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54.火山の噴火から住民を脱出させよ! 後編


「ホンヘイを水に沈める」

 街を見てきた太助が出したアイデアは驚くべきものだった。

「噴火が起こる前に、水門を破壊し、堤防を決壊させ、ホンヘイに洪水を起こす」

「なにいうとるんじゃおぬしは!」

 ルミテス激怒。当り前である。噴火が迫っているというのに、さらに洪水でホンヘイ市民を攻め立ててなんとする。

「おぬしはホンヘイ市民を一人残らず皆殺しにするつもりかの!」

「防波堤も使えるな。堤を崩せば海水が流れ込むし」

「どういうことじゃ――――!」

「まあ落ち着け」


 どうどうどう、太助は怒り狂ったメンバーみんなを抑える。

「一気にやるわけじゃない。少しずつ、少しずつ水を市内に流し込み、水を貯めるんだ」

「で?」

「ホンヘイは海抜より土地が低い干拓地が大部分だ。市内一面を水浸しにできる」

「なぜそうする?」

「ホンヘイの行政である大会議場にいた役人に噴火のことを話しても相手にしてもらえなかった。神殿の司祭にもだ。この街は幸福だ。誰もが生活を楽しんでいる。豊かで恵まれた街だよ。だから誰も幸福を信じて逃げ出さない」

「困っておるのはそこじゃ言うてあろうが!」

 太助の提案はルミテスが怒るのは仕方がないテロであり暴挙だった。


「だから水攻めして、逃げるしかない状況に市民を追い込む。ゆっくり、ゆっくり時間をかけて、水をあらゆるところから対処できないぐらいに流し込み、最終的にはもう街の水没が免れないと誰もが思うぐらいまでやるんだ。そうすれば市民たちは噴火前に避難する」

「……」


 全員、黙った。


「いいアイデアだと思いますな。少なくとも今まで出た案の中では、一番実行可能であり、多くの市民を救えると思いますな」

 ハッコツは感心したように言った。

「……最低の手段だとは思いますわ。でも、言われてみればそれしか……」

「オレもやれるとしたらそれしかないと思う」

 マリーとジョンも賛成した。

 グリンさんは寝ている。


「……一日もらいたいのう。地形をもう一度スキャンし、3Dマップから高低差を計算し、実現可能か計算してみる必要があるのじゃ」

 ルミテスもやっとうなずいた。

「太助、ご苦労であった。やっぱりおぬしを行かせてよかった」

「まだ決断には早いけどな。後は頼む」

「任せるのじゃ」



 それから一昼夜、ルミテスとベルは指令室の電子頭脳、今でいうコンピューターでシミュレーションを繰り返した。

 翌日深夜、ルミテスは眠い目で全員をまた集合させる。


「結果を言う。可能じゃ」

「おお――――……」

 メンバーたちから声が上がる。


「まず水門じゃ。ここを爆破して閉鎖できぬようにする。満潮なら海水が逆流して、運河が土手いっぱいにまで水位が上がる。一部はあふれてここで小規模に水没する地域が発生するだろうのう」

「唯一コントロールできる水量管理設備を壊されて、まずこの洪水は制御不能だと思い知らせるわけか」

「そうじゃ。次に土手を一部爆破し、少しだけ決壊させる」

「最初の水の流し込みですな?」

「土手の決壊部分はどんどん広がって流れ込む水量は日に日に増える。このあたりから都市の水没を市民は危惧するようになるであろうな」

「怖すぎます……」

 マリーは怯える。


「次に防波堤を破壊じゃ。これで海水が流れ込む。食料となる田園が塩害で、この先何十年も使い物にならなくなったことを市民が知る」

「女神様ちょっとノリノリじゃありません? そんな市民を恐怖に叩き込むような意地の悪いやり方をしないでも……」

 発案者の太助もドン引きだ。

「おぬしが言うたことじゃぞ。この頃から地震が増える。市民の危機感が募るはずじゃ。内陸を震源とする地震であるから、津波にはならん。水害に影響はあるであろうがの」

「なるほど」

「もちろんホンヘイからは各地に救援を伝えるであろう。ローム共和国大統領がまともであれば可能な限りの船が港に着き、市民たちの脱出が始まるはずじゃ」

「そうなればいいけど……よくやるよ……」


「ダメ押しは防波堤の全破壊じゃ。これで洪水の市内から港の船への直通水路ができる。小舟から港の船に直接乗り付けられるようにな。これで最後に残ったやつもあきらめていいかげん避難を始めるはずじゃ」

「お見事ですわ」

「パーフェクトですな」

「ひどいこと考えますねえうちの女神は……」

 思わず漏れたベルの一言に、その生意気な妖精をにらみつけて、ルミテスは声を上げた。

「よいか、目標の爆破は深夜、時限雷管を仕掛けて、時間差で爆発させる。タイミングはこちらで指示する。爆破だけではないぞ!? 洪水が発生すれば、その被災者を全員港まで逃がす救助作業が始まるからの! それにはおぬしらも参加せよ。では準備にかかれ!」

「はい!」



 爆破準備を開始。時限爆破式にする予定だったが、やはり水量を予想しながらやることは無理があり、誤差を修正することも考えてパレスからの遠隔操作での爆破に切り替えた。

 深夜、太助とハッコツとジョンで、水門、堤防、防波堤に計五百か所に爆弾を設置した。

「俺たちの仕事って、最近爆弾おおくねえ?」

「言い出したのは太助殿でしょうがな」

「オレけっこう好きこの仕事」

 ジョン、おまえってやつは……。

 ちなみに、誰も気が付いていなかったが、この日を境に街にはネズミもハトも一匹もいなくなった。ホンヘイの災害監視員が、何匹か混じっていて、仲間に伝えたに違いなかった。それはもう泥船から逃げ出すも同然であった。


 噴火まであと二十五日。

 最初の爆発が水門で炸裂する。昼間でも月が出ている満潮だった。近隣の市民には木っ端みじんに吹き飛ぶ水門を目撃した者もいただろう。これは水がたまっている側に太助が潜水して取り付けた水中での爆破。水圧を薬室代わりにして爆発エネルギー伝達を効率化している。

 満潮時に爆破されたため波を立てて海水が逆流し、みるみるうちに堤防が水でいっぱいになり、あふれそうになる。

「どこのバカだこんなことをやりやがったのは!」

 もちろん水門管理の職員も、市議会も市長も激怒である。

 完全に破壊された水門の復旧の見込みは全く立たなかった。

「これでは堤防が決壊するぞ……」

 当然ながら市内への流入を市長は危惧した。


 あと二十四日。

 堤防の土嚢を積む作業にかかろうかという作業員たちを横目に、満水の堤防が爆破された。

 小規模な爆破は、堤防からの濁流を引き起こす。いよいよ市内に水が流れ始めたのである。

 初日は街の一部、一割が水浸しになる程度。だがこの時点で半分の店が営業を止め、観光客やここに別荘を持つ富裕層がこの街を離れた。

 爆破によって水門や堤防が破壊される。テロなのは明らかだった。その時点で町にいるのは恐怖でしかない。巻き込まれる前に逃げ出そうとするのは仕方がなかった。

 

 噴火まであと二十日。

 不気味な地震が続く。

 地震の予測はさすがにルミテスでも無理である。この地震のためにまた堤防の破損が一段と進み、濁流の流入が量を増した。


 噴火まであと十五日。

 市長が早馬を飛ばし、ローム共和国大統領に伝えた救援要請に応え、港に次々と船が到着。市民の大規模避難が始まった。もう市の半分以上が床下浸水状態だ。

 とっくに交易商人たちは商売にならないとばかりに自分たちが所有する船で脱出済。従業員や、関係者に雇われていた市民たちも仕事を失い、荷物をまとめて逃げ出す準備を始めた。


 噴火まであと十三日。

 海岸の防波堤が爆破された。海水が流入してくる。

 洪水が田畑に起こり、作物は全滅である。

 この街の食料供給が断たれたも同じ。市民もいよいよ絶望し、脱出する腹を決めたようだ。農家も離農する者が続出する。

「戦争か! ホンヘイを滅ぼす気か!」

 市長は怒り狂ったが、この悪意の理由がさっぱりわからなかった。

 ホンヘイを手に入れたいならわかる。この街を占拠し、支配下に置き、豊かな物資を略奪し奴隷を捕らえるのであれば、こんな街を水に沈めるような真似をするはずがないのである。

 市内は既に大半の家屋が床上浸水状態。小舟が出され、家々から人々が拾われて港に集結しつつあった。


 噴火まであと五日。

 市内に人はもうほとんどいない。港は脱出民でごったがえし、次々に救難船に乗り込んでゆく。半分以上の救難船は既にホンヘイを後にしている。

 大きな船も、小さな船も、ローム共和国内の船が総動員。街は既に屋根の上に登って救助を待つ人たちだけが残っているという惨状だ。

 市内では水路と化した街路を、オレンジの服を着た男が乗った小型艇がものすごいスピードで走り回って、避難が遅れた人たちを屋根から下ろして港に運んでいる様子が見られたが、いまさらそんなもの気にする人など誰もいなかった。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 不気味な地震は続く。

 ベスパオ山頂上が白煙をなびかせた。

 山頂のカルデラ湖の水温が上がっているのだ。それはもうマグマが山頂近くにまで達していることを示していた。


 噴火まであと二日。

「市長、脱出してください! もう市内に人はいません!」

 最後まで執務を続け、避難指示を出し続けていた大会議場の主、市長に声をかける者がいた。

 水から逃れ、大会議場の最上階にとどまっていた市長とその部下三人は、窓ガラスを打ち破って入ってきたその男たちに驚いた。

「君たち、何者かね!」

「異世界救助隊の者です!」

「い、いせ……?」

「脱出を急いでください。もうあなたたちが最後ですよ」

「市民の脱出は済んだのか? 船は足りておるか? 残っているものはおらんか?」

「ご安心ください。大丈夫です。さ、どうぞ」


 男たちは市長らを案内し、窓からもう窓下まで満ちた所に浮かんでいるゴムボートに乗せてやった。市長はそのぐにゃぐにゃした空気で膨らんで浮いているボートにも驚いた。後ろから水を噴き出すそのスピードにも。手で漕ぐより断然速かった。

 もう街は大半が水没していた。

 建物の屋根が水上にある。いくら見回しても、もう豊かで栄えたホンヘイの美しい町並みの復旧の見込みはなくなった。

 人っ子一人いなくなった街を、最後の要救助者の一人、市長は見回して、「この街はもう終わりだ……」とつぶやいた。


「ルミテス、OKだ。最後の市民を救出した」

 オレンジ服の男が声を上げた。


 ドーン……。

 港近くで爆発音が響く。

「防波堤が……」

 音が響いた方向を見て市長は愕然とした。


 防波堤が爆破され、市内と港を隔てる物がなにもなくなった。もう海と市内は同じ水位である。若干市内のほうが水位が高いか。時間によって潮の満ち引きで市内は海面より高かったり低かったりする。海抜ゼロメートル以下の土地が大半だった。


 大量の水が海から押し寄せ、その波に逆らって波を越えながらゴムボートはスムースに港に向う。


「なぜ、なぜ神はこのホンヘイにお怒りなのだ!? 我らが一体何をした!」

 市長は神に毒づいた。

 脱出船にゴムボートはたどり着き、桟橋から市長らは船に駆け上がる。


 また大きな地震が起こり、今度は逆に水がたまった市内から海に向って波が押し寄せて、建物が次々に押し倒される。まさに地獄絵図である。

 三人のオレンジの男たちは、ゴムボートに乗り込み、沖までボートを走らせた。

 最後の脱出船は(いかり)を上げ、市から流れ出す濁流に押し出されるように港を離れる。

「……ホンヘイ最後の日か……」

 市長は船の手すりに頭を伏せ、がっくりとうなだれた。

 最後の脱出船に乗り込んだ多くの市民、役人、船乗りたちが、波に飲み込まれるホンヘイの街をその目で見た。もしあれに巻き込まれていたら……。

 市民の誰もがその恐怖に震えあがり、記憶に刻んだ。



 本当の地獄は、その二日後。

 ついに噴火が始まった。

 絶え間ない地震で次々と半分水に沈んだ石積み建築が倒れてゆく。水没したホンヘイに荒波が立つ。

 爆発音とともに山頂から煙が上がる。

 絶え間なく、火山弾が飛んでくる。握りこぶし大から、1メートルを超すものまで。

 有毒で600度を超える高熱なガスの塊が山のすそ野を駆け下り、かつてホンヘイがあった場所を一面に覆いつくす。

 そのガスを吹き飛ばす大規模な爆発がまた起こり、一段と噴煙は高く巻き上がった。もうその高さはわからなかった。町を猛烈な熱波が襲い、水面の上にあった家屋の屋根が燃えだす。

 深夜、轟音と共に火砕流が発生した。

 山から崩れ落ちた土砂が時速100キロを超えて無人の町を襲う。

 火砕流に埋め尽くされ、水没した街に津波が起こり、溜まった洪水が港の堤防を越えて海に吐き出される。

 ものすごい水蒸気が発生し、なにもかもが見えなくなる。

 そんなホンヘイに、雪のように火山灰が降り積もる。


 夜が明けたホンヘイは……かつてホンヘイがあった場所は、火砕流と火山灰に覆われた、ただひたすら灰色が続くだけの、灼熱した不毛の大地となっていた。

 その大地を、ゆっくりと流れ出した溶岩が覆ってゆく。

 溶岩はついに海にまで到達し、激しい蒸気を立てる。

 山頂が無くなって、高さを半分にしてしまったホンヘイの象徴、ベスパオ山は、その後何日も、噴煙を噴き上げ続けた。


 洪水、噴火。

 この空前の大災害のダブルパンチにもかかわらず、死亡者も、行方不明者も一人もなくホンヘイ市民九千七百二十五人は、脱出に成功した。

 もちろんローム共和国に住む多くの市民がその噴火を目撃することになる。接近が難しく海からの報告でも、ホンヘイが完全にこの世界から消えたことはすぐに連絡が来た。近隣の市町村からも続々と報告が共和国政府に届き続ける。

「運がよかったな……」

 首都に避難したホンヘイ市長は、時のローム共和国大統領、ロムラス七世にそう告げられたそうである。



 数日後、パレスは日常の周回コースで、ホンヘイ上空を横切った。

 みんなが自然に庭園に集まり、手すりからその街を見下ろすと、一面灰色の大地と化していて、かつての豊かさを誇った町はどこにもなく、完全に消えていた。

 ベスパオ山は今も噴煙を上げ続けている……。


「いやー、よかったよかった」

「何がよいものかの!」

 太助の軽口にルミテスが腹を立てる。

「いや、だってあそこまでやって、噴火が起こらなかったら、俺たちなにやってんだってことになっただろ。予測が当たってほっとしたっていうか……」

「おぬし正直すぎるわ。そこはもう少し気を使え」

「悪い」


 無残な光景を眺めて震えるヘレス。

 そのヘレスをそっと抱きしめる太助。


 二人だけで挙げた、内緒の結婚式。

 まだ誰にも言ってない、二人だけの秘密である。

 ヘレスの指にリングが光っているのは、みんな気付いていたかもしれないが、誰もなにも言わなかった。

 その結婚式を挙げた神殿も今は灰の下である。秘密は永遠の秘密となった。

 あの時、街を案内してくれて、結婚の立会人になってくれたユリア、ちゃんと脱出できたかな……。

 全員脱出できたんだ。きっと大丈夫だと思う。

 ただ、ホンヘイの案内はもうできない。失業だ。あの子ならまた新しい仕事を見つけるさ。そう思うことにする。


「みんな脱出できた。一人の犠牲者も出なかったんだ。大丈夫だよ」

「……その点はよくやったの。ご苦労じゃった」

「ルミテス、少しは空気読んで」

 ルミテスはその二人をまじまじと見る。


「そうそう、そういえばおぬしら、結婚したのであろう?」

「……バレてたか」

 みんなには内緒にしていたが、ルミテスの監視網から逃げられるわけがなかった。これから天災に見舞われる街ともなればなおさらである。全部見られていたとしてもなにもおかしくなかった。


 ルミテスはすっと手を挙げて、祈った。

 するとへレスの体に魔法陣が小さく広がり、ぱりんと割れた。

「えっあ? おいっ! 今へレスちゃんに何やった!」

「わちからのお祝い。幸せになれるおまじないじゃ」

「ほんとか! ほんとそれ?」

「少しはわちを信用せい」


 ルミテスはにっこり笑い、その場をすたすたと立ち去る。

 そのルミテスにぶーんとベルが飛んできた。

「あれ、破魔の祝福ですよね。なにやったんです?」

「へレスにかかっていた避妊魔法を解いたのじゃ。へレスも知らんかったであろうが、娼館がかけたものじゃろうの」

「そうだったんですか」

 いままでそれを放っておいたルミテスも人が悪いと思うが、ベルも納得である。いままで二人が本当にちゃんと愛し合って生きていけるか、簡単に破局してしまうか黙って見ていたということになるだろうか。


「異種族同士ですし、この先子供ができるかどうかなんてわかりませんよ?」

 ルミテスはベルを無視して、さっさと宮殿に戻っていった。


「それこそ、知らんがな」


次回「55.劇場の火遊びを消火せよ! 前編」

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― 新着の感想 ―
[一言] >電子頭脳、今でいうコンピューターで 懐かしい表現です。 今となってはAIよりもオシャレに感じます。
[一言] 毒を以て毒を制すですね
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