26.首なし死体
太助が救助してきた首がないメイドさんの遺体。爆発で首が吹き飛んだか。
「死体持ってきちゃったの俺!?」
さすがにがっくりだ。あの炎と煙の中でも、まず空気呼吸器を当てようとしていればそのことに気が付いたはず。予備の空気呼吸器は全部使ってしまったので、一刻も早い脱出を優先した。
でもバイタルストーンは確かに反応していた。
まだ死んでなかったか、誤作動か。レアケースでそういうこともあるか。
無駄な仕事をしてしまったが、焼け焦げた焼死体になる前にもってこれて、それはそれでよかったのかもしれない。ルミテスに要救助者用の空気呼吸器をもっと多く調達してもらわないとこの先困る。今回の改善点だ……と思い直す。
太助は気の毒なメイドさんの遺体に手を合わせて、南無阿弥陀仏と念じた。
ん?
今ちょっと動かなかったか?
え?
バイタルストーンを見る。
えええ! やっぱり生存反応がある!
「おーい! 医者さん!」
太助の声に、白衣の男が駆け付けてくる。
「この子、生きてないか?」
「いや、そんなはずは……首がありませんし」
「ああああああ! メイドちゃん!」
ホテルのオーナーマダムも駆けつけてくる。
「この子、『ヘッドレス』なの!」
「ヘッドレス?!」
聞きなれない言葉に太助も医者も驚く。
「頭がない種族なの」
「そんなのいんの!」
太助驚愕!
「なんでそんな子が娼館に……」
「好事家さんとか、女が苦手で話もできない童貞の殿方とかに受けると思って買ってきたのよ。でも、変態なお客が付くようになっちゃってねえ、気の毒になっちゃってねえ。それで新築の館のほうで、メイドとかウェイトレスとかコックとかやってもらおうと連れてきたのお……。かわいそうに……」
買ってきたって、買ってきたって……。それじゃ奴隷も同然じゃねえか。
この世界の娼婦、そういう扱いなのかと太助は心が暗くなった。
確かによく見ると、肩の大きくあいた首周りはのっぺりと普通に肌でおおわれていて、首の切断跡はない。もともと首なんてなかったみたいに。
こういう種族がいるんだ……と驚きながらも納得できた。
「手当は? 間に合う?」
「こう重度のやけどと怪我をした後ではなんとも……。ヘッドレスなど診たこともありませんし……」と医者も困惑だ。
「このままでは死ぬ?」
「間違いなく」
救助されてから数時間も放っておかれたのだ。もう一刻を争う。
太助は立ち上がって竜笛を吹いた。
ピイイイイイイイイイイ――――!
笛に呼ばれて、旋回して上空待機していたドラちゃんがおりてきて、太助を取り囲んでいたやつらが悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。
「ドラちゃん、緊急搬送一名! パレスに運ぶ。頼む!」
ドラちゃん、また変な奴を助けるのかとうんざり顔で身を伏せる。
死体袋ごとメイドさんを鞍に背負わせ、安全ベルトで縛り付け……。
「マダム、この子もらっていいか?」と言ってポケットから出した娼館のサービス券をホテルのオーナーに押し返す。
オーナー、一瞬戸惑った顔をしたが、その頭は計算高く回っているらしい。
「……いいわ。こんなケガしちゃったらもう娼婦としてはやっていくのは無理だし、助けられるなら助けてあげて」
「任せろ」
「助けてあげて」の一言があったから、オーナーのことはまあ許すかと思う。悪いおばちゃんではないのだろう。そのままドラちゃんに跨って上空に舞い上がる。
「ハッコツ、ジョン! もういい。撤収準備しろ。後で迎えに行かせる。スラちゃん忘れんなよ!」
「了解!」
「ワン!」
隣接するビルの屋上にいる二人から無線で返事が来た。
「ベル! ベル! 聞こえるか!」
「こちらパレス。感度良好、どうぞ」
「緊急搬送者一名。パレスに移送する。重度の火傷、裂傷、意識不明! 準備頼む!」
パレスの庭園に到着。ふわりと優しく着地した、やればできるドラちゃんから死体袋を降ろす。
すでに庭園にはストレッチャーを引いてルミテスとマリーが待機していた。
「ぎゃぁああああああああ!」
「きゃぁああああああああ!」
……二人、首なし死体に絶叫である。
「死体じゃないよ! 死体じゃないって! この子、ヘッドレス!」
「ヘッドレスって……どーしてお前が連れてくるのはどいつもこいつも!」
「やかましいわ!」
驚きすぎて尻餅ついた二人を放って、太助はストレッチャーを押し、パレスの神泉大浴場に急ぐ。
「がんばれ……。今助けてやるからな」
太助は死体袋を開けて、メイド服の彼女をお姫様抱っこし、そっと湯につける。
「えーとえーとえーと、この子どこから息してんの?」
わかんないわかんないわかんない。
ヘタに湯につけたら溺れちゃう。どーなってんの? 胸は……大きくはないけどつんと尖って形の良い透けそうな薄い乳袋はゆっくり、ゆっくり上下している。息はしてるんだよな……。でも頭が無いから顔がないし、口も鼻もないし。太助大混乱である。
「そのまま沈めてよい」
浴場に駆け付けてきたルミテスが太助に声をかける。
「え、大丈夫なのそれ?」
「ヘッドレスは呼吸も食事も、全部空間転移でやっておる。大丈夫じゃ」
「……よくわからん」
「つまり見えない空間転移で自分の体の周囲から酸素も栄養も摂取しておるということじゃ。溺れることはないからそのまま湯に浸すのじゃ」
「そうでなかったら責任とれよ!」
太助はストレッチャーも湯に入れて高さを低くし、浴槽の底に寝転がせたりしないように水面近くにヘッドレスのメイドさんを寝かせて全身を浸してやった。
「マリー」
「はい」
「悪いけど、この子の服、脱がせてやって。爆発とやけどでひどい状態だと思うから、服はハサミで切って切り開いて。無理に脱がすと皮膚がはがれるかもしれないから。グロいかもしれんけど、落ち着いてな」
「あ……。はい」
男の出る幕じゃない。心配だが、太助は大浴場を出て、じゃぶじゃぶと水の滴る防火服を着たまま庭園に歩いて行った。
庭園には、ちょうど帰還したドラちゃんと、スラちゃんを抱えたハッコツが着地するところだった。ロープでつながれたでっかい無重力風呂敷の袋も、ゴロゴロと転がっていくのであった……。
ヘッドレスのメイドさんは順調に回復した。
毎日の神泉での湯治はやっぱり火傷にも裂傷にも効き目は抜群だったようだ。
包帯でぐるぐる巻きにされ、一週間、部屋を与えられ、そこで静養していたのだが、起き上がったヘッドレスの娘はなぜか自主的に働きだした。
朝になり部屋を出た太助は、検診衣を着て自分の部屋の前の通路にモップをかけて掃除をしている首なし女を見て絶叫したものである。
その後もしばらくパレスのあちこちで誰かの絶叫を聞くことになるのだが、そのうちみんな、何とか慣れてきた。
ヘッドレスの娘はなし崩し的にここに居座る気なのか、それとも誰かが事情を説明してやったのか、一生懸命に掃除をしていた。
任務から帰ってくると、太助の部屋もピカピカになって服も全部洗濯して畳んであって、ベッドのシーツも取り替えられているというぐらいである。ゴミ箱が空になって、ティッシュの箱が詰め直されていたのはものすごく恥ずかしかった。でもその仕事っぷりから、このヘッドレスの娘が真面目で一生懸命仕事に取り組む人であることはよく伝わった。
「おぬしはヘレスじゃ。これからはヘレスと名乗るがよい!」
いや名乗れないから、というルミテスへのツッコミももう無粋だろう。
ヘッドレスだからヘレスかあ……。そのネーミングセンスもう少しなんとかならんかと思う。
結局ヘレスは、太助も知らず知らずのうちにルミテスに清楚で上品なメイド服を与えられて、ベルの指導のもと、パレスの家事全般をいつの間にか請け負うことになってしまっていた。
改善されたのは何と言っても食事である。
朝食、昼食、夕食。
あの食材からいったいどうやってと不思議になるほど、普通においしい料理が並ぶ。
太助はもう嬉しくて涙を流して喜んだものである。
「ヘレスちゃんが来てから、食材リクエストが具体的に発注できるようになりましてね、教会の貢物のバリエーションが豊かになってくれましたんで」とか、妖精のベルも喜ぶ。
いやお前ハチミツだけしか舐めないしルミテスはお茶しか飲まないじゃん。食事とかお前が喜ぶこと? というツッコミは無しである。
ヘレスちゃん、どうやって味見してんの?
ヘレスちゃん、フツーに歩き回ってるけど、目、見えるの?
ヘレスちゃん、俺の言うことはわかるようだけど、耳ってどこ?
ヘレスちゃん、トイレどうしてるの?
……あるところから、太助はもう考えるのをやめた。
いつも見かければ頭……が無いから両肩を下げてお辞儀してくるし。礼儀正しいし、優しいし、掃除洗濯、一生懸命に働いてるし、ほんといい子。あの娼館で見たちょっとエロいメイド服じゃなく、清楚で上品な古式ゆかしい正式なメイド服がよく似合う。それに華奢でほっそりした体ながら、テーブルを拭くとき上品で可憐な胸が少しだけ揺れる姿も愛らしい。
訓練しているときも、パレスの上の大きなベランダで洗濯物を干している姿に癒される。
洗濯ものは今まで脱衣所のランドリーシュートに放り投げておけば自動的に洗濯乾燥が行われていたのだが、ちゃんとお日様に干された洗濯物ってのはやっぱり嬉しかった。
太助のパンツもひらひら風に吹かれていて、そこはやっぱり恥ずかしい。
一生懸命、働くメイドさんって、いいよね。目の保養になるし……。
もし顔がついていたら、さぞかし美少女だっただろうに。いや、美少女でなくても、惚れちまうだろ――――! なんて、考える太助はそのことに自分でも驚いた。気が付くとヘレスのことを目で追っている。
太助は多少口は悪いかもしれないが、自身は真面目な性格の元公務員。地味で真面目な子が大好きだった。自分はモテるわけないという自負もあり、昔から美人や美少女ってやつが苦手だったが、まさか「顔そのものが無い」娘に惹かれることになるとは思いもしなかった。
お互い忙しい中、チャンスがあれば必死に話しかけたりもしている。相手が喋れないこともあり、やりとりはまだ不器用としか言いよう無いが、太助にしてみればこのパレスで唯一恋愛相手として見ることができる「女性」であり、気にならないわけがなかった。
「おぬし、よい拾い物をしてきたのう! あんな真面目で働き者のいい娘なら大歓迎じゃ!」とか、「料理もおいしくて、お茶もおいしい! お菓子も焼いてくれますし、最高ですわ!」とか、ルミテスとマリーの女性陣への受けもいい。
「どーせ私なんか、私なんか」と、妖精のベルが最近いじけ気味なのは気になるが。
そんなある夜。任務が終わってすぐ寝てしまい、深夜になってから大浴場に行くと、また先客がいた。
……最初、太助は大浴場に人がいることに気付かなかった。
洗い場で体を洗って、じゃぷんと湯に浸かったところ、すぐ隣でちゃぷんと白い肌色の塊が浮き上がって絶叫したのだ。
「うわあああああああああああ!」
両肩を湯から出したヘレスだった。
「あ、ヘレスちゃんか……。潜ってた? いや全身浸かってたってとこか。びっくりしたよ。いや、もう慣れたつもりだったけど、ごめんね」
胸がドキドキする。驚いたせいもあるが、裸のヘレスが横にいると思うと……。
「どう体の具合は。傷、良くなった? やけどもしてたよね」
ヘレスは恥ずかしそうに胸の前に手を当てて、猫背になっていたが、意を決したように太助の前に進み出て湯から体を上げて立ち上がり、両手を横に広げて、くるんくるんと回った。
きれいな体だった。傷もやけどの跡もなく、白い滑らかな裸身がそこにあった。
大きくはないが、ぷくっとふくれた形良い白い胸と小さなピンクがかわいらしい。恥ずかしそうにすぐぽちゃんと身を伏せて、お湯の中にもぐってしまう。そのしぐさの一つ一つが、可愛かった。
「治ってよかった……。最初見たときはもうダメかと思ったよ……。すっごく綺麗だ」
無毛だった。無毛だったよ。無毛無毛……。可愛い。
頭が無いから髪の毛も眉毛もまつ毛も無いヘッドレス。全身に毛が無くても不思議はない……。
もう一度立ち上がって、太助に深々とお辞儀するヘレス。
双丘が美しい形を作って下に……。
頭がないとかどうでもよくなってきた。
「お礼? 助けたこと?」
ヘレスはもう一度ぴょこんとお辞儀する。
「もう気にしないで。それが俺の仕事だから」
立ったままで裸身をさらしていたヘレス、裸だったことに思い直したか、じゃぽんと湯に沈む。
「料理うまいよ。掃除もありがとう。君が来てくれて俺も嬉しいんだ。みんな助かってるって喜んでる。ここは何にもなくて嫌になるところかもしれないけど、好きなだけいていいからね」
なんか照れたようにもじもじするヘレス。体はもうピンク。可愛い。
言ってしまえば体育会系だった太助。
いつもごつい男たちと一緒にいた太助。
モテたことが無かった太助。
自分は本当は、スレンダーで華奢な体に女性らしさを感じるのだということに初めて気づいた。
ほっそりなのに胸だけデカい、そんな二次元に違和感を感じ続けていた疑問が、今解けた。
「ヘレスちゃんって、見えるの? 目で見ている感じ?」
手を左右にひらひら振る。違うという意味らしい。
「見るんじゃなくて、そこに物があるのを感じるとか?」
手を前後にこくこくする。
招き猫みたいに握った手を上げてこくこくと。可愛い。
「ふーん……。なんだかそれエスパーっぽいね」
太助、ガン見。ガン見ガン見ガン見。
もしかして見ていることがバレてない?
もちろんギンギンを抑えることなど、できなかった。
ヘレスがそっと、太助の横に来た。ちゃぷん。
太助にもたれかかる。
うわーうわーうわー。
身を寄せてくる。すりすりしてくる。ちゃぷんちゃぷん。
おーけーおーけーおーけーなん??
ヘレス、太助の顔を抱いて、その胸に埋める。恥ずかしがりだと思ったが、大胆なこともしてくれる。そのしぐさはとても優しく、男の心を安心させ、柔らかくぷにっとした感触が、太助の抑えに抑えていた欲情を掻き立てる。
えっ。えっえっえっえっ、それってそれってそれって? え、あ、あ。
ちゃぷ。ちゃぷ……。
風呂にゆっくりと、優しい波が。
ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ……………………。
その夜、太助は、波に揺られて、少しだけ大人になった。
次回「27.ダムの決壊を防げ! 前編」




