42.惑星探査機を回収せよ! 後編
それから毎日、ルミテスは庭園で回収した探査機を分解していた。
いつものように救助活動に向う太助たちには邪魔でしょうがなく、暇さえあれば手伝わされて、大迷惑だった。災害監視をしているベルとマリーも、仕事を全部任されて判断が大変だっただろう。幸い、全員が総動員するような大事件はしばらく起きなかったが。
「ちっちゃいおっさん乗ってた?」
「おらんかった。がっかりじゃ。磁気渦でキャッチしたので、電子頭脳にもなんのデータも残っておらんかった。でもこんなものが載ってたのじゃ」
指令室でルミテスがみんなに見せたのは、金色の丸い円盤だった。
「へー……なんだそれ」
「メッセージディスクじゃの」
「……どっからどうみてもレコードなんだけど」
そう、昔、音楽を鳴らすためのプラスチックに音波の溝が刻んであったレコード盤。その円盤はそれにそっくりだった。
「それ、俺たちが取っちゃってもよかったの? この星の人間が受け取るべきじゃあなかったのかねえ」
「あのままだとどうせ大気圏で燃え尽きて全部蒸発じゃ。わちらが受け取っても何も問題ないわ」
「それもそうか」
「裏には使い方が描いてある。文明を持っている知的生命体ならば見ればわかるようにの」
「へー」
「これを作ったのはこの宇宙人じゃ」
裏に奇妙な生物の絵が刻んである。
「なんでしょうこれ……手を前に突き出して、スカート履いて、丸い顔に真ん丸な目が二つ並んで……頭の後ろにとんがった板がついてて」
太助も見たことある。たしかフラットウッズモンスターとか言われていたUMAと似てる。
「宇宙人がみんな人間みたいな体しておるとは限らんて」
「オスとメスの違いが判らんですな……」
おかしな宇宙人もいたものである。宇宙人からしてみれば、人間の雄と雌も区別するのは難しいだろうことは想像できるが。
しかしハッコツも、男か女かホネだけじゃわからないが。
「まずこの放射状の線の図形から、探査機がどこの星から打ち上げられたかがわかる。銀河にある代表的なパルサー(電波を発する中性子星)からの距離と角度が描いてある。線に刻んであるのは二進法の距離じゃな」
「なるほど、それを逆算すれば、その星の位置が割り出せると」
「だが距離の単位と言うのは1キロメートルのように、世界ごとに異なる。そこで使われた距離の単位が、この原子じゃ」
考えてみればルミテスがずっと使っているこの世界の単位はメートル法だ。なんでそうなっているのかはとりあえず太助は考えるのをやめていたが。
「ルミテス、前から疑問だったんだけど、なんでこの世界メートル法なの?」
「メートル法は天界の標準単位じゃ。地球だって好き勝手に民族ごとに尺を決めておったが、メートル法を普及させるのも天界の仕事の一つじゃし、そこは疑問に思うでない」
メートル法、人間が考えた単位じゃなかったんですか……。
どうやって関係者に吹き込んだのか知らないが、異世界でメートルが通用するのはそんな理由があったのかと思う。
「とにかく長さの単位は世界ごとにバラバラじゃ。だから統一単位が必要になる。このディスクを作った者は、その長さの基準を原子で決めることにしたらしいの」
「原子?」
「この右下に描かれた記号はの、水素原子のスピン方向を現しておる」
「そうか。宇宙に一番大量にある一番基本的な原子が水素だもんな」
「この水素原子が微細遷移を起こすときの波長が21センチ。それがこの円盤記録の長さの単位になっておる。知っている者が見れば誰でもそのことはわかる」
「まったくわからん……」
「そしてその周波数から時間の単位もわかる。0.7ナノ秒という」
「ほー」
「そこでやっと、この二進法で書かれた記号の意味が分かるのじゃ。このレコードを、何回転で回して、音声を再現すればよいかがの」
「音声が入ってたんだ!」
「このレコードの溝は波になっておる。音波をそのまま刻んだ溝じゃ」
「コンピューターも二進法もあって、あんなすごい探査機も飛ばせるのに、そこはアナログなんだ……。CDもDVDもデジタルなのに」
「まあ、そういう文明レベルだったということかの。その波形をレーザースキャンして、音波化し、指定された速度で再生したのがこれじゃ」
ルミテスが指令室の無線通信パネルを操作する。
スピーカーから音声が流れ出す。
『ぽにゃぱぴょっぴぱわにゅら、ちょらんりょーぺぱらこんけ、きゅきょわらっぱんしにゃのけむんべけ、あらこきゅーちゅるぺぱらっぽ、ぱいんぺ、ぽにょらはっぺらきゃきょりょにゅーぱぽ、ぺらぱらっぺらはーぱんす、くわきょ』
「ダメだわからん」
太助の異世界言語翻訳能力をもってしても、全く理解できなかった。
その後、いろんな生物? の声で、短い言葉が次々に流れ出した。
「ルミテスはそれ、なんだかわかるのか?」
「まったくわからん。異世界言語翻訳能力と言えども、暗号解読をするように言語分析しているわけではない。このリウルスで使われているあらゆる言語とデータベースを照合して翻訳するというシステムだからの」
「それでわかるようになるまでちょっとタイムラグがあるのか……。しかしそれ、わかってもらう気が全くないんじゃねえの? 暗号だって、長―い、ちゃんと整合性のある言語のつなぎ合わせがあるから解読できるわけで、単語ごと無秩序にずらずら並べられても言語の意味をなさねえよ」
「どうせ通訳などレコード一枚で分かるようになるわけがないわ。でも、聞いてわからんか?」
「ん、まあ、雰囲気的には」
「太助はなんだと思うかの?」
「……これ、挨拶だと思うんだが」
「そうじゃ」
「……」
宇宙人、異星人相手でも、やっぱり一番最初に通じるのは、挨拶なのだろう。
「こんにちは」でも、「はじめまして」でもよい。
そこには何の敵意も感じられず、出会えたことを喜ぶような、そんな嬉しい気持ちが込められているのが太助にも伝わった。それはみんなも同じだった。
「たぶん、平和のメッセージなんですわね……」
マリーのつぶやきに、全員同意するようにうなずく。これは子供でも分かることだった。
「機体に使われていたのは原子力電池じゃ。プルトニウムの崩壊熱で電源を得ていた。太陽電池パネルを装備しておらんかったことから、太陽系の外にまで探索することを前提とした惑星間飛行を目的としている惑星探査機だったとうことがそこからもわかる。最初から外宇宙に飛び出させる予定だったから、いつか、誰かがきっとこのメッセージを受け取ってくれると思って、このディスクを載せたのじゃろう」
「プルトニウムが燃料か……。大丈夫だった? 危なくねえ?」
「大丈夫じゃよ。かなり崩壊しておったからの。その半減期から推定するに、この探査機が打ち上げられたのはおよそ七千八百年前と推定できた」
「そんなに長い旅をしてきたのか……」
一同、感慨深かった。
「いや、それでも秒速十何キロとか程度の速度で太陽系と太陽系を渡るぐらいの距離飛べるもんなの? 一番近い恒星でも何光年もあるに決まってるだろ?」
「次元断層にひっかかって運よくショートカットしてきたんじゃないかと思うがの。ブラックホール、ホワイトホールみたいな現象は極宇宙でも発生するのは珍しくない」
「ほんとですかあそれ」
「まあそこはスルーしてやるのじゃ。この位置を神界に問い合わせて、場所もわかった。シリウスベータ523星域コーララ系太陽系第四惑星、バムスだった」
「……今もその星、その宇宙人が住んでるのか?」
……ルミテスはため息した。
「およそ七千七百年前に、既に絶滅しておる。この探査機が打ち上げられた百年後に。核戦争で」
「核戦争でか……」
「戦争で……」
「出発してから百年も経ってないのに絶滅ですかな。バカなことをするものですな……」
「何十億年もかかって進化した生物が、知性を獲得し、一万年もかけて築いた文明が、そんなくだらないことで簡単に滅びてしまうのじゃ。こうして皆で協力し合って、平和のメッセージを載せた探査機を送り出した文明でも、じゃ」
「……もったいねえな。そんな円盤一枚残して滅びちゃうなんてな……」
「このリウルスを、そんなことにならんようにするのもまた、わちらの務めじゃ! さ、皆の者業務に戻れ!」
全員、指令室を出て行った。
太助は指令室を出ていくとき、ちょっと後ろを振り返った。
パネルの前では、優しい穏やかな音楽が流れてきていた。きっとその宇宙人がディスクに刻んだ、自慢の音楽だったのだろう。
その曲を聞いていたルミテスの背中は、どこか寂しそうだった。
次回「43.時限爆弾を止めろ! 前編」




