19.極地探検隊を救出せよ! 後編
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~~!
「スコップ隊が遭難しておる」
「あーあーあーやっぱり……」
数日後、また非常ベルで呼び出された太助とハッコツ、ルミテスの話を聞く。
「ここしばらくの天候急変で身動きとれなくなっておるはずじゃ。馬も倒れて人力でそりを引いてやっと南極点に到達したはよいが、先にアルンゼン隊がナルウェーの旗を立てておいたのが致命的だったかもしれんのう……。失意のスコップにしてみれば絶望的な帰路と言ってよい。南極の短い夏ももう終わりなのじゃ。救助するぞ」
すでに妖精のベルがパネルを操作し、異世界救助隊基地であるパレスを南極上空に移動させている。
「ルミテス、アルンゼン推しじゃなかったっけ?」
「どちらも前人未到の地を目指した偉大な探検家であることに変わりはない。運も悪かったということになるかのう……。大自然が相手では結局フェアな勝負などできんのじゃ。スコップは責められぬ」
ルミテス、スコップ隊は見捨てるかと思ったが、そんなことなくてよかった。
「燃料も食料ももう尽きておるはずじゃ。この猛吹雪では長くはないであろうの」
「わかった。でもドラちゃんは使えないんだろ?」
「寒さに弱いからのう。南極大陸の外気温は現在マイナス四十度。ドラちゃんには無理じゃ。可搬重量もオーバーしておる」
「じゃあ、計画通りに」
「頼む。死なすには惜しい奴らじゃ。何としても救ってやってくれ」
こんな状況に備えて、しっかり準備してた女神ルミテス。その対応にやっぱりコイツいいやつなんだなと太助は思い直す。
エレベーターで物資を運んで、宮殿ルーミスの下層に移動。
太助とハッコツは全身もこもこの防寒着にブーツ、手袋、頭をすっぽり覆う目出し帽を装着。背中と胸にバックパックと雪用スコップ。それにゴーグル。
「マイナス70度まで耐えられる防寒着じゃ。凍死は心配するな」
「おう」
「スノーシュー(かんじき)も装備するのじゃぞ。下は猛吹雪じゃし」
「おっけー」
「下はホワイトアウトしておる。時間を計って四千メートルのパラシュート降下じゃ。時計だけが頼りじゃぞ」
「大丈夫なのかそれ?」
「だいぶ吹き飛ばされるが風向、風速をマザコン誘導で計算してスコップ隊のツェルト(非常用の小型のテント)の半径200メートル以内に着地させるよう、パレスを細かく移動しておる」
「マザコンって誰?」
そんなやつに救助活動任せていいのか?
「電子頭脳じゃ。パレスの中枢。時間になったら降下開始。時計をよく見て、降下後47秒でパラシュート展開! 間違えるでないぞ!」
「わかった」
指令室のベルから宮内放送のスピーカー連絡が入る。
「天候予測では25分間だけ、雲が切れて吹雪が弱まります。その間に救出してください。カウントダウン2分前!」
「了解」
「あとこれ。バイタルストーンじゃ」
「バイタルストーン?」
「長年開発しておったが、昨日ようやくできた。この石の光のさす方向に生存者がおる。心臓の動きだけを感知する要救助者捜索のためのセンサーじゃぞ!」
「こりゃあいい! ありがたく使わせてもらうよ!」
「『要救助者発見くん』と呼ぶことにした!」
「なげえよ! そこは『バイタルストーン』でいいよ!」
ペンダントみたいに宝石のような透明の赤い石を首からかけてもらう。降下中吹き飛んだら困るから防寒着の下にしっかり収める。
「一分前です!」
ベルから宮内放送のカウントダウン。
パレス下部の非常用ハッチを開く。外は真っ白だ。猛烈な吹雪が吹き込んできて、ルミテスのドレスがバタバタとはためく。
「30秒前!」
「スコップ隊は五人、一人も逃さず捕まえてここに連れてまいれ!」
「任せろ」
「10、9、8、7……」
「じゃ、いってくる」
「グッドラックじゃ!」
「2、1、ゼロ!」
太助はストップウォッチを作動させ、ハッコツと共に真っ白な世界に飛び出した。
この日のためにスカイダイビング訓練を何回かやらされた。ただ体を水平に落ちるだけだがごうううううううっと猛吹雪と風の音で周りは全くわからない。ただ真っ白な空間を落ちてゆく。時計だけが頼りだ。
「ハッコツ! パラシュート展開10秒前!」
「了解」
もちろんハッコツとも無線は通じてある。ハッコツのほうが体重が軽いのだが、その分余計に荷物を持たせて調整してあるから、ほぼ同じタイミングで落ちることができるはずだ。
「5、4、3、2、1、展開!」
リップコードを引くとぐんっとラインに衝撃が来て、パラシュートが展開され、降下速度がゆっくりになる。だいぶ風に飛ばされているが、その風がふっと穏やかになる。
予報通り吹雪の切れ目に入ったのだ。あと25分。
「高度100メートル、80メートル、70メートル……」
モニターしているベルから無線が入る。
「着地に備えて! 20メートル!」
「うおおおおおおお!」
ざしゅっざああああああああ――――と着地と同時に雪原を引きずられ、雪の上を転がる。
カラビナフックを外してパラシュート放棄。風に巻かれてパラシュートは吹き飛んだ。
「ハッコツ――――! どこだ――――!」
とっさにバイタルストーンを見て太助は驚く。
「あいつ映らねーじゃん! 死んでるもんな! 心臓なんて動いてねーよ! 盲点だった!」
とにかく早く確保しないとハッコツがアイスマンになる。
「まいったな……」
太助は周りを見回したが、案外近くにオレンジの防寒着を着たハッコツがパラシュートに引きずられてずるずるとこっちに向って滑ってきた。
運がよかった。すぐ駆け寄って覆いかぶさり、パラシュートを外してやる。
「いやーまいりましたな」
「危うくアイスマンになるとこだったな。後でルミテスに文句言ってやる」
二人でバイタルストーンを見る。周囲は真っ白だが、それでも十数メートル先は見える。
「こっちだ」
スノーシューで雪を踏んで移動し、光点が集まっているところを目指す。雪に半分埋もれてスコップ隊のツェルト(非常用テント)が見えた。
「スコップ隊のツェルト発見! これより救助活動に移る!」
二人で雪用スコップでツェルト周りの雪を大急ぎで掻きだす。
「大丈夫か!」
ツェルトの入り口をナイフで切り裂いて中を見る。
四人、寝袋にくるまってはいるが、もう意識が無いようで返事もしない。低体温症になっているのは明らかだが、まだ生命反応はあるわけだ。
「一人足りねえ……」
鳥肌が立つ。だが救助活動は止めない。
固定してあるツェルトのペグに引っかかっているロープをぶつぶつとナイフで切断。
「ハッコツ! 風呂敷!」
要救助者用に用意していた大型の、例の無重力風呂敷だ。丸い形をしている。それをハッコツと二人で風にあおられながら広げてツェルトの上からかぶせる。
外周に取り付けてあるルミテス印の動力源不明なウインチのスイッチを入れると、風呂敷の外周に入れていたワイヤーが巻かれてツェルトの下にまで潜り込み、すぼまって口を下にした大きな巾着袋になる。
「そーれっ!」とそれをひっくり返して口を上に。
「もう一人すぐそばにいるはずだ! ちょっと探してくる!」
「お気をつけて!」
スコップを片手にバイタルストーンを見ながら、離れた発光点目指してスノーシューで雪原を歩く。
50メートルぐらいの距離でバイタルストーンの光がくるくる回る。どうやらこの雪の下らしい。スコップをふるって雪を掘る。
「いた!」
……太助は驚いた。その雪の下にいたのは犬だった。
いや、犬じゃない。ちゃんと防寒着を着ている。
犬男……?
こんなやつもメンバーにいたんだ……。まだ生きてる。
吹雪がまた勢力を取り戻すまであと十分。戸惑っている暇はない。
全身を掘り出して……「いやこいつでかくね? 身長2メートル近いよコイツ」と驚く太助。
湿った防寒着を着て埋まっていた犬男にロープをかけ引っ張って雪の中から引きずり出し、ずるずると滑らせてハッコツの待つツェルトに向う。
「最後の一人だ」
「おお、狼男ですな。寒さには強いはずですが、よく生きていましたな!」
ハッコツが嬉しそうにケタケタ笑う。
無重力風呂敷の口を下に向けて、そいつも突っ込む。もう一刻を争う。
「風船!」
ハッコツが持っていたボンベを風船につなぐ。風船に網をかけてロープを無重力風呂敷のフックに掛ける。あとはガスを送り込んで膨らませるだけ。
「太助殿も乗ってください」
「頼む!」
体重の軽いハッコツに任せて、太助も無重力風呂敷の巾着袋の口から入って顔だけ出す。
低温でも気化するガスボンベのおかげで風船はどんどん膨らんで空中に浮かぶ。
「よっと」
軽いハッコツは満員の無重力風呂敷には入らず、体にまとわせたベルトのフックを引っかけて風船にぶら下がる。
風船はどんどん膨らんで風にあおられ、雪上をずるずると風呂敷を引きずりながら、ついには宙に浮いた。六人+ハッコツの重量を包みながらも、無重力風呂敷をぶら下げた風船はわずか4メートルほどの直径でもぐんぐん高度を上げていく。
「こちら太助、救助終了。現在上昇中。回収頼む!」
浮き上がった風船はどんどん風に飛ばされてゆく。
「了解。回収は任せるのじゃ!」
ルミテスから返事。これでもう安心だ……。
「ハッコツ、お前、寒くないの?」
「さすがに寒いですがな。でも動けないことはありませんでな。凍らなければ」
「便利な体だねえ」
ぎっちぎちの袋の中、やっと太助は一息付けた。
次回「20.狼男を救え! 前編」




