25.夜の街に出動せよ! 後編
ボイラーが爆発した。ものすごい白煙が立ち、破片がふりまかれる。
「ジョン! 放水開始!」
隣接するビルの屋上から距離を取っての放水作業。強力な放水くんのおかげで十分炎上するホテルの屋上に届いてくれる。
ボイラーは爆発したが、熱湯と水蒸気に交じって燃料だった灼熱した石炭もばらまかれて火災をいっそう助長する。
反対側のビルからの放水もすでにハッコツがとりかかっている。最上階の窓には炎が中で燃えている様子が見て取れて、何回かのボイラー爆発で天井を突き破って火が階下に延焼しているらしいことがわかった。下のフロアには燃えた石炭が降り注いでいるに違いない。
ホテル外周を取り囲んでいる街の消防隊の連中も落ちてくる破片から逃げ回っているようだ。
中に要救助者がまだいるのか、関係者に状況を聞かなければならない。
ビルの屋上の扉、もちろん施錠してある。
「めんどくせえ」
太助は放水をジョンに任せて、縛ったロープを放り投げて下に垂らし、スラちゃんを背中のバッグに背負ってカラビナフックをかけてロープをつかみ。懸垂下降で一気に地上に滑り降りた。
「うお――――!」
街の消防隊員から感嘆の声が上がる。
「異世界救助隊の者です! 消火の手伝いに来ました!」
一刻を争う。問答している暇はない。
「なんだアンタ!」
そんな問いかけを無視して、太助は放水くんを上に向け、水を思い切り噴き上げた。ビルの屋上にまで水が届く強力なホースレス放水機。四の五の言う連中にはこうして見せてやるのが一番だ。その威力に王都消防隊の連中が目をむいて、とんでもない助けが来たと一目で理解したようである。
「責任者は誰です!?」
先がとがったヘルメットをかぶった、木綿の防火服に身を包んだ髭の中年男が出てきた。
「私だ! 王都の消防長を務めておる!」
「避難状況は?」
「屋上の火事だからな、階下には火が回っておらん。おおかたの避難は済んでおる!」
「逃げ遅れがいないか確認しました?」
「いや……それはさすがに……」
王都消防隊と言えども燃える建物に突入する装備はないか……。仕方がない。
周りを見ると、ホテル落成式のパーティーでもやっていたか、避難者や野次馬には礼装に身を包んだ紳士淑女が多い。
淑女の皆さんというのがちょっと変わっていて、やけに肌の露出が多い煽情的なドレスを着ている。スケスケなお方も。真っ裸にタオルを巻いて震える男女もいて、パーティーを抜け出してさっそくお部屋でお楽しみだった様子がうかがえる。
もしかして怪しいお宿? ちょっとエッチなサービスするとこ? との疑念がわく。
風俗店の火事はある。たいてい古い建物で消防施設が老朽化しており、非常通路にタオルやシーツの備品が山積みで避難が遅れることが多い。この世界のホテル、避難通路や非常階段が確立されているかどうかも怪しいし、客や従業員がそれを周知しているとも思えない。客も女も裸なもんだから避難に時間がかかり、着替える暇もなく煙に巻かれ逃げ遅れるケースだってある。
「スラちゃんエアバッグ!」
ホテルの正面にバッグから取り出したスラちゃんを置いて膨れてもらう。
大きく空気を吸ったスラちゃんはどんどん大きくなり、ホテル周囲の消防隊や野次馬を押し出してゆく。
太助はホースレス空気呼吸器の面体を顔に当て、正面ホールからホテルに飛び込んだ。避難は大方済んでいるというように、人っ気はなかった。一階は人が残っている心配はないだろう。問題は上の客室だ。正面のループした大階段から駆け上がり、二階へ。
避難が済んでいるということで、ほとんどの部屋の客室ドアが開けっぱなしだ。
バイタルストーンを片手に、生存者を探しながら各部屋をチェック。
部屋は中央にでっかいベッド、ピンクの照明、いかがわしさ満載でまるでラブホテル……。
「やっぱりそういうお宿かよ!」
ボイラー、ボイラー……。ボイラー火災。現在も絶賛爆発炎上中。こいつを食い止めるには……。
太助はバスルームに飛び込んで、給湯口の蛇口をひねって全開にする。
湯気がもくもくと立つ火傷しそうな熱湯が蛇口から風呂に給湯される。普通のホテルにはありえない二人で入れる大きなお風呂。やっぱり風俗店か。
お湯は出しっぱなしだ。お湯があふれるだろうこともいとわない。
ドアが開いている部屋については片っ端からその蛇口全開をやって上の階に移る。異常過熱したボイラーの圧力が少しでも下がれば爆発を抑えられるという判断だ。
三階、バイタルストーンが反応。まだ人のいる部屋がある。
鍵のかかったドアを消火斧でぶちこわし、中に入る。
部屋の隅っこで裸で抱き合って震えている紳士淑女がいた。
「火事だ! 早く逃げろ! まだ下には火が回ってねえ! さっさといけ――――!」
バスローブだけはおらせて部屋から追い出す。その部屋も蛇口を開けてお湯を出しっぱなしにして放置。裸だろうと命のほうが大事に決まってる。着の身着のままで避難してもらう。
四階……。やっぱり部屋にこもった二人の生存反応がある。廊下には煙が漂っている。
ドアをたたき壊して中に入ると、二人、ちょうど逃げ出そうと服を着ている所だった。
「もう煙が回ってきています。これをつけて下に脱出してください!」
シャツのボタンも留めていない男と、ワンピースを上からかぶっただけで胸元が開いている女に、持っていた空気呼吸器を頭に装着させてベルトを縛って部屋から追い出す。
五階……。
上の階から煙が吹き込んできた。もう通路を通っての脱出は危険だ。
あきれたことにまだ女相手に腰を振っている男がいた。この騒ぎでドアをぶち壊したのに気が付かなかったのかと思う。
「なっなんだお前は!」
ギンギンになったものをそそり立てていやらしそうな中年男が女から離れた。
「火事だ! もう廊下は使えない。悪いが飛び降りてもらうぞ」
「なにっ!」
ようやく状況を理解したか。女もびくびくしながらベッドから起き上がる。
窓を全開にした太助、その女を抱え上げて下を確認し、お姫様抱っこから手を放して眼下に落とす。
「きゃああああああああああああああああああ――――!」
ものすごい悲鳴を上げて真っ裸の女が落ちていき、スラちゃんのエアバッグにぼふんと着地した。
「ほらっ次はアンタだ!」
「やめろ――――! この人殺し――――!」
説明している暇がなさそうなので、抵抗して暴れる男の顎にストレート一発。昏倒させて、これも窓から放り投げる。
はい次。
煙が吹き込んでくる階段を空気呼吸器の面体を当て、ヘルメットのランプを点灯させながら駆け上がった最上階の六階は、ボイラーの爆発で天井が落ちて、おそらく落成式のパーティー会場だった、テーブルと料理が並んでいるフロアが火の海である。
すぐに太助は放水くんで放水し、フロアの火を消し止めながら捜索する。バイタルストーンは生存者一名を示している。爆発に巻き込まれたのか、残念ながら紳士淑女、ウェイターらしき死体も転がる中での捜索だ。
「見つけた!」
メイド服の女が倒れていた。一面が火の海で、窓際も火に包まれていて、窓から放り投げる作戦はもう使えない。消火斧をベルトのホルダーに収め、駆け寄る。
メイド服とは言ってもこれもミニスカートでヘソが見えてるトップスと、AVに出てくるような乳袋のメイドさん、火にあぶられて重度のやけどを負っているであろう女を上半身を背中に回す形で肩に担ぎ、片手に放水くん、片手にほっそりした両足を片手で抱える。ミニスカートからTバックのお尻が丸見えで太助の顔のすぐ横にあってちょっとドキドキする。空気呼吸器の予備はもうない。ここからはスピード勝負だ。
太助は放水を止めて火の海をジャンプして撤退。バイタルストーンに他の生存者がいないことを確認し、階下に向って階段を駆け下りた。
「生存者一名! 医者を頼む――――!」
スラちゃんのエアバッグの威力に驚き、それでも落ちてきた要救助者を介護していた地元消防士と、医者らしい男たちにメイドさんを渡す。
「ハッコツ! ジョン! 状況はどうだ!」
頬に張られた無線パッチで状況報告を頼む。
「順調! もう火はだいぶ収まりましたな!」
「だいぶ消えてる」
下から見上げても空が明るくない。水蒸気の白煙を上げているのがわかる。だが六階の窓は炎に照らされてめらめらと揺らいでるのが見える。
「六階の窓ガラスに放水を最大出力! ガラスを打ち破って六階に注水しろ! 最上階がまだ火の海なんだよ! 一面フロアになってるんだ!」
「了解!」
メイドさんを渡した太助は、また階段を駆け上がって、六階の消火に向った。
午前三時、消火はほぼ終了。再出火を用心してボイラーを冷却すべく、ハッコツとジョンの放水はまだ続いているが、雨上がりのように一面濡れたホテル前の通りに太助は降りてきた。
「いやー助かったよ! すごいなアンタたち! 何者なんだい!」
王都消防隊に取り囲まれて、太助は敬礼し「異世界救助隊の者です。世界中どこでも火災、災害に駆け付けて人命救助を行ってますので、今後もよろしく!」と声を上げた。
「犠牲者はいたか?」との消防隊長の質問に、「残念ながら六階に数名焼死体があります。消火が確認出来たら回収願います」と答える。
「うむ……。この規模の火災、消し止められただけでもありがたかった。全焼してホテルが崩れることも覚悟していた。ありがとう」
隊長が現場の消防士たちに指示をして、何人かがホテルに突入していった。もう任せてもいいだろう。
そこへ厚化粧した中年の太目な女が駆け寄ってきて、「ありがとう! ありがとう! せっかくの落成式がこんなことになっちゃって……、でもきっと再建いたしますわ! 早くに火を消してくれてほんっと―にありがとう!」と涙ながらに太助の手を取ってぶんぶん振り回す。
「……この方は?」
「ホテルのオーナー」とぶっきらぼうに隊長が答える。
「ホテルじゃないですよね、どう見ても」
「……まあそれは建前。娼館だね、ここは」
あーあーあー、やっぱりなーと太助はホテルを見上げる。うん、なんか感じがやらしーんだよなと。装飾が派手っていうか、なんちゅうか……。
「オーナーだったら言っときたい。火災の際の非常口をちゃんと完備してくれ! 非常階段も! 客も従業員も逃げられるように。あと火災警報のためのベルとか鐘とかも鳴らせるようにしといて。まだヤッてた客いたからね?」
「設備か」
「あと定期的な避難訓練。設備があっても使えるように訓練しなきゃ意味がないです」
「うむ……。そういう設備、ルール、法制化できるように上告してみる」
横にいた消防隊長が頷く。
「頼みます。ここのボイラーの設計した人いますか?」
「私ですが」
真っ青な顔したひょろ長い男が名乗り出た。落成パーティーに呼ばれていたらしく礼服姿だ。
「あのなあお前、ボイラーにちゃんと安全弁つけとけよ!」
「安全弁?」
「圧力が上がり過ぎたら蒸気を逃がして吹き飛ぶ栓。低温度で溶ける鉛の合金とかを使ってふさいでおく。そうすりゃボイラーが爆発するなんてことはなかったんだよ! ボイラー爆発して天井が破れて燃えてる石炭振りまいて、お前のボイラーのせいで大被害だよ!」
「ああ、そういう……。申し訳ありません。それ、採用させていただきます!」
「だいたいボイラーが過熱して火事になったのが原因だろ!」
「こんな大量に湯を使うホテル、前例がありませんでしたので……、本当に申し訳ない」
風俗ビルだもんな、しょうがないところもあるかと太助落胆。
「あなた、今日は本当にありがとう。再建できたらぜひお店に来て。これ、サービス券よ!」
先ほどのオーナーのマダムが太助のポケットにチケットの束をねじ込む。
「いや、そういうわけには……。あ、そういえば俺が担ぎだしたメイドの子はどうなりました?」
「残念ながら手遅れだったよ……」と消防隊長。
「そうですか……」
太助は肩を落として、負傷者が並ばされている場所に行った。
死体袋があって、その中身を確認する。
やけどと裂傷で重症そうなその遺体。首がなかった……。
次回「26.首なし死体」




