40.幽霊を救出しろ!
「今日は幽霊退治をするのじゃ!」
「えーえーえーえー……」
今までさんざんありえない救助活動をしてきた太助たちも、さすがにこれには驚いた……。
「幽霊って実在すんの!」
これは太助だけの考え方かもしれないが、消防士が幽霊を信じているわけがない。
そうでなければ死亡者がごろごろしているような現場も、多くの被害者がでた現場調査も怖くていけるわけがない。幽霊なんて怖がっていたら消防士は務まらないに決まっていた。
「……おぬし、隣にいるそいつを何だと思っておる」
太助は首を回して隣にいるハッコツを見た。
ハッコツも太助を見る。普段は気にもしていなかったが、この奇妙な同僚の、白骨むき出しな骸骨の顔を改めて見ると、確かにどう見ても死体であった。
「お前幽霊だったの……?」
「……失礼な。私は白骨ゾンビですがな」
なぜ失礼になるのかは太助には全くわからない。
「似たようなものじゃ。死んでなお昇天せず、この地にとどまっておる魂の一つの形じゃの」
「『昇天』なんだ。『成仏』じゃないんだ……」
「悟らんと仏になれないのでは普通の市民にはハードルが高すぎないかの? お主の宗教観は変わっておるのう……」
「いや、三蔵法師だってそう思ったからわざわざ天竺まで大乗仏教を取りにいったわけで」
「知らんがな」
ルミテスばっさり。女神だけあって自分以外の他の宗教には冷たかった。
「思い残すことがあって昇天できずに地に留まる。これらの報われぬ魂を昇天させてやるのも立派な魂の救助と知れ。死んだ者を天に送る。生まれた新しい命に魂を与える。どちらもわちら女神の本業じゃ」
「女神様の役目はこの世界の管理と聞いておりますが」
「だからやっておるではないか。異世界で死んだ魂をこちらへ持ってくる、こちらで死んだ魂を異世界へ送る。おぬしがここに来たのも似たようなものじゃ。役に立ってもらおうと記憶も体もそのまんま連れてきたが、普通は記憶も消して赤ん坊からやり直してもらうのだがの」
そういうシステムだったのかと今更ながら太助はがっかり。
「俺がいた地球はどんどん人口が増えているんですが」
「だから地球の神は黒字経営でウハウハじゃのう。まわりの異世界からひんしゅくをかっておるぞ?」
「地球ってそんな評価だったんですか……」
「おぬしがおった地球で、災害や戦争で人がバタバタ死んでも、ほうって置かれて神がなんもせんのはそのせいじゃ」
「貿易黒字削減対策だったんですね。地球の神様ひどいです」
業界の裏を見て失望することってのは良くある話である。
「地球から来る魂は質が悪くて、異世界で問題ばかり起こすのでのう、人気が無いのじゃ。地球の人口が増えてしまうのはそのせいもあるかもしれんのう」
「輸入超過ですか。なんでそれで黒字経営になるのか意味が分かりません」
「保有する魂の数を外貨準備高と考えればわかるのではないかの?」
経済学については専門外なせいか、さっぱりな太助であった。
「いつまで経っても知的生命体が現れずに文明がさっぱり育たぬ世界もある。しかたなく一度滅亡させてからやり直しとる所もある。地球はうまくいった稀有な例じゃ。ま、運がよかったかの」
「四十六億年もそんなことやってんの神様って」
「さて、そういうわけでこの幽霊退治はわちの本業じゃ。今回はわちも出るぞ」
「えええええええええ――――!」
女神ルミテス様、初出動である。
「ジョン、お前幽霊って信じてる?」
「オレは幽霊見たこと無いし、別に」
「だよねー……」
これから本物の幽霊ってやつを、たくさん見ることになるんだろうか。
これからも災害現場で平常心を保って働けるんだろうか。太助は悪い予感に恐怖した。
「おぬしらが来る前のことじゃがの、女神教会が火事になって全焼した。新しく教会を建て直したいが、幽霊というか、悪霊が出て現場事故が多発し、建設業者が怖くて近づけん。今でもそのまんまになっておるんじゃ。だからお祓いをして現場の安全を確保するのが今回の目的じゃ」
「俺はルミテスの装備が用意してあったことに驚きだよ……」
ルミテスはオレンジのツナギを着て、ちょっとぶかぶかな防火服を重ね着していた。
ヘルメットに靴や装備もバッチリである。
もしかしたらこんな救助隊を結成したのも、自分の教会が火事になったからだったりして。でも、自分で出るのも面倒だからと、太助を連れてきたと。
なんか救助隊ができた理由が分かったようでちょっと肩を落とす太助だった。
「あ、ハッコツは参加せんでよい」
「はあ?」
既に完全装備で準備していたハッコツが驚く。
「巻き込まれて一緒に昇天されても困るからの」
「はあ、そういうことでしたら」
ルミテス様はいったい何をする気なのか。
「で、今回俺たちの装備は?」
「んー……、ま、これでいいじゃろ」
ルミテスは装備コンテナの中から、鳶口を二本出して太助とジョンに渡す。江戸時代の火消しが持っていた1メートル少々の棒である。先端に引っかける鉤が付いていて、建物の引き倒しに使われる。鳥の鳶のくちばしに形が似ているから鳶口と呼ばれるようになった。時代劇でめ組の連中がいつも振り回しているアレである。
「これだけ?」
「ほいっ」
ルミテスが魔法をかけると先の鉤が青白く発光した。
「幽霊がいたらそいつでぶん殴れ。一撃で昇天するからの」
「なにそのチート武器。無慈悲が過ぎませんかルミテス様」
「さ、ドラちゃん、出発じゃ!」
今日もドラちゃんは舞い上がる。鞍の上ではルミテスが前席、太助が後席。そして狼男のジョンは無重力風呂敷に包まれ、引きずられて持ち上がるのだった。
深夜、教会の焼け跡。石積みされた壁だけが焼け残り、天井もなにもない荒廃した教会に三人は降り立った。
「ホーリードーム!」
ルミテスがそう唱えると、教会の焼け跡一帯が青白いドームに包まれた。
「これで幽霊はもう逃げられん。さ、いくのじゃ」
すたすたとドームを通り抜けて入っていくルミテス。
「すげえ魔法……。これにハッコツが触れるとどうなったの?」
「死ぬ」
「もう死んでますけどあいつ」
「知らんがな」
教会の焼け跡前に立ったルミテス。いきなりわめく。
「いつまでグダグダやっておるんじゃおぬしらは! いいかげん昇天せい!」
いやそれはないんじゃあルミテス様……。さすがに太助は幽霊が気の毒になった。
「あのルミテス様。いるんですか?」
「見えんのかおぬしら?」
「いえまったく」
太助とジョンで首を左右にぶんぶん振る。
「面倒じゃのう。そこへ座れ。おぬしらにも幽霊が見えるように加護をかけてやるからの」
太助とジョンで首を左右にぶんぶん振る。
「やめてくださいルミテス様、現場で要救助者と幽霊の見分けがつかなくて今後の救助活動に支障が出ますルミテス様」
「それもそうか。では一気にお祓いを済ますのじゃ!」
「一気にって何をですかルミテス様。無慈悲が過ぎると思いますルミテス様。せめてみなさんのお話ぐらいは聞いてあげてくださいルミテス様」
「面倒じゃのう……」
「信仰のためですルミテス様。女神様がそんなに無慈悲では信者が離れますよルミテス様?」
太助はやりたくもないフォローを必死にやる。ここで幽霊に恨まれて取りつかれたりしたくない。
ルミテスは焼け跡の教会の中に入って行った。
「わちは女神ルミテスじゃ! 悔い改めて昇天したいものはそこに並べ!」
太助とジョンは見えないが、幼女の消防士の前に、何かが並んでいるらしい。
「一人一人、順番に懺悔せよ。それをもって悔い改めた者より昇天させてやる」
昇天って言っても、他の異世界に輸出されるんじゃなかったでしたっけルミテス様。
ルミテス、無言。話を聞いてやっているらしい。
「三行に要約せよ」
話が長いらしい。
「それはおぬしが悪い。自殺なんぞするからじゃ」
いやそこに至る事情こそ聞いてほしいんじゃないだろうか。
「よし、おぬしの罪は許された。次」
みんなちゃんと順番を待っているらしい。
「そんなサイテー男に未練するな!」
DVがあったらしい。
「食い過ぎじゃ! 次!」
成人病はこの世界でも問題らしい。
「馬のしつけがなっとらんからじゃ! 次!」
この世界でも交通事故はあるらしい。
「遺産がどうなったかなんて死んだおぬしが気にすることではないわ! 次!」
富裕層にも容赦ないらしい。
ルミテスの説教は延々と続く。
「あの、ルミテス様あとどれぐらいかかります?」
「待っとれ、こいつが最後じゃ」
「……」
突然ルミテスは後ろを向いた。
「太助、ジョン」
「は」
「こいつを殴れ!」
「はあ?」
「いいからこいつを殴るのじゃ!」
「殴るって、どいつを?」
「いいからやれ! ここじゃ!」
なんだかよくわからないが、とりあえずルミテスが指さしたところに鳶口を二人で振り下ろした。
「どこを殴っておる! こっちじゃ!」
またルミテスが指さしたところに青白く光る鳶口を振る。
「えーい逃げるでない! あっちじゃ!」
そして二人は誰もいないドームの中、見えない敵を追いまわして鳶口を振り回す羽目になった。
「ようやった。もうよい」
何発目かわからないが、幽霊に当たったらしい。
「はあはあはあ……。何だったんですルミテス様」
「この教会に火をつけた放火の犯人じゃ。逃げ遅れて一緒に焼け死んだ間抜けじゃがの」
「あーそーいうことでしたか……」
「ご苦労じゃった。帰るぞ」
何だったんだ今の、と、太助は思うしかなかったが、とりあえず今日のことは忘れようとは思った。
真夜中だったが、パレスの庭園ではハッコツとメイドのヘレスが待っていて、ドラちゃんと三人を出迎えた。ヘレスがルミテスの着替えを手伝う。消防の装備一式と防火服を脱がしてやると、ルミテスはあくびしてから眠そうにパレスに戻っていった。
「どうでしたかな?」
ハッコツが首尾を聞いてくるが、なんとも。
「ハッコツ、お前、幽霊見える?」
「見えませんなぁ……」
「じゃあ、幽霊信じない?」
「いるとは思っておりますがな」
「へー」
自身の存在にかかわることか、ハッコツは否定しなかった。
ハッコツは一度死んでいる。いや、俺も死んでこの異世界に来たんだったと太助は思い直す。
「ハッコツはもう死んでる」
「ですな」
「俺も死んでるし」
「そう聞きましたな。この世界で生き返ったと」
「ジョンも雪の下に埋まって死んでたのかもしれん」
「オレが?」
「ヘレスちゃんも、実は死んでたりしないよね……?」
?
首なしヘッドレスのヘレスは、意味が分からず体を傾げた。
その晩、太助はヘレスの暖かい柔らかな胸に顔をうずめて耳を当て、心臓の鼓動を聞いて、そのあとは二人で生きてる証をたっぷりと確かめたのだった。
次回「41.惑星探査機を回収せよ! 前編」




