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20.狼男を救え! 前編


 風船に吊り下げられた太助とハッコツ、それに要救助者の南極点探検チーム、スコップ隊を包んだ無重力風呂敷は、ゆっくりと、穏やかに宮殿(パレス)ルーミスの庭園に着地した。風船をパレスが追いかけてきてくれたのだ。すぐにハッコツがロープを引き、ぷしゅーと風船がしぼむ。

 マリーと、女神ルミテス自身がストレッチャー(患者を運ぶ台車)をガラガラと押してきて、風船横に駆け付ける。

 太助はすぐに巾着袋から出て、その口を広げ、まず救助した狼男。それに引っ張り出したスコップ隊のツェルト(非常用テント)をナイフで切り裂き、四人を外に出す。


「うわっくせえ」

 何週間も風呂にも入らず探検を続けていた連中、体臭が凄かった。要するに小便臭い。これはある意味仕方がないというものだ。それよりも意識のない連中を一刻も早く治療しなければならない。「そーれっ!」とハッコツと一緒に持ち上げ、ストレッチャーに乗せる。

 ガラガラと移動させ……神泉の大浴場に服のまま放り込んで、頭だけ持ち上げさせて息ができるようにしてやる。

 そうして五人を次々に運び、全員を大浴場に浸すことができた。温泉の効用で体温と体力の回復が期待できる。


「これ、凍傷にも効くのか?」

 五人ともひどい状態である。一人狼男だが。

「大丈夫じゃ、何日か湯治(とうじ)してもらうことになるだろうがの」

「大したもんだ。よっと」

 太助も服を脱いでパンツ一丁、ハッコツは全裸(とは言っても骨格標本)になり、湯に浸した隊員の靴から順に脱がせてゆく。目を覆ったマリー、チラチラ指の隙間から見ているのがうぜえ。


「この風呂はしばらく使えんのう……」

 ルミテスが嘆く通り、大浴場は見る見るうちに汚れが広がっていき、透明でなくなった。

「んぐっ、ぐえっ」

 一番に気が付いたのは狼男である。

「……どういうことだ。ここ、どこ?」

「安心しろ。救助したんだよ。今は風呂に浸かっとけ。体力が戻るぞ」

 狼男はちゃんと喋れた。太助は後で話が聞けそうだと笑う。

 脱がすと本当に犬だなと思う。全身ふさふさの毛でおおわれてはいるが、ファンタジーでよく見るまさに狼男。大型の犬が人間の体格で二本足で立っている感じで、もふもふの尻尾もついていた。見た目はハスキー犬かアラスカンマラミュートか。やっぱり身長は二メートル近くある大男。顔は怖い。『東京のヤンキーと大阪のヤンキー』の東京ヤンキーみたい。


「……あんたたちは?」

「異世界救助隊。世界中どこでも死にそうなやつは無条件にタダで救助している。何も心配するな。しばらくここで休んでろ。いいな」

「……ありがとう。助かった……」

 その後、次々とメンバーが気が付いて、救助されたことに驚き、それぞれ礼を言うのであった。



 神泉の回復力は驚くべきもので、数日で手足が凍傷で黒くなっていたのもどんどん回復して赤茶けた色に変わってゆく。部屋を与えられた各自は食事も提供され、みんなジョークが飛び交うぐらい元気を取り戻したようである。着ていた服、防寒着も洗濯され、干され、太助も日常業務に戻っている。

 チームメンバーも歩けるようになり、このパレスの存在に驚いていた。もちろん出歩けるのは与えた自室と食堂を兼ねているサロンに限定しているが。


 そりゃ驚くに決まっているだろう。これほど高度な技術で作られた空を飛ぶ建造物。また自分たちをどんな方法で救助したのかも全くわからないときた。顔を合わせるたびに質問攻めにされるので太助もいいかげんうんざりしてきた。

 そんな中、太助はこの男たちに違和感を感じていた。

 四人、いつも仲良く助かったことを喜び合っていたのだが、なぜか同じメンバーの狼男だけが蚊帳の外なのだ。

 いち早く回復したこのワンコ、独りぼっちで庭園に座ってぼんやり空を眺めていたり、太助とハッコツの訓練の様子を見ていたりすることが多かった。


「……やあ、だいぶ良くなったようだね」

「ああ、ありがとう。助かった」

「それはもういいって……。もともと寒さに強いんだろあんた、さすがだよ」

 太助も狼男の横に座る。

「前から疑問なんだけど、あんた、なんで仲間外れにされてんだ?」

「……」

「同じチームだろ? あいつらと一緒にいればいいじゃないか。なんでいつも一人でいる」

「オレはチームメンバーじゃない。荷物持ち(ポーター)だ」

「……ポーターは仲間じゃないのか?」

「オレは違う。オレ召使いだし」

「召使い? だからって、差別されんの?」

 狼男は不思議そうな顔で太助を見る。当り前だろうという顔だった。

「いや悪い。そんなことがあるなんて俺知らなくてさ……」

 どういう世界なんだこの世界と思う。それじゃまるで奴隷だ。


「南極点到達は人間の手柄。亜人のオレは人数に入ってない。ただの荷物持ちで雇われてるだけだから」

「それひどくね?」

 考えてみるとエベレスト初登頂のヒラリーは良く知られているが、一緒に登った現地人ポーターの名は誰も知らない。太助のいた世界でさえそうだった。


「それが普通。オレはいないのとおんなじ」

「うわあ……、なんだよそれ。腹立たねえ?」

「……オレ、オオカミ族の中じゃ生きられない。オレ、獲物を襲ったり、人や同族を殺したりできない。だからオオカミ族から追放された……」

「いやそれがフツーだろ。誰であろうと人を傷つけたり殺したりできないのが当たり前。そんなことやるやつただの殺人者だろ」

「オオカミは違う。強いものだけが尊ばれる。弱いものは生きていく資格がない」

「そういうもんかね……」

 オオカミ社会怖い。

 一匹狼といってもカッコいいものじゃない。群れから追放されメスと(つがい)にもなれず、一人生きていけなければ野垂れ死ぬのが一匹狼である。


「一人でさまよって飢えて死にそうになっているところを捕らえられて、人間の召使いになった。いろんなところを回った。飼い主も次々変わった。オレ、寒がらなくて力もあるからって、船に乗せられた。気が付いたら南極来てた」

 気の毒すぎる。

「オレ、荷物持ち。馬を引いて、そりを引いて、荷物を持って……」

「荷物大量に持たされてちゃ、いくら力あっても真っ先に倒れるわな」

「……倒れて、置いていかれた」

「それでツェルトから離れて埋まってたのか……」

 離れていたのはたった50メートル。その50メートルをついていけなかっただけで、見捨てられたのだ。

「あいつらともう会いたくない。会っても命令されるばっかりで、もう本当にイヤになった……。でもどうすればいいのかわからない……」

「なるほどね」


 太助は立ち上がった。

「ちょっと話してくる」



 サロンに着いた太助は勢いよくドアを開けた。中ではスコップ探検隊の連中が茶をふるまわれ、入院患者みたいに検診衣を着て菓子に手を付けなごやかに歓談していた。

「あんたたち、そんなに元気になったんならもう帰ってもらうよ。明日だ」

「ええっ、もう少し居させてくださいよ~!」なんて若い奴がカラカラ笑う。

 隊長のスコップがそれを制してカップを降ろし問いかける。

「いや、十分に世話になった。本当にありがとう。回復したならもう帰還しなければな……。でもどこに? どうやって?」

「あんたたち南極沿岸に帆船を止めて本拠地にしているだろう。そこにはあんたの連れてきた待機メンバーが小屋を建ててあんたらを待ってるはずだ。そこに送るよ」

「あ……ありがとう」

「さ、着替えだ。洗濯しといた」


 スコップたちの着ていたきったない服を、一応洗って干してから箱に入れていたものをドスンとテーブルに置く。


「このパレスで見たこと、聞いたことは他言無用に願う。あんたたちもこんなところに助けられて生還したとあってははなはだしく不名誉だろう。俺たちもどこにも言いふらしたりしないよ」

「それは……ありがたいような、そういうわけにもいかないような……」

「こんな空飛ぶ空中宮殿、誰かに言って信じてもらえんのか? あんたそれに助けられたって言えんのか? それで南極点到達してきたって自慢できんの?」

「いや……さすがにそれは」

 的確にスコップの弱点を突く太助。

「帰るのはあんたたち四人だけでいいな?」

「えっ」

 これにはスコップも驚いた。




次回「21.狼男を救え! 後編」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん?ヒラリーとテンジンはむしろコンビで覚えてましたけど、世代かな? [一言] そしてネパールの人達によるとむしろガイドのテンジンが旦那のヒラリーを盗聴させてあげたって認識らしいですね…
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