21.狼男を救え! 後編
帰還させるのはスコップ隊の四人だけ、という太助の言葉に、極地探検隊隊長のスコップは慌てだした。
「いや、荷物持ちが一人いたはずだが。狼男の」
「それあんたのメンバーに入ってるの?」
「もちろん!」
スコップはうんうんうなずく。
「タスケさん、あいつ俺らの召使いなんだからさ、これからも本国に帰還するまで山のように仕事があるんだからさ、いないと困るんだよねー。置いていくわけにはいかないって。あんなんでも一応仲間なんだからさ!」とさっきの若い奴がのたまう。
腹立つやつだなと思う。そして、こいつが言うことが真実なんだろうとも。あいつがいなくなると自分の仕事が増えて困るってとこか。
太助はポケットから一冊の手帳を取り出した。
「これはあんたの残してた日記と遺書。読ませてもらったよ。まあ大した聖人君子ぶりで、家族に感謝と別れの言葉。遭難させてしまったメンバーへの哀悼、謝罪。それに遭難した言い訳が長々と書いてあって面白かった」
むっとしたスコップが奪い取ろうとしたが、その遺書が書かれた手帳を高く上げて太助はそれをかわす。
「生きて帰れるんだ。もう必要ないだろ」
ぐぬぬなスコップ。それでも太助をにらみ返す。
「生き恥をさらさせるな。私は軍人だ。侮辱は許さぬ。返せ、それは処分する」
ここにきて助けてもらっておきながら偉そうにするスコップ。
「だけどこの日記にも遺書にも、あのワンコの話は一切出てこないな。最初からいなかったみたいに」
「……うっ」
「そりを引かせて荷物持たせて、あんたたちは楽して、使えなくなったら放り出して置き去り。それが真相だったんじゃないのかねえ……」
「それは違う。獣人のことを書かなかったのは意図してじゃない! 我々は獣人が倒れたことには気づかなかった! いつの間にかいなくなってたんだ!」
「獣人呼ばわりかよ。仲間じゃねえの? あいつが倒れてたのはあんたのツェルトからわずか50メートルの場所だったよ。しかもあんたのツェルトはどう見ても四人用だ。おかしいじゃないか?」
「な……」
「ワンコは荷物を持っていなかったよ。ポーターなんだから荷物持たせて歩かせてたんだろ? あんたたち気が付かなかったのならなんでワンコが荷物持ってなかったんだ? あんた倒れたあいつから荷物はぎ取って、さっさとその50メートル先で四人用のツェルト張って四人でビバークしてたじゃねえか。一人減って食料も、燃料も余裕ができたって喜んで」
「違う違う違う! 誇りある王国海軍がそんなことするか!」
「栄光の誇り高いイグルス海軍中佐殿としては、亜人種の狼男に何もかも頼りっきりでこの偉業を成し遂げたとは言いたくない。記録にも残したくない。南極点到達の栄光はイグルス人四人で独占したくて、狼男のことはいなかったことにしたかったと。そう書いてあるも同じだが? この事を新聞社に売って大公開しちゃおうかねえ」
「やめろ!」
太助はスコップの慌てっぷりを見て、やっぱりそうかと確信した。
「これは俺がもらっとく。あのワンコも一緒には帰させない。あいつは最初からいなかったんだ。それであんたは何も困らないだろ。あんたにはこれをやるよ」
太助はスコットに一通の手紙を見せる。
「あんたのツェルトの中の荷物に入ってた。これ、アルンゼンがあんたに当てて南極点に残してあった手紙だよね。先に南極点に到達したアルンゼンが『スコップ殿にこの手紙を残す。もし私たちに万一のことがあればこれをナルウェーの国王に届け、私たちが南極点に到達した証明をしてくれることを望む』って。アルンゼンも性格悪いよな」
「……クソったれが」
「おっと、これがなくてもいいのかい? これがあると、先を越された証明になっちまう。でもこれがなきゃ、あんたたちも南極点に到達できたってことが誰にも証明できない。大事な観測データーもみんな置いてきちまったもんな。正直に報告するしかないよなあ。さあ、ここであのワンコを解放していなかったことにしてくれるなら、これは渡す。連れ帰ってこれからも奴隷のように働かせ続けるって言うならこの手紙は燃やす。どうするね」
「……わかった。獣人のことは好きにしろ」
忌々しそうにスコップは手紙を受け取る。
「偉大な探検家、ロバーツ・ファルキン・スコップ海軍中佐様。さ、今日は十分休んでくれ。明日の朝ベルを鳴らすからちゃんとその服着て、庭園に来るんだぞ? いいな?」
太助はドアを閉め、がっちりと鍵をかけて連中を閉じ込めた。
翌朝、起床の非常ベルが鳴り、太助はサロンのカギを開けた。
着替えたスコップ達四名がむっとした顔をして出てくる。
「お送りいたします、中佐」
四人、閉じ込められて怒っているのか。いくら侮辱されても、助けてもらった以上言い返すことができずに悔しそうだ。
パレスの庭園にはドラちゃんがすでに待機していた。もちろんそのワイバーンに驚く。
「こ、こ、このワイバーンは、人に飼われているのかね!」
「いーや、ドラちゃんは俺たちのメンバーの一人だよ。仲間さ」
皮肉のつもりだったが、驚愕するスコップたち。
「ドラちゃんは二人乗り、二名ずつだ。心配すんな、あんたらの南極基地からは見えない離れたところに降ろしてやる。無事に帰ってきたふりして戻るんだな」
「……ありがとう。感謝はしておく」
まず平の隊員二名。おっかなびっくりドラちゃんに乗り込み、下に降りていった。戻ってきたドラちゃん、次は隊長のスコップと、もう一人の隊員を乗せる。
太助の横には狼男がいる。最後に一人で乗って帰るつもりなのだろう。
スコップは別れも言わない。
スコップを乗せたドラちゃんは庭園から、今日は晴れて天気もいい南極の空を飛んでいく。
「さ、行こうぜ」
「……どこへ」
「朝飯に」
「朝飯……?」
ワンコは不思議そうな顔をする。
「オレ、帰らなくてもいいのか?」
「ああ、ここにいて俺の仕事を手伝ってくれ」
「……仕事? 仕事、何?」
ワンコはびっくりだ。
「オレ、能無し。戦えないし、敵を殺す度胸もない。役立たずだ」
「そんなこと誰がやらせるか。俺らがやってんのは人助けだ。人命救助。犬だろうが人間だろうが、差別なく公平に、死にそうになってるやつを助ける仕事。お前俺が助けてやっただろ?」
うなずくワンコ。
「あれを今度はお前が他のやつにやってやれってこと。困ったときはお互いさまってことで、な!」
ワンコぼーぜん。
「あと、俺の友達になってくれ。それだけ」
ワンコは笑った。
ここに居ていい。
居場所が見つかった。もう奴隷扱いもされなくて、仲間がいて、充実した仕事ができる。そのことが分かったようだった。
「俺は太助」
「オレは……ジョンだ」
なんかほんと犬っぽい名前だな、と、太助は笑った。
「話は聞いておる。あのスコップ隊め、碌な奴じゃなかったの」
本当にそう思ってた? ルミテス様。誰から聞いたの! とも思う太助。確か「偉大な探検家であることには変わりはない」とか言ってませんでしたっけ。
この宮殿の中にも監視カメラあるんじゃね? と考えるとちょっと怖い。
「ドラちゃん、あのあと、基地の真ん前でスコップを降ろしておったぞ。さぞかし言い訳が大変だったであろう。ドラちゃんも粋なことをする。ひゃははははは!」とゲラゲラ笑うルミテス。ドラちゃんも女神様も相当性格が悪い。
南極基地のやつ全員に、ドラちゃんに連れてこられたとこ見られたわけだ!
太助も腹を抱えて大笑いした。「離れたところに降ろす」との約束と違うが、相手がワイバーンでは文句も言えまい。横にいる狼男のジョンは神妙な顔をしている。
「これを見てくれ」
太助は遺書が書かれたスコップの手帳をルミテスに見せた。
「スコップのイグルス海軍は、この南極点制覇を行うことで南極大陸の領有権を主張しようとしていたらしいや」
極点を踏破したぐらいで全土の領有権を主張するなんてなんとも図々しいとも思うが、それもまだ未発展なこの異世界では常識なのかもしれない。最後にものをいうのは要するにパワーバランスなのだ。
「やはりの。科学調査を目的とするわけでもなく、探検家としての名誉を求めてでもなく、本音は資源があるかを調べ、領土にすることが目的だったというわけだの」
「最低だよ……」
願わくばこの白い大地も地球の南極みたいに、どの国にも属さない国際的な保護区にしてほしいと太助は思う。
実は地球で南極条約が結ばれたのは戦後のこと。もしこれがなかったら、各国が分割統治し、巨大な核実験場や核廃棄場になっていたかもしれない。南極条約に「核実験の禁止・核廃棄物投棄の禁止」の一文を入れることに当時の核保有国が反対したせいでかなり揉めたという話が残っている。実はこの一文を強固に入れることを主張したのは昭和初期から南極調査のための白瀬隊を送り出していた被爆国の日本である。
「で、おぬしもここで働きたいと?」
「はい」
ジョンが無表情に返事する。こんな時おべんちゃらでもいいから愛想よくできないかねえと思う。
「よし。今日から太助と一緒に訓練に参加せよ。デカくて力があり根性があって、なかなか死なないタフな奴は大歓迎じゃ」
「一発採用ですかルミテス様。なんにもテストしないんですかルミテス様。俺の時はネコミミ村で採用試験ありましたよねルミテス様」
意外なルミテスの返事に思わず口に出る太助。
「救助隊に必要なものは極限環境下でのサバイバル能力じゃ。極寒の南極に置き去りにされてそれでも生き残ったとなればそれだけでもう資格十分じゃ」
「扱いの差!」
「……おぬしのう、現場で死ぬなんてヘボな消防士、採用に当たってすこしは用心するに決まっておろう」
「ぐぬぬぬ」
なんにも言い返せない。
「ありがとうございます」なんて言ってジョンは頭を下げる。服従することに慣れすぎてる感じはあるが。
「ジョン、このルミテスがここのトップ。ボスだからな」
「そう、わちがボスじゃ。ボスの命令は絶対じゃ! よーく覚えておけ!」
「……わかった」
ジョンは見た目子供のルミテスにも大して驚いた顔はしなかった。犬だからなのか序列を自然に読むことには慣れているのだろう。ご家庭で飼い犬にいつの間にか家族の最下位に序列されているお父さん、たまには犬に餌をやってください。
「では訓練に戻れ。よーく叩き込んでやるのだぞ」
「はいはい」
二人で訓練所になっているパレスの庭園に歩き出す。
……ジョンがぼそっと一言。
「オレ、ここでも奴隷扱い……?」
「そういや俺もそうだねえ……」
「……」
ぶんぶんぶん。
「ジョン」
「?」
「お前、しっぽ振ってるぞ」
「!」
ダメだこりゃ。
次回「22.空の孤島の日常」




