67.新装備を追加せよ!
農村の牛舎の火事に出動した太助たち。シルバーワイバーンのドラちゃんに乗って宮殿ルーミスに戻ってきて驚いた。
ものすごいでかい未確認飛行物体がパレスの下に浮いている。パレスの五倍はある。円盤形で、最新のSF映画みたいにやたらメカメカしい巨大な奴だ。以前見たアダムスキー型みたいなほのぼのとした雰囲気がまるでない。
「な……。宇宙人、また攻めてきたのか!」
先日のUFO騒ぎもあって、真っ先に太助が思ったのがそれだ。相手がデカすぎる。どう見てもパレスでは勝てそうもない。
「パレス応答頼む! パレス応答頼む!」
「こちらパレス。どうしましたか?」
「ベル! とんでもないことになってるぞ! パレスの下にUFOが来てる!」
「ああ、大丈夫です。通常通り庭園に着陸してください」
「大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「……いったい何が起こってるの」
ドラちゃんも若干ビビってるが、とりあえずいつものように庭園に着地してもらった。
庭園を駆け、外周の柵に取りつく。
眼下にはものすごいデカいUFOが、パレスを下から支えるようにそこにいた。トンカントンカン、ドドドドドとなにかの作業をしている音が聞こえる。
「……工事中ですかな?」
ハッコツも下を見てびっくりしている。狼男のジョンもだ。
「とにかく指令室に戻って、話を聞いてみよう」
指令室ではルミテスとベル、それに見慣れない男たちが数人、指令室のコントロールパネルの中を開け、工事中であった。
「あの、ルミテス様? なにをしてらっしゃるので」
「おお、牛舎の火事どうなった?」
「すぐに消し止めたよ。牛の避難が大変だった。なかなか言うこと聞かなくてさ……」
「ちゃんと消毒してきたかの?」
「うん。あ、いや、それはどうでもいいし。なにやってんの?」
「パレスの定期点検と改装じゃ」
「改装?」
「新装備もつけるのでの」
「この人たちは?」
「神界の技術部の皆様じゃ」
ツナギを着た男たち、ちょっと振り返って頭を下げて、また作業に戻る。
「やあ、君、日乃本太助君だね!」
若い眼鏡のオタクっぽい男からフルネームで呼ばれた。
「はあ」
「あとハッコツさんとジョン君。話は聞いてるよ」
三人、軽く会釈する。
「神界技術部第三班室長、メルラースです。装備の企画と開発担当ですよ。いつもうちの装備を使ってくれて、実績上げてくれてるんで感謝してます」
「どうも。そういうことならこっちも助かってます」
「いやいやいや、面白い仕事ができてありがたいさ。さ、気楽に、気楽に」
三人、握手する。
「君たち、僕らも想定していない使い方をするから、こっちも面白くってね。またどう見ても足りてない装備でやりくりしてるのも大したもんだし。君らの活動は神界でも注目されてるんだ。神の新しい形の祝福だってさ」
「過分なるご評価、恐悦至極に存じます」
「……カタいなあ。いつもそんな調子なの?」
「いえまったく」
「出動ご苦労様。昼飯にしない?」
「いいですよ」
「みんなー、ちょっと一休みしよう。昼食! 今日はルミテス様のおごりだってさ」
神界のスタッフは六人。太助たちを入れて九人でパレスの食堂に向う。
食堂ではヘレスが食事の準備に大忙しだ。今日指令室の改装に来ているスタッフ、六人分の昼食を追加だそうだ。
パレスの下で作業している連中はもう何人いるのかもわからない。あれだけでかいUFO、数千人が乗り込んで作業していても不思議はないが。
「ヘッドレスのメイドさんかあ……珍しい。メイド服かわいいね!」
首が無いから服しか褒めようがないかもしれない。清楚なメイド服で分かりにくいが、素晴らしいのはそのプロポーションとお肌なのだが……と太助は思う。
「ありがとう! うーん辛い! でも不思議と魅かれる味だ。おいしいよ!」
特製カレーライス。天界の皆さんにも好評だ。大人数分、急いで一気に作るのはやっぱりカレーが一番ということか。マリーがカレー粉を手に入れてきてくれたおかげである。
「これってなんて料理?」
「カレーライスです。発祥はインディアで、ナーロッパで少しずつ広がってるらしいですね」
「不思議だ……。いくらでも食べたくなる。他に比べられる料理が無いよ」
「スパイスが利いていていいですよね」
「うーん、ヘッドレスで料理上手なメイドさんか! うちで雇いたい!」
「やめてください俺の奥さんです」
メルラースがびっくりする。
顔をよせてこそこそと内緒話の姿勢。
「……正直うらやましい。僕の奥さんは口うるさくてね」
「喋らない分、怒ると叩かれますけどね」
「それでもさ。ヘッドレスの女は顔が無い分、愛情表現細やかと聞く」
「言えてます。ちゃんと向き合うと、いろいろ口で言われるよりずっと優しい相手を思いやってくれる気持ちが伝わってきますね。素直と言うか」
「そうなんだ。顔無くても、全然問題ないと」
「俺には妄想で、すんげえ美少女の顔がいつも見えちゃうんですけどね」
「それならなんとなくわかる。そうか……」
「顔なんて飾りです。エロい人にはそれがわからんのです」
「ほんとかいそれ?」
メルラース、ニヤッと笑ってちょっとスケベな顔になる。
「……すごい?」
「……すごいです!」
二人でひっひっひと笑い合う。うん、この人とは仲良くなれそうだと太助は思う。
「君のアイデアは実に面白い。ほら、君が描いた絵をルミテス様が送ってくれてね。一号とか二号とか」
「すみません。あれ俺がいた世界のSFに出てた作り話で、俺が考えたやつじゃないんですよ」
これはバツが悪い。思わず本当のことをばらしてしまう。
「元ネタなんてなんでもいいさ。僕らの技術でも実現できそうにないものが多かったけど、シールドマシンは面白かったよ。それで企画に上げて、必要になるに決まってるからやってみろってGOが出て、取り付けさせてもらった」
「ジェットモグラができたんですか!」
太助びっくり。
「……ジェットモグラって何? まあ後でわかるか。万一の時があったら使ってみて。楽しみにしてるから」
「今から楽しみにするのはやめてくださいよ。事故のフラグになりますって」
「あっははははは! そりゃそうだ! 君はそういう仕事だったね!」
屈託なく笑うメルラース。気のいい男である。
「ルミテス様って神界じゃ偉いんですか?」
前から疑問なことを聞いてみる。
「いや、普通に派遣女神さんだけど、そのルミテス様が始めた『救助隊』って組織が注目されてて。今までになかった活動だから神界でも話題でさ」
「はあ」
「どんな世界もあってさあ、めっちゃ発展してて宇宙にまで開発しに行ってる文明のやつらもいれば、原始人同様でちっこいピラミッド作ってるようなレベルの連中もいる。でも石炭掘ってて石油もこれからって世界は案外無くて、これから人口も増えて急激に大事故、大災害が起こりだすだろうってのが君らがいるリウルス」
「そうだと思うんですよね――……俺が心配しているところもそれなんです」
メルラースもそこはわかると言う顔をする。
「エネルギー資源を知らなかった連中が、一万年も大して変わらないずーっとおんなじ農耕生活してたくせに、石炭や石油を掘りだすだけでいきなり人口が二倍にも三倍にもなって、たった百年で宇宙に飛び出す。この劇的な変化に立ち会える機会は天界でもレアケースだ」
「俺のいた地球がまさにそんな感じでした」
「だから、テストケースとしては非常に興味深く、また成果が出やすい状況でもある」
メルラースはひとりでうんうんとうなずく。
「なんだか『モルモットとして最適』って感じに聞こえちゃいますよ」
「言っちゃ悪いがその通り。実はね、『なんでも魔法で解決』って世界は案外多いんだ。でも誰もが魔法を持っているわけじゃない。魔法文明が無い世界はみじめなことも多いが、魔法が発達すると今度は逆に機械文明やエネルギー利用が全然発達しなかったり、このアンバランスはなかなか解決しない」
「魔法ですか。この世界にも存在しますが、だれでもそんなものが使えたら、そりゃたいていの救助活動はすぐ終わりますもんね……」
「だからね、魔法に頼らない地球人の君の救助活動は興味深いわけ。他の世界でも使えるから」
「けっこう魔法の道具使ってると思いますし、実際それに頼りきりですよ」
そこは太助は否定できない。たとえば放水くんはホースレスだが、そのおかげで消防士五人分に相当する仕事を一人でできている。消火栓もタンク車もポンプ車もいらないし、タンクが空になることもない。
「魔法と言っても物理現象だ。将来的には科学で同等のことが再現できる。科学はいつか魔法を凌駕する。僕はそう信じて開発を行っている。いかに魔法に頼らずに実現させるかが僕の研究テーマの一つでもある」
「尊敬しますよ」
「ルミテス様の道具のチョイスも面白い。実に使い方がユニークだ」
「なんだかルミテスもわざとそうしてるんじゃないかって気がしてます。ルミテスってどんな人なんですかね。一緒に仕事していてもよくわからないことが多くて」
「文明に不干渉、なんにもしない女神ばかりの中では、積極的にかかわろうとする面白い人だと言える」
そういう評価だったんですかルミテス様。
「うん、まあ俺も面白いとは思ってますよ」
「面白いから仕事は続けられる。僕らエンジニアもおんなじさ」
「いくら残業があっても平気みたいな」
「そうそう」
二人、ゲラゲラ大笑いする。
「通常なら使い道がなく役立たずなものが、君たちの世界では大活躍、なんてことが実際に起こる。今回の改装も、中古で廃棄する予定だったものを組み込んだけど、この星なら使い道があるだろ。実はたいして予算は使ってないんだ」
「いや、それでもありがたいです。実現できたら嬉しいですし、消防救命道具ってのは用意してあるだけでも安心ですから」
「新しいアイデア、新しい使い方はなんでも大歓迎さ。これからも思いついたらなんでも報告してくださいよ? 実験台になってくれるってのが条件だけどね」
「うーん、あるっちゃあ、あるんですけど、アイデア」
「それも例の空想科学ってやつ?」
「はい」
「地球には魔法が無いんだったな。でもそのかわりの空想科学ってやつは実に面白い! 君が地球出身でよかったよ。実現できそうなやつがいくつもある。教えてよそれ」
「著作権がありますので……」
「……だったら内緒で」
「では。その、地球では、スーパーヒーローと言うやつらがいましてね……」
「なにそれ詳しく」
「あー! メモしちゃだめですよ!」
「いいから続けてよ!」
「空想ですよ? 空想ですが、手首からこう、ロープや網を……」
太助とメルラースは妙に気が合ったのか、いつまでも濃ゆいオタク話で盛り上がったのであった。
「僕らはこうして現場の声を聴けることがあまりない。どう? 今まで使ってきた道具で、何が一番よかったかな」
庭園で、各コンテナの壁にかけられた道具を眺めて二人で話す。
「やっぱり『放水くん』が一番ですよ。世界中の消防士に配りたい!」
「『液体転送式ホースレス放水ノズル』ね。うんうん、やっぱりそこが基本だよね」
「あと地味ながら役立ってるのが『無重力風呂敷』ですね。あれのおかげで助かったこと何度もあります」
「『グラビシート』か。確かに応用が幅広いね。単に荷物を軽くしたかっただけなんだけど」
「……なんだ。ちゃんと正式に名前があるんですねえ。ルミテスのネーミングセンス、いつも疑問なんですけど……」
「通じてるから気にしないで。現場の声が一番だよ」
「ホースレス放水ノズルですけど、パレスには液体窒素供給ラインがあるので、ルミテスに液体窒素も放液できるようにしてもらったんです。これがけっこう役に立ちましたね」
「液体窒素……? なんに使うんだい?」
メルラースのメガネがきらりと光る。
「消火にも使えますが、時限爆弾を止めるのに使ったのがいままでで一番助かりました」
「なるほど! 確かに冷凍してしまえば電子機器はたいてい無力化する。化学式でも爆発物の反応も止まってしまうよね。いい方法だよ!」
新しいアイデアを聞いてメルラースも喜ぶ。
「あと建物の崩壊を一時的に防ぐ界面接着剤。あれをかけると建物は崩れなくなるから助かってます」
「化学部門が聞いたら喜ぶよそれ。そうかあこの世界まだコンクリートや樹脂壁材は少なくて、レンガや石積みの建物多いもんね。この世界じゃ使い道がある道具ってわけだ」
「ぜひお礼をお伝えください」
「ああ!」
「地味に嬉しいのがこのポータブル給水転送器です。普通のポンプでも同じ排水ができますが、やっぱりホースレスでパワー源不要なのはありがたいです。とにかく仕事が速いですから、一刻を争う現場では重宝してます」
「そうでしょそうでしょ!」
……技術者、職人さんのたぐいって、やっぱりこうして現場、お客様の声を聴くのが一番うれしいんだと太助は思う。説明にも力が入る。
「あと要救助者を捜索してくれるバイタルストーン!」
「ああ、それはルミテス様の発明」
「そうなんですか! そう言えば長年開発してたって言ってましたよ!」
「もともと魔道具プログラミングの天才で、僕らでも驚くようなものを作る人だよ。液体転送器のプログラミングもルミテス様が手掛けてくれた」
「はー……。それで使ってみたくて、救助隊作ったんですかね」
「それはあるかもしれないな」
うんうんとメルラースがうなずく。
「でも、一番すごいのは俺たちが着てる防火服かもしれませんね。俺、銃で撃たれたり矢で刺されたりしたことあるんですけど、無傷でした。消火中火傷したことも火が燃え移ったこともありません。これが一番すごいのかもしれませんよ」
「そのデザインは実は君がこの世界に持ち込んだものが元になってる。君が地球で着ていた防火服そのものだろ? 君がこの世界に来てくれて本当に良かった」
「……元の世界で、失敗して、死んじゃってこっち来たんですけどね、俺」
「それでもさ」
メルラースと一緒に、にっと笑う。
お互い、人の役にちゃんと立っているっていうのが、嬉しくてしょうがない。
なんともお人よしでめでたいタイプの人間だなあと自分でも思う。
メルラースもそうなんだ。
案外、俺たち、似た者同士なのかもしれないなと、二人、思うのだった。
パレスの定期点検と工事が終了し、神界技術部の巨大UFOはゆっくりとパレスを離れ、上昇してゆく。
太助が庭園で敬礼すると、巨大UFOはサーチライトを、ぴぽぽぱぽと点滅させた。
「未知との遭遇……だねえ」
自分たちの活動を、ちゃんと喜んでくれている人たちがいる。
それをバックアップして、支えてくれる人たちも。
あんな人たちにも期待されている。
これからも頑張らなければと、太助は新しくできた友人に気持ちが弾んだ。
次回「68.闘技場の炎上を防げ!」




