23.新人消防士を教育せよ!
僻地での消火活動はほとんど毎日ある。家屋が焼ける程度の小さな火事だ。
そんな火事でも見逃さず、ルミテスは毎日出動を命ずる。
「もうこいつは現場を経験させたほうが早いわの!」の一言で、ジョンも出動なのだ。小さい火事を今のうちに多く体験させておこうという教育方針だ。
現場で事故をやらかす、怪我をする。本来そんなことあってはならないし一人前になる前に現場に出すなどとんでもないが、それぐらい平気そうなタフさがジョンにはあるので、そこを見込んでの作戦となる。
前から頼んでいたサイレンが完成し、ドラちゃんの鞍に取り付けた。
風を受けて風車が回転し、「ウ――――ウ――――ウ――――」というサイレンが大音響で鳴り響く。これだけで「異世界救助隊が来た!」と民衆の皆さんにわかってもらえるようになるのはいつのことやらだ。鳴らしたくないときは向きを反対側にひっくり返す。
ドラちゃんはうるさがるかと思っていたが、案外気にしていない。意外である。
三人での現場への急行は、ジョンの体重問題があったのだが、その身を無重力風呂敷に包ませてドラちゃんにロープで縛りつけるという強行軍。
ドラちゃんが着地するたびに地面をバウンドしながらごろごろ転がっていく風呂敷。それでも平気なのだからジョンもタフなものだ。
「登場がカッコよくないんだよな……」
「太助殿、山火事なんだから、どうせ誰も見ていませんがな」
「うぅっ、うぉおおおお……」
厄介なのはジョン。防火服に身を包みながらも、その熱気に火を怖がるのだ。
今までは、道具の運搬、要救助者の護送、安全なドアや扉のぶちこわしなどの力仕事を現場でやってもらっていた。今日から放水も参加してもらう。
「ジョン、そろそろ慣れろ。現場の見学はもう十分だろ。今日こそは消火に参加してもらうからな」
もう十分練習させた「放水くん」を持たせて三人で燃える森の前に立ちはだかる。
「放水開始!」
ジョンを太助とハッコツで挟んで、木々に水を振りかける。
火への恐怖はあっていい。それがないと早死にする。
しかし火への恐怖は、火を消すことでしか解消できない。太助はそう思う。
火は消せる。その確信があるからこそ、火災現場で作業ができる。
その経験に山火事はいい相手だ。壊しちゃダメな建物もないし、人もいない。好きなように放水してもらって、どうすれば火が消えるのかを体で覚えてもらおう。
いきなりリングを最強に回して放水を始めるジョン。訓練でできていたことができてない。放水は上を向いてその距離100メートルを超える。
「強すぎだジョン! そんなに遠くに放水してどうする! まず目の前の火を順番に消していけ! 冷静に、冷静にだ! 落ち着け!」
太助は民家に迫っている火を防ぐために、乾燥した雑草地帯を放水で削り上げるように土をむき出しにさせ、防火帯を作る。
「やっぱり人数が多いって、いいな。最初これ一人でやった時は大変だったよ……」
ハッコツも手際よく太助の傍らで、民家に接近する炎の消火に努める。
「うおおおおおおおぉぉおおお!」と声を上げ、それでも大出力の放水を力づくで続け水を振りまき続けるジョン。目の前の炎が消えてゆく様子に、すこし気を大きくしたようだ。
「放水はタンク容量と相談しながら適切に、ってとこなんだけど、この放水くん、ほぼ無限に放水できるもんな。まあほっとくか。そのうち覚えるだろ……」
それでも、メンバーにも注意しておかないと。
「ハッコツ、あいつ暴走しないように注意しとけよ!」
「了解!」
「ジョン! 山火事は延焼しそうな外周から、少しずつだ。突入はなんにもいい結果にならないぞ! 中に突っ込むなよ!」
尻尾を股の内側に巻いて降参のポーズで「うおお」なんだから……。ルミテスに尻尾もカバーした防火服作ってもらわんといかんなあと思う。ズボンに余裕持たせて尻尾巻いたままで納められるようにしとくのもいいかもしれんとか、関係ないことばかり思いつく。
毎回消火の後はルミテスに報告なんだから、改善点は押さえておくのも太助の役目なので仕方がないが。
「ジョン! 前に出すぎ! 正面が消せたらすぐ横に移動だ! いつまでも目の前だけやってちゃ、今日中に終わらねえぞ!」
「ワン!」
返事が「ワン!」かよ……。かなりテンパってる様子がうかがえた。
一時間もやれば落ち着くかと思ったが、まだジョンは興奮状態。
「しゃーねーな!」
太助はノズルをジョンに向けて放水をぶっかけた!
「キャン!」
ぶっ倒れるジョン。それでも放水くんは離さない。
ガツンとヘルメットを殴る。
「落ち着いて、冷静に、冷静にだ。深呼吸しろ。炎を怖がりつつ、炎を支配するんだ。炎との戦いだと思うな。これは炎の調教だ。俺達には勝てないことを教えてやれ」
「くーん……」
ずぶぬれになったジョン。防火服から湯気が上がっている。炎に近づきすぎていた証拠である。
「KYT、やっただろ。危険予知トレーニング」
「はい」
「周りをよく見て、どこが危ないか、どこが安全か、これから燃え広がりそうな場所はないか、よーく考えろ。考えながら動け。そうすれば落ち着いて行動できる」
「はい」
立ち上がって放水を再開するジョン。
うん、その調子。太助はうなずいてジョンから離れる。
広範囲の山火事、三人は十分に間隔を取って、さらに消火に努める。
山の半分は消し止めたか。休みなしの作業は続く。
「ジョン! そこ、あぶねーぞ!」
「は?」
「上だ上! あぶねっ離れろ!」
ジョンが戸惑って上を見ると、火のついた朽木が倒れてきた!
「わあああああ!」
あわてて後退するジョン。だがそのジョンに朽木が倒れこむ!
ジョンはそれを受け止めて、「うおおおおおお!」と声を上げてぶん投げる。
慌てて駆け寄った太助が放水を緩めにして上を向かせ、ジョンと倒れた木の周りに雨を降らせる。
「おいおい大丈夫か?」
「……なんともない」
「そりゃすげえな。でもな、今のは腐って傾いた木が、別の木の枝に引っかかって倒れずにいた。その枝に火がついて焼けて落ちてきたんだ。周りの観察を忘れるな。常にこれが燃えたらどうなるかを考えながら消火しろ。わかったな!」
「わかった」
その後のジョンはおとなしいものだった。
ま、着実に、慎重に仕事をしてくれるのならそれでいい。
「交代で休み取るぞ。飯食え」
「オレはいい。まだ大丈夫」
「食える時に食い、休む時に休む。頑張りすぎるな。頑張りすぎると事故になるのが消防士だ」
「はい」
「覚えとけ。現場で死ぬのは消防士にとって恥ずかしいこと。なんでそんなことになったのかあとでたっぷり調査される。どこの判断が悪かったのか徹底的に調べられて、ミスとして消防士仲間全員に通達される。あれは仕方がなかったって思ってくれるやつは一人もいねえ。だーれも褒めてくれねえんだ。悲しんでくれるやつはいるけどな」
「……はい」
「命大事に、楽しく消火! ま、こんなこと言ったら怒られるけどな。お前もそろそろ火を消すの、楽しくなってきたんじゃねえの?」
「……なんとなく」
「よし」
火事を消すのが楽しいなんて不謹慎極まりない。口には出せないことだろう。でも、実際、楽しくない仕事は続けられない。町を守る、人命を、財産を守る。その意志だけで続けられるほどタフな精神を持っている人間は少ない。
訓練でできることが多くなる。火を消すのが上手になる。周りから頼られる、感謝される。そんなことが消防士を続けていける力にきっとなる。
山は水蒸気の白煙を吹いて、だいぶ収まってきた。
日が暮れて、燃え残っているちょろちょろした焚火のような燃え残りが見えるようになり、山に踏み込んでそれも全部消してゆく。ヘルメットにはヘッドライト。
強力な防火服と、ホースレスの放水くんがあるからできる戦法だろう。
深夜になって、現場をパレスから確認したルミテスから撤退命令がやっと来た。
「消火作業、終了じゃ!」
三人、煤で真っ黒になりながら引き上げる。
「火、怖かったか?」
「もう大丈夫」なんて生意気なことをジョンが言う。それでも、「……みんなも、最初は怖かったのか?」とか聞いてくる。
「もちろん怖いさ。俺、火事場で一回死んでるからな」
太助はこの異世界に来たことの時を思い出して、正直に答えた。
ジョンはびっくりして太助を見る。
「でもルミテスに生き返らせてもらって、克服した。消防士としての役目を全うしようと思い直した。現場では死なん。必ず生きて帰る。そう決意できた」
「……」
「だから俺は、火に立ち向かえるんだ。これからもなっ!」
ジョンはケタケタ笑ってるハッコツにも聞いてみた。
「ハッコツもか?」
「いえいえ、私は最初からもう死んでおりますから」
こいつもたいがいだと思う太助。
「私も太助殿も、一度死んでおるということになりますなあ、偶然ですが」
それを偶然で済ますハッコツもどうかと思う。
「……オレも、一度死んだほうがいいのか?」
「いやそんなわけあるか!」
太助とハッコツは二人そろってジョンの後頭部をぶん殴った。
その日、帰ってからちょっとあった。
大浴場に入って煤を落としていると、ルミテス、ベル、スラちゃん、マリーも風呂に入ってきたのだ。
マリーはなぜか裸エプロン。ちらちら見えちゃってその威力がすさまじい。
「お疲れ様でした――!」とか言ってジョンをもしゃもしゃ全身シャンプーして流してまた洗ってとつきっきり。
ジョン、無抵抗。
ハッコツは太助を見てケタケタ笑う。
「元気ないですな」
「ほっとけ」
次の朝。ジョンはいきなり太助に頭を下げた。
「すまん」
「……なにが?」
「その……昨日、マリーと……」
「ヤッたのか?」
「すまん」
「いーよいーよ、おめでとう」
「その、迫られて」
「わかる」
「なりゆきで」
「お前無抵抗だもんな」
「いや、発情したメスを放っておくのはオスとして最低だし」
「狼族の文化なわけね。一匹狼って言っても単に余ったオスだしな」
「オレ、番い持ったことなくて、わかんなくなって、その、いや、あの」
「いーのいーの。気にしないで。俺別にマリーと番いじゃないし」
「違うのか?!」
「違うよ?」
「知らんかった」
「なんで知らんかったんだよ!」
さぞかしワイルドな夜になったことでしょう。
マリーは上機嫌、お肌つやつや。ジョンを見つけて駆け寄って抱き着いてぺろぺろしてる。さぞかし熱いぺろぺろをしてたんでしょうなあ。
寝取られ? NTR? NTR?
いやそんなこと無いからね! 俺そんな属性無いからね! っていうかマリーとは最初からそんなんじゃなかったしね!
必死に頭の中で否定する太助。
「……地雷だったんだ。回避できてよかったじゃないか。マリーと付き合ってからジョンに取られていたら俺立ち直れなかったし、これでよかったんだ……」
寂しい夜が、一段と寂しくなったが、断じてそれは認められないと意地を張る太助であった。
次回「24.夜の街に出動せよ! 前編」




