48.血清を輸送せよ! 前編
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~!
「出動だ!」
今度は何が来るか、いつもながら心臓に悪い。
出動はほとんど毎日ある。全世界の面倒を見ているんだから当然だ。だが、人命が失われる恐れがない場合は、出動しないときもある。たとえば無人の郊外で全焼しちゃえば終わりという火事など。そんなものにまでいちいち出動していたら、本当に人命にかかわる事故の救出が遅れてしまう。そのへんの判断をしているのは災害監視員のマリーと、女神ルミテス様となるのだが。
「なにがあった!?」
訓練から指令室に飛び込んだ太助、ハッコツ、ジョンの三人にマリーが見せてくれたのは一面の雪原。
「クレバスに輸送隊が落ちたんですの!」
「輸送隊……って、なんの輸送隊だ?」
「血清の!」
「血清?」
「落ち着けマリー」
ルミテスが手で押さえるように伏せて見せてから、説明してくれる。
「アラスカーナマラミュートのバルトーからの救助要請じゃ。アラスカーナのノーマ市でジフテリアが発生しての」
「アラスカーナマラミュートってそれ犬のこと? ジフテリアって、伝染病か?」
「そうじゃ、そうじゃ」
どっちも正解なのでルミテスは二回返事する。別に重要なことというわけでもない。
雪原には猛吹雪が吹いている。
「また冬山か――――!」
「世界中を見ておるのじゃ。南半球が夏の時は北半球は冬。一年の半分は必ずどこかが冬なのは仕方あるまい。ノーマ市には残念ながらジフテリアの薬になる血清の在庫が無い。近くのネノーに血清があるのじゃが、この猛吹雪で風速は40メートル、最低気温はマイナス20度で交通はすべて止まり、運ぶ手段がないときた」
「じゃあ、俺たちで血清を運んでやるとか?」
宮殿ルーミスと今のスタッフの能力があれば簡単な仕事だ。太助はちょっとほっとする。
「いや、吹雪になる前に連絡を受けたネノー市はすぐに動いてくれての、救援隊が結成されて、犬橇チームで犬二百匹を集めて1100キロをバトンリレーすることにしたのじゃ」
「……やるな。確かにこの吹雪の中じゃ犬ぞりってのはいいかもしれん」
太助は感心した。極地探検隊のアルンゼン隊も犬ぞりを使って南極に先回りした。南極でも活躍した犬ぞりは元々北極圏のアラスカーナが発祥だ。
「で、輸送隊ってのは? その輸送隊にトラブルか」
今回の要救助者は救助隊ってことである。そういうことなら同業者のピンチだ。
「一チーム犬ぞりは十二匹。一区間は100キロメートルと言うところかの。その犬ぞりがクレバスに落ちたようじゃ。ノーマ市まであとたった20キロの距離、ここで輸送が失敗ではあまりに惜しい。救助するぞ!」
「突然映像がぐるぐるになって消えたんです! まるで何かに落ちたみたいに!」
マリー大慌てである。
「わかった。すぐ準備する。やり方はどうする? 前に南極でスコップ隊助けたときと同じでいいか?」
以前、極地探検隊を助けたときのことが思い出された。
「違――う! いいか、優先順位は1、血清をノーマ市に届けること! 2、マッシャー(犬ぞりの乗員)の救助。3、犬の救助じゃ!」
「そりゃ多数の病人が薬を待ってるんだから、そっちが優先にもなるか……わかった! 行くぞハッコツ! ジョン!」
「また冬山装備ですかな……」
「何回目……?」
三人、パレス庭園の横に設置された5番装備の部屋に飛び込んで防寒準備する。
この装備ごとに準備室を分けるのは太助のアイデアだ。もちろん某国際救助隊二号のコンテナからアイデアをいただいた。太助は壁に張られたチェックリストを読みあげる。
「防寒着、防寒フード、防寒マスク、防寒手袋、防寒ブーツ、スノーシュー、ストック!」
「装備完了!」
「ウインチ、ネット、無重力風呂敷、ザイル、ペグ、ハンマー、雪用スコップ、ガスボンベ、バルーン、ヒーター、ライト、非常用ツェルト、バイタルストーンは全員持ったか!」
「OK!」
「パラシュート装着!」
極氷点下の環境ではドラちゃんは飛べない。寒さに強い北極海クジラのグリーンホエールこと二号さん、グリンは時間的に間に合わない。パラシュート降下するしかない。
そろそろドラちゃん用の防寒装備を作ってほしいと無理な注文が思い浮かぶ。
エレベーターに乗って、宮殿ルーミスの最下層に到着。ハッチを開けると猛烈な吹雪が吹き込んできた。ルーミス操舵手のベルから宮内放送が入る。
「自動操縦で風速と風向から逆算して、クレバスの200メートル手前に落とします! 誤差半径100メートル! 高度四千メートルからの降下、自分たちもクレバスに落ちないように気を付けて! あと3分です!」
「よいか! 全員助けるのじゃ! 犬も一匹残らず助けるのじゃぞ!」
最下層までついてきたルミテスが怒鳴る。
「さっきの優先順位っていったい」
「つべこべぬかすな!」
ベルの指示がスピーカーから聞こえる。
「降下後52秒でパラシュート展開してください! 1分前!」
「了解」
「血清の回収、移送。絶対に忘れるでないぞ!!」
「わかってるって!」
「10秒前! 9、8、7……」
「じゃ、行ってくる。ジョン! パラシュート初降下ビビんなよ!」
「わん!」
「グッドラックじゃ!」
「2、1、GO!」
三人は雪が舞う真っ白な空に飛び出した。
雪上に転びながら着地。パラシュートのカラビナをすぐに取り外す。
スカイダイビングのようなレジャーではない。小走りに立ったまま着地というわけにはいかなかった。
重装備を背負った着地である。足で立とうとすると怪我をする。足から順に身を縮めて、全身でショックを受け流しながら体を丸めて転がるのが一番安全な着地だった。幸い太助たちがパラシュートを使うのは冬季間だけ。下は雪でショックを吸収してくれているのが幸いだ。
吹雪に吹かれて飛んでいくパラシュート。
バラバラに離れた隊員、まず二人を探さなければならない。
「ハッコツ! ジョ――ン! どこにいる――!」
バイタルストーンを見る。以前すでに死んでいるハッコツを発見できなかったバイタルストーンだが、全員が装備することでメンバー同士の位置はわかるようにルミテスが改善してくれた。「知らんがな」とかいいながらもちゃんとやってくれるところがルミテスらしい。
赤い光の点滅が近づいてくる。要救助者なら青のはず。
真っ白な視界の中、ぐるぐる巻きに縛られたハッコツをジョンが引きずってきた。
「よかった。今度も見失わずに済んだな。ハッコツどこか痛めたか?」
「いえ、パラシュートが絡まって大変でしたんでな」
「なんで過去形なんだよ……。現状把握しろよ」
とにかくナイフでハッコツに絡まっているパラシュートをブツブツ切り離す。
三人でバイタルストーンを見る。
「こっちだ。クレバスに注意!」
スノーシューで歩き、手前にストックをザクザク刺しながら慎重に進む。
「そりの跡だ」
時間があまり経ってなかったおかげでそり跡を発見することができた。
跡を追って進む。
「ここだ。雪庇がある、あまり近づくなよ? 踏むと谷に落ちる」
風上からクレバスに接近すると、雪が風で巻き込まれて、溝に覆いかぶさるように雪が庇状に突き出していて、踏むと落ちる場合がある。
「もう崩れてますな、その下のようで」
近くの松の木にロープを縛り付けてつかまりながら覗いてみる。クレバスと言うよりは急斜面な谷だろうか。下にそりが落ちていた。川は凍り付いて雪が積もってただのV字型のへこみである。クレバスは雪や氷の割れ目のことを言うが、ここは単なる谷だった。まあ雪で覆われていれば、マリーにはどちらも同じに見えるのは仕方がない。
犬たち十二匹とそり、マッシャーが一名、谷底に確認できた。
「よし俺が降りる。お前らザイルとウインチの用意、引き上げるぞ!」
「了解」
太助はザイルを伝わって斜面を降りてゆく。
「おい、おっさん! おっさん! 大丈夫か!」
「う、うう……」
マッシャーのおっさんは意識もうろう状態で倒れていた。どこか怪我もしていそうだ。
とにかくおっさんをベルトでそりに縛り付ける。
犬たちは全員元気だ。マッシャーを失って全員、丸まって雪に半分埋まりながら吹雪に寒さをしのいでいた。
「ワンコ共! 一緒に引っ張り上げるから、暴れるなよ! 首輪抜けとかしたら落ちるからな!」
犬たちは首、肩から胸までベルトでつながっているから、そのまま引っ張り上げればぶら下がって一緒に引き上げられるはず。
そりに積まれた荷物を見た。木箱にカバーがかけられ、しっかりと固定されていた。これが血清だろう。無事でよかった。
「OKだ! 引き上げてくれ!」
そりは、少しずつゆっくりと、動力不明のルミテス印のウインチで雪の急斜面を引き上げられる。これも特製のルミテス印の細いザイルは、20トンの重量があっても切れることはない。
申し訳ないが犬たち十二匹は、ロープでつながれたまま、ぶらーんと急斜面を引きずられながらぶら下がって引っ張り上げられてもらうしかない。そりのロープにつかまった太助は、下で「ウーウー、キャンキャン」という犬たちの悲鳴に申し訳なさいっぱいだった。
「ルミテス! 引き上げ終了。一名低体温症で重症。すぐに手当てしないと凍傷の恐れあり! これよりバルーンで上げるからパレスで回収頼む!」
「了解じゃ」
大声で会話してたのでおっさんが気が付いた。
「ううっ、あ、あんた誰だ……、救援隊か?」
「俺たちは異世界救助隊の者です。世界中どこにでも駆け付けて人命救助をしています。もう大丈夫ですよ」
「うっ……。犬は? 血清は……!」
「犬は全員ケガ無し。血清も無事です」
「頼む……俺はもうダメだ……。俺を置いて先に行ってくれ。血清を、血清をノーマの病院に届けてくれ……。ノーマの道はバルトーが知っている、たの……」
「ハッコツ、ヒーター頼む」
おっさんの防寒着の下にヒートパッチを突っ込む。要するに使い捨てカイロだ。
「ハッコツ、このおっさんはパレスに運ぶ。バルーンつなぐぞ!」
「了解!」
おっさんの体をアルミ色の断熱材で包み、さらに無重力風呂敷で覆う。口を絞ってネットをかけたバルーンにつないで、ガスボンベを接続。膨らませる。
「ハッコツ、悪いけどおっさん送ってくれ」
「でも犬と血清はどうするのですかな?」
「……そこなんだよなー……。ジョン、マッシャーってやったことある?」
「いや」
「だよねー……。お前引っ張る側だったもんね。ノーマ市まであと20キロ。近いような遠いような……」
「そこの犬に話聞く」
「犬と話せるの! お前、犬と喋れんの!」
「だいたい」
だいたいかー。それでも聞いてみるしかない。
さすがの異世界言語翻訳能力も、いくらなんでも犬語は無理そうだ。とにかく太助はジョンに任せてみることにした。
そりに近づくと一匹の犬がガルルルルル、バウッバウッって吠えてくる。
でかい。先頭につながれている犬だ。
「お前、もしかしてバルトー?」
思わず太助が声をかけたものすごく顔が怖い犬。事故を目撃した現場の目となる災害監視員、アラスカーナマラミュートのバルトー、その人であった。
次回「49.血清を輸送せよ! 後編」




