66.青いサンゴ礁の急病人 後編
「かわいい~~~~!」
パレスのサロンでは少年少女二人と赤ちゃん一人にマリーがメロメロである。
ヘレスも一生懸命面倒を見ている。というかパレスの女性陣がみんなかかりっきりなのである。グリンさんなんか孫の面倒でも見るようだ。
サロンにベッドを運び込んで、エメリアちゃんにはまだ寝てもらっているが、産後の肥立ちもよく母子ともに元気である。
パパになったジョジはまだ不思議そうで現状把握ができてないが、赤子を抱くエメリアちゃんは嬉しそうだ。
「十四歳!」
太助は指令室でルミテスから調査結果を聞いて驚きだ。
「二人、スパニッシ人じゃの。六年前、スパニッシから植民地のメキシカにむかったセント・メアリ号に乗っておったのが貴族の夫婦、レオン家でその子があのジョジ。当時八歳じゃ。エメリアはおそらくその使用人である執事とメイド夫婦の娘じゃの。ジョジと同い年だと思われる。それが乗っておった船が嵐で難破した。二人の両親の行方は不明じゃ」
当時の新聞記事の写しをパネルに写して読むルミテス。
「じゃ、その子たちが救命ボートの船員と一緒に流れ着いたと」
「そうじゃ。メキシカで綿花のプランテーションを経営しとったのを親から継ぐために向っておった」
「植民地か……」
ま、この世界の常識である。そこは突っ込むべきではないのだろう。
「二人、サバイバル術をよく船員の男に習ったようじゃの。よう生きておったわ。のう太助、おぬし大人と言えどもあんな島に一人で放り出されて生きておれるか?」
「まったく自信ありません……」
「であろうな。尊敬すべき小僧じゃ。いままでようやった」
十三歳からあんな可愛い子とヤリまくってたとか聞いたときは正直ぶん殴りたくもなったが、そう考えてみれば大したものである。
「親は二人とも行方不明のままなんだろ? どうすんだこれから」
「二人ともまったく教育を受けておらんから、八歳の子供のままじゃ。赤ん坊をあの島で二人で育てていくのはいくらなんでもまだ無理じゃの。親戚でよいからスパニッシに返してやるのが一番だと思うがのう。太助、どう思う?」
「そりゃ俺だってそのほうがいいに決まってると思うよ」
「人間と言うのは不便なものじゃの……。野生動物なれば、習わずとも交尾も出産も子育ても本能でやるものじゃが、人間は全部、習わないとできないことだらけじゃ」
「確かに……。服を着ないと冬も越せないし、料理しないと食べられないし。退化というか、進化と言うか、考えてみれば変な生物だな、人間ってやつは」
太助とルミテスはよく相談してから、二人を親族へ帰すことを決めた。
ルミテスが当時の新聞のコピーと資料をプリントアウトする。
「じゃ、これ持って説明してこい」
「うわあ嫌な役来た」
「文句言うな。なんならマリーに頼め」
仕方がない。二人、子供なせいかジョンを見れば悲鳴を上げ、ハッコツを見れば腰を抜かし、へレスを見れば怯える(今は慣れた)という具合。まともに話ができるのは太助とマリーしかいないのである。
「了解しました……」
太助はサロンの扉をノックした。
中には二人と赤ちゃん、それにマリーとグリンさんがいた。
「よう、調子どう?」
「おかげさまで元気です。みなさん本当にお世話になりました」
「どうもありがとうお兄さん。助かりました」
エメリアちゃんとジョジの二人、頭を下げる。エメリアちゃんはベッドの上で赤ちゃんを抱いていた。
「二人の身元が分かったよ。ジョジ、君のお父さんはスパニッシの貴族で、カルロス・レオン伯爵。お母さんはアレクサンドラ・レオンさん。覚えある?」
「あ、はい! いわれてみれば!」
「エメリアちゃんのお父さんはカルロス伯爵の執事さんで、イグナシオさん。お母さんは奥様のメイドでイルダさんのはず」
「……あんまり覚えていないんですけど、あってると思います」
「六年前、乗っていたのは『セント・メアリ号』。残念ながら二人ともご両親は行方不明だ……」
「やっぱりそうなんだ……。ぐっすん」
二人、ちょっと涙ぐむ。
「くよくよするな。わかっただけでもよかったではないの」
グリンさんが二人を元気付ける。
「いつまでもこのパレスにいていいんですのよ……」
マリーもベッドの上のエメリアを抱きしめた。
「いい知らせもある。スパニッシのレオン家、今でも健在だ。カルロスの弟、カリスト……、君からしたら叔父さんだね。その人がレオン家を継いで屋敷がスパニッシの首都マドリッジにある。どうだい、会ってみないかい?」
「おじさんが……」
二人、顔を見合わせる。
「うん、会ってみたい!」
マリーなぜがっかり顔になる?
「よし、じゃあ明日にでも」
「無理に決まってますわ! エメリアちゃんは産後ですし、赤ちゃんは乳児ですのよ!」
「わかったわかった。じゃあ二週間後にでも」
「はいー!」
マリーがっかり。
「マリー、ちょっと来て」
「はい」
二人、部屋を出る。
「あのさ、言いにくいんだけど、ジョジは貴族の御曹司だよな」
「ですわね」
「エメリアちゃんは執事とメイドの娘でしょ? めっちゃ身分違いじゃない?」
「身分なんて関係ありませんわ。もう赤ちゃんまでいるのに!」
「お前確か『身分違い』大っ嫌いだったよな!」
「わたくしが嫌いなのは不倫ですわ!」
「それって『他人のは不倫、自分のはロマンス』ってやつじゃね?」
「失礼な。身分が違っても純愛って、ありますのよ?」
元公爵令嬢と使用人の狼男のカップル熱愛中なマリーらしい勝手な意見である。王子と平民娘との恋に怒り狂っていたのはいったいどこの誰だったのか。
「はいはい。じゃ、二人連れて行っても大丈夫だと思うか?」
「……その伯爵様がどう考えるかですわね……。厳しいお方じゃなければいいんですけど」
「ダメだったらパレスに連れて帰るか……。仕方ないよな」
「わたくしはそっちのほうが嬉しいですわ」
「ありがと。マリーにそう言ってもらえると心強いよ」
二週間後、夜のマドリッドのレオン家屋敷庭園に、静かにシルバーワイバーンが降り立った。ちょうど夕食ぐらいの時間である。
もちろん不法侵入だ。警備の者が駆け付ける。
「何者だ!」
数丁の火打ち式先込め銃に囲まれた。
「異世界救助隊の者です」
「異世界救助隊……?」
「確かにそのようですな」
警備担当の男の後ろから執事らしい男が出てきた。
「シルバーワイバーンと共に現れる謎の救助隊。新聞で見聞きしておりますぞ」
執事が手を上げると、警備の者たちが銃口を上げた。
「夜分失礼いたします。また、前触れのない推参、無礼をお許しください。御当主、カリスト・レオン様にご内密に面会いただきたく夜の訪問となりました。御在宅で?」
「夕食を取っていらっしゃいます。ご用は?」
「カリスト様のお兄様であられるカルロス様の遺児、ジョジ君とその妻、エメリア嬢をお連れしました。ぜひご面会を」
「カルロス様の!」
執事が驚愕する。
「さ、降りて」
太助は二人の手を取ってドラちゃんから降ろしてやる。
エメリアちゃんはバスケットの中に、生まれたばかりの乳幼児を抱いていた。まだ名前もついていない。
「カルロス様も奥様もジョジ様も船の難破で行方不明のままですが!」
「カルロス様夫妻は今も不明です」
「こんな貧乏くさい汚い子供がレオン家の子なわけあるか! どうせ名を騙っておるのだろう!」
警備の男が声を上げるが、執事はそれを抑えた。
「メイド長。旦那様と奥様をホールへご案内して。この子、日焼けしておりますが確かにカルロス様の面影がございます……。いったい今までどこに?」
「南洋の孤島に救命ボートが漂着し、二人、生き延びていました。二週間前に我々が発見し、救助したのです」
「とても信じられない話ですな……。本当に?」
「本当です」
「あっ、奥様! 奥様ああぁああ!」
二人、紳士淑女がホール正面扉から飛び出してきた!
「ジョジが見つかったって!」
どうやらカルロスの弟、カリストとその妻のようである。
二人、少年少女の前に来て驚く。
「……この二人が?」
「……本当に? 本当なの?」
さすがに二人とも信じられないようだ。
マリーが二人の身だしなみを整えたが、南海の日焼けとぼさぼさ髪はどうしようもなかった。
「で、この方は?」
「異世界救助隊の者です。二人、難破船から救命ボートで避難し、同乗していた船員……、メキシカ人水夫のパンチョスという男と無人島に流れ着いて、そこで孤島での生き方を習い、なんとか長らえていたらしく、二週間前に俺たちで発見して救助しました」
「おお……。本当だったら奇跡だが! パンチョスというその水夫は?」
「残念ながら四年前に無人島で亡くなったそうです」
「本当だったら大変な恩人だ……。確かめさせてもらっていいかい?」
「どうぞ」
二人、子供たちの前に歩み寄る。
「ジョジ、私のことを覚えているかい? 兄さんが船出する時、港まで妻と見送りに行ったよ。あの時君はまだ八歳だった」
「ごめんなさい叔父さん。実はあんまり覚えていなくて」
「でもこの子、カルロス様によく似ていらっしゃいますわ。それにこちらのお嬢さん、もしかして、メイドだったイルダの娘さんじゃない? お名前は?」
「はい、エメリアです」
「ほうら! 間違いないわ! 二人歳も同じだし、よく一緒に遊んでいたじゃありませんか!」
奥さん大喜び。もう涙ぐんでる。
「その赤ちゃんは?」
「ぼくとエメリアの子です」
「二人存命なら十四歳だ。いくらなんでも早すぎないか? 本当に二人の子なのか」
太助はその問いにちゃんと証言する。
「その点は間違いないんです。私ども救助隊が出産に立ち会いましたし、無人島に二人しかいなかったんですから」
「異世界救助隊か……。そのシルバーワイバーンを従えている所、噂通りで否定しようもないな。その点は信用させてもらおう。ついてきてくれ」
現伯爵、カリストはなかなか慎重な男のようで、屋敷に戻ってさらに聴取を行うようだ。奥様、執事、子供を抱いた二人とメイド長に太助で付き従う。
玄関ホールを抜け、回廊を渡る。
壁に肖像画が何枚も並べてかけてある。
「あっ」
ジョジが回廊の肖像画の一枚を指さす。
「お父さんとお母さんだ」
「あ、ほんとだ――――! なつかしい!」
二人、ちょっと涙ぐんでその肖像画を見上げた。
その様子を見て、カリストは声を上げた。
「おお! それがわかるか! 間違いない、この子だ!」
カリスト、泣き崩れて二人を抱きしめた。
奥さんも。
「よく無事で……。よくぞ戻った!」
「ああ、兄さん、姉さん。あなたたちの孫よ!」
レオン家、執事も、メイド長も、号泣である。
「……」
太助はちょっと苦笑いし、そっと後退りして、それから踵を返してホールから庭園に出た。ドラちゃんが身を伏せて待っている。
「警備の皆さん、夜分失礼しました。お役目が済んだので帰ります」
「ご苦労様でした」
警備の者、全員銃を捧げて敬礼した。
太助も敬礼を返して、ドラちゃんに跨る。
「さ、帰ろう」
力強くドラちゃんは羽ばたいて、夜空に舞い上がった。
「ひさびさにいい仕事したって感じがするよ」
ドラちゃんもちょっと振り向いて、笑ったような気がした。
次回「67.新装備を追加せよ!」




