33.パレスのエネルギーを補充せよ!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~ン。
朝、起きると、太助の横にはもうヘレスはいない。メイドさんの朝は早い。
ちゃんと太助が今日着る服が畳んで置いてある。嬉しくて涙でそうな太助、猛スピードで着替えて食卓までダッシュする。
いまだにこの朝の起床訓練は続いている。仕方がないといえば仕方がない。
「よしっ!」
食堂に着いてガッツポーズ。一番乗り。
ヘレスちゃんと付き合うようになって、腑抜けた男になったと思われることは断じてお断りだ。特にジョン・マリー組に負けるわけには絶対に行かないと思っていた。
緊急出動と起床訓練の区別はちゃんとつく。起床のベルは鳴りやむからだ。
これが緊急出動な場合は全員が指令室に集まるまで鳴りやまない。
「明日から二日、休みじゃ」
へ? 全員そろったところでルミテスの言葉にメンバー全員が驚く。
あのチョルミンダム以来の休みとなるか。
「パレスのエネルギーが減ってきておる。ちょっと無理な使い方が続いたのでな。しばらくエネルギーチャージを行う。その間救助活動は中止じゃ」
「パレスのエネルギーって、風力エネルギーだよね」
「そう、千年分の蓄積のな」
「どれぐらい減ったの?」
「98パーセントが95パーセントまで落ちておる……」
微妙。
微妙過ぎないかという顔のメンバーたち。
「その3パーセントを得るのに何年かかると思っておる!」
千年の蓄積である。確かに最近のパレスは何度も高度を山岳や海面まで落としたり現場へ急行したりしてエネルギーの消費が大きかったかもしれない。何しろ巨大な建造物だ。
「……どうやってエネルギー補充するの?」
「やむを得ん。台風に突っ込む」
「えええええええええええええ」
「現在南オーシャンで温帯低気圧が発生しておる。すぐに台風に成長する。まあ並みの台風じゃが、チャージしている間二日二晩、パレスは台風に揉まれまくることになるのう」
「理にかなっているような、いないような……」
「そんなわけで二日間、このパレスが大きく揺れることになる。各自安全確保のため二日間は部屋から出ずにいること。各自食糧確保して部屋からの外出を禁ずる。また、パレスの台風対策もしておくのじゃ。出しっぱなしにしておいて吹き飛ばされたり、傾いて倒れたりする家財などがない様にな。今日はそれを一日やるのじゃ。では朝食を取ったらすぐかかれ!」
みんな、ヘレスが配膳してくれた朝食を大急ぎでかっくらう。
庭園に出していたテーブルセットも全部回収。倉庫に押し込む。救助用の備品も全部だ。危なそうなものは鍵をかけ、板をはり、くぎを打ち付け、ロープで縛り付け、ガムテープを貼り、と固定しまくり。
ドラちゃんもどこに避難してるんだか、パレス周囲にも姿を見せない。
ヘレスは厨房に籠って、二日分の全員の保存食を大量に作っている。
全員大忙しの中、グリンさんだけがいない。部屋で寝てサボっているのだろう。
グリンさんは特別。異世界救助隊の奥の手ってのは、あのでっかいグリーンホエールを見てから隊員の誰もが持つ共通認識になっていて、怒る人もいないが。
「配給でーす! 配給でーす!」
夜になってベルがアナウンスし、各自に食事が配られる。
二日分の保存食料を包んだ風呂敷をヘレスがメンバーたちに手渡してゆく。お重になってる。
ちゃっかりルミテスも、そのお重を一つ、持っていく。
「ルミテス、女神さまは食べないんじゃなかったですかね?」
「……まあおぬしらが旨そうに食っているのを見とるとな……。いや、ヘレスの仕事っぷりも見て、ちゃんと評価してやらねばならんし」
「トイレ行かなきゃいけなくなるんじゃなかったっけ」
「やかましいわ」
「……トイレに行く女神様ねえ。ルミテス教の信者が聞いたら驚くぞ?」
そんなどうでもいいことはほっといて、太助もヘレスからお重を受け取る。
「がんばったねヘレスちゃん、ありがとう」
ヘレスはぺこんとお辞儀して、嬉しそうだ。
「……ヘレスちゃん、俺の部屋、泊まるよね?」
……恥ずかしそうにお辞儀する。嬉しい。
ヘレスの分のお重をもう一つ、受け取った。
暗雲たち込め、波が高くなっている海上はるか上空を行くパレス。どんどん台風に近づいている。
太助は自室で、ベッドの固定、戸棚や机の固定を釘をトンカンと打って準備した。太助の部屋は、へレスと付き合う宣言してから、キングサイズのベッドの置いてある大きな部屋に変更してもらっている。
数日分の着替えを持ってヘレスが来た。
あちこち家具がベルトで固定されていて物々しい部屋の様子にヘレスもびっくり。
「あ、一応ヘレスちゃんの部屋もやるからね」
大急ぎでヘレスの部屋の家具も一か所にまとめ、ロープで縛った。置いてあるものがほとんどなく、質素な部屋だったのですぐに済んだが、ヘレスの部屋を見るとやっぱりもっと女の子らしい可愛いものでそろえてあげたいなあとか思う。
いつか地上に降りてデートして、二人でいっぱい買い物とかしたいなと夢も広がる。
うう――――。うう――――。うう――――。
パレス宮内にサイレンが三度鳴る。
「本館はこれより台風に突入する。全員揺れに備えよ」
ルミテスからの宮内放送だ。いよいよである。
ドドドドドドドドドド、ビリビリビリビリ。
台風に接近したか、パレス全体が振動し、あちこちからきしみ音も聞こえてくる。
ベッドの上で、ヘレスは太助に抱き着いて離れない。可愛い。
この部屋に窓はない。外はどうなっているかはわからない。だがびゅうびゅう吹き荒れる風の音は聞こえる。
おびえて震えるヘレス。可愛い。
壁に掛けた時計が揺れる。
「あ、これマズイな」
すぐにガムテープで固定。
そのうち、パレスは本格的に揺れだした。
大波に乗った連絡船みたいに、大きく、ゆっくりと、上下に。左右に。
「もう夜だ。寝よ? 寝てるうちに全部過ぎ去ってしまってるからさ」
ヘレスはメイド服を脱ぐ。太助の目の前で。色っぽい。
波に揺られるように傾むく部屋にときどきおっとっと、と転びそうになりながら。可愛い。
そしてかわいらしいベビードールをまとう。可愛い可愛い可愛い。
太助、全部脱いで、そのまま押し倒してしまったのは言うまでもない。
深夜、さらに揺れはひどくなり、太助はベッドの布団にベルトをかける。
「昔、タイタニックって言う映画を見てさあ……」
太助はそんな思い出話をする。
「老夫婦が、最後まで、一緒のベッドに二人で、船が沈むまでずっと、旦那が奥さんを抱きしめて、最後を待っていたんだよ……」
ぽつり、ぽつりとそのタイタニックの話を最初から、おとぎ話みたいにヘレスに語ってやる。
ヘレスは揺れるベッドの上で、太助に抱きしめられて、母親が読んでやる絵本を聞く子供のようにおとなしくその話をずっと、いつまでも聞いて、悲しい恋物語に涙するように太助の胸に肩をうずめていた。これが最後みたいな話をする太助のデリカシーも疑問だが。
台風の移動と共に、その最も強い暴風の中を追従して飛行するパレス。
二日間、部屋に閉じ込められて、揺れに揺れる乗員。
部屋の外の様子が全くわからない。けっこう恐怖である。
「頼むぜパレス……。持ってくれよ」
そう願うしかないのだが、揺れは大きくなるわけでもなく、小さくなるわけでもなく、一定だった。それはエネルギーチャージが順調に進んでいるということか。そう思ってなんとか恐怖を振り払うしかない。
「要救助者が救助を待っているってのは、こういう気分なのかもしれないな……」
これも一種の被災体験なのかもしれない。
台風はどこに上陸したのだろう。地上では大被害になっていたりしないか。
恐怖に震えている人はいないのか。今まさに死に直面している人はいないのか。
自分にできることはないか。こうして何もしないでいていいのか。
太助の心にも焦りが出てきた。全く状況がわからないというのも不安に駆られるものである。
部屋の電話を取り、指令室に内線電話をかける。
「こんちはルミテス、今どうなってんの?」
「……なんじゃおぬしか。心配するでない。エネルギーチャージは順調じゃし、パレスに被害も出ておらんわ」
「地上に被害は?」
「台風は大陸をそれて海上を移動しておる。その予報があったらこの台風を選んだのじゃ。せいぜい沿岸で波が高く大雨が二日続くだけなのだから、心配するでない!」
「ありがとう。ほっとしたよ」
「わちは忙しい! もう切るぞ」
「はいはい、お邪魔しました」
大波を越えて進む小船のごとし。指令室も大忙しだろう。ルミテスとベルの仕事である。信じて天候が晴れるのを待つばかりだ。
太助とヘレスの二人で、食事する。ヘレスは口がないが、手で食べ物を包むとそれが無くなる。やっぱり太助にしてみれば不思議な光景であった……。
個室の風呂で大波に湯をじゃばじゃば浴槽からこぼしながら二人で体の洗いっこをしたり、「ヘレスちゃんもトイレに行くんだ」と当り前なのか意外なのかどうでもいい予備知識が付いたりと、それなりにひどいハネムーン気分で二人は過ごした。
「もし女の子が生まれたりして、それが人間の子だったら、俺もヘレスちゃんの顔がどんなだか、娘の顔でわかるかもしれないね!」
そんな夢も語りながら。
異種族間で子供ができると、その子はハーフで両方の特徴を持つ、というわけではなく、この世界では生まれてくるのは母親と同じか、父親と同じとなるとグリンさんから聞いた。
すっごい美少女が生まれたり、太助似のふっつーの顔だったり、ぶっさいくだったり結局ヘッドレスが生まれたって全然かまわないと太助は思うし、それでも可愛いに決まっていた。
そう思うと子作りも楽しくてしょうがない。異種族同士では子供ができにくいとも聞いていたが、そこは回数でカバーする。
四十八時間、ヘレスとぴったりくっついて離れることもなく一緒にいて、彼女のことをいろいろ知ることができ、有意義な二日間だったと太助は思う。
二日が過ぎ、非常ベルが鳴って太助は目を覚ました。
既にパレスは暴風圏を脱出したのか、揺れもせず順調な飛行を続けているのがわかった。二人で着替えて、指令室に向う。あちこち水びたしになっていて、パレスにも少しは浸水があったことがうかがえる。
「はー疲れた……。十年分は働いたわ」
指令室ではルミテスとベルがぐったりしていた。二日間、ほぼ不眠不休でがんばったようで、ご苦労様とばかりに太助は敬礼した。コントロールパネルでは警報が一部まだ点滅しているが、パレスにも大きな被害はなかったようである。エネルギーレベルは100%を指していた。
いつも働かされている分、ルミテスたちのぐったり具合をいい気味だと思うメンバーもいたであろうことは否定しない。
テーブルや床の上にはヘレスの手作り弁当の残骸が散乱している。太助はちょっとニヤニヤしてしまうが、また突っ込むと面倒そうなのでスルーしておく。
「さ、救助活動再開じゃ。サミナン港で倉庫が浸水しておる。犠牲者は出ておらんが、さっさと排水せんと水位が床上を超えて貯蔵穀物が腐るでの、排水作業を手伝ってこい!」
「了解!」
ルミテスが新しく開発した、手に持てる大きさの給水転送器のポータブル版。要するにずっと前から欲しかった強力な排水ポンプを三基、無重力風呂敷に包んだ。
太助とハッコツと、現場で一時的な排水貯蔵タンクになってくれるスラちゃんは、ドラちゃんに乗って飛び立つ。
「……オレは?」
「パレスの掃除じゃ」
散らかってゴミだらけになっているパレスの庭園。ヤシの木が倒れて倒木になっている中庭、窓が割れて浸水している使っていない部屋。それを眺めてジョンはがっくりするしかなかった。
次回「34.雪中行軍隊を救助せよ! 前編」




