28.ダムの決壊を防げ! 後編
方針は決まった。
世界五大陸に配置した五大湖から、沈めておいた放水転送器を引き上げる。
それをチョルミンダムに五基沈める。転送させた排水は一度パレス・ルーミスの地下水路に放出し、ルーミスの横っ腹を爆破して穴をあけ、標高の低い海上で排水。山の中にある標高300メートルのチョルミンダムから、海上ゼロメートルの落差を利用して自然重力による貯水の投棄を行う。
「まずどうやって湖から転送器を引き上げるかだな。方法あるのか?」
「わっちょの出番だの」
緑の髪の新メンバーおばさん、グリンの声にルミテス以外のメンバーが全員驚く。
「転送機は直径25メートルのリング状。重さは80トンじゃ。太助。水にもぐってワイヤーをかけるのじゃ」
「……まさか潜水夫までやることになるとは思わなかった……。でも、グリンさんがその80トンを持ち上げるってこと?」
「こう見えてグリンは重力魔法の使い手じゃ。この世界最高の重力魔術師じゃぞ」
「わかった、やるよ。やりゃあいいんでしょ?」
パレス・ルーミスの庭園で、ルミテス印の潜水服を装着する。
潜水服とはいっても、スキンダイビングやアクアラングを想像してたら大間違いだ。見たことあるだろうあの、関節ロボットのような、宇宙服にも似たハードカバーの耐水圧の高いやつだ。ちなみに黄色。こんなものまで用意するルミテスが凄すぎるが。
「準備できた―。この四号、本当に大丈夫なのか?」
「四号ってなんじゃ……。今更ビビるでない。待っておれ」
空中庭園の横から、なんか来た。
……なんかとんでもないの来た。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……って感じで。静かに、ゆっくりと。
「二号だ……」
そこには夢にまで見た某テレビの国際救助隊二号機が、静かに、ゆっくりと、例の派手な垂直逆噴射をすることもなく、接近してきていた。
でかい、とんでもなくデカい。
ちなみに二号の大きさは、ボーイング747とほぼ同じだ。胴体は比べるべくもなく太いのだが。その巨体がルーミスの庭園いっぱいに着地した。
「クジラ――――――――――――!」
メンバーが全員いっせいに叫んだ!
全長70メートル、ひれも含めて全幅50メートル、全高15メートルの、それは紛れもない空飛ぶ緑のシロナガスクジラだった!
太助は東京上野の国立科学博物館で屋外展示されている実物大のシロナガスクジラの模型を見たことがあるが、あれの倍の大きさがある。
「グリンはグリーンホエールじゃ。普段は人間のふりをしておるがの、ここまで巨大化できる種は珍しいぞ。そしてたぐいまれなる重力魔法で自由に空を飛ぶことができるのじゃ」
「信じらんねえ……。ってこの世界質量保存の法則どうなってんの? あんなオバサンがなんでここまで大きくなるの?」
「ここは異世界だということを忘れるな。おぬしの世界の常識や科学など通用せんわ」
「……いや、まいりました。こんなの勇者パーティーに入って、いったいどうやって魔王軍と戦ってたんだ?」
「んー、もっぱら上にのしかかって踏みつぶしておったようじゃが」
「それ卑怯じゃないかなあ……」
とにかく、大きなベルトを巨大なクジラの体にかけてワイヤーを吊り下げてもらう。そのワイヤーから潜水服を着た太助をぶら下げて、グリーンホエールはゆっくりと降下。眼下には五大湖の一つ、メチノール湖が広がっている。
初めての水中作業。いくらなんでもやれるのか。いや、やるしかない。
「通信、入っておるか!」
「入感良好。現在水面まであと100メートルぐらい。正直怖いんだけど」
「メチノール湖の最大深度は400メートルといったところじゃ。沈めてある場所はもうグリンに教えてあるし。そのままどんどん降下せい」
「了解……がんばります」
着水し、そのままゆっくりと沈んでゆく太助。
水中ライトを照らし、深い湖の底に潜ってゆく。
グリンさんの誘導は正確で、直径25メートルの給水転送器はすぐにわかった。
なんか墜落したUFOが湖底に沈んでいる、といったイメージだ。
苦労して直径3センチのワイヤーを四本、フックで転送器のアイボルトに引っかける。それからワイヤー四本をまとめたランチャーにブイを取り付け、ガス放出。
排水されたブイはワイヤーを引っ張り上げながら水上に向って浮き上がる。
太助もブイにつかまって一緒に海面まで上昇した。
じゃばば――――と浮き上がったブイの上に乗り上げて、太助は潜水服のヘルメットの窓を開けて上空を見上げて手を振る。
上空では巨大なグリーンホエールのグリンさんが、どんどん高度を落として接近してくる。まるで墜落してくる飛行機を見るようで太助は恐怖を感じずにはいられなかった。一面真っ暗になり、ワイヤーが下りてきた。
「本物の二号だったら、俺、アフターバーナーで焼け死んでるな……」
グリンさんが垂らしてくれるワイヤーにブイを接続し、合図して引き揚げ開始!
深度400メートル。グリンさんは80トンの転送器をぶら下げたまま、400メートル上昇しなければならない。
本当にできるのか? 大丈夫なのか?
たしかテレビドラマの二号の最大可搬重量は100トンだったような……。
ブイから離れて距離を取ると、水面にざざざ――――と波しぶきを上げて転送器が上がってきた。
水中では物が軽い。水面から離れる時が一番荷重がかかる。
ワイヤーはピンと張ったまま。さあ、持ち上がるか!
転送器は大量に水を滴らせ、少しずつ波を周りに広げながら、上がってくる。
水面から離れる! すげええええええ!
そして、空飛ぶUFOみたいな形をした直径25メートルの転送器は、その80トンの筐体を空中に浮かべて、ついに上空に持ち上がった!
あとは対地上高度500メートルまで降下しているパレス、ルーミスの庭園にそれを乗っけるだけである。もちろんグリンさんの正確な空中操作が必要だ。
「頼むぜ……」
太助は上から大量に降ってくる水を被りながら、潜水服に展開したバルーンにつかまって、上空を見上げその作業を見守った。
きらり、上空で銀色の翼が光る。ドラちゃんが迎えに来てくれた。
ドラちゃん、猛禽類のように足で水上の太助を掴み上げ、大きく翼を羽ばたいてパレスまで上昇する。
「雑! ドラちゃん俺の扱い方雑ううぅうううう!!」
普通だったら握りつぶされそうだが、頑丈な潜水服を着ていたのでそこは大丈夫。
でも怖い。今ドラちゃんが足を開いたら太助、落下死。
怖い怖い怖い。
パレスに到着するまで、太助は小便漏れそうなぐらい怖かったのは内緒である。
五大湖は各大陸に一つずつ。一台取りに行くたびにパレス・ルーミスをもってしても一時間から、最大三時間はかかる。その間は休息できる。
パレスの庭園に置かれたテーブルセットでみんなでお茶会し、食べ、少しの間でも太助は眠る。さすがにくたくただ。
「太助は休んでおれ。ダムに沈めるのはわっちょ一人でできるからの」
グリンさんはそんなこと言ってるが、誰よりも大飯を食らい、誰よりもよく眠って休んでいた。さすが元勇者パーティー。タフなオバサンである。どうやって変身しているのかは知らないが。
大雨の降るダム上空に巨大なクジラが飛んできて、何か得体のしれないものをワイヤーから吊るしてゆっくり沈め、投棄。その作業を太助たちは上空から雨に濡れながら見守った。
ダムの周囲では作業員たちが大騒ぎだ。逃げ出すやつが多い。この現場を見たやつはなんだと思うだろうか。ダムをあふれさせようとしている敵に見えるかもしれない。軍隊が動いたりしないようにさっさと済ませなければならない。ま、魔王軍を壊滅させたグリンさんが、こんなぼろっちいダムしか作れない国の軍に負けるわけないんだが。だいたいあんな光景、恐ろしすぎて誰も手出しができないだろう。
……あと四基。
ダムが決壊するまであと三日。一日に二基以上を運搬してこなければならない。
移動時間を除き、昼も夜もぶっ通しの作業になる。
巨大なクジラがパレス庭園の上空を覆う光景は何度見ても壮観だ。
最後の一基が極東のパイカル湖から運ばれて、チョルミンダムに沈められる。
相変わらず雨が降り続く。
「よしっ。パレス上昇! 海へ向かって方向転換!」
「はい!」
ベルが指令室のパネルを操作。宮殿ルーミスは海に向って飛行を開始。
海に向かう途中で、降雨地域を外れて暗雲が途切れ、雨も風も収まってきた。
その外壁では宮殿からロープでラペリングした太助が、ドリルを抱えて作業中である。パレスの中層部だ。
「パズーもラピュタで、釜の下にぶら下がって死にかけてたな……」
石が組まれた地下水路外壁。そこにでっかい横穴を開ける。排水口だ。
毎秒25トンの排水をしなければならない。あまり大きな穴をあけるとパレスが崩壊しかねないので13トン相当の排水口を距離を離して二つ作る。
「あと70センチ下。右右右、よーしそこじゃ!」
ルミテスからの無線の指示で、50ミリのドリルを使い一定の間隔で穴を配置して掘ってゆく。外壁全部を崩すわけじゃなく、穴をあけたいだけなので外壁の一部を剥すように45度傾けた穴にすることが重要。作業はほこり避けに面体つけて行う。
掘った穴に、粘土爆弾を押し込む。それから雷管を有線起爆装置に接続して粘土に刺す。粘土爆弾は火をつけても燃えるだけだし、叩いてもなにしても爆発しない。雷管による音速を超えた衝撃以外では爆発しない安全火薬だ。爆弾を設置し終わった太助はするするとロープを昇り上に避難。
「爆薬設置完了。やっちゃっていい?」
「爆破じゃ!」
「ほんっとーにいい? 大丈夫? 俺責任持てないよ?」
「しつこいのう! はよせいや!」
「わかった。ハッコツ、ジョン、近くにいるなら離れてろよ! 5、4、3、2、1、発破!」
カチッ!
ボンッ!
太助の下で控えめな爆発が起こり、石が飛び散る。眼下は河口に近い濁流の大河。落下した破片が人に当たる心配もないだろう。
下に降りて穴を確認。ちょい不格好な四角い穴ができてパレスの地下水路が丸見えだ。砂ぼこりの中、暗い奥から水路をハッコツとジョンが、じゃぶじゃぶと足元を濡らしながら走ってくる。ハンマーとつるはしと地下水路の地図を持っていた。
壁を蹴って自分の体を振り子にして、穴に飛び込むとジョンが受け止めてくれた。
「まあまあできたな。後は頼む」
「了解」
ハッコツとジョンはガツガツ穴の周囲を壊し、きれいな形に整形している。
もう一か所これをやるのかあ……。
「上いくのどっち?」
「そっちの水路を右に回って奥に階段ですな!」
太助はうんざりしながら、地下水路を戻っていった。
「海上に到達しました!」
「河口より南西、洋上120キロまで離れよ」
「よーそろー!」
ベルがルミテスの命を受けて指令室でパレスの操舵をする。
「海まで来たな――――!」
太助が見下ろすと、チョルミンダムがあるチョルミン川河口であった。ここまで川沿いに大きな街がいくつもあった。ダムが決壊していたらそれらの町がみんな土石流に延々と襲われることになる。避難は間に合いそうもなく、町々に雨は降り続いていた。あとは排水がうまくいくかどうかだけだ。
「着水!」
「着水します! 全員、対ショック用意、なにかにつかまって――――!」
ゆっくり、ゆっくりと高度を下げるパレス。
パレス最底辺の巨大な風力バッテリーである円筒部分が波を蹴立てて海に沈む。
ざぶーん……。
パレスはしばらく、大波に揺られて大きく揺れたが、無事に海上に着水した。
空中宮殿だったパレス・ルーミスは、今、海に浮いて、浮島となったのだ。
「注水開始」
「注水開始しま――す!」
いよいよチョンミルダムの放水転送器からの排水が始まった。
じゃぶじゃぶじゃぶ……。ドドドドドドドドドドドドドドド!
「成功じゃ――――!」
「お――――、やったな!」
全員から歓声が上がる。海上に浮いたパレスの中層にあけた穴からは、勢いよく濁流が噴き出し、海の上に投棄されていた。
「……これからダムが空になるまで、監視じゃ。みなのものようやった。休暇にせよ」
「えっ、救助活動、やらないの?」
「長期休暇じゃ。パレスは今現場に急行できんし、放水もできんからの。今のうちにたっぷり休んでおくんじゃの」
「なんでダム空にするまでやんの?」
「あとでな。パレスに大穴を開けさせられた落とし前は取ってもらうのじゃ」
ルミテスは悪い顔で、にたりと笑った。
次回「29.ダムを爆破せよ!」




