58.ピラミッド調査隊を救出せよ! 前編
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~~!
非常ベルが鳴り、今日も朝から庭園で救助訓練をしていた太助たちはすぐに宮殿ルーミスの指令室に集合した。
「ピラミッドの調査隊が、閉じ込められたらしいんですの!」
災害監視員のマリーが指令室のモニターパネルを指さす。
「……どうしたこれ、ヤケに画質悪いんだけど。なにこのドット絵みたいな画像」
「複眼のスカラベくん画像ですので……」
ベルも申し訳なさそうだ。砂漠の中のピラミッド、使い魔の動物たちもいないらしい。
「ラクダは? 現地にラクダいっぱいいるんじゃないの?」
「ラクダさんたちは荷物運びの仕事がありますから、常駐させられなくて」
「はあそうですか」
フンコロガシくんだってフンを転がすのに忙しいのは同じだろ……とは思う太助。とりあえずパネルを見る。
そこにはでっかい三角錐の、いわゆる巨大ピラミッドが写されていた。
その前で現地スタッフらしい人たちが騒いでいて、役人も呼ばれて混乱していた。どうみてもファミコンのSDキャラがわちゃわちゃやってるようにしか見えないが。
ルミテスもやってきて一緒にパネル画像を見る。
「ピラミッドの調査ならちゃんとスタッフ集めてやってきた考古学的な調査だろ。しっかり準備してるだろうし自分たちでなんとかなるんじゃねえの?」
「ピラミッドの中で起きている事なんてわからんわ。分厚い石材に阻まれておるから、外部から中の様子をうかがうことはさすがのパレスのセンサーをもってしても無理じゃの」
「だったらなんで閉じ込められてるってわかるの?」
「現地の作業員の人たちがそれで騒いでいますので。お役人に閉じ込められたって説明していました」
ヘッドホンでモニターしているマリーが状況を説明する。
「なるほど」
「仕方がない。おぬしら様子を探ってこい」
「はあ? それだけで俺らが出動?」
「ピラミッドの中ってのはいろいろ危険も多いのじゃ。盗掘者を防ぐためにの」
「墓泥棒ってやつか。ヤダよ、俺らも危険じゃん。ララ姉さんに頼めって!」
一瞬、ファンタジーの「ダンジョン」みたいなやつを想像して怖くなる。
「ララ姉さんって誰じゃ」
「罠で三百回ぐらい死んでダンジョンを攻略する無敵女」
「死ぬなら無敵じゃないじゃろ……。なんでそんなに嫌がるんじゃ!」
「ルミテス、ピラミッドにはな、『ファラオの呪い』というのがあってだな」
「はあ?」
真っ剣な顔で語りだす太助。これにはルミテスのほうが口あんぐりである。
「ファラオってのはピラミッドに埋葬されている王のことだよな。ピラミッドは王の墓だからな、それを暴いて盗掘した奴には呪いがかかるんだよ。ツタンカーメンってやつの墓を発掘したスタッフがほとんど全員謎の死を遂げたって実例があってだな……」
「おぬしそんなの本当だと信じておるのかの?」
ルミテスにあきれられてしまう。
「いや、都市伝説なんだけどね……。実際には病死が一人だけだったってオチなんだけど。俺も信じてなかったんだけど」
「だったらどうでもよいじゃろ」
「よくねえよ。俺この世界に来て、実際に幽霊退治もしてるし、同僚に悪霊もいるし」と隣にいるハッコツを見る。
「失礼な。私のようなよい子が悪霊なわけありませんぞ。私は白骨ゾンビですがな」
「お前エルフにも『悪霊』って言われてたよな」
「断じて違いますぞ!」
ハッコツ憤慨である。
「わかったわかった。悪霊の呪いよけにわちの祝福をかける。それでよいじゃろ。そこに並べ」
太助、ジョン、ハッコツにルミテスは祝福をかけてゆく。
「あー、天界の名のもとに、この者たちに幸いを。悪意ある魂の汚れから彼らを守り給え。天界のお導きに幸いを……」
「あぎゃっぐぎぎぎぎぎぎごぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぐきわ」
ハッコツが苦しみだした。今にもバラバラになりそうである。
「いっ今のなし! 今のなしじゃ!」
ルミテスが慌てて取り消す。
ばったり。へたばって四つん這いのままなかなか立てないハッコツに太助が声をかけた。
「お前やっぱり悪霊だわ……」
「……私悪霊だったんですな」
メンバー全員にジト目で見られ、がっくりするハッコツであった。
ぶわっさぶわっさとドラちゃんが銀色の翼を羽ばたかせて砂漠に降り立つ。
何が来たのかと、発掘を手伝っていた現地の作業者が驚いて遠巻きに見ている。ドラちゃんを見ても逃げ出さないとはなかなか肝が据わった連中らしいと太助は驚いた。
全員はいきなり「はー」と膝をついて頭を下げ土下座である!
「ぎ、銀色のホルス様! よ、翼神様が現れたあああああ!」
「ほ、ホルス! ホルス様が現れたあああああ!」
どうやらドラちゃんが地元のなんかの神に似ているらしい。
太助はジョンを包んだ無重力風呂敷を解いて出してやり、火事ではないのでオレンジのツナギとヘルメットという姿で三人で作業員たちの前に進み出た。
太助が思ってたピラミッドのイメージと違い、周りは荒涼とした砂漠で、近くには街もなかった。
飛行機も車もないこの時代、ピラミッドの周りが観光客でいっぱい、なんてことはまだまだなかったのである。現場にいたのは作業員たちと、吹きさらされた砂丘だけだった。
「あー、『異世界救助隊』の者です。こちらで事故が発生しているとお見受けいたしましたので参上しました。要救助者がいれば救助を行いたいので状況を聞きたいのですが。あの、現場責任者は?」
「……それが、あの、パワード・カーター様とカーナバン卿と、あの、親方は、最後の封印を解く前に私たちを追い出しまして、外で待てと言われておりまして」
「それどこの国の人?」
「イグルス人の方たちで」
「まったくイグルスの連中ってやつは……」
強大な軍事力を背景に大国の力で、世界中に植民地を作ってやりたいほうだい。土地の宝であるはずの王家のピラミッドの財宝を勝手に持ち出す気満々というわけだ。
「その三人の他は?」
「新聞記者がおひとりいたかと」
「なるほどね……。発掘の手柄と財宝と名誉、世紀の大発見のスクープ、全部自分たちだけで独り占めしたくてみなさんを追い出したと」
ま、ありそうな話である。で、命令する者がいなくなって、アクシデントが発生しても右往左往ってことらしい。
「閉じ込められてるのは四人ってことですか?」
「そうです」
「どうやって閉じ込められたんです?」
「カーター様たちが、王の墓室に扉を開けて入っていったら、上から岩が落ちてきて通路を塞がれまして……。私たちはその音で驚いて戻ったのですが、岩が突然崩れたとしか言いようが無くて」
「役人来てなかったっけ?」
「手の施しようが無いとあきらめて帰りました」
「だろうねえ……。イグルス本国に圧力をかけられてお宝は奪われ放題。地元の役人だって、助ける気にもなれないだろうさ。閉じ込められて何時間ぐらい経ってます?」
「日が45度ぐらい」
「……三時間ってとこですね。はい、わかります。調査したいので入らせてもらいますよ」
「なりません! カーター様もカーナバン卿にも誰も入れるなと厳命を受けております! 役人の方ならともかく、無関係な方はここは立ち入り禁止です!」
そう言われても太助も困る。
「閉じ込められたと言っても三時間程度でしたらまだまだ余裕がありますな。騒ぐほどのことじゃないし、一度引き返しますかな」
ハッコツが前に出てケタケタ笑う。
「フ、ファラオ……」
「ファラオ様じゃ――――!」
「ファラオの呪いじゃ――――!!」
全員、オレンジのレスキューを着たハッコツの頭蓋骨そのままの顔を見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ハッコツ、さっそく役に立ってくれてありがとう。連れてきてよかったよ」
「その『ファラオ』ってハッコツに似てるのか?」
太助とジョンは苦笑いするしかなかった。
「私、ミイラに見えますかな……?」
「ひでえなこれ、爆破だぞ」
古い石灰岩を積んだキザのピラミッド。四千五百年前の建造物だ。底辺は一辺230メートル。傾斜51度。高さは147メートル。巨大である。大きさだけなら太助たち救助隊本部の空中宮殿、パレス・ルーミスに匹敵する。
その岩組みの怪しい部分を片っ端から爆破したようで、あちこちの岩が崩れていた。ジョンが「硫黄臭い」と言うところから使われたのは黒色火薬。ダイナマイトのようなニトロ系爆薬はこの世界にはまだなかった。
その一つが、がっぽりと穴が空いて発見された入り口だ。石組みがちょっとだけ違う表面の石灰岩を破壊してみると、そこだけ硬い花崗岩で塞がれていて、全く違う岩が使われていたことから入口だとバレたということになるか。
「えーと、ルミテス様にいただいた地図によると、まず第一に発見されたのが上がって、下がってその先にある王妃の間。その手前で分岐してさらに上がって上がって大回廊、その先にメインの王の玄室。どうやら奴らが閉じ込められているのはそこってことになる」
「未発見だった王の墓ですな」
三人でパピルスの安っぽい地図を覗き込む。それしか資料が無かったのである。
「よしっ、とりあえず入ってみるか。ハッコツ、お前最後尾な」
「それはいいですが、なんでですかな?」
「誰か追いかけてきたら、脅かして追い返してくれ」
「……了解ですがな」
ハッコツはヘルメットを脱いでついてくる。
「えーとえーと、これ、なんて書いてあるかわかる? ジョン、ハッコツ」
「『頭上注意』」
「『頭上注意』」
「『頭上注意』だよな……」
さすがは異世界言語翻訳能力。壁に刻んである象形文字もちゃんと読める。ヒエログリフは表意文字と表音文字の組み合わせ。要するにかな漢字文字と同じで、日本人の太助にもなんとなくわかった。
入り口をふさいでいたのは25トンはありそうな花崗岩の壁が三枚だ。カーターはこの落とし扉を避けて、柔らかい石灰岩を削って横道を開けていた。
「強引な奴だな……ここらへんでいいか」
ポケットから取り出した、スカラベくんを一匹、壁に放してやる。
狭い回廊を身をすくめて26度の傾斜を上ってゆく。すこし広い通路に出た。床にいくつか穴が空いている。
「『踏むな、落とし穴注意』」
「『踏むな、落とし穴注意』ですな」
「『踏むな、落とし穴注意』……って、親切すぎねえ?」
いくつか発動した落とし穴が空いているわけで、落ちたやつがバカすぎる。
「建設中は王族や神官もここに来るからでしょうな」
「ああなるほど、身内にしかわからない字で刻んであると」
それなら話はわかる。
「救助隊やっててインディ・ジョーンズまでやる羽目になるとは思わなかったよ」
穴にトーチを折って点火してから落とすと、はるか下に発掘の作業員の白骨死体があった。だいぶ前にこの罠に引っかかって落ちたまま、回収不可になったらしい。
「お気の毒ですなあ……」
「ひどい奴だなカーターって奴は」
ここでもスカラベ君を一匹、放しておく。
「『串刺し注意、右三歩、前七歩、左二歩、前八歩』」
血のシミが付いた石畳を表示に従って歩く。
「『大岩転がし注意。この橋を渡るな!』」
見下ろすとデカいくぼみにつり橋の残骸と大きな丸い岩が落っこちていた。
向こう岸までロープを渡して進む。
「カーターの奴バカじゃねえの!? なんで全部の罠に引っかかってんだよ!」
「地元の作業員に前を歩かせてごり押しですか……」
まあ一通り全部の罠に引っかかって死にながら覚えて進むタイプのゲームもある。さぞかしマップデザイナーに喜んでもらえるタイプの客だろう。何度でもセーブポイントから復活できるララ姉さんでなきゃ攻略は無理そうだ。
分岐点だ。
「『←王妃の間隠し通路』」
「『↑王の玄室隠し通路』」
「『→第三隠し通路建設工事中断』……隠してねえし」
案内が親切すぎる。
「さて左の王妃の間は既に盗掘済。カーターが行くとしたらこの上ってことになるか……」
「進むとしますか……」
回廊にスカラベ君を放してから、三人で大回廊を進む。上の高さは十メートルを超える。
「『安全第一』」
「『前の点検、後ろの点検、ブレーキ確認』」
「『杭は打ったか、ロープ点検確実に』」
「『熱中症注意。ふらっとしたらすぐ報告』」
「『二日酔い厳禁、一人麦酒は二杯まで』……いい職場じゃねーか」
「オレ、こんなすごい建物、奴隷は大変だと思ってた」
奴隷扱いも同然だった元使用人、ジョンが昔のことに思いをはせる。
「ピラミッドってのは奴隷に作らせたって話があるが、それにしちゃ必要な奴隷の数が多すぎるし、一人一人がちゃんとした技術者じゃないと作れっこないって説もあった。正規に雇われた季節労働者だったって話もあったよ……。俺のいた世界での話だけどね」
「そうでしたか。世界もいろいろですなあ……」
四千五百年前の労働者も、今と変わらぬ苦労もあれば、わいわいと一緒に仕事をする楽しみもあったということになる。
そんなことがなんとなく想像できて、太助は楽しくなってきた。
次回「59.ピラミッド調査隊を救出せよ! 後編」




