29.ダムを爆破せよ!
放水転送器五基がフル稼働することにより、毎秒25トンの放水が追加されたチョルミンダムはなんとか風雨の間、水位を保った。
嵐が過ぎ去り、天候が回復し、水門の大半が閉じられた後も、なぜかチョルミンダムの水位は猛烈に下がり続ける。関係者はなんでこんな現象が起きているのかわからなくて頭をひねるが、今こうしている間にもダムの湖底に沈められた転送器はフル稼働中なのだ。
「……とは言ってもなにか動力を使っているわけではないのだがの。単に空間を疑似的につなげているだけなのじゃ。標高200メートルのチョルミンダムと、今は海に浮いて海抜ゼロメートルのこのパレスに落差があるから水が勝手に流れているわけでの」
「ダムの栓が抜けてるってことか。いやそれもすんごい技術だよ……」
「現地の天候はもう回復しておるし、連中が水門を閉じようとどうしようと明後日にはもうダムは空じゃ。ちっちゃいダムだしのお。それまでの休みじゃな」
見渡す限り天気のいい海の上、メンバーもすっかりバカンス気分で庭園のテーブルでお茶したり、食事したり、日光浴したり。さぼり魔のベルはいったいどこにいるのやら。
ゾンビでウロウロしていたハッコツはどうか知らないが、太助はこの世界に来てから休みなし。最下層の労働者であったジョンやヘレスも、人生で休みなんかなかっただろう。ヘレスちゃんはメイドだから、それでも休暇を取るみんなの面倒を見ようとするのだが、太助はそれをよく手伝って、ヘレスにも休んでもらっている。
日頃の感謝の気持ちもある。二人で一緒に料理を作るのもまた新婚気分で楽しいものだ。みんなで庭園でバーベキューして、飲み食いして大いに笑う。
マリーは元公爵令嬢、バカンスの楽しみ方も上級者だ。
「バカンスって、なにして遊ぶの?」
「……バカンスだからって、なにかやらなきゃいけないと思うのは下々の発想ですわね……。上級者は、『何にもしないこと』こそを楽しむのですわ」
「へーそー」
リクライニングチェアで日傘を立て、涼しげなノースリーブのワンピースで寝そべるマリーにはいはいとうなずく。
太助は庭園に今回使ったイエローの潜水服を分解して並べ、干して乾かしていた。
ペンキで潜水服の胸に黒で「4」と描く。ほんとはドラちゃんに「1」と描きたいし、パレスには「5」と描きたいし、怒られるに決まってるけどグリンさんには「2」と描きたい。
「……『3』が無い……。この先宇宙に行く救助なんてあるかなあ……」
「なんなんそれ」
暇そうなグリンさんが聞いてくる。
「四号」
「意味が分からんの」
「わからないほうがいいと思います……」
たぶん、グリンさんを「二号さん」と呼んだら殴られる。愛人じゃないんだからと思う。
「せっかくの休み、ヘレスと楽しめばよいの」
寝て、飲んでばっかりいるグリンさんはそう言う。
「いや、そうさせてもらってますけど……」
「古代ロームの詩人、アウグスタヌキはこう言った!」
酒のカップを持ち上げて言う。
「は?」
「『ロームで一番アレの具合が良いのは、ヘッドレスの女である』とな!」
なんちゅうことを大声で言うのこのお方は! 何者なのそのアウグスタヌキ!
そうかそうか、俺、世界一の女の子を手に入れたってわけねと太助は納得。
「……おぬし、もう一生浮気できんのう。つまらんのう……」
「いいじゃんそれ。最高でしょ。何が困るんです」
「おぬしは知らんだろうがの、異種族といくらヤッても、子供ができるかどうかはわからんの。ふつうは異種族同士では子供はできぬ。こればっかりはの。だから子供ができなくて、あとで子供が欲しくなっても後悔せんようにの」
「もし子供ができたらどうなんの? ハーフが生まれるの?」
太助とへレスの子供。まさか顔が半分だけとかにならないだろうなとちょっと心配になる。
「ハーフってなんじゃの……。異種族同士で結婚しても、生まれる子供はどちらかになるの。魔族と人間が結婚しても生まれる子供は人間か、魔族かのどちらかになるのう。合いの子はないの」
「不思議な世界ですねえ」
地球だとトラとライオンの間でも子ができる。たしかライガーとか言ったか。
「マリーとジョンだってそうだろ。そういうアニメ見たことあるけど子は人間に変身できる狼男になった」
「どこの世界の話なの。そんなに都合よくいかんわの」
ごもっともな話である。そうでないとこんな亜人がいっぱいいる世界、ハーフだらけになり種族の区別はとっくになくなっているはずだ。ジョンだって人間に変身したりするところなんか太助は見たことない。
「だったら、もしへレスちゃんから女の子が生まれたら、へレスちゃんがどんな顔してるのかわかるかも!」
「おぬしに似たらどうするのう?」
「ぐぬぬ」
「へレスはヘッドレスと言われてるがの、わっちょは『デュラハン』の子だと思うぞ」
「デュラハンって?」
太助は意味が分からないが、何気に爆弾発言である。
「体と頭が別々になっている種族だの」
「あーあーあー、アニメで出てくるアンデッド系のモンスター!」
へレスちゃんアンデッドなの! 本当は自分の頭をいつも手に持ってる伯爵なアレなのかと太助は驚く。
へレスちゃん、自分の頭、どっかで無くしちゃったのかと思う。だとしたら大変なドジっ子である。
「……なんじゃのそれ。デュラハンから、子が頭だけ死産で生まれる場合があるの。魔力が弱くて頭と体をつなぐ力がない弱い赤子じゃ。そうすると産後すぐに体も死んでしまう。普通は生き残れないのじゃ。だが頭は霊として体に取り憑いて体だけ生き残る場合がごくまれにある。わっちょはへレスはそれではないかと思うがの」
「……それ、背後霊みたいなもん?」
「知らんがの。だがの、それはデュラハンの間では忌み子として排除される存在だの。多分生まれてすぐに親に捨てられたか売られたのだとわっちょは思うのう」
「それでか……」
へレスは娼館で働いていた。簡単に売り買いされる奴隷同然の存在だった。
今までどんな人生を歩いてきたのか、今の太助にはなんとなく想像できた。おそらく親兄弟にも差別され、虐待され、最後は売られたのかもしれない。
デュラハンではなく、ヘッドレスという別の種族として扱われているのも、実はデュラハン族が同族と認めていないからなのだろう。
「だったらなおさら俺が幸せにしてやらなきゃ」
「大した覚悟だのう。太助も童貞でなくなって、一皮むけたかの?」
「言い方。皮かむりだったみたいに言わないで。あと、へレスちゃんがデュラハンかもしれないって、それ誰にも内緒にしておいて下さいよ」
グリンさんはなんでも言い方がスケベで困る。また、へレスが実はデュラハンだと知られたらそれはそれでまた何かのトラブルになりそうで怖い。首のない子供を簡単に捨ててしまうような種族だ。毒親に決まっていた。大体顔がないんじゃ、もう誰の子だったかなんて全くわかるわけがない。
「……ルミテスは気が付いておるだろうがの」
「でもルミテスは言わないし、それで差別なんてしてないし、いいご主人様でいてくれてるでしょ」
「ならよいではないかの」
言われてみればその通り。この空の宮殿で生活する上で、何も心配する必要なんてなかった。
「異種族同士で子供ができる理屈は今でも謎ってことか……。でもね、俺がいた国では子供の作り方だけは研究が進んでいたもんで、現在四十八種類ほどが知られてましてね」
童貞だったくせに妙な知識ばかり豊富な太助である。
「なぬっ!」
「それを順番に、毎晩試しますよ」
「それっ! それどんな!」
「秘密。へレスちゃーん! まだ本手ばっかりだったけど、今日は花菱もしてあげるっ」
そして太助は、ティーカップを片付けていたヘレスに声をかけ抱き上げて、退散した。
「爆発すればいいの――――!!」
ダムは完全に干上がって、いまはもうただのぽちゃぽちゃした水たまりだ。
河川流水量も少なくて、水門は全部閉じられている。でも水はたまらない。
夜間のうちにフル操業して、ダムの底に現れた五基の円盤型放水転送装置をまた順番に五大湖に戻す。一応人に見られないようにだ。
干上がったダム湖底では水中作業も無いから、巨大グリーンホエールのグリンさんだけが大変という楽な作業だった。太助は干上がったダムから、潜水しなくても投下されたワイヤーをグリンさんにつなぎなおすだけで済んだ。
海面から離れて再び空に舞い上がったパレスでは、太助、ハッコツ、ジョンたちが地下水路横にあけた穴の修復に忙しい。漆喰を塗って、削り出しの岩石ブロックを嵌めて、復元してゆく。これも古風な修繕である。
「んーまー見た目は悪いけど、まあ完成かな」
専門の職人じゃないし、まあそれは仕方がない。
そんなこんなでやっとこの仕事も終わったかと思ったが……。
「チョルミンダムを爆破するのじゃ」
……。
「わざわざダム空にしたのはそんなこと考えてたから? そんなにパレスに穴開けたこと恨みに思ってんの?」
ルミテスの物騒な提案に、思わず太助もしかめっ面になる。
「二度とこんなことにならんようにするための対策じゃ! 下流領民二万人を危険にさらしたのじゃぞ! 罰を受けてもらう」
ルミテス怒る怒る。
「あんな老朽化したぼろいダムをしみったれていつまでもだましだまし使っておるから決壊事故なんてのが起こりそうになるんじゃ! 全部爆破して、あきらめさせて、一から新しいのに作り直させるのじゃ!」
「えーえーえー……、そんなことやってもいいんかい……」
「いいんじゃ。わちはこの世界を管理する女神じゃからの」
そんなわけで、深夜。
ドラちゃんでダムに取りついた太助、ハッコツ、ジョンは、ラペリングでダムの側面に、次々と大量の粘土爆弾を仕掛ける。時限雷管を装着。すぐにドラちゃんに乗って退避。
そりゃあもう木と石と、焼き石灰のローム式コンクリートで塗り固められた歴史的建造物と言ってもいい二百年前からある老朽化したダム、というか水門施設は、見事に木っ端みじんに吹き飛んだ。
ダムが作られるということは、もともとその川の水量はそんなに多くないということである。貯めておく必要があるからダムが作られる。治水ダムの本来の目的はそれだ。農業を休む冬季は水を貯め、夏季には各用水路に放水するのが治水ダム。
大量の重力エネルギーを利用するため水量の多い川に建設される発電ダムとはそもそも目的が違う。
木っ端みじんに吹き飛ぶことで、チョルミン川は、普通の川に戻った。
しばらく農業用水のやりくりにこの国の人間たちは苦労するかもしれないが、住民たちにやる気があれば、もっと貯水量に余裕がある大型の新ダムが作られることだろう。まあそれは、ルミテスには知ったことではないようだが……。
次回「30.王都の大火を消火せよ! 前編」




