61.時計塔の崩壊を救え!
ドラちゃんの背に乗って一人でパレスの庭園に着地した太助。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~! という非常ベルの呼び出しに顔をしかめた。
「また再出動かよ!」と顔をしかめて庭園から大急ぎで指令室に走る。
「どうじゃった聖女様は?」とルミテスが聞いてくる。
マリーが、聖職者の若い女性が馬車に乗った衛兵たちに山に放り出されたとの事で、追放された元公爵令嬢のマリーとしては放っておけないらしく、太助が救助に向かったのだ。
「『やっと自由になりましたわー』とか言って大喜びしてたよ……。これから森で自分で家を建てて魔物や動物を従えて自由気ままに生きるんだと」
「大丈夫ですのそれ?」
マリーも心配顔だ。
「すげえ魔法がじゃんじゃん使えるらしくてまったく不自由ないんだと。『わたくしを追放してあの国はもう滅びますわね』とか不気味な顔してニヤニヤしてたよ。俺はお呼びじゃなかったね。心配だったらこれからも時々様子みてやって」
「うらやましいですわそれ……」
「で、再出動って何?」
はいはい次とばかりに太助は状況を聞く。
「修道院の時計塔が老朽化が進んでの、崩壊しかけておるんじゃ」
メインパネルにはハトさん映像か、あちこちひびが入った時計塔が写っている。しっくいの外壁がバラバラとはがれ落ち、レンガの地壁も一部むき出しになっていた。
「避難は? 進んでないの?」
「全員すでに避難済じゃがの、時計職人たちが大時計を分解して今も部品を運び出しておる。時計だけでもなんとか崩壊から救おうと必死なんじゃ」
「時計なんてまた新しいのを作ればいいだろ」
「国内最古の時計での、歴史的文化遺産なんじゃな」
「文化遺産がらみの救助はもうコリゴリだよ……。ろくな目に合わん」
「このままだと職人たちが倒壊に巻き込まれて死ぬ。おぬしら手伝ってこい」
「手伝う? 救助するんじゃなくて、手伝うの!?」
「逃げろって言っても逃げない要救助者もおるわけじゃ。行ってこい」
「はいはい」
またルミテス教がらみの修道院なのかねえ……と太助はうんざりした。
太助、ハッコツ、ジョンの三人はぶわっさぶわっさと銀翼のドラちゃんに運ばれて時計塔の屋根に取りついた。ロープ降下して時計台の窓から侵入する。
中では時計職人たちが四人、大時計機関部の中で決死の分解作業中であった。
時計塔の中でもミシッ。ベキバキと崩壊の音が響いている。
「みなさん! この塔はもうすぐ崩壊します! 時計はあきらめて早く逃げだしてください!」
「なんだお前ら!」
「異世界救助隊の者です。こちらの目測ではあと二時間プラスマイナス十五分でこの塔は倒壊します。もう時間が無いです」
「なんだよ『イセカイキュウジョタイ』って……。だったらなおさらだ! 黙って見てろ!」
工具を手にし、部品を抱えた男たちは今にも殴りかかってきそうである。
「時計と命とどっちが大切なんですか」
「時計に決まっている。この時計はな、俺たちが三百年も前から代々面倒見てんだ。今更見捨てられるかい!」
「……はいはいわかりましたよ。じゃ、手伝います。ジョン、ハッコツ。外壁作業急いでくれ」
「了解ですな」
そして、ジョンとハッコツは窓から出て行った。
「部品の運び出しはどうやっているんですか?」
「見りゃわかるだろ。振り子穴からロープで吊り下げて下に降ろしてるよ」
機械室の床には大穴が空いていて、そこに巨大な振り子が左右に振れる構造になっているらしかった。もう振り子は取り外され、下では部品受け取りの作業員たちがロープで吊り下げられた部品の受け取りを待ち構えている。
その下の作業員たちも時計の崩壊に巻き込まれるに決まっているから危険であった。
「下で待っているのはもう危険です。時計窓から下ろすように切り替えてください。おーい! 下の人! 窓から下ろすから時計台から出てくれ!」
「おい! なに勝手なことを!」
「部品はこれに入れて包んでください。大丈夫、窓から出せますよ」
太助は無重力風呂敷を出して大時計機械室に広げる。
「なんだこりゃ」
「やってみればわかります。さ、急いで!」
油で真っ黒になっている職人たち、胡散臭げに一人一人が持つのにやっとの大きな歯車を風呂敷の上に置いた。
太助はそれを風呂敷にくるんで、軽々と片手でふわりと持ち上げて見せた。
「うわっなんだそりゃ!」
「だから無重力風呂敷ですって。この魔法の布で包むと重さが無くなるんです。さ、どんどん進めてください」
「助かる! おいっ! 急ぐぞ!」
時計は既に半分以上バラされて、太い軸心とフレームが残っている状況だ。
それでも完全分解にはまだほど遠い。二時間で済みそうになかった。
太助は窓から無重力風呂敷に包まれた部品をロープにつないで外に放り投げる。
ロープの重みで風呂敷はふわふわと地面に向って落ちて行った。
眼下ではその光景をあっけにとられてみている作業員たちがいる。
「どんどん部品降ろすから、下で受け取ってくれ! 建物に入るなよ!」
下では作業員たちが、風呂敷を解いてそこに大きな歯車が入っているのに驚いている。その間も、時計塔外壁のひびは広がり、しっくいがバラバラと落ち続けていた。
「ロープの先にその風呂敷を縛り付けてくれ!」
荷物を解いた作業員はあわてて歯車を荷車に乗せて運び出し、ロープの先に風呂敷を結び付けてくれた。太助はロープを手繰り、また手元に持ってくる。
ガガガガガガガ……。ドドドドド……。
時計塔の四隅では外でハッコツとジョンが作業している音が聞こえてきた。
「どうだハッコツ、ジョン」
「時計回りの外壁固着完了。いまアンカー取り付け中ですな」
「頼むぜ」
「了解」
機械室での決死の分解作業は続く。
「倒壊する時は一気に倒壊します。逃げてる暇はありませんがね」
「俺は三代前からこの仕事を引き継いでんだ。この時計が無くなりゃどうせ失業だよ。死なばもろともさ!」
「そこまで覚悟があるんならつきあいますがね、これで最後にしてくださいね」
「アンタこそさっさと逃げたらどうだ」
「死ぬ気はないんでね」
そして太助は次々と運ばれてくる歯車や軸心、軸受けといった細かい部品をどんどん風呂敷に包んでいった。
バキバキと音がする。時計台が揺らぎ始める。
「この時計台いつからあるんですかね」
「三百年前からだ!」
「いい加減新しいのにしたらどうです?」
「ほっといてくれ! この修道院にはもうそんな金はねえんだよ!」
「そこほっとかないのが俺らの仕事なんで」
「バカかお前」
「アンタたちよりはマシですがねっ!」
五人、顔を見合わせてニヤッとする。男たちには奇妙な連帯感ができていた。
グラグラ揺れる。地震みたいだ。
がくっと機械室が傾く。床が斜めになる。
「あーこりゃもうダメだな……」
太助は窓から顔を出して下の作業員に叫ぶ。
「おーい! もう崩れるから離れろ!」
作業員たちが逃げ出した。
ふっと、日に雲がかかったみたいに機械室が暗くなる。
太助はほほの無線パッチから通信した。
「ハッコツ、どうだ?」
「グリンさんも到着してますぞ。あと一分かかりませんな」
「間に合うか?」
「大丈夫」
ジョンも力強く返事してくる。
がくんっ。ぐらぐらっ。
一気に機械室が傾く。
がくっがくっ。
塔が崩れ落ちる感覚が伝わってくる。
「あんたたち、どっかにつかまれ! ショックが来るぞ!」
太助も機械室の柱につかまった。
ぶんっ。
一瞬、エレベーターのように下に落ちる感覚がして、ガラガラとものすごい音と埃に機械室は包まれた。時計職人たちからもさすがに悲鳴が上がる。
「うぉおおおおおお――――!」
「か、神様~~~~!」
この世の終わりのような倒壊音。なにもかもが崩れ落ちる大音響とともに機械室は揺れ、もうダメかと思われた。
だが、しばらくしてその音は止み、静かになって、外から大歓声が聞こえてきた。
「すげえ……」
下にいた作業員たちは崩れ落ちた時計塔を見上げて感嘆していた。
どこからか、巨大な全長七十メートルの緑のクジラが空を飛んできて、今、時計塔の時計部分だけを、ワイヤーで吊るして持ち上げているのである。
空中にぶら下がった四面に時計盤がある時計部分の下全部、時計塔は崩壊して瓦礫と化している。猛烈な砂埃が舞う中、巨大なクジラはゆっくりと旋回し、太助と職人たちが乗った大時計を修道院の前庭に降下させていた。
「もう大丈夫だな。あんたたち平気かい?」
「と、飛んでいる……」
職人たち、ふわふわと揺れる機械室の中で、窓にしがみついて外の光景に驚いていた。
「じゃ、俺はこれで。あとは頑張ってね職人さんたち」
「……ああ、あ、ありがと」
何が起こってたのか全く分からない職人たち。窓の外からたれてきたロープにぶら下がって、吊り下げられたロープにつかまり、出て行こうとする太助に職人の親方が声をかけた。
「風呂敷!」
「は?」
「その風呂敷、置いて行ってくれ!」
「ヤダよ……門外不出の品でねえ」
油まみれになって汚れた無重力風呂敷を背中にたすきに回して背負った太助は、そのままロープにぶら下がって機械室を出て行った。
「時計塔の外壁に、ロープでぶら下がったオレンジの服を着てたやつらが二人、時計の周りになにか吹き付けてた」
「金具を打ち込んでた」
「ものすげえでかい空飛ぶ緑のクジラが飛んできて、時計塔の上にのしかかった」
「ワイヤーでぶら下げてた」
「時計塔が崩れたのに、そのクジラがずっとアンタたちがいた時計台だけ吊り下げてたんだよ」
「やつら、そのままロープに吊り下げられて、クジラに連れていかれてどっか行っちまった」
「そんなバカなこと、あるわけないだろ……」
時計台の外に出てみたら、地面に着地しているのを見て驚きまくっていた四人の時計職人たちは、その目撃者たちの話を全く信じなかったそうである。
その後、時計台は復旧させるか、そのまま前庭に地べたに置くかで喧々諤々の議論がなされたが、国教会で「再建、保存、資金援助」と決まり、新時計台の再建までの間は、再び組み立てられて修道院の前庭で時を刻むことになった。
ぶら下げ式の巨大振り子は改良され、おもりが回転するテンプ式になるらしい。
国教会では、「空飛ぶクジラ様のお助けだ。無下にはできない」とのことである。
天災、事故に駆け付ける緑の巨大クジラ伝説は世界中でだんだん話題になり始めており、新聞にも載るようになった。いったい何者なのか議論が尽きなかったが、なんとなく「女神ルミテス様の御使い」ってウワサで落ち着いているのが太助たちには少し不満。ルミテスがなんか情報操作してるに決まっていた。
この時代の新聞、写真を載せる技術はまだなく、挿絵である。そのせいで、信じない人も多かった。
地球でも新聞はナポレオン時代にはもうあったので、この世界に新聞があってもまったく不思議はないのだが。
「救助隊は……?」
「全部グリンさんの手柄になっておりますなあ」
太助とハッコツ、ジョンたちは庭園のテーブルで休憩中、修道院にお供えされて転送されてきた地元新聞を見てがっくりしていた。
「やっぱりどこでも二号が一番人気になっちゃうよなあ……」
「前から気になってたんですが、その『二号』ってなんなんですかな?」
「流して」
はー。
「みんな見てたのにさあ。誰か俺たちの華麗なロープワークも、褒めてほしいよ……」
テーブルで落胆する、三人であった。
次回「62.熱気球を救助せよ!」




