32.エルフ村を消火せよ!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~!
「えええええええ、再出動!?」
今、ドワーフ村の鍛冶場の火事場から戻ってきたばかりの太助たちに、また出動がかかる。二現場連続の出動だ。
ドワーフ村、チビで髭のおっさんたちが燃える鍛冶場の周りをうろうろしながら、それでも一生懸命、自分たちで作ったらしい手漕ぎポンプで井戸からくみ上げた水を上手な連携で消し止めていたのが感心だった。太助たちが到着した時はもう火は大半は消えていたからすごい。
まあそれでも、太助たちの持っていた「放水くん」がすげえすげえと髭のおっさんたちに取り囲まれ、あれやこれや質問されまくったのは面倒だったが。
そんなわけで防火服のまま太助、ハッコツ、ジョンが指令室に駆け戻ると、メインパネルの映像で燃えているのは森のど真ん中だった。
「森の中で? 乾燥地帯でも、干ばつでもないあんな山で?」
「エルフの隠里があるのじゃ」
「エルフ!」
エルフと言えば美男美女、それで何百年も生きる長寿の種族、だったような。
「森の中で木の上などにログハウス、ツリーハウスなど作って、人や他の種族を寄せ付けずに生きておる孤高の種じゃ」
森林か。森の中に侵入、どうするか……。
「森林火災になっちまうな」
「干ばつでもないし、生木は燃えにくい。賢い種族じゃし、森を守護することもエルフの役目じゃ。山火事にまで広がることもないじゃろ。ま、勉強じゃ思うて行ってくるのじゃ」
「勉強?」
「エルフはわたくしも学園におひとりいらしゃったのですが、プライドが高く気難しくて、人間を見下していますから……。苦労させられた覚えがありますわ」
マリーも学園ではいろいろ対人関係に悩んでいたようだ。
「そうじゃ。よその種族の手を借りるのを良しとせぬ。魔法もよく使う種族じゃしまあ森の消火ぐらいならおぬしら、出番ないかもしれん。まあ、多少扱いが悪くても、感謝もされず追い出されても、そういう種族もいるということで、これも勉強じゃ思うておったほうがいいということじゃ」
「だったら休ませてほしい……」
「はよいけ――――!」
「はいはい」
太助たちはドラちゃんに装備を積み直して、飛び上がった。
うっそうとした森の中、煙が上がっている。
「あそこか」
上空から見てもよく隠されているようで、人が住んでいる気配はない。だが接近してみると木立に隠れて高い位置にツリーハウスなどがある様子が見て取れる。確かに村がある。
「よし、ドラちゃん、少し離れて丈夫そうな木に留まってくれ。ロープ降下する!」
ドラちゃんはモミの木の大木の頂上近くの木の幹に、鳥のようにつかまった。
荷物を背負った太助とハッコツはロープにベルトのカラビナをかけ、垂直降下する。いまだに無重力風呂敷を使うジョンは、風呂敷に包まれたままふわふわとゆっくりと落ちてきた。
「なんだお前は!」
「侵入者か!」
たちまちエルフらしい男たちに取り囲まれて、矢を向けられ、剣を向けられと、山賊扱いだ。プライド高い気難しい種族って、こういうことかと太助はうんざりした。
「異世界救助隊の者です! 消火の手伝いに来ました!」
立ち上がって、太助はまず放水くんを持って上に水を噴き上げた!
太助たちを初見の人間にはこうやって見せるのが一番いい。何もないところから大量の水を吹きだせる人間、一目見ただけで、「消火に役立つ」ってのはわかるはずだ。
「貴様、人間だな!」
なんかちょっと中年のやけにハンサムな男が進み出てきたので水を止める。
周りの武器を向けている男たちもやたら美男子ばかりである。うん、ここだけファンタジー映画の世界らしい。
「はあ、まあ。世界中どこでも火事や災害には出動して、救助のお手伝いをしておりますが」
「そんなやつら聞いたこともない」
「まだ始めて半年も経ってませんで。まだそんなに有名ってわけじゃ」
こんな田舎のエルフ村、自分たちのことを知っているわけがなかったか。
「そんな怪しい奴、村に入れるわけにはいかぬ。早々に立ち去れ」
「いや、しかし、実際木の上のお宅が火事になって燃えてるじゃないですか……」
見上げれば大木の上のツリーハウスが絶賛炎上中。隣接したハウスにも火が舐めて、乾いた草ぶき屋根がすでに延焼している。
「これしきの火事、人間ごときの手は借りぬ!」
「はあ、そうですか……」
面倒くさい……。
「じゃあコイツならどうですか? 人間じゃないですよ? 狼男です」
無重力風呂敷から出たジョンを指さす。身長二メートル近い狼の大男。
「畜生の手など借りるか!」
こいつもダメか。
「じゃ、こいつ、こいつならどうです? ホネですよ! ホネ! 生き物じゃありませんし、もう死んでるし。こいつならいいでしょ!」
ハッコツを指さすと、ケタケタ笑うハッコツ。お前そういうところがダメだと太助は思う。
「悪霊の手まで借りる必要などないわ――――!」
ダメだこりゃ。
「じゃ、手伝いませんので見てていいですか?」
「こいつらを縛り上げろ!」
そんなわけで太助たち三人は問答無用で、ロープでぐるぐる巻きに木に縛りつけられた。
「……せっかく手伝ってやるって言うのにさあ……。なんで断るかねえ……」
「プライド高い種族なんですなあ……」
「オレ、もうほっとけばいいと思う……」
エルフたち、集まって必死に呪文を唱えてる。
「魔法か! なんかカッコいい魔法とか見られんのか!」
わくわくが止まらない太助。
「たすけてー! あついー! たすけてー!」
燃えるツリーハウスからは、煙に巻かれて窓から男の子が泣きながら手をバタバタしてる。
「あれまずいぞ……」
「はあっ!」
やたら長ったらしい呪文の後、全員で手に手を杖をもって上にあげるエルフたち。
「精霊の集団魔法ってやつのようですな」
「魔法か、早くしてくれないとあの子危ない」
はらはらしながら見守る太助たち。
雨が降ってきた。普通の雨。降り注ぐ雨で木立が湿り、雨粒がぽたぽた太助たちにも落ちてくる。
「バカですかねこの人たち」とハッコツもあきれ顔。
「ああ……。屋根は濡れないためにある。ログハウスの中から出火してるんだから、雨を降らせても全く消火の役にたたねえよ……。窓から中に放水しないと。だいいち一刻も早く助けるのがどう考えても先だろ」
「おとうさ――――ん! 助けて! お兄ちゃんを助けて――――!」
泣き叫ぶ妹らしいエルフの幼女がさっきの中年男に縋りつく。もうかわいそうになってきた。
「お嬢ちゃん、お兄ちゃん助けたい?」
太助はその女の子に声をかけた。
泣きながらうなずく娘。
「でもお兄ちゃんは君のお父さんに助けちゃダメだって、言われたんだ」
「そんなあ!」
「でも君が救助隊に入れば、お兄ちゃんを助けられるよ」
「ほんと?!」
「じゃあ、『異世界救助隊』に入るかい?」
「入る!」
「よし! ロープほどけ!」
ばらっ。太助を縛ったロープが落ちる。
「消防士はロープワークのプロだぞ。結ぶのと同じ数だけ解くのもやってるに決まってるじゃねーか。こんな素人臭い縛り方で俺を縛れるかっての」
ぶちぶちぶちぶちっ。ジョンを縛ったロープが力づくでブチ切れる。
ハッコツを縛ったロープがすとんと落ちる。
「ハッコツ、それなにやったの?」
「関節を外しただけですな」
「器用だねえ……、よし、やるぞ!」
太助は女の子を抱き上げて、放水くんを持たせ、手を添える。
「よーく狙え! あのお兄ちゃんが顔を出している窓の中に水を飛ばすんだ! お兄ちゃんに当たらないように気をつけろよ!」
「はい!」
煙にあぶられている兄の横をかすめて窓の中に水が飛んでいき、木の上のログハウスの消火が始まる。
「なにをしとるかお前たち――――!」
中年男がブチ切れてこっちに向ってくる!
「待って待って待って! 今水を撒いているのはこの子! 俺は手を出してないって! 妹さんがお兄ちゃんを助けようとして俺の代わりにやってくれてんだよ? あんたあの子助けたくないの?!」
「そんな屁理屈通ると思うな!」
エルフの矢が飛んでくる。「いてっいてっ」
ルミテス印の防火服は矢をも通さない防弾性能がある。
剣で切りかかってくるエルフ。でも防火服はその刃を通さない。
「いてっ、あぶねーじゃねーか! この子に当たったらどうすんだよ! もういい! やれっハッコツ!」
ハッコツ、エルフに向ってぶっとい放水を叩きつけ、エルフの男たちを吹き飛ばした!
「ケタケタケタケタ!」
いや白骨のお前が笑いながらエルフを吹き飛ばすって、かなり怖いぞ。そういうとこだぞ。そんなことを思いながらも上空20メートル近い高さのツリーハウスに放水を続ける太助。
放水でどんどんエルフの村のツリーハウスを消火してゆく。延焼していた草ぶき屋根にも。その太助を守るように左右に配して、ジョンとハッコツが消火もしながら、エルフたちが襲ってくるたびに放水を向けて追い払った。
「そろそろいいか、ハッコツ、上の男の子救助頼むわ」
「了解」
ハッコツは軽い。骨しかないから。
その体でするすると木を昇り、消火されたツリーハウスにロープを投げてからまらせ、モンキー渡過によるぶら下がり綱渡りで男の子のもとに到達。男の子をロープで縛って、木から下ろしてやる。
放水くんを構えて、引き続きツリーハウス内の消火をするハッコツ。
「ほらっ、救助終了。火傷しちゃったかもしれない。アンタたちが邪魔するからだ」
そう言って男の子と、その妹の消火を手伝ってくれた幼女を中年男に渡す。
後ろではジョンが放水くんのノズルを、その男に向けたままである。
周りではじわじわと武器を構えたエルフの男たちが、太助とジョンを取り囲む。
……エルフの中年男。村長かなんかなのかは知らん。クッソ面白くなさそうな顔して、男の子と幼女を渡されて抱き下ろす。
「治療頼む」
男がそう言うと、エルフの年寄が駆け寄ってきて、男の子の軽いやけどに手をかざして魔法を唱えている。治癒魔法ってやつらしい。エルフ、魔法をいろいろ使うとかルミテスが言ってたが、全然聞いていたほどじゃない。しょぼ、しょっぱ。もっとすごい魔法が見られるのか、うまくしたらエルフの魔法使いをメンバーに入れることもできないかと期待していた太助はがっかりした。
「この程度の魔法使いがメンバーにいても、全く役に立たねえな」
でもまあもう大丈夫だな、とは思う。
「で、あれどうすんだ? まだ燃えてんだけど?」
木の上を指さす。
男たち全員がそっちを見た瞬間、太助は上から垂れてきたロープを握ってつんつん引っ張った。
びゅううううう――――ん!
ロープが張る音がして、太助は急上昇!
「ハッコツ!」
「はいな!」
ハッコツが消火の終わったツリーハウスからジャンプして、同じロープにつかまった! 上空では、ドラちゃんが鞍から縛って、垂らしたロープを持ち上げ、ぐんぐん上昇している。
「あばよ~~~~!」
とっくに全部の火を消した太助たち。ここは逃げるに限るというやつだ。
下からひゅんひゅん矢が飛んできたが、あの女の子は手を振ってくれていた。
「おいっ! 狼男は!」
エルフの男は慌てて周りを見回したが、森育ちの生粋の山男、狼男のジョンが、いつまでもそんな現場にいるわけなかった。たとえエルフと言えども、とっくに追いつけないところまで逃げて行ったに決まっていた……。
丘の上で太い枝木に無重力風呂敷を縛り付けて、旗代わりに振っていたジョンを発見。回収して、パレスに戻ると、もう夕方だった。
「二連続の出場、ご苦労じゃった。どうじゃったエルフの里は?」
「……もう二度と行きたくないね。今後何があってもほっとこう」
「オレも……」
「私も遠慮したいですな……」
三人、へとへとになって座り込んだ。
「まあそうがっかりするでない。来い」
ルミテスに連れられて、三人は指令室に来た。ルミテスが指さすパネルを見る。
「私、大人になったら、『異世界救助隊』になる! だってもう入隊しちゃったんだもの!」
あの幼女がそんなことを言いながら、いつまでもエルフの男たちをずっと困らせているのが見えた。
「おぬし手が早すぎるわ。あんな幼女まで……」
「誤解誤解誤解! あれはやむにやまれずで!」
「そうは言うてもの、あの子が使いものになるのは、この先、何十年後のことになるのやらじゃ」
「だったら、俺が引退してからにして」
「そうするわの」
あんな種族もいるんだなあ……と思う。
どんな現場でも、消火に協力すると言えば喜んで迎え入れてくれた。そうでない種族もいるってことだ。消防活動ってやつがまだまだ理解されてない。そんな世界もあるってことを、太助は勉強させられたことになる。
腹が減った。はやくヘレスちゃんの手料理にありつきたい。
「おかえり」
厨房に行くと、食事の準備に忙しそうな頭がないメイド服姿のヘッドレス娘、ヘレスの横にグリンさんがもう一杯やっていてグラスを持ち上げて出迎えた。
「あああああああ! それ! ドワーフの親方がお礼にってくれた酒!」
もう全然残っていない。がっくりもいいところの太助であった。
次回「33.パレスのエネルギーを補充せよ!」




