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31.王都の大火を消火せよ! 後編


「太助! 太助! 聞こえるか!」

 スランフ国の首都、王都リパールを駆けまわる太助たちに、パレスのルミテスから通信が入った。

「どうでもいいんじゃなかったっけ、女神様」

 人間の愚かな争い、革命騒ぎに終始冷淡だったルミテスから焦りの声がする。

「ノートルバル大聖堂にも火が付けられた! 消火急げ!」

「そりゃあ大変だなぁ。スランフ国のルミテス教の総本山?」

「そうじゃ!」

「よっぽど恨み買ってたんじゃないのそれ? 後回しでいい?」

「グリンもそっちに向かわせとるわ! いいからはよいけ――――!」


 自分をたたえる教会がまる焼けじゃ、女神様の加護も信仰も揺らぐってやつだ。

「はいはい」

 最優先が変わってしまった。女神様も勝手が過ぎる……。


 深夜だが、上空からレーザー光線が指し示す場所がある。パレスからの方向指示だ。そこにノートルバル大聖堂があるのだろう。

「行くぞ!」

 太助、ハッコツ、ジョンの三人はそのレーザー光線を目印に街を駆けた。

 見上げるばかりの巨大な大聖堂。正面、聖堂の礼拝の間の扉が開けられ、多くの人が手に手に装飾品、美術品、金目の物をもって逃げ出している。どうやら革命市民か火事場泥棒かテロリストあたりが入り込んで中に火をつけて回り、そのどさくさで略奪が行われているようだ。いや、貴重な物品を助け出している所と言ってあげるべきだろうか。古い書物を何冊もかかえた高位そうな司祭もすっころんでいる。


 三人は「邪魔だ! 速く逃げろ!」と怒鳴りながら放水し、中に突入する。

 礼拝堂の床、長椅子、壁のカーテンその他に延焼し炎は高い高い天井にも届きそうな勢いだ。

「こりゃ消火が間に合わねえぞ……」

「一気に行きたいところですな」

「よし、お前らとにかく上への延焼を食い止めろ。屋根が落ちたらもう全焼しちまう。ジョン、これも使え!」

 太助の放水くんをジョンに渡す。ジョンは左右両手で放水くんを抱え、二刀流で聖堂内を放水する。

 一度聖堂の外に飛び出した太助、無線でドラちゃんに呼びかける。

「ドラちゃん、スラちゃんと放水くんありったけ投下してくれ!」

 聖堂前の広場に、スラちゃんと、バッグに入った放水くんが五本、落ちてきた。

 落ちている間に少し膨らんだスラちゃんが上手に放水くんを受け止め、地面でぼよんと弾む。

 それを拾い上げ、聖堂内に駆け込む太助。

「スラちゃん、ボムやるぞ!」

 オレンジスライムのスラちゃんはぺこぺこへこんでオーケーの合図。


 束ねたロープをつかんで、構え。

「たのむぜえ……」

 上に向け、ロープの束を放り投げると、ロープはほどけながら天井に渡された桟を飛び越え、落ちてきた。

 それをつかんでロープで輪を作り、縛り上げる太助。

 背中のバッグに五本の放水くんとスラちゃんを入れ、ロープを昇りだした。


 下は火の海。ジョンとハッコツはよくやっているが、炎は壁を伝って天井に届きそうだ。

 天井には井桁(いげた)状の十字に太い柱、桟が組まれている。その上を綱渡りのように歩く。どこやらの巨匠の手による天井画が見事だ。その真ん中で笑いかける女神ルミテスの絵に「貸しだからな」と舌打ちして、礼拝堂の真上中央にスラちゃんを置く。

「一気にやるから、苦しいかもしれんけど我慢してくれ」

 スラちゃんに放水くんのノズルを差し込む。きゅぽんとそれを咥えてくれるスラちゃん。

 注水開始。最大注水量毎分700リットルで給水する。

 どんどん膨らんで、柱にもたれかかりぶら下がるスラちゃん。

 放水くんをもう一本追加、もう一本。スラちゃんはどんどん大きくなる。


 重量に耐えかねて渡された柱がきしみ、ひびが入る。

「限界か……、よし、スラちゃん、ボム!」


 ぼむっ!

 大量の水を貯めたスラちゃんが破裂した!

 一気にものすごい量の水がドドドドドドドドッと火の海の階下に落ちてゆく。

「ひゃあああああ!」

「うわあああ!」

 下からハッコツとジョンの悲鳴が上がる。

 破裂したおよそ4トンの水が一気にぶちまけられ、聖堂のフロアは白い蒸気に包まれた。


 ロープを伝って、急いで降り立った太助、周りを見回してスラちゃんを探す。

 流れる水流の中でスラちゃんはぷかぷか浮かんでいた。

「よーしよーし、よくやってくれた、ありがとスラちゃん」

 放水くんも全部拾い上げ、スラちゃんも背中のバッグに詰めて、太助たちは大聖堂の中の残り火を消して回った。


 けっこう時間を食ってしまった。通りを挟んで火が上がるどちらのアパートメントからも助けを求める人がいる。手前が子供一人。通りの向こうは四人家族。

「ハッコツ、ジョン。通りの向こう頼む。

「太助殿は?」

「俺はこっちでロープを使う。子供一人だしな。」


 開け放たれたアパートの正面ドアから突入。煙が漂う廊下を駆け上がり、少女がいた四階でバイタルストーンが指し示すドアを消防斧で破壊する。

 あちこちから火が上がっていて危険だが、太助は防火服を信じて火を次々に飛び越え、炎を浴びながら廊下を走り、子供部屋までたどり着いた。

「お嬢ちゃん、大丈夫か!」

「げほっ。お、おじさん誰?」

「消防士のお兄さんだよお嬢ちゃん。さ、逃げるぞ!」

「火が……」

「窓から逃げるからね」


 太助は柱にロープを縛り付け、窓から投げ下ろす。

 ベルトを結び、女の子を抱きかかえ、ロープにカラビナを絡ませる。

「いいか、つかまってろ。絶対に離すなよ。目つぶって!」

「はい」

 太助はロープを伝ってびゅうううう――――っと滑り落ちた。

「助けて――――!」

 もう一人、助けを求めてきた女が窓から顔を出した!

 がしっとロープを止めて、太助はそれを手繰って少し上る。

 壁を蹴ってロープを振り子に揺らし、その女の窓にたどり着く。

「俺につかまれ!」

「は、はい!」


 女が太助の首に手を回してくる。

「いいか、絶対に離すなよ!」

「はいっ!」

 窓から体を離して、再び降下。女と、女の子二人分。自分も含めて三人の体重をそのロープをつかむ手で支える。

「ぐぎぎぎぎぎぎぎ!」

 手のひらが焼けそうになるところだが、ルミテスが用意した防火手袋はその摩擦に耐えてくれる。だが、三人分の体重は降下スピードを落としてくれない。

「まずい!」

 子供と女を首からぶら下げて、必死に両手でロープをつかむ太助。

 首が締め上げられてそっちも息ができなくなりそうだ。


 ぼふん。

 意外と柔らかい衝撃が来た。

 見ると、スラちゃんの上だった。


「モテモテですな、太助殿」

「やかましいわ」

 通りの向こうから四人家族の救助を終えて、膨らんだままのスラちゃんを階下に通りを越えて引きずってきたジョンとハッコツの二人が出迎えてくれた。

「こんなモテ期願い下げだよ」

「消防士はチームの仕事。やっぱり単独行動では無理もあるようですな。ケタケタケタ」

 上空からグリーン色のレーザー光線が街のはずれに差し込まれている。

 パレスからの避難場所の指示である。ルミテスもそれなりにサポートはしてくれるわけだ。


「あの緑の光が指しているところは安全です。そちらを目印に避難してください。あなた、この女の子連れて行ってあげて」と女の子を今救助した女に渡す。

「あ、はい。ありがとうございました!」

「ありがとうおじちゃん!」

「おにいさんな」


 太助、ハッコツ、ジョンはしぼんだスラちゃんを回収してまた次の火元に走り出した。


 革命の夜は終わらない。

 発火の中心点を目指して消火し、火を見つけては人の流れに逆らって進み、助けを求める人があれば突入して救助する太助たち。消火を続けていればどうしたって、結局は街の中央部に向うことになるのは仕方がなかった。なにしろ火元は革命軍。その狙いは王宮だった。


 広い庭園の向こうで、バカでかい宮殿が火に包まれ、大炎上していた。

 銃声が止まず、多くの死体が倒れ、市民たちがその中で凱歌を上げている。

 燃え盛る火をバックにして、シルエットが浮かぶ。

 一人の男が跪かされ、そして……。


 剣が振り下ろされた。


「……国王ですな、たぶん」

 ハッコツが遅かったかと首を振る。

「……終わったか」


 一つの王家が、今、断絶したのだ。

 図らずも歴史の一証人になったかと太助は目を伏せる。

 これ以外なかったのか。町を火の海にしないと終わらせることができなかったのか。もうすこしやりようがあったのでは。火をつけて回った革命軍を、後で市民は許すのか? 王は助けられなかったのか? 助けてもそれは救助と言えるのか?

 太助の頭には疑問がぐるぐると渦巻く。

 頭を振り払って、そんなことは後世の歴史家に任せればいいと思った。

 この国の人間たちが、新しい国をどう作り直していけばいいのか、そんなことに太助は今、思いをはせている暇はなかった。



 じゃばばばばばばばばば……。

 大雨が降ってきた。土砂降りである。

「雨……?」

 上空を見上げる。

 驚いた。

 とんでもないバカでかいなにかが、街の炎に照らされて空中に浮かんでいた。

「グリン殿、助かりましたぞ」

 ハッコツがケタケタ笑う。

 巨大な緑の空飛ぶクジラが、セーナ川の水をその体に汲み上げて、頭の上から潮を吹いているのであった。

「こりゃかなわねえな……」

 太助も苦笑する。


 一面水浸しにしながら、緑のクジラはゆっくりと大火の街の上空を旋回してゆく。

 グリンさんは大型で、力もあって、大量に水も運べて、でもその飛行速度はゆっくり、ゆっくりだ。大型なうえ大重量を運搬するのだからどうしても現場への到着は遅くなる。今後もグリンさんに出動してもらうときはそのタイムラグをよーく頭に入れておく必要があるというのが今回の報告ポイントになるだろうか。できればいつもしらふでいてほしいというのは内緒である。


「グリンさんていつも到着遅いよな。やっぱりあの大きさじゃあんまりスピード出せないのかもしれないな」

「大きくなるのに時間がかかるとも聞いたことがありますな」

 ハッコツの答えにそりゃそうかと思う。どうやってあの大きさに変身するのかなんて知らないし、想像するの怖いので見たいとも思わないが、今度何分ぐらいかかるのか聞いてみよう。


「ベルスイユ宮殿、どうしますかな……?」

 今、王が首を落とされた炎上中の宮殿を見て、ハッコツはつぶやく。

「革命軍の奴らにしちゃ一番燃やしたい建物だろ。今火を消し始めたら、俺らが革命軍に斬首されちまうよ。庭園めっちゃ広いし延焼もしないだろうし、ほっとこう」

「ですな」

「……オレも関わりたくない」

 ハッコツも、ジョンも、人間の愚かさをたっぷり見せられて、うんざりそうに返事した。

 巨大クジラも、宮殿を消す気は全然ないらしく、周りの市街地の消火にあたっている。


「さ、残火処理、行くぞ。助けを待ってる人がまだまだいっぱいいるはずだ」

「了解!」


 太助たちの消火活動は、朝まで続くのであった……。




 翌朝。太助たちはパレスに戻ってきた。

 市民たちも、下っ端の兵たちも、みんなバケツリレーや、粗末なポンプで消火活動を自主的にまだ続けていた。焼け出された市民たちも、それぞれ、安全な場所に避難し、共同で炊き出しが行われ、命を長らえたことに安堵していた。


 多くの死体も、転がっていた。

 戦って死んだ者、無関係に撃たれて死んだ者、暴行されて死んだ者、焼死体。

 革命の悲しい犠牲者たちだった。

 弔いがあちこちで行われ、牧師が祈りをささげていた。

 それを見届けて、太助たちはドラちゃんと共にスランフ国首都、リパールの空を飛び立った。

 それでも太助たちに手を振ってくれた市民が、数人、いた。



「ご苦労であった」

 パレスにたどり着いた三人はさすがにへたばって、庭園に座り込む。

 全身真っ黒だった。

「……太助」

「はいな」

「礼を言うぞ、ありがとう」


 今まで褒められたことはいっぱいあったが、ルミテスに礼を言われたのはこれが初めてなんじゃないだろうか。

「大聖堂のことか?」

「いや……。よく考えてみればどうでもよかった。アレの再建に、市民たちにまた重税が課せられ生活を苦しめるようなことがあれば、わちの罪となろう。全部燃やしてしまったほうがよかったんじゃないかと今は思うぐらいじゃ」

「殊勝だな。どうした? 気が変わったか?」

「……女神だって反省することぐらいあるのじゃ」

 ごもっとも。

「これからは革命軍が新政府を作るだろ? 市民の税金だって安くなるさ」

「そうなればよいのだがの……。教会の教えにも限界があるのじゃ」

 ルミテスはため息する。女神と言えども万能ではないわけだ。


「おぬしら、何人ぐらい、救助できた?」

「んー、朝までやって十五人ぐらい? ま、火を消し止められたから実際にはもっと助けたことになるとは思うけど、俺たちにやれたのは、その程度だよ……。ほとんどはグリンさんのおかげだね。ありがとグリンさん」

 太助は片手を上げた。一番手柄はなんといってもグリンさんってことになる。そのグリンさんはいつ帰投したんだか、あくびして眠そうだが。


「この革命で犠牲になったのは国軍兵士、革命軍に、巻き添えを食った市民を合わせて二百人ぐらいじゃ。あのまま大火が広がっておれば市民にも犠牲が広がり千人、二千人を超えておったじゃろう。やっぱりおぬしらが出たのは正解じゃった。よくやったぞ」

「……微力だねえ、俺たち、まだまだ」

 家屋の80%以上が燃えた1666年のロンドン大火だって、犠牲者は10人いなかったんだ。戦争だの革命だので死ぬ奴の気は知れないが、これがメンバー全員による初出動。俺たちの全力だったのに、もう少しやれたかもしれないのにと後悔が募る。

「どんなに頑張っても、やっぱり、限界ってやつはあるんだな」

「それでも良いのじゃ」

 太助たちはルミテスを見上げる。


「今日、圧政と戦い、火をつけて回った者がいた。それとは逆に、炎と戦い、火を消して回った者たちもいた。それを多くの市民が見たであろう。戦争は止められぬことがあろうとも、火事も災害も防げる。みんなで協力して、被害を抑えることができる。そう学んだ者も多かろう。誰もがそう思ったはずじゃ」

「ああ……」

「それでよいのじゃ。おぬしらの働きは、見ていた人をいつか必ず動かす」

「そうかもな」


 うんうんとルミテスはうなずいた。


「すべての人を助けることはできぬ。だが、この救助隊の存在は、決して無駄にはならぬ。必ず助けられた人の記憶に残るのじゃ。そして、誰もが、あの時どうすればよかったのかをこの後一生考える。それがこの救助隊の本当の目的なのじゃ」

「防災意識向上か」

「……最初からそう思っとったわけじゃないがの。ついでにの、平和が一番だとも思ってもらえるならよい。だからの、これからもよろしく頼むのじゃ」

「わかったよ」



 よっこらしょ、と、立ち上がる太助。

 まだまだ終わらない。

 これからもずっと、救助隊の活動は続いていく。

 ゴールなんて見えないが、こいつらと一緒にいれば、きっとこの世界はよくなっていく。

 少しずつでも。


 太助の手を取ってくれる、メイド服のヘレス。

 その顔は無いけれど、きっと「お疲れ様!」って、とびっきりの笑顔で微笑んでくれているに違いなかった。




 フルメンバーによる初出動でした。

 メンバーがこれで出そろいました!

 章分けして第一章とするつもりでしたがこのまま続行します。連載は毎日です。


次回「32.エルフ村を消火せよ!」

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