62.熱気球を救助せよ!
「スランフで熱気球が発明されたぞ」
「今頃かよ……」
太助の感覚だと、この世界とっくにそんなものが発明されていてもおかしくないと思っていたが、異世界もいろいろである。地球より進んでいるものもあれば、遅れているものもあるということだろうか。グーテンベルクが百年早く生まれたり、エジソンが百年遅く生まれたりするだけで世界は大きく変わっていただろう。
スランフと言えば前に王政が革命で倒れて共和国になったばかり。
民衆に自由な空気が流れ始めているころだ。
「この世界の技術レベル見てると、もう飛行船とか発明されていてもおかしくないような気がしてたよ。救助で風船使ったことあるし」
「飛行船とは?」
「風船で浮くのは同じなんだけど、プロペラとかの動力が付いていて、好きな方向に飛べるやつ。気球は風任せで上下しかできないだろ?」
「そうじゃのう……。この世界、電気とか内燃機関がまだ不十分なのでの。電池は発明されて電気の研究も進んでおるが、まだ発電インフラは無いしの」
「そういや石油の採掘もやっと始まったぐらいだもんな」
「自然に染み出す石油もあるから、利用方法は現在模索中じゃの。地下に油田があるのはわかってきておる。例のロックフェローがやっておったのがそうじゃ」
考えてみれば内燃機関が発明されないと、飛行船で持ち上げられる軽くてパワフルな動力ってのは難しそうだ。蒸気機関で動く飛行船なんて危険すぎる。内燃機関もプラグが無いと点火できないから、電気の研究が進まないとこちらも発明されない。なによりまず石油の採掘が先だ。
人間はあらゆる研究、学問を組み合わせて様々な機械を作ってきた。それが人間の強みなのだろう。他種族には技術を他人に教え、協力し合う体制がない。なんでもかんでも一族だけの秘密だったりする。この、技術の横のつながりこそが、人間がこの世界の覇権を握ることになった一因かもしれなかった。
「で、その気球なにか事故が起こってるのか?」
「いや、これからじゃの。なにごとも世界初ってやつは、『世界初の何とか事故』ってやつにもなりやすいからのう」
「ごもっとも。世界初の油田採掘が、世界初の油田火災になったしな」
世界初の自動車は、その日のうちに世界初の自動車事故も起こしている。
そうして人類は「車にはブレーキが必要だ」と学んだわけだから、失敗は必要悪と言えるかもしれない。
「なんにせよ気球では、落っこちたときはもう乗員が死んでおるじゃろ。わちらの出番はなさそうじゃの。とりあえず監視はしておくし、パレスも向かわせて待機じゃの」
メインパネルでは派手に模様が描かれたおそらく布張りの気球が、焚火みたいなかまどの上で膨らんで、誰が乗るかで大騒ぎしている感じだ。
「まず動物を乗せて動物実験って発想はないのかよ!」
「それはもうやった。最初に乗ったのはニワトリじゃ」
「鳥を乗せて飛ばしてもそれ飛行実験になるのかなあ……」
「大反対しておるのは教会じゃ。神に近づく行為じゃとな。だいいちニワトリ飛べんじゃろ」
「人が空を飛んで神が怒るのなら、鳥だってみんな天罰食らうにきまってるもんな。まず鳥からってのは、宗教的には自然な流れなのかねえ」
誰が乗るかで揉めている様子は詳しくはわからない。
「最初に乗りたい気持ちもわかるし、絶対に乗りたくない気持ちもわかる」
「あひゃひゃひゃひゃ!」
珍しくルミテスが腹を抱えて笑っていた。
「気球ができ、飛行船ができて、飛行機も発明される。このパレスも、いつか誰かに見つかっちゃうな」
ラピュタのセリフを太助はそのまんま言ってみた。
「あと何百年かかるやらじゃ」
「……飛行機が発明されてからロケットが月に到達するまで七十年かからなかったぞ」
「ほんとかのそれ!」
「熱気球が発明されたのは飛行機が発明されるその百年前だから、まだ百年はこのパレスは誰にも見つからない、かもしれないな」
「うぬぬぬぬ……。実験、失敗させてやろうかの」
「やめとけって」
もちろんこのことは、すぐに事故になるに決まっていたのだが。
ジリリリッリリッリ、リリリ、リリリリリリッリリリリリ~~~~!
「非常ベルなんか調子悪くね?」
非常ベルに呼ばれて指令室にいつもの太助、ハッコツ、ジョンのメンバーで戻ると、あひゃひゃひゃひゃとルミテスがモニターパネルを指さして笑っていた。
「見よ! ひゃはははっはは! やっぱり失敗しおったわ!」
「どう失敗したのか詳しく。あと非常ベルの点検やっといて」
涙を袖で拭いてルミテスが解説を始める。
「なんか手かせをかけられた奴をぞろぞろ連れてきての」
「犯罪者か死刑囚ってとこか。体のいい生贄だな。よくそんな奴を使うのに許可が出たな。連れてこられた奴が気の毒すぎる」
「教会だってそんな奴を天に召してやるのは反対なんじゃないですかなあ……」
ハッコツの言うことはいつも縁起が悪い。
「軍務大臣とか産業大臣も見に来ておるのじゃ」
「……権力使って死刑囚を実験台にとか、人権の扱いが雑!」
「気球の使い道って、真っ先に軍用が思いつくのはどこでも同じじゃのう。ロクに使い方も教えんで乗せたもんじゃから、上がったっきり、降りてこんのじゃ」
気球は風に吹かれて街の上を飛んでいる。
「……そのまま逃げる気なんじゃね? 死刑囚かなんかなんだろ? あいかわらずバカしかいない国……」
「やれと言われたことをやらず、やるなと言われたことをやるのはいかにもスランフ人といったところかの」
あひゃひゃひゃひゃと笑い続けるルミテス。
そういえば地球で初めて気球を飛ばした時も王族が見に来ていたし、最初には死刑囚を二人乗せる予定だったが、「こんなものに乗るぐらいなら死んだほうがマシだ」とか死刑囚が騒いで結局取りやめになったとかグダグダもいいところである。
「なんでロープをつないでおかないんだ」
「ロープをつかんでいた人間どもが手を放してしまったのじゃ」
「なんで物につないでおかないんだ」
「おぬしが言っとった『小さなミスの積み重ね』じゃ。だったら今から事情を聴きに行くかの?」
「……ヤダよ」
気球はどんどん上昇し、風に吹かれて遠くへ行ってしまう。
あわてて馬で追い出した衛兵隊の連中もいたが、野次馬に邪魔されて追えない。この世界でもグダグダもいいとこだ。パレスのパネルでは一応ハトさんがその行方を追ってくれている。
「で、ルミテス様としてはどうしたいと?」
「手錠かけられたままで、操舵もできん。砂袋を落とせば上昇するし、上の通気孔を引っ張れば下降することさえ知らんじゃろ。風任せじゃが、この気球熱源を持っておらんしそのうち冷めて落ちるじゃろうの」
「ほっとくのか?」
「おぬしに野次馬根性があるのなら、ドラちゃんに乗って見に行ってもよいが」
「そうすっか。なんだか悪い予感しかしねえけどさ……。ジョン、ハッコツ、俺一人で行くよ。後は任せた」
「行ってらっしゃいませ~~~」
ハッコツとジョンはケタケタと笑って見送った。
ジョンまでケタケタ笑うようになったかと太助は内心、やめてほしかった。
竜笛でドラちゃんを呼び出し、一人で跨って空に上がる。
「ルミテス、モニターしてるんだったら方向教えてよ」
「西南に向え。現在高度120メートル」
「結構飛んだな。実験結果だけ見りゃ、熱気球、大成功だろ」
「なんもコントロールできんのは失敗じゃろ。あひゃひゃひゃ!」
「そうとも言うか」
無線でもルミテスは笑ってる。
しばらくドラちゃんで降下を続けると、気球が見えてきた。
「ドラちゃん、周りを旋回して」
気球の周りを旋回すると、驚くことに子供が乗っていた。
「パレス! パレス聞こえるか! 子供が乗ってるぞ!」
「子供ですって!?」
災害監視員のマリーから返事が来た。
「ルミテスはどうした?」
「飽きたのかお昼寝に行きましたわ」
「飽きるなよ……。ベルそこにいるか? ハトさんを気球に留まらせて」
「了解」
ばさばさばさっと周囲を警戒していたハトが飛んできて、気球からゴンドラを吊り下げた網のロープに留まった。
少年もこっちを暗い目で見上げていた。手かせをかけられている汚い服を着た少年。そのパネル映像を見てマリーが驚いた。
「そのお方、スランフ王子のシャルル様ですわ!」
「ウソだろ……」
「ほんとです! 革命後、行方不明になってたんです!」
「革命政府、こんな子供まで捕まえて死刑にしようとしてたのか!」
「お願い、助けてあげてくださいませ!」
「やるよ! しゃーねーな!」
連れてこられた死刑囚。みんな乗るのを嫌がったか、あるいは体重が軽いからってことで子供が選ばれたのか。子供が手かせをつけられて死刑囚なんてことは通常はありえない。確かに王族か貴族の子供に違いなかった。
革命前には市民から税金を巻き上げて贅沢三昧の生活をしていたかもしれない。しかし、その罪を子供に問えるだろうか?
「おーい!」
減速してゆっくりと気球の周りを回るドラちゃんから太助は声をかける。
「ロープ投げるから気球に縛り付けてくれ!」
少年は戸惑いながらも、何度目かの投げられたロープをつかまえ、ゴンドラに縛り付けた。
「よーしいいぞ! あとはゴンドラに吊るされた砂袋を全部ほどいて下に落とすんだ!」
少年は手かせをはめられた不自由な手で、言われたとおりにした。
気球はだいぶ熱量が下がってきたが、再び上昇に転ずる。
眼下ではまだ馬に乗って追いかけてきている連中がいる。衛兵たちらしい。
「グリンさん出動できる?」
「落下まで時間がもうありません! パレスをそっちによこします」
「仕方ない。直接パレスに運ぶ。ドラちゃんふんばってくれ!」
振り返って軽くうなずいたドラちゃんはぶわっさぶわっさと羽を羽ばたきまくって気球を引っ張り上げながら、ぐんぐん高度を上げる。
雲に入った。
下にいた王子シャルルの追手は、気球を見失い、追跡をあきらめた……。
パレスの庭園にたどり着いた太助たち。少年は寒さと疲労と高山病で意識朦朧状態だ。
マリーがガラガラとストレッチャーを運んできて、ハッコツが空気呼吸器の面体を少年に当て、ジョンが「ぐぅおおおおおおお!!」と雄たけびを上げて手かせを引きちぎる!
ガリガリに痩せて、虐待された跡が全身に残っていた少年は、すぐに神泉の風呂に浸されて、治療となった。
「ドラちゃん、ご苦労様。すまんかった」
全力を出し切ったドラちゃん、ぜえぜえと息も苦し気にまだ庭園にへたばっていた。
「話を聞いてやってくれんかの」
翌日の朝食。全員がそろったテーブルで、少年は食事を与えられ、ルミテスに勧められて訥々とその身の上を話す。
「あの……、僕、王子なんかじゃないんです」
「王子じゃない!」
太助は驚きだ。どうやら事情を聞いてあげていたらしいマリーはそっと肩を抱いて少年の言葉を促す。
「替え玉なんです。顔が似ているからって、ずっと前にお城に連れてこられて、いつか『かくめい』ってやつが起きたとき、本物の王子様が逃げ出せるようにって」
「ひでえ……」
「まったく無関係な子なんですわ……。革命政府もそれを知っていて、利用していたんです」
マリーが涙ぐんで少年の頭をなでる。
「……今になって気球に乗せて公開処刑かよ。革命政府もろくでもないな」
「今は共和国政府じゃ」
「しかしなあ……。だったら本物の王子様って、いまどこに?」
「不明ですわ。これで本当に……行方知れずになりましたわね」
「不明、か。生きてりゃいいがな」
「太助。縁起でもないことを言うでない」
「悪い」
太助も頭を掻く。
「おとうさんとおかあさんは?」
「クレアンスにいる……。魚をとってました」
「漁村か」
「確認します。クレアンス……、ありました!」
ベルがパネルにマップを広げて確認。すぐにわかった。
「坊や、名前は?」
「ステファン……」
「よし、ベル。パレスをクレアンスに急行じゃ」
「了解です!」
その後、夜。
太助と少年を乗せたドラちゃんは、スランフの漁港の街、クレアンスに静かに降り立った。場所は漁港の教会前である。
扉を叩かれて呼び出された神父、驚いていた。
「この子を頼みます。数年前に行方不明になっていた子かと思われます。ご両親の名前はスティーブとアンヌだそうで。少年の名前はステファンです」
「ステファン……。スティーブとアンヌ。健在ですぞ。そうかあの衛兵たちが連れ去った子が、その、ステファンだと……」
「保護をお願いします。ご両親に会わせてあげてください。詳しい話は……その、あまり聞かないであげて」
「わかりました。その、あなたは?」
「異世界救助隊の者です」
「おお……あの、神の御使いの」
「そんな大層なものじゃないですけどね」
銀色のワイバーンに乗って、ふわりと舞い上がり、飛んで行く太助。
それを見て、神父はこれこそ神の奇跡と祈りを捧げた。
ステファンはまだ硬い笑顔で手を振っている。
太助はちょっと振り返って、敬礼を返した。
「どうか平和に、両親と暮らしてくれ。革命なんかに、巻き込まれないでな」
少年とその家族の安泰を願い、太助は夜の空を飛んで行った。
「救助隊って言ったって、命以外は、なんにも助けてやれないんだよな……」
太助は、そのことが、つらく心に残った夜だった。
次回「63.UFOを救助せよ! 前編」




