグーでパンチした。手加減はしている。

 まず逃げるべきだとやっと気づいた従者、お嬢様をお姫様抱っこして出て行った。そっちはほっといても大丈夫そうだ。


「逃げてばかりじゃ俺は倒せないぞ!」

「逃げる? そんな魔法逃げるまでも無いね!」

 黒髪の少年が金髪から放たれたファイアボールを片手で跳ね上げる。

「ああああ、天井に延焼する!」

 太助は放水くんでそのファイアボールが爆散した三階席に放水する。


「そんな大きな魔法ばかり連発して、いつまで持つかな!」

「ははははは! 燃えろ! 燃えるんだ! 俺の炎属性の魔法は、燃えれば燃えるほど力が増す!」


「なんともはた迷惑な魔法ですな……」

 ハッコツが無線でうんざりする。

「そりゃ燃え広がれば被害が大きくなるに決まってるじゃねーか」

「ただの放火魔……」

 ジョンが突っ込むのはちょっと珍しい。

 太助も三階席に被弾した火事を消し止めるのにかかりっきりだ。ジョンは二階に回って数か所のボヤを消し止めて回っている。


「まだわからないか! お前の火属性魔法は、絶対に俺の炎の魔法には勝てんのだ!」

「ふっ。いつまで炎属性が、火属性の上位魔法だと思ってる。そんなのはただの君の勘違いだ!」


「火と炎の違いってなんですかな?」

「俺にもわかんね」

「何年消防士やっとるんですかな!」

「消防学校でもそんなことまではいちいち教えてくれんし」

 消火中も太助とハッコツのボヤキが止まらない。


「火属性魔法は全ての火をしもべとする! それは君の炎魔法とて例外ではない!」

「なん……だと……!」


「火をしもべにできるんだったら、まずこの火事消してくれよ……」

「役に立ちませんなあ火魔法」

「でもキャンプの時とかほら、便利そうじゃね?」

 それでもだいぶ火事は収まってきた。天井にも火は回ってないし、どうやら全焼は避けられそうである。太助たちは魔法を撃ち合う二人にかまわず、消火を続ける。


「うあああああああ! 魔力が! 魔力が足りない! もっと火を!」

「くっ、温存していた魔力が! どんどん吸われてゆく!」


「何を言っておるんですかなあいつらは」

 ハッコツにそんなこと言われても太助にもわかるわけがない。

「あんな中二病いいからほっとけって。ほら、あっちのカーテン頼む。くすぶってるぞ」

「中二病ってなんなんですかな?」

「説明したくない」


「くうううううう!」

「うぁあああああああ!」

 だいたい消火が終わったところで、二人が倒れた。


「お疲れ様。気が済んだか?」

 太助は闘技場中央で倒れた二人に歩み寄る。

「くっ、貴様、何者だ!」

「お前が、お前が火を消したから!」

「……火の魔法って、火が無いと使えないのか? 意味ねえじゃん」

 まるでライターに火をつけるのにマッチが必要、みたいな話である。


「決闘の邪魔をするなっ!!!!」

 二人、よろよろ起き上がって太助にファイアボールを放ってきた!

 どんっ、どんっと太助の防火服に当たって爆散する!

「あちっ。いてて」

「なっ……。僕の超高温ファイアボールが」

「なんだと! 俺のフレイムボールを食らって、なぜ……」

 ずかずかと二人に歩み寄る。


「そんな学芸会で消防士が倒れてたら仕事にならんわ!」

 ガツン! 

 二人、脳天にゲンコツ食らってブッ倒れた。



 二人を抱えて体育館を出た太助。一人の生徒が駆け寄ってくる。

「勝者! ……あの、お名前は?」

「名前? 太助だけど」

「勝者、太助殿!!!!」

 うおおおおおおおおおおおお――――――――!

 学生たち大歓声! 大拍手!


「なんなんだ……?」

「……もうどうでもいいですがな」

 太助に続いてジョンとハッコツも出てきた。

 ピイイイイイイイ――――。

 太助はドラちゃんを呼ぶために竜笛を吹いた。


「ほら、先生」

 先ほどの先生に二人を預ける。

「ちゃんとしつけしてやってよ。このクソガキども」

「はあ、でも王子となると、なかなかしつけと言うわけにもいきませんで」

「その辺PTAにちゃんと相談して」

「会長は王妃陛下ですが……」

「モンペとしちゃ最悪だね……お気の毒です」


 そして太助とハッコツは舞い降りてきたドラちゃんの鞍に、無重力風呂敷につつまれたジョンのロープのフックをかける。

「お騒がせしました。また何かあればいつでも駆け付けます」

 そう言って、子供たちに向って敬礼する。

 みんなから「わ――――!」っと大歓声と拍手が上がる。


 そして、太助たちは、ドグワット魔法学園小等部の庭から飛び立った。



「どうだったかの?」

「古今東西、子供のケンカには大人は手を出さないってことになってましてねえ……」

 出迎えたルミテスに、太助は肩をすくめて見せた。




次回「69.炭鉱事故を救助せよ! 前編」

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