41.惑星探査機を回収せよ! 前編
最近の女神ルミテス様の趣味は天体観測だ。
「隕石が落ちてきたら困るじゃろ」とか、いかにもフラグになりそうなことを言って、夜の周回コースに回ってきたときに宮殿ルーミスの天文台ででっかい天体望遠鏡をのぞいている。
ルーミスは一日に地球を四周しているので、四回夜が来るのもこの趣味にはちょうど良い。そんな施設が完備されているルーミスもすごいのだが。
太助は気が付いていたが、この星リウルスで見る夜空には、地球の知ってる星座が一つもない。リウルスは地球とは全く違う場所にある別の星なのだ。地球の平行世界とか、時間軸が違うもう一つの地球、とかではないのである。
星空を見て、あの宇宙のどこかに俺が住んでいた地球がある、と思う。何光年先にあるのかはわからない。でも、何かの拍子でひょっこり地球に帰れたりする……なんて夢を見ることもあった。目が覚めると、太助は泣いていて、それをヘレスがそっと抱きしめてくれているなんてことも、あった。
一度は死んだ身。くよくよしたってしょうがない。少なくとも今の自分は充実している。人生、大切なのは充実した人生を送ることだ。太助はそう考えるようになっていた。
「面白いものが見つかったぞ!」
珍しくウキウキしたルミテスが太助に見せたのは、一枚の星空の写真。ガラス乾板だ。
すごく小さくしか写ってないそれを、虫眼鏡を渡されて、よーく見る。
「え、これ人工衛星じゃねーの?」
驚いた。それは太助が図鑑やニュースで見たことがある、四角い箱で、アンテナロッドがいろいろ突き出していて、大きなパラボラアンテナを備えた人工衛星そのものであった。
「すごいな――。ってことは、リウルスには今よりもずっと進んだ古代文明があって、ロケット打ち上げて人工衛星を飛ばしてたってこと? それが今でも回ってるの?」
「おぬし想像力豊かじゃの……。そうではない。これはどこか遠くの、別の星系にある異星人が飛ばした探査機なのじゃ!」
「宇宙人いるんだ!」
「いるというか……。おぬしら地球人から見れば、この星の人間はリウルス星人じゃろ。驚くようなことかの?」
そりゃそうだ。
「その異星人が、リウルスの探査をしてると?」
「いや、調べてみても電波も、なんらかの魔法通信もしておらぬ。既に停止しているのじゃ。もうずいぶん前に役目を終えて、自分の太陽系外にまで飛び、今になって偶然リウルスの引力圏につかまったということになるのかのう。そのうち落ちてくる」
すごい偶然である。
だいたい探査機っていうのは、片道航行だ。探査機を打ち上げて、太陽系軌道上の惑星を調査した後、最終的にはその惑星に墜落するか、外宇宙まで吹っ飛んで行ってもう戻ってこない。それが普通の探査機だ。それが今、偶然リウルスのある星系に紛れ込んで、たどり着いたのだ!
「ってことは、それ、リウルスに衝突する?」
「いや、大気圏で燃え尽きるじゃろうの。リウルスに被害はない」
「そうかー、惜しいな。きっといろんな情報が積んであるだろうに」
「他の星にとって考古学的な遺産となろう。蒸発させるのは惜しい。回収するぞ」
「えーえーえー、どうやって?」
「それを今考えておる! 探査機の救助作戦じゃ!」
「それも救助なのかよ! 宇宙人乗ってんの? 乗ってたら救助になるけどさ!」
「つべこべ言わんと、おぬしも考えるのじゃ!」
「無茶言わないでください……。まだ『三号』がありませんよ救助隊には……」
そう思っても、無いものは仕方がないので無い頭で考える。
「無重力風呂敷を広げて受け取る」
「突っ込んで来たときは既に燃えておるわ。無理に決まっておろう」
「パレスを成層圏にまで上昇させて、大気圏に触れる前に拾う」
「秒速17キロメートルで突っ込んでくるのじゃぞ? パレスに大被害じゃ」
「そこまで上昇させるとパレスの風力備蓄エネルギーの14パーセントを消費しちゃいますけどね」なんてことを指令室のパネルで計算しながらベルが言う。
「たった3パーセントを補充するためだけに二日間台風に突っ込んでいませんでしたっけ」と言われて「ぐぬぬぬ」とルミテスが悔しがる。
「じゃ、俺たちの防火服みたいな難燃素材で包んでやる」
「防火服の耐熱温度は三千度じゃ。大気圏突入時の温度上昇は一万度を超えるわ」
それでも防火服の耐熱温度はたいしたものだが。
「だいたいどうやってそれを宇宙に展開するのじゃ!」
「パレスにロケットとかミサイルとか装備してないの?」
「してるわけないわ!」
「じゃ、グリンさんに宇宙まで拾いに行ってもらう」
「おぬしのう、無理に決まっておるわ! なんでもグリンで解決しようとするでない!」
「ほらな、何やってもダメじゃないか。救助不可能だよ。ルミテス様、あきらめろって」
「う――――ん、惜しいのう、惜しいのう……」
惜しいのはわかる。だが無理過ぎる。それに命がかかっているわけでもないから優先順位はどうしても低くなる。
なにより、宇宙というやつのことが分かっている人間がこのパレスにはルミテスと太助ぐらいしかいないのだ。けっこう博識なハッコツでさえ、リウルスは平面の大地で、その上を太陽と月がぐるぐる周回していると思っていた。地動説は既に多くの天文学者により実証されているのだが、教会が認めないせいでさっぱりその事実が民衆に行き渡らない。この世界はまだまだ天動説が主流なのである。
「と、いうわけでの! こんなこともあろうかと用意していたのが、この『超電導磁場発生装置』なのじゃ!」
一週間後、ルミテスが夜中にパレスの庭園でご披露したその装置は、でっかい大砲みたいで、砲身にコイルが巻き付いていてシューシュー湯気を上げているワゴン車大の大きな装置だった。
「……こんなひどい『こんなこともあろうかと』初めて見ましたよ……」
「真田さんだってここまではやらねえよ……」
「真田さんって誰じゃ」
ベルと太助のご都合主義へのツッコミをルミテスは冷静に受け流す。
「神界モノジロウに特注したのじゃ。わちの年収が吹っ飛んだがの」
「派遣女神様にも給料が出ていましたか」
「やかましいわ」
今までの装備、ルミテスが開発したのじゃなくて、実は神界の業者から購入して納品してもらった物だったと分かって、太助はちょっと女神様に落胆したのは内緒である。なんでこんなもう登場一回こっきりのゲスト機材にそんな金をかけるのか。こんなものを買うぐらいなら、はしご車とか、救急車とか、もっと現場で役に立つものを切実に買ってほしいと思う。
ルミテスはうっきうきで上機嫌。
「さ、やるぞ――――! まずは冷却じゃ! 注水盤の七番ノズルをこの断熱ホースでつなげ!」
「了解。これ何が流れるの?」
「液体窒素じゃ」
「液体窒素あるの! 液体窒素があったらもっといろいろ救助作業にも有効活用できるだろ! 資源の無駄遣いすんなよ!」
「いいからやるのじゃー!」
太助とハッコツ、ジョンのホースワークは続く。
「誘電ジエネレーターを接続じゃ! パレスの地下一階にある!」
「へいへい」
「光学サイト、レーザーサイト自動追尾モータードライブ……。ベル、指令室パネルからLAN回線で繋ぎ、探査機の位置をデーター送信するのじゃ」
「はいはい」
ぐおんぐおんぐおん、シューシューシューシュー。
砲身が凍り付いてきた。
「探査機落下まであと四分」
指令室のベルから、館内放送のスピーカーで庭園に秒読みが始まる。
「よーく狙えよ! 太助!」
「俺がやんのかよ!」
「当り前じゃ!」
「だったら原理説明しろよ!」
「この光学サイトから狙った先の空間に強力な閉じた磁場を発生させるのじゃ。鉄か、ニッケルを含む筐体ならそれで発生した地場に捕らえられる。モノポールのN極とS極を高速回転させて磁場を生成し、キャッチできるはずじゃ」
「それ探査機に内蔵されたコンピューター壊れるだろ!」
「それはあきらめたわ! どうせデーターなど残っておらん! キャッチしたら磁場を移動させ、ゆっくり減速させてから庭園に降ろすのじゃ!」
「トラクタービームかよ!」
「なんじゃそれ」
「ヤマトがガミラスに硫酸の海に叩き込まれたやつだ。ミレニアムファルコンがデススターに捕まったときもこれで引っ張られたよ」
「知らんがな」
「落下まであと二分!」
「って目視!? 目視で目標探すの!?」
「キャッチしました! レーザーサイトにデーター送ります。自動追尾開始!」
ベルから館内放送。
「そのレーザーサイトの光を光学サイトに合わせて照準し続けるのじゃ」
「そこは手動なの?」
「やかましいわ! ほれ来たぞ!」
夜空に光るものが現れた。
「はよせい! 燃えてしまうわ!」
光学サイトをレーザーの光に合わせ、中央に捕らえ続ける。
「発射!」
太助はトリガーボタンをポンと叩くように押す。
ぶおんぶおんぶおん。砲身が唸りだす。液体窒素で冷却されていた砲身が湯気を立てる。
「キャッチ成功! 減速してください! 現在秒速11キロ!」
「減速――――! 減速――――!」
ルミテスが操作パネルの丸いハンドルをぐるぐる回す。
「もっと早く――――!」
「うおおおおおお――――!」
ルミテス、頑張ってハンドルを回す回す!
「秒速4キロまで減速しましたぁ!」
太助の目にも見えてきた。
「秒速1キロ!」
夜空にきらりと光るなにか金属の物体。
だんだん近づいてきて、その姿を現した。
「秒速200メートル!」
けっこうデカい。パラボラアンテナの直径は3メートル、ボディは直径2メートルぐらい。突き出したアンテナロッドは10メートル以上ある!。
「秒速3メートル!」
太助は必死に照準を動かし、探査機をパレスの庭園に誘導する。
「磁場遮断!」
「おう!」
ストップの赤いボタンを手のひらでたたきつける。
ぼひゅんっと音を出して、砲身は煙を吹いて沈黙した。
一見ゆっくり庭園に舞い降りた謎の探査機、ガッシャン! ガンッガンっと庭園をバウンドし、ズザザザ――――と滑ってくる。
「逃げろ――――!」
太助も、ルミテスも、ハッコツもジョンもたまらずその場を逃げ出した。
庭園を滑ってきたその探査機、ついにはパレスの壁に激突して、やっと止まった。
「ふー……。救助成功じゃ!」
「『回収』な」
「ちっちゃいおっさん宇宙人が乗っておるかもしれんじゃろ」
「ありえねえよ……」
次回「42.惑星探査機を回収せよ! 後編」




