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49.血清を輸送せよ! 後編


 繋がれたロープが無ければ、今にも太助にとびかかってきそうなアラスカーナマラミュート犬のバルトー。

「助けに来たんだ! 荷物盗ったりしないって!」

 どうどうどう、太助はそのやけに敵意むき出しの犬を落ち着かせようとする。

「ドロボー、人さらいって言ってる」

 ジョン、わかるんだったら頼むから誤解を解いてくれと言いたい。

「バルトー、リーダー犬。責任があるって。俺たちでなんとしてでも運ぶんだって」

「……なるほどね」


 犬にだってプロ意識はある。主人に対する忠誠心も。

 人任せにしたくない。なんとしてもやり遂げたい。それぐらいの気概は犬にだってあるってことかと太助は驚いた。

 最初は犬も血清もまるごとパレスまで運んでから、あとは考えようと思っていた。でも今はこいつらにやりとげさせたいと思う。リスクはある。パレスに持ち込んでから血清を運ぶのと、このまま20キロを走らせるのと、どっちが早いか。

 太助は、どっちも大して変わらないなら、犬たちに任せるのもいいじゃないかと思い始めていた。


「で、どうしますかな?」

 バルーンの準備ができたハッコツが声をかける。

「仕方ないな。俺がマッシャーやる。ジョン、道わかるか?」

「まったくわからない」

 いきなりパラシュートで降り立ってもわかるわけがない。犬は自分の位置情報をほとんど匂いに頼っている。初めての場所はわからないのだ。

 引っ越した主人を追って何百キロもの距離を犬が旅してきた、なんて謎な能力を今ここでジョンに期待するわけにもいかなかった。


 とりあえず救助して血清を回収すれば、あとは何とかなると思っていた太助も、今はこいつらの仕事を完遂させてやりたいと思っていたのであった。

「オレも一緒に付いていく」

「……ってジョン、大丈夫か?」

「バルトーが道わかるっていう」

「でもこいつクレバスに落ちたぞ?」


「…………」

 やらかしたのはリーダー犬のバルトーってことになるか。大ポカではある。二人と十二匹で顔を見合わせる。

「まあ犬なら渡れると思った雪庇(せっぴ)でも、重いそりと人間では崩れ落ちることもあるだろうな。いちいちリーダー犬の判断ミスにはできんさ。前もろくに見えんのに犬ぞりを走らせてんだ。緊急事態だからしかたねーよ」

「オレが危険な道だったら知らせる。任せろ」

 一緒に来ると言うジョン。だったら大丈夫か……。

「よし、ハッコツ、もう上がってくれ」

「了解! でも後は知りませんぞ!? ケタケタケタ!」

 ハッコツはボンベのコックを開いてバルーンにガスを注入、膨らませる。上空に達したらパレスが回収してくれるはずだ。


「とにかくこのクレバスは迂回。バルトー、頼めるか」

「ばうばうばうわうわうばう」

「わんっ!」

 通訳してくれるジョンに一言で返事するバルトー。どうやらやる気になってくれたようである。

「ところでジョン、お前ついてくるって、どうやって? このそり一人乗りだし」

「走る」

「……なんかすげえなお前」


 犬たちに怪我がないか、もう一度見て回って、大丈夫そうだと判断。見よう見まねで映画やドラマでしか見たことないが、太助は犬ぞりの後ろに足をかけて、そりのグリップを持った。


 犬ぞりには馬のような手綱はない。すべて声による命令だ。

 この先はバルトーにお任せになる。方向についてはバルトー、またクレバスに落ちたりしないように地形の案内はジョンの分担となる。危ない地形が勘でわかるジョンもすごいと言うしかない。


「GO!」

 犬ぞりが走り出した。吹雪でホワイトアウトしているのにも関わらずジョンと先頭のリーダー犬バルトーは並んで雪原を走る。この雪の中でまるで周りが見えないのに走れるバルトーもジョンもすげえと思う。一応言っておくが狼男のジョンは二本足で走っている。

 観光地の犬ぞりじゃない。極限状態での本物の犬ぞりだ。乗り心地なんてあってないようなもので太助はつかまっているのがやっとである。

「ライト消して!」

 ジョンに言われてヘルメットのヘッドランプを消す。犬たちには明かりがかえって邪魔のようだ。

 そりは右に左に揺れる、傾く。

 マッシャーの仕事は方向やスピードの命令だけじゃない。そりが転倒しないように体重を右に、左に移動させるのもマッシャーの仕事だ。太助は乗りながら体で覚えた。小さなカーブではオートバイのライダーのように身を乗り出して、遠心力に逆らった。


 犬ぞりのスピードは最大で時速30キロにもなるが、十二匹で悪条件の中、荷物を載せながら深雪(みゆき)の中を進むのだからその行程は過酷なものとなる。

 犬たちが踏ん張り、太助もジョンもそりを押し、越えなければならない凹凸がいくつもあった。そうして太助たちが悪戦苦闘して一時間半。ようやく街が見えてきた。


「とまれー! ストップ! ストップ!」

 雪に埋もれた、真っ白なノーム市が見えたところで、太助は停止命令を出す。そりの後ろには雪をひっかくブレーキがあり、それを踏みつけてそりを止めた。


 そりを降りる太助。ジョンはどうしたのかと振り返る。

「あとはこいつらの仕事」

 ジョンもうなずいて、ちょっと笑った。

「バルトー!」

「わん!」

「あとは頼む! GO!」

「わお――――ん!」


 バルトー率いる無人の犬ぞり十二匹は、街に向って走り出した。

 ちょっと振り向いたバルトー。

「よそ見しないでまっすぐ走れコノヤロー!」

 太助とジョンは敬礼しながら、そりを見送った。

 その上空には、ものすごく巨大な緑のクジラが、太助たちを迎えにロープを垂らして下降してきていた。



 救助したマッシャーのおっさんは低体温症になっていた。そのまま服を脱がせてパレスの神泉に浸けて治療し、眠らせたまま干した服を着せ、ストレッチャーに乗せて、翌日の夜、ノーマ市の病院前に置いて入り口のドアのベルをカラカラ鳴らし、いわゆるピンポンダッシュして帰ってきた。隠れて様子を見ると病院関係者が出てきて大騒ぎだ。

 マッシャーのおっさん、そりから振り落とされて行方不明ってことになっていたから、これでみんなも一安心だろう。誰が、どうやって病院に運んできたのかはまったくわからないだろうが。



「おぬしら今度の仕事をわかっておるのか!」

 ルミテスが怒る怒る。

「全員救助と言ったであろう!」

「全員救助しましたけど」

「そうではないわ! おぬしらごとき素人が犬ぞりで町まで走らすなど、なんでそんなリスクの高い方法を取ったのかと聞いておるのじゃ!」

「いや、だって、同じ救助隊としてあいつらに仕事を完遂させてやりたかったし……。1100キロも走って100キロずつバトンリレーしてきたんだろ? 最後の最後に、あと20キロで俺たちがでしゃばるなんていくらなんでも恥ずかしすぎるってもんだし……」

 尋常ならざるルミテスの剣幕にさすがに太助もビビってしまう。


「時間の問題じゃと言うたであろう!」

「言ってたっけ」

「今回幸いながらジフテリアによる死者はなかったがの、優先すべきはそっちじゃいうたであろう! もし血清が間に合わなかったらどうするのじゃ! ジフテリアの死亡者が出たのかもしれないのじゃぞ! 全員問答無用でパレスに運び込み、そこから街に降ろしてやったほうが早かったであろうて!」

「いや、犬や荷物までまとめてのバルーンの上昇時間、パレスでの回収時間を考えてよ。4000メートルの上昇だよ? 送り届けるのだってグリンさんにやってもらわなきゃならないからさらに時間もかかるし、犬元気だったらそりのほうが早いと思って」

「途中でまた事故になっていたらどうするのじゃ!」

「その時はその時で。ジョンもいたし、最悪ジョンに引っ張ってもらえばいいかと」

 これにはジョンが「げっ」という顔になる。


「よいかの?!」

 ルミテスはぷんぷんである。

「救助活動は安全第一じゃ。おぬしくどいほど自分でも言うてたであろうの! ほかに安全で確実な方法があるのなら、わざわざ危険な方法を取るなんてのはやってはいかんのじゃ! お主救助隊の隊長であろう!」

「俺隊長だったの!」

「……誰が隊長だと思っとったんじゃ?」

「いや、女神ルミテス様かと」

「わちは指令じゃ。現場の隊長はおぬしじゃ。自覚無かったのかの!」


 これは怒られてもしょうがない。事実上太助はずっと現場で救助隊隊長の仕事をしていたのだから。でも太助は隊長って呼ばれたことなんか一度もなかったが。

「だから言ったじゃないですかな。『あとは知りませんぞ』と。ケタケタケタ」

 ……ハッコツの言ってたのは、ルミテス様がお怒りになりますぞ、ということだったかと、ようやくわかった。


「だいたいそこまで言うんだったら、ノーマ市のジフテリア患者のほうを回収して神泉に浸けてやりゃあいいじゃねえか」

「あののう、なんでも女神に頼りきりになったらどうすんじゃ。助けてくれなかった時に逆に女神を恨むようになるのじゃぞ? 自分のことは自分でできるなら、やらせればよいのじゃ!」

「さっき言ってたことと矛盾してない?」

「やかましいわ!」

 ルミテス激怒。


「バツとしておぬし今月は給料半か月カットじゃ!」

「金もらったこと無いから実感ないんですけど」

「……世界中を回っておるのじゃ。どこの国の通貨かもわからん金を渡されても困るじゃろ。金蔵で引き出したいとき引き出したい国の通貨で引き出せるようになっておるわ」

「そうでしたね。後でご案内ください……」

 まあ事実上休日もないし、地上に降りる手段もドラちゃん以外ないんじゃ、買い物もできませんけど――――! と太助は訴えたい。


「……おぬし金ではあんまり罰にならんようじゃの」

「いや大ダメージです。ものすごーく反省してます。申し訳ありませんでした」

「ヘレス、今日から一週間、同衾禁止じゃ。今日から自分の部屋で寝よ!」

「えーえーえーえーえーえ―――――!」

 太助大ダメージ。

 愛しのヘレスちゃんはなんだか体を震わせて笑っている。いや、付き合いも深くなって顔が無くても笑っているってのは太助でも分かるようになっていた。

「ジョン、おぬしもじゃ! 今日から一週間、マリーと同衾禁止!」

「えーえーえーえーえーえ――――ですの――――!」

 いやなぜマリーが抗議する?

 それこそジョンには罰になってないような……。

 ジョン、無表情だけどあれはきっと、ちょっとほっとしてる。


 俺、隊長だったんだ。連載49話目にして初めて知った事実である。

 給料、全く使ってないけど、いつになったら使うことができるんだろう?

 いろいろ問題ばかり頭に思い浮かぶ太助であった。




次回「50.四十七士の討ち入りを見届けろ 前編」

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